第一話 始まりの一織り
«五つ国歴576年»
「ザード様?」
「はっ…!」
アテナは首を傾げた。
「大丈夫ですか…?なんだか、ボッーとしていましたけど…」
「……なんでもねぇ」
──ザードは困惑した。
今のは過去の情景だ。何度も繰り返し思い出し、頭から離れない『傷』。
しかし、今日のはあまりに鮮明過ぎて、今の状況を把握出来なくなっているほどだ。
目だけ動かして、周りの様子を確認する。
窓から漏れる木漏れ日。
簡素な机の隣には、先日持ってきてやった布織り機が置いてあり、ベッドには色とりどりの布が綺麗に畳まれ重ねられている。
──塔にいた時と変わらないじゃないか。
と、言ったのだが頼んだ本人はそれでも欲しがった。
ザードはそこまで回想すると、アテナの部屋に来ていた事をやっと思い出した。
──あの日、アテナが泣いてる姿を見てから、なるべく毎日部屋に顔を出し、出来るだけ要望を聞くようにしている。
それは、罪悪感からかもしれないし…償いかもしれない…
──誰への?
───何の?
ザードは頭を振った。
「(罪悪感も償いもコイツを帰せば済むことじゃねぇか)」
それを何故しないのか…
自分でもはっきりとした理由が分からない。ただ、漠然と脳裏に焼き付く、青い『ソレ』を手放す事を拒否してしまっていた。
「…あの、ザード様…私、欲しい物があるんです」
様子の変なザードを見て、アテナは話題を変えるように言った。
「先日持って来て頂いた布織り機…それで新しい布を織りたいんです。その為に、アカイナの実が欲しくて…」
「…アカイナの実?」
「日の照る場所に生えている赤くて小さな木の実です」
「…日の…照る場所…ね」
ザードは少し考えてから、
「その場所まで案内してやるから、後は自分で探しな」
部屋の外を顔で指した。
・
・
・
アテナはここに連れて来られてから、城内を見回った事がない。見た所と言えば、長い廊下と寝泊まりしている部屋のみである。だから、アテナはザードの後に歩きながらキョロキョロとその風景に見入ってしまっていた。
──廊下の隅々まで並べられた武具。
よく見ると、只の装飾品ではなくてキチンと使えるようになっているらしい。一部は黒い染みが付いている。
床は城らしく大理石……と思うのだが、黒すぎて本当のところは分からない。恐らく、掃除がなされていないのだろう。
天井からはシャンデリア……の跡だと思われる棒が吊り下がっていた。
この国の人達から推測すると…壊してしまったのだろう。
外見も内部も何だか城と言うより『要塞』そのものだ。
アテナはちょっと苦笑した
アテナの笑いに気付いてかザードはジロリと睨んだ。
「…おい、またキョロキョロしてるぞ」
「えっ?」
「前にも言ったが…」
ザードはそこまで言うと、クスリと笑って呟いた。
「…ま、今は俺がいるから大丈夫か」
──初めてあった時に比べると、ずいぶんと表情が柔らかくなった…
アテナもつられて微笑み返した。
長い廊下を抜け、折れたらしい武器などが散らばる中庭を過ぎると、平屋の大きな建物が見えてきた。
「ちょっと待ってろ」
ザードはその場にアテナを静止させると、建物の中にスタスタ入って行ってしまった。
「……大きな建物」
木製だと思うが、立派過ぎて判断出来ない。もしかしたらアテナが知らない材料の建築方法の代物なのかもしれないが……
そんな事を考えつつ、少し手持ち無沙汰なアテナは好奇心か、そっと建物の中を覗いてみた。
「…わぁ…」
藁の柔らかい匂いが鼻をくすぐる。そこには何十という馬が飼育されていた。賑やかな声と、しきりに限られた場所を動く音…
中にはゆったりと足を折って休む馬もいる。
「すごい………こんなにたくさんどうするんだろう?」
アテナが疑問を口にしていると、覗いていた小さな窓に一匹の馬がやってきた。
何十といる馬の中、一際美しい純白の毛並と澄んだ瞳を持った馬──
アテナは一瞬あまりの美しさに息を飲んだ。
「…綺麗。一瞬、天馬かと思っちゃった」
──昔、絵本で読んだお話。
そこには、気高く主人につかえる馬が描かれていた。
そんな純白の馬はアテナに人懐っこい様子で擦り寄って来た。
「きゃっ…ふふ、くすぐったい…。そうだ、アナタお名前は…」
「ホワイトタイガースペシャル花子」
「………え」
気が付くと、いつの間にかアテナの後ろにザードが戻ってきていた。
「だっせぇ名前だよな。そいつ、親父の馬なんだが…メスだからって花子はねぇよなぁ」
…それ以前の問題のような気がするが。ホワイトとかタイガーとか…
「それに比べて俺様の馬は、最高に最強なやつだ!」
ザードの隣には、以前ここまで乗って来た漆黒の馬が静かに立っていた。
対照的に主人は腰に手を当てて宣言した。
「コイツは──ブラックスクリュードライバーインパクト!」
同じっー──!!
