第二話 未体験の知識

──その時、突然後ろが騒がしくなってきた。
元々段取り等でバタバタしていたが、それとは違う短めの悲鳴や困惑の声が聞こえてくる。
"花嫁"は何事かと振り返ると、瞬間、視界が黄色で埋め尽くされた。
否、何かフカフカの丸いものが顔にくっついている。
従者の驚愕と困惑の声を聞きつつ、無言でベリッと剥がすと、
「ピッ!!」
「雛?!」
何故か農国の脱走雛が現れた──!!
「ど、どうしてここに?!」
「ピッッ!!」
「わぶっ!」
「わぁ、な、なんて事だ!お待ち下さい、私、アントニー守護兵長が今お助け…わぁ!野生動物触れない!!」
周りの言葉を遮るように、雛は再び"花嫁"の顔に飛びついた。
突然現れた謎の生き物に周りの兵や従者は、どうする事もせずワタワタと慌てるだけで何も出来ない。
仕方なしに"花嫁"は自分で何度も雛を剥がし、それを数回繰り返した後、雛の瞳がコチラに向いている事に気が付いた。

小さな瞳が泣きそうに揺れている──

「…雛?」
「ビ…」
先程までの威勢が失われ、雛は弱々しく"花嫁"の指を抱きしめた。
『いかないで』
「えっ…!?」
『しるう゛ぃ、いかないで』
「…雛」
以前、あの人が言っていた。
動物の瞳を見れば、言いたい事は分かると。

"シルヴィー"は雛の瞳を見つめた。
小さくて幼くて、けれど力強く真っ直ぐ、嘘偽りの無い純粋な瞳。
雛は大きく鳴いた。

『あきらめないでいっしょにとぼうよ』

"シルヴィー"は小さく呟く。
「貴方は…怖くはないの?」
「ピ」
「だって、籠から出たら狼に襲われるかもしれない。迷子になってしまうかもしれない。それに──沢山の人の期待や未来を裏切ってしまうかもしれないのよ」
「ピッ!!」
“シルヴィー”の問いに雛は全身を使い頷き、意思の強い瞳で空を見上げた。

雲一つない青い空に風は緩やかに吹き、天高く渡り鳥が飛んでいる。

“シルヴィー”は再び舞台を見回した。
民衆達は祝福の言葉を叫んでいる。
左手の貴族席では母親が他の貴婦人達にドレスと宝石を見せびらかしている。
右手の王族席では相変わらず退屈そうな王子や目を輝かせて周囲をキョロキョロ見る青髪の女性そして──よそ見せずに"シルヴィー"を見つめる王子がいた。

"シルヴィー"は目を伏せると脳裏に"あの言葉"が蘇った。

『誰でも、体験したことね事は怖いべや。でも──それを乗り越えば、新しい風景が見えるけぇ』
「──はい!」
“シルヴィー”の瞳が強い意思に輝いた。
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