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Esperanza Leon(完結)

レオ達国王五人は再び会議を行っていた最初の部屋へと戻った。
老婆には万が一を考えて護衛を付けて帰らせ、残った兵士達は城の警備をより一層堅くさせた。
これも赤ん坊の為だ。
王の座を狙う者にとって一番の狙い目は国王の実子…次期王位継承者である。
五つ国の掟として、次期王位継承者の男子が不慮の事故であったとしても亡くなってしまった場合、国王を含む血縁者は全て命を落としてしまう。
…そして武国では王、ならびに次期王位継承者を殺した者が次の武国王になる…
だから、暗殺するのならば赤ん坊時代の継承者が一番の狙い目なのだ。
だから、一層警備を強化しなければならない。

そんな重いモノを背負っているのを知ってか知らずか…赤ん坊は無邪気にケラケラ笑っていた。

「キャッキャウーアゥー」
「お喋りさんだね~うーんかーわいいー☆」

リーフはニコニコと未だにレオの腕の中にいる赤ん坊をあやしている。
やはり赤子ながらに事情を理解しているのか、降ろそうとすると泣き、レオから離れようとしないのである。
それがまた、可愛らしい。

一見すると微笑ましい光景だが、目の前は随分と険悪なムードだった…

レオの前方では眉を寄せ、ナルセスとヒイラギが赤ん坊を睨んでいる。
何が気に入らないのか…と考えるのは愚問だろうか。
色々とあるだろうが…大体彼等が言いたい事は分かる。
分かるが、睨んでいるばかりでは気分が良くない。
レオは溜め息を吐いた。
「…言いたい事があれば言ってくれ」
今までは自分の意見をはっきり言う事など出来なかった。
しかし、何故か今はすんなり言葉に出来る。
それも腕の中の確かな存在のおかげだろう。

──今までとは違う強い意思を感じたのか、ナルセスは一瞬目を細めた。
しかしすぐに元の表情へと戻り、今度はナルセスが溜め息を吐いた。

「こんな事を問うと心情を疑われそうだが…」

一息、間を置く。

「その子は、本当にお前の子供か?」
「?!」

王五人はシンと静まった。
相変わらず赤ん坊は騒がしいが…
「誤解しないでもらいたい…私自身はお前を、その子と母親を疑いたくない。だが、法を司る知国国王としてはこう言うしかない……お前は本当にその子の父親か?…そして、本当にリザ殿が産んだ子なのか?」
ナルセスははっきりとした口調で言う。先程、あんなに動揺していたとは思えない。
目を見れば分かる。本気で問ているのだろう。
「確かに…既成事実があるとお前自身が認めているのだから…まあ、リザ殿と…行為に及んだのだろう。だが、彼女はこの数ヶ月姿を消していた。居場所も分からないと…これはお前から言ってきた事だ。その空白の時間に何が起ったのか…お前は証明出来ない……もしかしたら他の者と深い仲になっていたかもしれない。あるいは、」
「もういい」
レオは片方の掌をナルセスに向け、彼の言葉を止めた。
慌てた様子ではない。
いつも以上に落ち着いている位だ。
レオは抱えた赤ん坊の頬を優しく撫で、目を落としたまま言う。
「ナルセス…お前の言いたい事は分かる。疑うのも仕方ない事だ。……確かに、この子は私の子ではないかもしれない」
「…ほう?」
ナルセスの片眉がピクリと動く。
言葉にはしないが「それで?」と視線で言っている。
しかしレオはそんな視線を意に介さない。
「だが、リザの子だ」
「…証拠は」
「手にこの耳飾りを持っていた。これはリザの物だ」
一同に見えるようにレオは耳飾りを差し出した。
何か猛獣の牙を加工した物である。
普通の牙にしては些か大きく珍しい為、一同の記憶によく残っていた。
「この耳飾りはドラゴンの牙…リザが一番大事にしていた、世界でただ一つしかない宝だ」

『ドラゴン』という言葉は五つ国でも耳慣れない者が多い。
その種族はいわゆる「幻想生物」だ。
本や物語の世界だけにしかいない…そう考える事が普通だろう。

しかし、「幻想生物」は実際に存在している。

五つ国大陸に生息しているかは分からないが、世界のどこかには人間と共存、または敵対している…と伝えられている。
古い文献をなぞると、五つ国大陸にも大昔に幻想生物が飛来し、戦争を起こした…と書いてあったり、何百年に一度天から下りて来て天啓を与えるともある。
その噂程度の話でも、五つ国中に残る古代の遺跡やどの動物にも当てはまらない骨が多く存在している事で噂以上の信憑性が持たれている。
レオ自身も幻想生物の姿を見た事はないが、リザがいつも話してくれた話でその存在は信じていた。


「この耳飾りはリザの先祖がドラゴンを退治した際に戦利品として手に入れた牙を加工した物らしい…動物の牙よりも丈夫でツヤツヤしているだろう…家宝だそうだ」
「へぇ、大理石かな?と思ったけどそれにしては質感が違うね」
「巨大化した猪とかのじゃねぇのか?なぁラルゴ」
「違うわ。動物のだったら加工した時にもっと小さくなるやろ」
一同、耳飾りを珍しそうに覗き込む。
しかし、ナルセスだけは渋い表情を浮かべた。
「その耳飾りがドラゴンのでも猪のでも構わん。その品が本当にリザ殿の物なのか確証はあるのか?…さらに言うと、リザ殿の耳飾りを盗んで持たせたという可能性も」
「この耳飾りはリザの物だ」