「ふふんっ、どうだ!かっこよすぎて痺れるだろ!」
「……え…ええ」
親子って、センスも似るものなんだ…とアテナは胸の奥にしまった……
「ザード様?」
「はっ…!」
アテナは首を傾げた。
「大丈夫ですか…?なんだか、ボッーとしていましたけど…」
「……なんでもねぇ」
──ザードは困惑した。
今のは過去の情景だ。何度も繰り返し思い出し、頭から離れない『傷』。
しかし、今日のはあまりに鮮明過ぎて、今の状況を把握出来なくなっているほどだ。
目だけ動かして、周りの様子を確認する。
窓から漏れる木漏れ日。
簡素な机の隣には、先日持ってきてやった布織り機が置いてあり、ベッドには色とりどりの布が綺麗に畳まれ重ねられている。
──塔にいた時と変わらないじゃないか。
と、言ったのだが頼んだ本人はそれでも欲しがった。
ザードはそこまで回想すると、アテナの部屋に来ていた事をやっと思い出した。
──あの日、アテナが泣いてる姿を見てから、なるべく毎日部屋に顔を出し、出来るだけ要望を聞くようにしている。
それは、罪悪感からかもしれないし…償いかもしれない…
──誰への?
───何の?
ザードは頭を振った。
「(罪悪感も償いもコイツを帰せば済むことじゃねぇか)」
それを何故しないのか…
自分でもはっきりとした理由が分からない。ただ、漠然と脳裏に焼き付く、青い『ソレ』を手放す事を拒否してしまっていた。
「…あの、ザード様…私、欲しい物があるんです」
様子の変なザードを見て、アテナは話題を変えるように言った。
「先日持って来て頂いた布織り機…それで新しい布を織りたいんです。その為に、アカイナの実が欲しくて…」
「…アカイナの実?」
「日の照る場所に生えている赤くて小さな木の実です」
「…日の…照る場所…ね」
ザードは少し考えてから、
「その場所まで案内してやるから、後は自分で探しな」
部屋の外を顔で指した。
・
・
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アテナはここに連れて来られてから、城内を見回った事がない。見た所と言えば、長い廊下と寝泊まりしている部屋のみである。だから、アテナはザードの後に歩きながらキョロキョロとその風景に見入ってしまっていた。
──廊下の隅々まで並べられた武具。
よく見ると、只の装飾品ではなくてキチンと使えるようになっているらしい。一部は黒い染みが付いている。
床は城らしく大理石……と思うのだが、黒すぎて本当のところは分からない。恐らく、掃除がなされていないのだろう。
天井からはシャンデリア……の跡だと思われる棒が吊り下がっていた。
この国の人達から推測すると…壊してしまったのだろう。
外見も内部も何だか城と言うより『要塞』そのものだ。
アテナはちょっと苦笑した
アテナの笑いに気付いてかザードはジロリと睨んだ。
「…おい、またキョロキョロしてるぞ」
「えっ?」
「前にも言ったが…」
ザードはそこまで言うと、クスリと笑って呟いた。
「…ま、今は俺がいるから大丈夫か」
──初めてあった時に比べると、ずいぶんと表情が柔らかくなった…
アテナもつられて微笑み返した。
長い廊下を抜け、折れたらしい武器などが散らばる中庭を過ぎると、平屋の大きな建物が見えてきた。
「ちょっと待ってろ」
ザードはその場にアテナを静止させると、建物の中にスタスタ入って行ってしまった。
「……大きな建物」
木製だと思うが、立派過ぎて判断出来ない。もしかしたらアテナが知らない材料の建築方法の代物なのかもしれないが……
そんな事を考えつつ、少し手持ち無沙汰なアテナは好奇心か、そっと建物の中を覗いてみた。
「…わぁ…」
藁の柔らかい匂いが鼻をくすぐる。そこには何十という馬が飼育されていた。賑やかな声と、しきりに限られた場所を動く音…
中にはゆったりと足を折って休む馬もいる。
「すごい………こんなにたくさんどうするんだろう?」
アテナが疑問を口にしていると、覗いていた小さな窓に一匹の馬がやってきた。
何十といる馬の中、一際美しい純白の毛並と澄んだ瞳を持った馬──
アテナは一瞬あまりの美しさに息を飲んだ。
「…綺麗。一瞬、天馬かと思っちゃった」
──昔、絵本で読んだお話。
そこには、気高く主人につかえる馬が描かれていた。
そんな純白の馬はアテナに人懐っこい様子で擦り寄って来た。
「きゃっ…ふふ、くすぐったい…。そうだ、アナタお名前は…」
「ホワイトタイガースペシャル花子」
「………え」
気が付くと、いつの間にかアテナの後ろにザードが戻ってきていた。
「だっせぇ名前だよな。そいつ、親父の馬なんだが…メスだからって花子はねぇよなぁ」
…それ以前の問題のような気がするが。ホワイトとかタイガーとか…
「それに比べて俺様の馬は、最高に最強なやつだ!」
ザードの隣には、以前ここまで乗って来た漆黒の馬が静かに立っていた。
対照的に主人は腰に手を当てて宣言した。
「コイツは──ブラックスクリュードライバーインパクト!」
同じっー──!!
「ふふんっ、どうだ!かっこよすぎて痺れるだろ!」
「……え…ええ」
親子って、センスも似るものなんだ…とアテナは胸の奥にしまった……