第一話 始まりの一織り
あくる日、ザードとヒルデは近くの森に演習に来ていた。
城で行っても良いのだが、先日のスープの件以来二人でいると茶化されるので最近はもっぱら森に出ている。
森に鉄の重なり合う音が響き、声が飛び交う。しかし不思議と穏やかな風が吹き動物達も様子を見に来るような空間が流れていた。
そしてまた一迅の風が吹く。
「ザード!また腕の力だけで剣を使ってるわよ!」
「っ…うるせぇな!癖なんだよ!」
「そんな事じゃ、一年後には腕が使い物にならなくなってるか、死んでるかになってるわよ!ほら、試しにそこの木の枝を切ってみなさいな」
そう言い、指差すヒルデは随分と頭上遥か上を向いていた。
ザードは一瞬あんぐりと見上げたが、すぐに眉間に皺を寄せて静かな怒りを示した。
「…おい、嫌がらせか?」
「違うわよ。あなた足の力が凄く強いから、それを生かそうと思って」
ヒルデはウィンクしながらも、手をチョイチョイと振り『早くしろ』と言っている。
「良い?しっかり助走をつけてタイミングよく跳ぶのよ。じゃないと木に激突するからね!」
「……」
舌打ちしつつ、ザードは木の正面に立った。
森に静かな沈黙が流れる──
ヒルデのアドバイスはいつも的確だ。そのおかげで以前よりもずっと力を付けられたと自覚しているし、感謝もしている。しかし、無謀な事をさせようとする事も多くて、たまについていけないことがある。今回だって、何が『足の力が強いから』だ。あんな何mも上の枝など、葉など掠る事さえ出来ないに決まっている。
木々の葉が揺れるのにシンクロしつつ、ザードは溜め息を吐いた。
「……ザード!」
怒りのこもったヒルデの声に目線だけ動かす。『キレられても出来ないもんは出来ないんだよ』─そう心の中で反論した。
しかし、その反論は予想外に裏切られる。
「いい加減自分の力に気付きなさいよ!あなた、強いんだから!強くても今のままじゃ誰も守れないわよ!」
『守れない』──その言葉にザードはハッとした。無意識に視線がヒルデを映す。
穏やかな風に美しい青の髪が揺れている。琥珀のような深い茶の瞳は真っすぐザードを見つめている。
本人の強さに反して小柄で細身で、すぐに折れてしまいそうな華奢な外見。正直──綺麗だと思った。
『守りたい』
「バッ…!」
心の中で自分を否定するも、体が熱る。
そもそもヒルデは、出会い方も最悪で頬を叩かれるわ、蹴られるわ。更に模擬ナイフで倒された。その後も無理矢理訓練させられ反抗したら思い切り蹴られて肋骨を折られたこともあった。先日も強制的に雑務を手伝わされそうになって……けれど、無邪気に笑うヒルデの隣は、心地よかった。
再びチラリとヒルデに視線を移すと、一迅の風が木々をすり抜け、ザードの背を押す。
「──やってやるよ!」
ザードは胸の熱さを振り払うかのように、木に向かって走り出した──
城で行っても良いのだが、先日のスープの件以来二人でいると茶化されるので最近はもっぱら森に出ている。
森に鉄の重なり合う音が響き、声が飛び交う。しかし不思議と穏やかな風が吹き動物達も様子を見に来るような空間が流れていた。
そしてまた一迅の風が吹く。
「ザード!また腕の力だけで剣を使ってるわよ!」
「っ…うるせぇな!癖なんだよ!」
「そんな事じゃ、一年後には腕が使い物にならなくなってるか、死んでるかになってるわよ!ほら、試しにそこの木の枝を切ってみなさいな」
そう言い、指差すヒルデは随分と頭上遥か上を向いていた。
ザードは一瞬あんぐりと見上げたが、すぐに眉間に皺を寄せて静かな怒りを示した。
「…おい、嫌がらせか?」
「違うわよ。あなた足の力が凄く強いから、それを生かそうと思って」
ヒルデはウィンクしながらも、手をチョイチョイと振り『早くしろ』と言っている。
「良い?しっかり助走をつけてタイミングよく跳ぶのよ。じゃないと木に激突するからね!」
「……」
舌打ちしつつ、ザードは木の正面に立った。
森に静かな沈黙が流れる──
ヒルデのアドバイスはいつも的確だ。そのおかげで以前よりもずっと力を付けられたと自覚しているし、感謝もしている。しかし、無謀な事をさせようとする事も多くて、たまについていけないことがある。今回だって、何が『足の力が強いから』だ。あんな何mも上の枝など、葉など掠る事さえ出来ないに決まっている。
木々の葉が揺れるのにシンクロしつつ、ザードは溜め息を吐いた。
「……ザード!」
怒りのこもったヒルデの声に目線だけ動かす。『キレられても出来ないもんは出来ないんだよ』─そう心の中で反論した。
しかし、その反論は予想外に裏切られる。
「いい加減自分の力に気付きなさいよ!あなた、強いんだから!強くても今のままじゃ誰も守れないわよ!」
『守れない』──その言葉にザードはハッとした。無意識に視線がヒルデを映す。
穏やかな風に美しい青の髪が揺れている。琥珀のような深い茶の瞳は真っすぐザードを見つめている。
本人の強さに反して小柄で細身で、すぐに折れてしまいそうな華奢な外見。正直──綺麗だと思った。
『守りたい』
「バッ…!」
心の中で自分を否定するも、体が熱る。
そもそもヒルデは、出会い方も最悪で頬を叩かれるわ、蹴られるわ。更に模擬ナイフで倒された。その後も無理矢理訓練させられ反抗したら思い切り蹴られて肋骨を折られたこともあった。先日も強制的に雑務を手伝わされそうになって……けれど、無邪気に笑うヒルデの隣は、心地よかった。
再びチラリとヒルデに視線を移すと、一迅の風が木々をすり抜け、ザードの背を押す。
「──やってやるよ!」
ザードは胸の熱さを振り払うかのように、木に向かって走り出した──