このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Esperanza Leon(完結)

陽が落ち、乾いた地面を大きな雨粒が濡らす。風が雄叫びのように吹き、平原の草を折らんとしている。
嵐による大雨──自分の足元さえおぼろげにしか見えない。しかしそのおかげで足跡も即座に泥でかき消され追手を撒く事が出来た。

「レオ様、もう少しの辛抱です」

空を見上げていたレオの背後で「ボッ」という音共に小さな光が灯された。
振り返るとリザが蝋燭を持ってレオを見つめていた。

「…恐らく野宿に使われているのでしょう…蝋燭もマッチも、毛布も奥にありました」
「…そうか」

レオは頷き、洞穴の奥へと足を進めた。

逃走している途中、洞窟を見つける事が出来た。
リザの言う通り、誰かが野宿に使っていたのだろう。
自然にできた物ではなく、人工で掘られた跡がハッキリと残っている。
しかし作り自体はしっかりしているので今夜身を寄せるのに支障はない…かもしれない。

大雨に紛れ、未だ遠くからは戦いの音が微かに聞こえてくる。
たまにレオを探す声も聞こえるが…敵か味方かは分からない。
…この洞穴も完璧に安全とは言えないが、とにかく体を休めなければ、元より嵐ではこれ以上歩く事は無理だろう。

「夜が明けたら一旦城へ戻りましょう。大丈夫です、相手も疲弊していま─」
「無駄だ」

リザが自分の毛布を地面に敷きつつ、話す口が止まった。

「私が生きている限り、争いは終わらない」
「そんな事…」
「私はそこまでの事をした」
「弱気にならないでください!大丈夫です、レオ様は私が護ってみせます」

リザは力強く笑うが、レオの顔は険しいままだった。
視線をゆっくりと動かし、リザの痛々しい全身を見る。

レオは一つ間を置き、首を振った。

「駄目だ……もう、私の事を護るな」
「何を言っているんですか、それが私の━」
「私のせいでお前が傷付いていく」

レオの拳に力が入る。
自分のせいで何人の者が傷付いたのか…
そして、リザが、どれだけ痛みを感じたのだろう。
全て全て自分のせいだ。弱い自分のせいなのだ。

「私は人を殺した。罪のない者を大勢殺した。本来ならば許されるはずはないのに…こうして生きている。いや、お前に守られ続けている…お前がいなければ私は死ねた。お前が………どうして私を守るんだ」

最後の言葉は絞り出すように、俯いて言った。
リザは何か言おうとする…しかし言葉が見つからないらしく、レオと同じように俯いてしまった。



沈黙がどの位続いただろうか…蝋燭が随分と短くなってしまっている。

リザは予備の蝋燭を求め、誰の荷物か分からない袋を探る。
レオはその様子を壁を背に座り、見つめていた。

「…明日…」

レオは独り言のように呟いた。視線はリザに向けられている。

「夜が明けたら、リザ、お前だけでも逃げろ」
「?!」

リザは反射的に振り返った。
極限の状況で冷静さを失ってしまった…と思ったがレオの瞳は正常だった。
否、今まで映っていた「脅え」が消え、何かを決意しているようである。

レオは言葉を続けた。

「もし敵に捕まったとしても私に脅されていた、と言えば良い…大丈夫だ。私が死ねば誰もお前を疑わない。…何なら、今ここで私を殺してもらっても良い」
「そんな事出来る訳が…!!」
「国王命令だ」

レオはリザの言葉が終わらぬうちにピシャリと言い放った。
…彼が『国王』としての命令を下すのはコレが初めてである…
リザは辛そうな表情を浮かべ、首を振った。しかしレオは調子の変わらず落ち着いていた。

レオは一息間を置く。
一瞬のように感じたが、実際は数分の時が流れていたかもしれない。

「リザ…知っているか?女神の事を」
「…?」
「五つ国の王になると、女神は一つだけ願いを叶えてくれるんだ…どんな願いでも」
「…そう、なんですか」

脈絡もなく語られる…こんな時に話す事でもないし、語るべきでもない。
しかし、レオは真剣な面持ちで話を続ける。

「女神に初めて会った時、私は追い込まれていた。まだ父の死も…自分の犯した事も受け入れられずに…ただ恐れていた。死を。殺されるのを…だから、私は女神に願ったんだ。『死にたくない』『生きたい』と」
「それは…」
「女神は言った"嘘はつかない""約束は破らない"と…だから、私は死なない。きっと今回も…」

