Esperanza Leon(完結)
路地裏には、表通りの美しさとはまた別の空間が広がっている。
甘ったるい香りと共に、その通りは娼婦館が並んでいるのだ。
『娼婦』といっても、他国のように路上に立ち不特定の男を呼ぶような女はここにはいない。
創国にいるのは全て『高級娼婦』と呼ばれる女性達だ。
彼女達は高い教養と誰もが溜息を吐く美貌を持つ者のみがなる事を許され、富豪や高官を相手にする。
高い金を払わねば、顔も拝めない位である。
ただ女が抱きたければ他国へ行けばいい。
しかし絶世の美女を一時でも自分の物にしたければ、創国へ来るしかない。
「まさに、全ての欲望を満たさす事が出来る場所…だよな」
ヒイラギは両脇に美しい女を抱えながらケラケラと笑った。
ヒイラギとレオは高級娼婦の中でも指折りの女が在籍しているという場所へやってきた。
ヒイラギは慣れた手付きですぐに二人女を買い、個室へ入った。
金は大丈夫なのかとレオは心配したが、札束をバサリと出されては何も言えない。
女二人は薄い布を一枚着ているだけで、とても無防備だった。
よく見なくても豊満な裸体が見えてしまう。
さらにその体をしつこいくらいにヒイラギへと擦りつけ、甘い吐息を耳元へかけている。
その様子はまるで発情した獣のようで、思わず生唾を飲み込みたくなってしまう。
しかし、凝視するわけにもいかない。レオは目のやり場に困り、少し離れた椅子へと座ってしまった。
「(私はどうすれば良いのか…)」
「なんだよ、せっかく連れて来てやったのに楽しまないのかよ?」
「い、いや、私は…遠慮する」
レオの拍子の乱れた返事に「ふーん」と興味無さそうに答えると、ヒイラギは女二人の体を弄び始めた。
…まるで『見ていろ』と言わんばかりだ。
荒療法とはいえ、直視出来ないとはいえ、遠慮すると言ったとはいえ…レオの視線はチラリチラリと三人の方へと向けられていた。
部屋の中は甘ったるい香りと女特有の匂いが混ざり、思考を麻痺させる。嬌声で耳も犯される。
異様な空間に、レオは眩暈を覚えた。
「ねぇ…?」
「わっっ」
「貴方も、楽しんで下さいな」
突然声をかけられ、レオは一瞬仰け反った。
改めて視線を向けると…アチラはすでに一人の女で楽しんでいるようだ。
余った女はレオの太股に手を這わせ、ねだるような瞳で見つめてくる。
頭では拒否しているはずだが、体は正直に反応してしまう。
「……ぃ、いや、む、その…わ、私は遠り、ょすると、その…」
「でしたらどうして先程からこちらをチラチラ見ているんです?」
「うっ、さ、触るな」
「くすくす…可愛らしい方ですこと…」
女はクスリと笑い、レオの胸ボタンを慣れた手付きで外して素肌に指を置く。
触れた場所が灼熱のように熱く感じ、レオは顔をしかめた。
全身がドクドクと波打つ。
心臓の鼓動が煩く感じる。
息が苦しい。
女も自身の服?へ手をかけた━その瞬間
「っ、は、離れろ!」
レオの体が動いた。
「えっ」と言葉にならない声を出し、女は軽く突き飛ばされつつ目を見開いた。
異様な行動にヒイラギも手を止めた。
レオは立ち上がり、ヒイラギに向き直る。
「す…すまない。やはり私は、その……帰らせてもらう、すまない」
しどろもどろと目を逸らし、レオは個室のドアへ走った。
後ろから声をかけられたようだが、振り返る気が起きない。
一気に娼婦館の出口に向かう。
━…が、直前で止められてしまった。
出入り口の前に、自分よりも遥かに大きい男が二人。
体つきから見て、此処の用心棒と言ったところだろう。
男二人の目がギロリと光る。
「お客様…花代を頂いておりません」
「は…花?」
「摘んだ花の命は一夜とて特別なモノ…責任もって頂かないと困ります」
男達は含んだように言う。
しかしレオには言っている意味がさっぱり分からなかった。
第一こんな屋敷に花なんてないではないか。
ましてや自分は花など生まれてから数回しか触った事がない。
「な…何かの間違いではないか?」
レオは密かに拳を握りしめた。
自分は武人だ。国王だ。武国の頂点にいる。こんな用心棒風情に負けるわけがない。
言いがかりをつけて通さないのならば……
否
レオは一瞬駆け巡った思考を振り払い、拳を解いた。
今の感覚は知っている。
…城の兵士達を殺した時と同じだ。
理解できない事でパニックになると同時に凶暴な思考が巡る。
ある者が言っていた。
レオは『狂戦士』だと。
普段は冷静で、内面に感情を押し込めているが、ストッパーが一度外れると理性を失った獣のように荒らぶる。
…それはレオ自身自覚している。
自覚せざる得ない。あの日の事があったのだから。
だから普段はより意識して感情を抑えなければならない。
今のように、一度握った拳をゆっくりと伸ばす。深呼吸して、頭の血を全身に行き渡らせるように冷やす。
落ち着いて周りを確認する。音に集中する。もう一度深呼吸して…
「すまない、こういう場所は慣れていないんだ」
