第一話 始まりの一織り
«五つ国歴576年»
工の国『コクマー』 キルティー領
「リンスロット様は本当に女神の指をしているわ」
「なんたって彼女の織る布はまるで宝石のような輝きと美しさをしているのだから」
「絹のような金の髪、星のような青い瞳…リンスロット様は国一番の美貌の持ち主だよ」
「美貌はもちろん、素晴らしい布を織れるのだから…領主様も良い娘を授かったものだ」
「その通り。リンスロット様の織り布のおかげでキルティー領の未来も明るいぞ」
「──ふふっ…」
窓から遠くの町を見下ろす娘はニコリと微笑んだ。
「聞こえるわ。町の皆が私を賛美する声が…」
『カタン』と布織り機の音が響くと、娘はふわりと金の髪を揺らし、青い瞳を細めた。
「貴方も喜びなさい。貴方は醜くくて、何も役に立たないけれど、織る布だけは美しい私…リンスロットの名声の一部となれるのだから…ねぇ、布姫」
「……ええ」
カタンカタンと鳴り響く規則正しい音は止まった。
「私は…こうやって布を織れれば幸せ。それがリンスロットの役に立っているというなら嬉しいわ」
リンスロットの視線の先の、名前のない、布を織るためだけに生かされた娘──『布姫』は優しく微笑んだ。
──18年前、キルティー領で大火事が発生、領主夫人と一緒にいた産まれたばかりの赤ん坊が犠牲になった。
民にはそう語られている。
しかし、それは真実を隠す為の嘘だった。
よくある話である。
大火事が起こった数日前、領主に二人の娘が生まれた。
一人は正妻の子。
もう一人は愛人の子。
領主はすでに愛人を愛しており、正妻が目障りだった。
領主は考えた。
正妻に子供が生まれては、ますます愛人との結婚は遠のくだろう。
どうすれば愛人と夫婦になれるのか。
どうすれば、邪魔な女を消せるのか──
そうして、彼は自らの屋敷に火をつけるという凶行に出たのだった。
火は屋敷を一気に包み、犯人に仕立て挙げた使用人、真実を知っていた者達、妻娘共々消し炭にした筈だった──しかし、
一人だけ炎から生き残った者がいた。
顔に酷い火傷を負ってはいたが、それ以外の部位は体の上に女性が覆い被さっており無傷。
発見された時にはまるで助けを呼ぶかのように大きく泣いていたのだそうだ。
それは生まれて間もない、正妻の娘…名前さえつけられていない赤ん坊──
「布姫」
『布姫』と呼ばれた娘は織る手を止めて顔を上げた。
「まだ仕上がらないの?全くノロマなんだから…!」
「…ごめんなさい。ちょっと手が痛くなってしまって…」
「言い訳はいいわ!早く仕上げなさいよ!今日は私が直接お城に納めに行くんだから!」
リンスロットは彼女の返事も聞かずに部屋を立ち去った。
──ああ、早く仕上げなければ
娘の琥珀色の瞳に映る織り機は微かに揺れた。
大火事の後、発見された生まれたばかりの赤ん坊を自らの手で縊る程の勇気のなかった領主は町の外れにある塔に娘を隠した。
そして、何食わぬ顔で愛人を妻にし、その愛人との赤ん坊を一人娘──リンスロットを向かえ入れたのだった。
塔に隠された娘には物心つく頃から布織りが教えられ、家の資金元として働かせられた。
真実を知りつつも、健気に働く彼女の織る布はいつしか輝きを増し、国一番──否、今まで作られた全ての布で一番の芸術品だと言われるようになっていた。
表面上、塔の娘は死んだ事になっているため、その布はリンスロットの作品だと言われているが──
しかし、彼女を知る見張りや父親等…誰から呼んだのか分からないが、布を織る彼女はいつしか
『布姫』と呼ばれるようになったのだった──
「──あっ」
規則正しく機織りの音を鳴らしていた布姫はふと手を止めた。
「青の糸がきれちゃったわ…どうしよう」
今作っている物に青を加えれば、より美しい仕上がりになるのだが……しかし、糸も染料を使った布姫の手作りである。
先程急げとリンスロットに怒られたばかりだが…
そう思いつつも顔を上げると、窓から見える太陽はまだ昼前を指していた。
「……うん、少し位なら大丈夫だよね」
布姫は頷くと机から小さなカゴとローブを取り、部屋を後にした。