視線を落とすレオを見つめながら、リザは思い返した。
…確かにレオ様は毎日刺客に狙われているのにもかかわらず"奇跡的に"今も大きな怪我もなく"生き残っている。"
自分が四六時中護っているとはいえ、よく考えれば不自然なのかもしれない。
若いながら圧倒的な強さを持つ…それは、実力ではないのだろうか?
女神によって仕組まれた、偽りの━

「もう、お前が傷付くのを見たくない」
「レオ様」
「私は生きたい…死にたくない…だが、それ以上にお前を失いたくないんだ…」

レオの脳裏に、女神に言われた事がよぎる。しかしそれをリザに言う事は出来なかった。
言葉にしたが最後…彼女が消えてしまいそうな錯覚を感じてしまったからだ。

リザはそれを知ってか知らずか、悲しそうな表情を浮かべるレオの肩を掴み叫んだ。

「私の使命はレオ様をお守りする事です!ですからどんな事があろうと私は…命に代えても貴方を守りま…!!」

リザはハッとし、慌てて手を放した。
レオは主君だ。主君の肩を掴むなんて不敬。
だって我々は主従だ。そんな、

いや、違う、そうではない。それは言い訳だ。自分に言い聞かせて納得させてきた偽りだ。
触れて気付いてしまった。
熱くなった顔に。高鳴る鼓動と痛みに。
『国王と部下でなければ…』と脳裏に横切った事に。
──自分の感情に。

リザは一瞬俯くが、すぐに真剣な面持ちで改めてレオに向き直り言葉を続けた。

「レオ様は…私がこの場所から逃げた後、死ぬつもりですか?」
「…それでお前が助かるなら、そうする」
「そうですか」

リザは俯き、沈黙する。
彼女が考えている事が何なのかは分からない…だが、どんな答えを出そうとレオは無理矢理にでも明日リザを逃がす事を決めていた。

…きっと女神に懇願すれば自分が死ぬ事を許してくれるだろう。そして、リザを助けてくれる。
女神は根本的に慈悲深く、誰よりも人間を愛しているのだ。
だから、きっと…

「分かりました」

静寂を破り、突然リザは頷いた。
何が分かったのか…朝逃げる事だと良いのだが…分からないが、決意した様に強くハッキリした眼差しをレオに向けた。

「主君の命令には逆らえません。明日、私はここから逃げます」
「そうか」
「ただし」

レオが安堵の笑みを浮かべた瞬間、リザはおもむろに上半身を守る鎧を脱ぎ始めた。
鎧の下はすぐに晒し布が巻かれている。
レオは訝しげな視線投げかけたが、リザは構わず晒し布にまで手をかけた。

「リ…リザ?!」
「レオ様は死ぬつもりなのでしょう、私を逃がす為に」
「な、何を…?!」
「国王は世襲制です。レオ様が亡くなっては武国は継ぐ者がいなくなり…新たな王を決める為、争いが起こります」

レオは話を半分だけしか聞いていない。
…否、聞けなかった。
すぐ目の前で女性が上半身を露わにしようとしている。
目的は…いやまさか…?!
脳裏に色々なモノが錯綜し、リザの話がまともに頭へ入って来ない。

リザもレオの様子でその事を察し、自ら彼に詰め寄った。

レオの手を取り、途中まで解かれた晒し布に当てる。
そして彼の手を借り、ゆっくりと再び解きだした。

「…レオ様に死ぬ覚悟があるのなら、私にも覚悟があります」

耳元で囁かれ、レオの体は熱せられたように熱くなった。
胸の高鳴りが頭の先から爪先にまで伝わってきている。

拒もうとすれば容易に拒めるだろう。
だが、そんな事が思い浮かぶワケがなかった。

「(リザの声が聞きたい)」

何を考えている?上手く考えられない。

「(リザに触れたい)」

雨音という雑音が消え、晒し布が解ける。

「レオ様」
「……」
「命を、繋いでください」

レオはリザの言葉に応えなかった。
血で汚れた手で彼女の頬に触れ、そっと口付けをした。
33/42ページ