第二話 未体験の知識

「分かっているんです…私の役割がどれだけ大きい事か」
草原に座ったシルヴィーは空を仰いで、瞳を閉じた。
「私がフェルナンド様の子を産めば、ヴィーナス家だけでなく王家や国も繁栄する。だから、今回の婚礼は絶対に行われなければならない……その事は頭では分かっているのです。けれど」

二人の頭上を一羽の鳥が飛び去った。

「私は…一人の人間として、生きていないのではと、そう気付いてしまって……私は生まれた時から親や周りの言いつけ通りに生きてきました。疑問も疑いもせず、それが私の生まれた意味なのだと思っていました」
シルヴィーは黙って話を聞くサルゴンに視線を移した。
サルゴンは正面を見詰め、表情から感情は読めない。ゆるやかな風に目を細めて揺れる草原を瞳に写していた。
「先日、サルゴン様と雛を探す為に農国を回って、思ったのです。『ここには何もないな』と。ここには、決まりも足枷も何もないと…だから──」
シルヴィーはゆっくりと正面に顔を向け、一旦溜める。言葉を探すように胸に手をやり、息を吸い込む。
「羨ましい、と思ったのです」

丘の向こうでゴンが草を食んでいる。
その横を雛がクルクルと走り回っている。

「私は…──将来の決まった雛です。生まれて、主の言うとおりに卵を産んで、死んでいく…飛べない雛です」

丘に強い風が吹き抜ける。
背後の森は意志を持つかのようにザワザワと唸り、丘の草花は大きくしなり地面に伏せた。
走り回っていた雛はコロコロと転がり、ゴンの足にぶつかる。
シルヴィーは乱れる髪を抑え、身を縮ませた。
しかし、サルゴンだけは微動だにせずゆっくりと目を伏せるのみだった。

「…確かに」
突風が過ぎ去り、今まで黙って聞いていたサルゴンがポツリと呟いた。
シルヴィーが顔を向けると、先程までの感情が読めない顔から一変、優しくニコリと微笑み言葉を続けた。
「確かに、シルヴィーは雛にそっくりけぇ」
「…そうですよね」
「んだ。まだまだ未熟なちっこくて可愛い雛だべな」
──否定もお世辞も言わない。
サルゴンの真っ直ぐな言葉にシルヴィーは何故か安心感を感じた。
そう、別に否定も慰めもいらないのだ。
それが"現実"で"事実"なのだから。
下手に否定されては"シルヴィー自身を否定する"事になる。
だから、それでいい──しかしながら、シルヴィーは自身の"現実"に胸が痛くなってしまった。
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