工の国『コクマー』 キルティー領
「リンスロット様は本当に女神の指をしているわ」
「なんたって彼女の織る布はまるで宝石のような輝きと美しさをしているのだから」
「絹のような金の髪、星のような青い瞳…リンスロット様は国一番の美貌の持ち主だよ」
「美貌はもちろん、素晴らしい布を織れるのだから…領主様も良い娘を授かったものだ」
「その通り。リンスロット様の織り布のおかげでキルティー領の未来も明るいぞ」
「──ふふっ…」
窓から遠くの町を見下ろす娘はニコリと微笑んだ。
「聞こえるわ。町の皆が私を賛美する声が…」
『カタン』と布織り機の音が響くと、娘はふわりと金の髪を揺らし、青い瞳を細めた。
「貴方も喜びなさい。貴方は醜くくて、何も役に立たないけれど、織る布だけは美しい私…リンスロットの名声の一部となれるのだから…ねぇ、布姫」
「……ええ」
カタンカタンと鳴り響く規則正しい音は止まった。
「私は…こうやって布を織れれば幸せ。それがリンスロットの役に立っているというなら嬉しいわ」
リンスロットの視線の先の、名前のない、布を織るためだけに生かされた娘──『布姫』は優しく微笑んだ。
──18年前、キルティー領で大火事が発生、領主夫人と一緒にいた産まれたばかりの赤ん坊が犠牲になった。
民にはそう語られている。
しかし、それは真実を隠す為の嘘だった。
よくある話である。
大火事が起こった数日前、領主に二人の娘が生まれた。
一人は正妻の子。
もう一人は愛人の子。
領主はすでに愛人を愛しており、正妻が目障りだった。
領主は考えた。
正妻に子供が生まれては、ますます愛人との結婚は遠のくだろう。
どうすれば愛人と夫婦になれるのか。
どうすれば、邪魔な女を消せるのか──
そうして、彼は自らの屋敷に火をつけるという凶行に出たのだった。
火は屋敷を一気に包み、犯人に仕立て挙げた使用人、真実を知っていた者達、妻娘共々消し炭にした筈だった──しかし、
一人だけ炎から生き残った者がいた。
顔に酷い火傷を負ってはいたが、それ以外の部位は体の上に女性が覆い被さっており無傷。
発見された時にはまるで助けを呼ぶかのように大きく泣いていたのだそうだ。
それは生まれて間もない、正妻の娘…名前さえつけられていない赤ん坊──
「布姫」
『布姫』と呼ばれた娘は織る手を止めて顔を上げた。
「まだ仕上がらないの?全くノロマなんだから…!」
「…ごめんなさい。ちょっと手が痛くなってしまって…」
「言い訳はいいわ!早く仕上げなさいよ!今日は私が直接お城に納めに行くんだから!」
リンスロットは彼女の返事も聞かずに部屋を立ち去った。
──ああ、早く仕上げなければ
娘の琥珀色の瞳に映る織り機は微かに揺れた。
大火事の後、発見された生まれたばかりの赤ん坊を自らの手で縊る程の勇気のなかった領主は町の外れにある塔に娘を隠した。
そして、何食わぬ顔で愛人を妻にし、その愛人との赤ん坊を一人娘──リンスロットを向かえ入れたのだった。
塔に隠された娘には物心つく頃から布織りが教えられ、家の資金元として働かせられた。
真実を知りつつも、健気に働く彼女の織る布はいつしか輝きを増し、国一番──否、今まで作られた全ての布で一番の芸術品だと言われるようになっていた。
表面上、塔の娘は死んだ事になっているため、その布はリンスロットの作品だと言われているが──
しかし、彼女を知る見張りや父親等…誰から呼んだのか分からないが、布を織る彼女はいつしか
『布姫』と呼ばれるようになったのだった──
「──あっ」
規則正しく機織りの音を鳴らしていた布姫はふと手を止めた。
「青の糸がきれちゃったわ…どうしよう」
今作っている物に青を加えれば、より美しい仕上がりになるのだが……しかし、糸も染料を使った布姫の手作りである。
先程急げとリンスロットに怒られたばかりだが…
そう思いつつも顔を上げると、窓から見える太陽はまだ昼前を指していた。
「……うん、少し位なら大丈夫だよね」
布姫は頷くと机から小さなカゴとローブを取り、部屋を後にした。