自分の本心を言葉にした。
不思議と思った事を正直に言葉にすると冷静になれる。
理屈は分からないが、とにかく落ち着けるのだ。
レオは男達の訝しげな顔を見ながら内心ホッとしていた。
今回も何とか理性が飛ばずに済んだようだ…
もしこんな場所で暴れ始めてしまったら関係のない者はもちろん、ヒイラギも殺してしまうだろう。
…気を付けなければならない。
「お客様、では、単刀直入に言いましょう」
「不粋ですが、致し方ない」
「お支払いください。此処は後払いです」
「まだ頂いておりません」
「此処から出るにはお支払いください」
「こちらも商売です」
「不粋ですが」
息の合った男二人の言葉のバトンにレオは少し後ずさった。
………とにかく、金、ということだ。
金は全てヒイラギ持ち(予定)である。
部屋に戻って、貰ってくれば良いのだが…多分でもなく奴は『行為中』だろう。
気まずい。レオだってその位は空気が読める。
だが、金がなくては外に出れない。
創国に侵入した時のように相手を気絶させても良いが…後に残したヒイラギが責められそうなので却下。
二進も三進もできない。
レオは困ってしまった…
「おいくら、かしら?」
再びしどろもどろと頭がパニック状態になりかけていた、その時…後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
レオが振り返ると、
「御機嫌よう」
派手な帽子を深く被った女性が立っていた。
顔は帽子で見えない。
スラリと細い体をしているが、背はレオとそんなに変わらない。
創国特有の踵の高い靴でも履いているのだろう。
服は素人が見ても分かる高級な物を纏っている。
香水も付けているのか、薫りが心地良く感じられる。先程の女のように脳が麻痺するような甘ったるい物ではなく、高貴でうっとりするものだった。
顔が見えないとはいえ、その全てで彼女が美しい美貌の持ち主だと分かった。
…それにしても彼女のような女性がどうしてこんな娼婦館にいるのだろうか?
レオは男に金を払っているのをぼんやりと見つつ、首を傾げた。
……やはり目的は一つしかないのだろうか?
創国は全ての欲求が満たされる場所だ、同性同士が愛しあう事も容認されている。
だから彼女も…
「さあ、行きましょう」
レオが考え込んでいると、突然手を掴まれた。
グイッと引っ張られ、レオは館の外へと連れられる。
「え、あ、待て、金は…」
「払っておいた、安心して」
クスクスと笑う声が微かに聞こえ、レオはやっと理解できた。
甘ったるい香りと共に、その通りは娼婦館が並んでいるのだ。
『娼婦』といっても、他国のように路上に立ち不特定の男を呼ぶような女はここにはいない。
創国にいるのは全て『高級娼婦』と呼ばれる女性達だ。
彼女達は高い教養と誰もが溜息を吐く美貌を持つ者のみがなる事を許され、富豪や高官を相手にする。
高い金を払わねば、顔も拝めない位である。
ただ女が抱きたければ他国へ行けばいい。
しかし絶世の美女を一時でも自分の物にしたければ、創国へ来るしかない。
「まさに、全ての欲望を満たさす事が出来る場所…だよな」
ヒイラギは両脇に美しい女を抱えながらケラケラと笑った。
ヒイラギとレオは高級娼婦の中でも指折りの女が在籍しているという場所へやってきた。
ヒイラギは慣れた手付きですぐに二人女を買い、個室へ入った。
金は大丈夫なのかとレオは心配したが、札束をバサリと出されては何も言えない。
女二人は薄い布を一枚着ているだけで、とても無防備だった。
よく見なくても豊満な裸体が見えてしまう。
さらにその体をしつこいくらいにヒイラギへと擦りつけ、甘い吐息を耳元へかけている。
その様子はまるで発情した獣のようで、思わず生唾を飲み込みたくなってしまう。
しかし、凝視するわけにもいかない。レオは目のやり場に困り、少し離れた椅子へと座ってしまった。
「(私はどうすれば良いのか…)」
「なんだよ、せっかく連れて来てやったのに楽しまないのかよ?」
「い、いや、私は…遠慮する」
レオの拍子の乱れた返事に「ふーん」と興味無さそうに答えると、ヒイラギは女二人の体を弄び始めた。
…まるで『見ていろ』と言わんばかりだ。
荒療法とはいえ、直視出来ないとはいえ、遠慮すると言ったとはいえ…レオの視線はチラリチラリと三人の方へと向けられていた。
部屋の中は甘ったるい香りと女特有の匂いが混ざり、思考を麻痺させる。嬌声で耳も犯される。
異様な空間に、レオは眩暈を覚えた。
「ねぇ…?」
「わっっ」
「貴方も、楽しんで下さいな」
突然声をかけられ、レオは一瞬仰け反った。
改めて視線を向けると…アチラはすでに一人の女で楽しんでいるようだ。
余った女はレオの太股に手を這わせ、ねだるような瞳で見つめてくる。
頭では拒否しているはずだが、体は正直に反応してしまう。
「……ぃ、いや、む、その…わ、私は遠り、ょすると、その…」
「でしたらどうして先程からこちらをチラチラ見ているんです?」
