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Esperanza Leon(完結)

「(自分はいつ移動していたのだろう?)」

レオは虚ろな意識でようやく今、自分がどこにいるのか把握できた。
壁の補強で使われている鉄板が錆びたように赤黒く染まっている。今度張り替える…と言っていたがまだなのか。窓の外から白い煙が見え、空は灰色に染まっているのはこの国の工場が出しているものだ。
レオは視界と独特な臭いでここが自分の故郷ではなく、隣の工国だと理解できた。
しかし、自分は先程まで武城にいたはずだ。それにどうして服が変わっているのだろう?確か…確か全身から血の臭いがしていたのに、今は…目の前から臭っている。

目の前には顔馴染みの四人がいた。
いつもは毅然とした態度をしているナルセスが何故か俯いている。
耳を押さえて蹲って震えているのはリーフか。
腕を組んで生気を感じられない視線を送っているのはラルゴ。
そして、血塗れの体で座り込んでいるヒイラギ。

…一体何があったのだろう…
どうして、私ではなくヒイラギが血まみれなのだろう?
下に落ちたナイフに固まったらしい血がこびりついている。
恐らくそれで…いや…考えるのも面倒だ。
私はただ立っている。
それだけでいい。
何が起きたのかなんて、後で聞かなくても誰かが話してくれる。
…話してくれるまで、私が生きていられるかも分からないが…

何だか記憶が鮮明に蘇ってきた。
そうだ、
領主達を集めての定例報告の時、父が死んだと知らされた。
嵐に巻き込まれたのか、他大陸の海賊に襲われたか…とにかく二度と父には会えないだろう。
国王の死を知った瞬間、その場にいた大半の者が私に武器を向けてきた。
玉座を奪う為に。
容赦などされなかった。何度も死神が顔を掠った。欲望の為に、私を亡きものにしようと何人もの男が私を…私を…
その時に何かのストッパーが外れてしまったのかもしれない。
私は、向かって来た者を、殺した。
…中には味方してくれる者もいたが、狂気を止める事が出来なかった。
どの言葉も信じる事が出来なくなっていた。
その後は…確か、リザがやって来て私は気を失った。
流石彼女は強い…意識がはっきりしている今なら、そうやって感心できる。

そして…そして、今ここにいるのは

「さて…なんぎやしが、本題さ」

今までどこにいたのか分からないが、一人の男がのそのそとレオ達の前に出てきた。
欠伸交じりの言葉は全くやる気を感じさせない。風貌はそこらへんの路上生活者のようだが…一応農国イエソドの現国王である。
…言い換えよう。
五つ国を治める五人の国王、唯一の生き残り『モース』。

残りの国王たちはもういない。


「聞いてねーらんんでぃいーんか、ネジが…まあーいーいか…めんどくさい。聞いちょる奴やっさーけ聞け」
モース王は農国独特の言葉で言う。厳密な意味はこの場でラルゴしか分からないだろうが、レオ含め意識のしっかりしている者も大体言いたい事は分かった。

意識して部屋内を見回すと、五人の王子達以外にも何人かの大人達が立っている。状況と服装から察するに、それぞれの国から王子を連れてきた重臣…と言ったところか。
…モースは何か大変な事を話し始めるのか…

「んなぁも知っちょる通り、カジキ、ツリーク、ケルヴィン、エノが続いて死んだ。残っちょるぬや、わーだけ…めんどうやさ…めんどうだから、国王やめる」

…一瞬その場がざわりと揺らいだ。
空間が歪んだような錯覚するほど、突然の出来事だった。理解が遅れる者もいれば、驚きで硬直している者もいる。
…仕方がない。モースの言葉はまるで友達同士でかくれんぼをしている途中で突然『やめる』と言ったノリと全く一緒だったのだから…

昔から彼はそうだ。
何故農国を治められているか分からない位、怠け者…と息子のラルゴも言っていた。実際レオも農国で、モースが川釣りしている姿か木陰で昼寝している姿しか見た事がない。
…だから先程の言葉に何か深い意味があるのか、それとも本当に面倒になったのか…それは彼の眠そうな表情からは見てとれなかった…

レオが茫然と考えていると、いつの間にか何人かの重臣達がモースを囲んでいた。やはり齢12歳のレオ達に王位を譲るのは無謀だと重臣達も思ったのだろう。
何かを口々に言っている。
だが、モースはそれを無視して王位継承者…レオ達一人一人の顔を覗きこみ始めた。
何か反応を期待しているようだが、如何せん反応は薄い。薄いどころかリーフとヒイラギは今何が話されているのかさえ理解できていないようだった。
意識ははっきりしているものの、考える事が億劫になっていたレオは少し視線をモースと合わせたが、すぐに逸らしてしまった。
ラルゴは…溜息だけ。
その中でただ一人、反応したのはナルセスだった。
「モース王!何を言っているのです…王の職務を放棄するというのですか!?四人の国王がいなくなった今、先導を切って民達を導かなくてはならないのは生き残った貴方の使命ではないですか!?」
「……んー」
「今までの貴方は確かに褒められるような王ではなかった…しかし、仮にも王なのです!五つ国の命を司るイエソド国王!今やらずにいつや…」
「そういうめんどな事、嫌いなんさ」
今にも飛びかかりそうな勢いのナルセスをモースは一言で大人しくさせた。
「なんていうか、そう言う事はツリークといケルヴィンんかに任せてたし、どぅーんかいや合ってねーらんと思うんさぁ~。ぬーよりめんどやっさーし、わーで今の状況を改善なんて不可能というか、後始末じゅんにめんどやっさーし、とにかくめんど」
モースは溜息…ではなく欠伸交じりに一度言葉を切ると、大きく伸びをして
「やくとぅ、王様なんてめんどな仕事やめる」
気怠そうに言い放った…

