第二話 未体験の知識
「…どうして、ここに?」
"シルヴィー"は静寂に耐えかねて、掠れたような小さな声を出した。
式前にわざわざ他国の花嫁に会いに来るなんて、よっぽどの理由が無ければ行わない。
挨拶や祝いの言葉だって農国からの祝辞として、式中に述べれば良い。
──そう考えていた"シルヴィー"の手元にサルゴンは一冊の本を差し出して来た。
「…これを、返そうかと」
「百科事典…」
それは以前"シルヴィー"が落としてしまった本だ。
昨日もそれを引き取りに行った──という建前で農国へ行きサルゴンに会ってきた。
どうやら律儀に返しに来てくれたようだ。
──しかしながら、何故、よりにもよって挙式当日に?
"シルヴィー"が少々困惑気味に見上げると、サルゴンは一瞬苦しそうな表情を浮かべて、優しく微笑んだ。
「ごめんな。こんな日に返すんのは、マナー的に良くねぇって分かってるだが……でも、今日返しておかねとさ…また、"フェルナンドの花嫁さん"に会いたくなるけぇ」
"花嫁"は体をビクリと震わせた。
「サルゴン様…私は、私の名前は──花嫁ではないです。私は…私は」
"花嫁"は目を見開き、サルゴンに歩み寄る。
「私の名前を、呼んで下さい…」
脳裏に過ぎる。
暖かな日差し、爽やかな草原、心地良い風。
優しげな深緑の瞳、揺れる薄紫の髪──穏やかな声。
昨日まではすぐ隣にあった。
今もすぐ目の前にいるのに──触れられるのに…
しかし、"花嫁"の眼前に大きな掌が出され、静止させられた。
「サルゴン様…」
「……」
窓からの光がキラキラと輝き、空は晴れ渡っている。
"農国王子"は悲しそうに微笑み、"知の花嫁"の元から無言で退室した。