「うっ、さ、触るな」
「くすくす…可愛らしい方ですこと…」
女はクスリと笑い、レオの胸ボタンを慣れた手付きで外して素肌に指を置く。
触れた場所が灼熱のように熱く感じ、レオは顔をしかめた。
全身がドクドクと波打つ。
心臓の鼓動が煩く感じる。
息が苦しい。
女も自身の服?へ手をかけた━その瞬間
「っ、は、離れろ!」
レオの体が動いた。
「えっ」と言葉にならない声を出し、女は軽く突き飛ばされつつ目を見開いた。
異様な行動にヒイラギも手を止めた。
レオは立ち上がり、ヒイラギに向き直る。
「す…すまない。やはり私は、その……帰らせてもらう、すまない」
しどろもどろと目を逸らし、レオは個室のドアへ走った。
後ろから声をかけられたようだが、振り返る気が起きない。
一気に娼婦館の出口に向かう。
━…が、直前で止められてしまった。
出入り口の前に、自分よりも遥かに大きい男が二人。
体つきから見て、此処の用心棒と言ったところだろう。
男二人の目がギロリと光る。
「お客様…花代を頂いておりません」
「は…花?」
「摘んだ花の命は一夜とて特別なモノ…責任もって頂かないと困ります」
男達は含んだように言う。
しかしレオには言っている意味がさっぱり分からなかった。
第一こんな屋敷に花なんてないではないか。
ましてや自分は花など生まれてから数回しか触った事がない。
「な…何かの間違いではないか?」
レオは密かに拳を握りしめた。
自分は武人だ。国王だ。武国の頂点にいる。こんな用心棒風情に負けるわけがない。
言いがかりをつけて通さないのならば……
否
レオは一瞬駆け巡った思考を振り払い、拳を解いた。
今の感覚は知っている。
…城の兵士達を殺した時と同じだ。
理解できない事でパニックになると同時に凶暴な思考が巡る。
ある者が言っていた。
レオは『狂戦士』だと。
普段は冷静で、内面に感情を押し込めているが、ストッパーが一度外れると理性を失った獣のように荒らぶる。
…それはレオ自身自覚している。
自覚せざる得ない。あの日の事があったのだから。
だから普段はより意識して感情を抑えなければならない。
今のように、一度握った拳をゆっくりと伸ばす。深呼吸して、頭の血を全身に行き渡らせるように冷やす。
落ち着いて周りを確認する。音に集中する。もう一度深呼吸して…
「すまない、こういう場所は慣れていないんだ」
自分の本心を言葉にした。
不思議と思った事を正直に言葉にすると冷静になれる。
理屈は分からないが、とにかく落ち着けるのだ。
レオは男達の訝しげな顔を見ながら内心ホッとしていた。
今回も何とか理性が飛ばずに済んだようだ…
もしこんな場所で暴れ始めてしまったら関係のない者はもちろん、ヒイラギも殺してしまうだろう。
…気を付けなければならない。
「お客様、では、単刀直入に言いましょう」
「不粋ですが、致し方ない」
「お支払いください。此処は後払いです」
「まだ頂いておりません」
「此処から出るにはお支払いください」
「こちらも商売です」
「不粋ですが」
息の合った男二人の言葉のバトンにレオは少し後ずさった。
………とにかく、金、ということだ。
金は全てヒイラギ持ち(予定)である。
部屋に戻って、貰ってくれば良いのだが…多分でもなく奴は『行為中』だろう。
気まずい。レオだってその位は空気が読める。
だが、金がなくては外に出れない。
創国に侵入した時のように相手を気絶させても良いが…後に残したヒイラギが責められそうなので却下。
二進も三進もできない。
レオは困ってしまった…
「おいくら、かしら?」
再びしどろもどろと頭がパニック状態になりかけていた、その時…後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
レオが振り返ると、
「御機嫌よう」
派手な帽子を深く被った女性が立っていた。
顔は帽子で見えない。
スラリと細い体をしているが、背はレオとそんなに変わらない。
創国特有の踵の高い靴でも履いているのだろう。
服は素人が見ても分かる高級な物を纏っている。
香水も付けているのか、薫りが心地良く感じられる。先程の女のように脳が麻痺するような甘ったるい物ではなく、高貴でうっとりするものだった。
顔が見えないとはいえ、その全てで彼女が美しい美貌の持ち主だと分かった。
…それにしても彼女のような女性がどうしてこんな娼婦館にいるのだろうか?
レオは男に金を払っているのをぼんやりと見つつ、首を傾げた。
……やはり目的は一つしかないのだろうか?
創国は全ての欲求が満たされる場所だ、同性同士が愛しあう事も容認されている。
だから彼女も…
「さあ、行きましょう」
レオが考え込んでいると、突然手を掴まれた。
グイッと引っ張られ、レオは館の外へと連れられる。
「え、あ、待て、金は…」
「払っておいた、安心して」
クスクスと笑う声が微かに聞こえ、レオはやっと理解できた。