ナルセスは絶句している。二人の様子を見ていたレオも、まさかここまでモース王が酷…潔いとは思わなかった。
こう思っては駄目だろうが…何故よりにもよってモース王が生き残ってしまったのだ。彼がこのまま王の任に付き続けたとしたら確実に五つ国全土が潰れてしまうだろう。
━…そう考えると、王位継承は間違った判断ではないように思えた。


「…んなわけで、ナルセス…知王の初仕事さ」
モースは周りの重臣達が止めるのも聞かず、床に座り込むヒイラギを無理矢理立ち上がらせた。
てっきりヒイラギは意識朦朧で、心ここにあらず…だと思っていたがどうやら意識はしっかりあるらしい。瞳だけをギロリと動かし、腕を掴むモースを睨む。足元もしっかりと床を踏みしめ立っている。
しかし無理矢理立たされた事に抵抗はしない。意識はあるが、抵抗する気力もないのだろうか?
ヒイラギの顔を改めて見ると、普段の明るい雰囲気とはかけ離れまるで死人のように青白い。それに目の下に影を落としていて、自分の友人の『ヒイラギ』とは到底思えぬ変わりようだった…
否、どうせ自分自身も同じようなものだろう…とレオは自嘲気味に内心笑った。体だって拳だって、血の臭いがこびりついている。
同じだ。自分はヒイラギと同じなのだ…
「レオや正当防衛だとして…ヒイラギは父親…いいや国王を、殺したさ。そこに落ちちょるナイフで。ヒイラギに怪我はねーらんみたいだから、レオと同じ正当防衛とや考えられねーらん…やさろ?ヒイラギ」
「…ああ…刺して、止めてやった…」
「本人も認めちょるってことで…さて、新ケフラー国王ナルセス殿、国王殺しの大罪を犯しちゃんヒイラギの罰や如何しようさ」
「なっ…!?」

ナルセスはまるで恐怖から逃げるように一歩後退りした。
当り前だ。
突然国王に任命され、突然ヒイラギの処置を決めさせられる。誰でも動揺してしまうだろう。
…予想は出来ていたが、やはりヒイラギは実の父親を殺してしまったようだ。理由は分からない。他の国王…カジキ王以外の国王が死んだ事と関係がありそうだが…レオはそれ以上考えなかった。考えたくもなかった。

ヒイラギが実の父親をナイフで刺し殺し、そして全身に血を浴びた。
何人もの同胞を殺した自分と、同じように。
…その事実だけで、もう十分だった。

レオの濁った瞳には、首を横に振るナルセスの姿が映っていた━…


「はい、決まりさ。ヒイラギの罪は不問。これからも変わらず…あー…あらんな、これからは工国王として皆を引っ張らんと…な」
モースはあっさりとナルセスの言葉を肯定し、ヒイラギから手を離した。
レオはゆっくりと一同を見回す。
周囲の重臣達はヒソヒソと何かを話している。
視線の先にはナルセス、そしてヒイラギ。一際派手な格好をしている者はリーフを見ていた。
 
ナルセスは未だ唖然とした表情で固まっている。今下した判断に、自分自身納得していないようだった。
法もここまでの状況も分からないレオでも分かった。ナルセスの下した判断は…法も国も何も関係なく、『ナルセス自身が望んだ』事だった。
…友を裁ける勇気がない…ということだろう。しかし、そのおかげでレオの殺人も不問になった、だから何も言えない。

ヒイラギは視線をナルセスから外さず、睨み続けていた。まるでナイフを刺すように、呪っているかのように、ブレることなく、睨み続けている。
死人のような顔で。悪魔のような顔で。見捨てられた子供のように。

リーフは…今の状況に気付いていないようだ。
モースやナルセスが話している時も、ずっとずっと蹲って震えている。何かをブツブツと言っているかと思うと突然泣き出し、頭を抱えて床に顔を押し付ける。何をそんなに脅えているかは分からない。
しかし、以前の彼からは想像も出来ない位…壊れていた。

唯一いつもと変わらないラルゴは大きく溜息を吐いていた。レオと視線が重なると、困ったように肩をすくめる。
…まるで観客のようだ。
目の前で行われている劇を席から見つめる、ただの他人。自分には関係がない。笑う事も拍手も出来ない。
「とんだ茶番やな…」
ラルゴは低く呟くと、空いている壁に背を任せ居眠りを始めてしまった。

レオはぼんやりと思った。
――五つ国は、もう終わりかもしれない…
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