レオはピシャリと言い放つ。

「提示できる証拠はない。だが、これだけは言える。リザはどんな時もこの耳飾りを外さなかった。私は幼少からそれを見続けている。大事な物だと聞かされている。世界にただ一つの宝だと…目と耳に焼き付いている…」

レオは少しだけ目を伏せた。
『あの夜』の記憶が蘇る…
彼女の動きに合わせて揺れていた耳飾りはまるで体の一部のように見えた。
落ちた涙で耳飾りが濡れ、地面を跳ねる。
その光景は淫靡で目が離せなかった。


「…私の前では絶対外さなかった…大事な耳飾りを、リザはこの赤ん坊に託した…」
「…成程」

ナルセスは察した様に溜息を吐く。
レオには赤ん坊が誰の子であろうと関係はなかった。
ただ「リザに託された」という事実だけで十分だったのだ。
たとえ自分の子でなくとも、リザとを繋ぐ唯一の存在…形見を手に入れた…

理由はそれで十分だ。


「…死ぬつもりか」

ヒイラギがポツリと呟く。
「忘れてないよな?王族の掟の事。…最初に生まれた王位継承者から一定期間内に他国もガキを作らなくちゃならない…ってな。掟を破れば、もれなく王家は地獄逝き」
「…お前たちなら大丈夫だろう」
「そりゃあな。そこらへんの女を孕ませればいい。キチンと自分の子供だと確認して産ませればいい。だが、お前はどうだ?そのガキが他人の種だったら…」
ヒイラギはワザとらしく手で首を切る動作をする。
いつもならばその軽はずみな行為を注意するナルセスも、肯定しているようにレオを見つめた。
レオは無言だった。
どう転ぼうと、赤ん坊を育てる意志は変わらないらしい。

ラルゴは視線を外した。



「大丈夫だよ!」
静寂に包まれていた室内に突如大声が響いた。
一瞬一同は固まったが、すぐに赤ん坊が泣き出し硬直は解けた。
「…リーフ、いきなり叫ぶと驚くだろう」
「あわわわっ、ごご、ごめんね!!チビちゃんも驚かせちゃったねー」
大声を出したリーフは慌てて泣く赤ん坊を宥めると、改めて一同に向き直った。
「大丈夫、この子はレオとリザさんの子供だよっ」
にっこり微笑むリーフ。
しかし、ナルセスとヒイラギは溜息を吐いた。
何の根拠もなく、当事者でもないリーフに言われても仕方がない。
とにかく確証が取れない今、赤ん坊を実子と決めつけるのは危険なのだ。
「だってチビちゃん、レオにこーーんな懐いてるんだよ?他人なわけないよ、ねー?」
リーフは笑みを絶やさず、赤ん坊の頬を突いた。
すると、赤ん坊はイヤイヤするように、レオの腕に顔を隠す。
「ほらね?レオ以外の人が抱っこしようとしても嫌がるしー、顔の面影もレオにそっくりだしー…レオが親だってこの子自身分かってるんだよ」
「そんなの理由にならんだろ」
「んな事ない」
呆れ顔のナルセスを退けるように、ラルゴが赤ん坊を覗きこんだ。
「赤ん坊ってのは不思議なもんで本能的に親を判断できるんやで。実際、コイツ目見えてへんのにレオにしがみついてるやろ」
「目開いてるじゃねーか」
「アホ。赤ん坊ってのは三月位から視力が付き始めるんや。覚えとき…で、視力がない代わりに匂いで親を見分けるんや。まあ、大半見分けられるのは母親だけらしいけど…今回は、野性的な本能やろうな」
「ラルゴ流石~☆ヒイラギはもっとお勉強しないとね」
「…ちっ」
ヒイラギがそっぽを向くと、ラルゴは一呼吸置いてから
「わても、この子はレオの子やと思う」
レオと赤ん坊を見つめて言った。


レオは少し震えた。
悪寒でもましてや恐怖でもない。
安心を実感したからだ。
口では「自分の子」だとは言ったが、多少なりとも不安があったのかもしれない。
リーフとラルゴに正面から肯定され、ようやく腕の中に「実感」が湧いた。

自分は父親になった。
守るべき者が出来た。

今までは武王として漠然と「何か」を守っていた。
否…護られていた。
しかし、これからはキチンと形のある「者」を護れる。
自分の手で。


「…もう、どんな言葉を投げても無駄だな…」

ナルセスは今までとは違う溜息を吐くと、レオに視線を移した。

「分かった。その赤子はお前の子として育てろ。王家の血を引いてなくとも…お前が死のうとも…私達はもう何も言うまい。その者を護る事が、お前の使命というわけだろう」
「……ああ」

レオはしっかりと頷く。
その瞳には光が射していた。
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