第一話 始まりの一織り

ヒルデの部屋はザードの部屋の近くに配置された。簡素な机とベッドがあるだけだが、城の荒れ具合とは対照的にスッキリ片付いた部屋だった。
そんな部屋を見回した後、ヒルデは一回背伸びをし、窓の縁に腰を預けてニッコリ微笑んだ。

「窓からの見晴らしも良いし、貴方との部屋とも近いし…これで護衛しやすいってもんだわ。よろしくね、ザード」
「よろしくじゃねぇ!」
窓から流れる風が部屋に爽やかな香りを運んだ。しかし、それに似つかぬ怒鳴り声が辺りに響く。
「てめぇなんかの力を借りなくても俺様は自分で身を守れる!帰れ!今 す ぐ 帰 れ !」
「さっきは動けなかったくせに」
詰め寄り怒鳴るザードの頭に
ヒルデは素早くチョップを繰り出した。
怒りで喚いているのザードに防御が出来るわけもなく、メキョリと音が聞こえる位、モロに食らってしまった。もちろん手加減はしたのだが、普通の力でもヒルデの力は強いらしく、ザードは痛さに転げ回った。
「…あのねぇ、こんなのも避けられないなんて…本当に武国の次期王位継承者?」
「なっ…!?」
ヒルデは濃青の髪をかきあげて溜め息を吐いた。そして、おもむろに足元の荷物から小さなナイフを取り出すと、
「窓のすぐ外って剣技場でしょ?いいわ、そこで私と戦って貴方が勝てば…すぐに出ていってあげる」
ジロリと睨むヒルデの瞳には多大な呆れと少しの罪悪感が混じっていた──





「勝負は一本のみ。待ったなしね、良い?」
「当然だ!さっさと始めろ!」
剣技場に木霊する声が、城壁にぶつかって響く。
ザードは石畳を踏みしめて背中から自分に不釣り合いな大きな剣を抜き、ヒルデは手に持つ小さなナイフを軽く回し、構えた。


──場に風の音のみが存在する。
足元の枯葉が擦れる音、鳥の囀り……全てが異様なプレッシャーに掻き消され、無音となった。


「くたばれぇぇええ!!」
「……はっ!」

刹那、ザードが叫び地面を蹴った。駆けながら振り下ろされた剣を避け、ヒルデは後ろに回りこむ。
しかし、ザードも剣の軌道を無理矢理に変えてぐるりと横に振り回した。
「あなた、それは剣技じゃなくてただ棒を振り回してるだけね」
ヒルデは再び軽やかに避けつつ鼻で笑った。
「うるせぇ!勝てば良いんだよ!勝てばっ!!」
「ま、そうだけど…」
ヒルデが着地したところを狙い、ザードは一気に突進してきた。
「もらったぁ!!!」
「その戦い方じゃ、勝てないわ」
ヒルデはザードを避けもせずに、小さなナイフで剣の切っ先を払った。
それはほぼ一瞬で、ほんのわずかな軌道の変化だったが、ザードはその瞬間だけ手を止めてしてしまった。

ヒルデのナイフがザードの首に鋭く飛んだ──
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