第一話 始まりの一織り
「……お前、名前なんだよ」
優しく兎を撫でる布姫を見ながら、ザードは椅子に腰掛けた。
「え…」
「いつの間にか俺の名前知ってやがるし…だったらお前の名前も教えるべきだ。不便だしな」
布姫は何も言えなかった。
「……ないです」
「俺には言えねぇってのか?」
「ち、違います!あの…私には、名前が…」
『ないんです』その語尾は小さな声で掠れてしまった。
「…ない?」
「……皆には『布姫』と呼ばれていましたが…それは名前ではなくて…私の役割としての呼び名でした。本当の名前は付けられてません…」
言葉を選びつつ、兎を撫でる手は震えた。
布姫は生まれたばかりに母共々焼き殺されかけた。命は助かったが、塔に軟禁され布を織るだけの日々を過ごした。
『布を織る道具』として生かされる事を許され、故に名前を付けられる事は無かった。
改めて、自分の置かれていた状況に心が痛んだ。
『布姫』は沈黙するザードに気付くと、精一杯に笑顔を作って続けた。
「ご、ごめんなさい!あの…私の事は気になさらず、好きに呼んで下さい。どうせなら、同じく布ひ…」
「…アテナ」
「はい?」
ザードは勢いよく立ち上がった。
「今日からお前は『アテナ』だ!」
「え…ええっ?」
腕の中の兎は鼻をヒクヒクと動かした。
「それは…」
「名前がねぇなら付ければ良い話だ。布キレだか紙キレだか知らねぇが、んなのは捨てな!」
ザードは真っ直ぐ指差し、宣言した。
「お前の名前は今日から、戦の守り神の名を借りて…『アテナ』だ!」
「…ア…テナ」
『アテナ』は自分の名前を反芻した。
「…ちょっと…恥ずかしいです、ね」
「俺様がわざわざ付けてやったのに気に入らねぇのか」
「い、いえ!そんな事ないです!凄く…凄く嬉しいです」
じわり、と涙が溢れた。
名前などと、当たり前の事なのに…嬉しくて言い表せない感情で胸がいっぱいになる。
「なっ!?な、泣くほど嫌なら…」
「ありがとうございます、ザード様」
アテナは泣きながら笑顔を作った。
今までは『道具』として生かされてきた。しかし、今名前を貰い『人間』として生きて良いのだと認めて貰えた。
これが、本当に生きるという事なんだ…
流れる涙は先程とは違い、暖かかった。
「……わ、笑えるじゃねぇか、たくっ」
ザードは居心地悪そうに頭をかき、呟くとアテナから離れ、入口に向かった。
「………泣かして、悪かったな」
「え?」
…ああ。やっぱり見られてたんだ。
アテナは再び顔を赤らめた。
先程、やはりザードは自分が泣いている姿を見ていたのだ。
だから突然に兎を連れてきたり、名前を付けてくれたりしてくれたのかもしれない。
「何か他に欲しいもんがあったら言いやがれ!また不満で泣かれたらたまったもんじゃねぇからな!」
ザードはそう吐き捨てる様に言い残すと、ドアを壊す勢いで大きな音をたてながら、立ち去った。
アテナはそれを見つめて、
「…ありがとうございます」
再び礼を言った。
優しく兎を撫でる布姫を見ながら、ザードは椅子に腰掛けた。
「え…」
「いつの間にか俺の名前知ってやがるし…だったらお前の名前も教えるべきだ。不便だしな」
布姫は何も言えなかった。
「……ないです」
「俺には言えねぇってのか?」
「ち、違います!あの…私には、名前が…」
『ないんです』その語尾は小さな声で掠れてしまった。
「…ない?」
「……皆には『布姫』と呼ばれていましたが…それは名前ではなくて…私の役割としての呼び名でした。本当の名前は付けられてません…」
言葉を選びつつ、兎を撫でる手は震えた。
布姫は生まれたばかりに母共々焼き殺されかけた。命は助かったが、塔に軟禁され布を織るだけの日々を過ごした。
『布を織る道具』として生かされる事を許され、故に名前を付けられる事は無かった。
改めて、自分の置かれていた状況に心が痛んだ。
『布姫』は沈黙するザードに気付くと、精一杯に笑顔を作って続けた。
「ご、ごめんなさい!あの…私の事は気になさらず、好きに呼んで下さい。どうせなら、同じく布ひ…」
「…アテナ」
「はい?」
ザードは勢いよく立ち上がった。
「今日からお前は『アテナ』だ!」
「え…ええっ?」
腕の中の兎は鼻をヒクヒクと動かした。
「それは…」
「名前がねぇなら付ければ良い話だ。布キレだか紙キレだか知らねぇが、んなのは捨てな!」
ザードは真っ直ぐ指差し、宣言した。
「お前の名前は今日から、戦の守り神の名を借りて…『アテナ』だ!」
「…ア…テナ」
『アテナ』は自分の名前を反芻した。
「…ちょっと…恥ずかしいです、ね」
「俺様がわざわざ付けてやったのに気に入らねぇのか」
「い、いえ!そんな事ないです!凄く…凄く嬉しいです」
じわり、と涙が溢れた。
名前などと、当たり前の事なのに…嬉しくて言い表せない感情で胸がいっぱいになる。
「なっ!?な、泣くほど嫌なら…」
「ありがとうございます、ザード様」
アテナは泣きながら笑顔を作った。
今までは『道具』として生かされてきた。しかし、今名前を貰い『人間』として生きて良いのだと認めて貰えた。
これが、本当に生きるという事なんだ…
流れる涙は先程とは違い、暖かかった。
「……わ、笑えるじゃねぇか、たくっ」
ザードは居心地悪そうに頭をかき、呟くとアテナから離れ、入口に向かった。
「………泣かして、悪かったな」
「え?」
…ああ。やっぱり見られてたんだ。
アテナは再び顔を赤らめた。
先程、やはりザードは自分が泣いている姿を見ていたのだ。
だから突然に兎を連れてきたり、名前を付けてくれたりしてくれたのかもしれない。
「何か他に欲しいもんがあったら言いやがれ!また不満で泣かれたらたまったもんじゃねぇからな!」
ザードはそう吐き捨てる様に言い残すと、ドアを壊す勢いで大きな音をたてながら、立ち去った。
アテナはそれを見つめて、
「…ありがとうございます」
再び礼を言った。