虚との出会い〜松下村塾編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
安穏
昼下がりの穏やかな時間。縁側で繕い物をしていると銀時くんが枕を持って現れた。どうしたの、そう尋ねれば、寝に来た、と短く返ってきた。恰好から分かると笑って言えば、銀時くんは頭を掻いてそのまま私の隣に来て寝転がった。今日は月に数回の松下村塾お休みの日だ。いつものようにサボりだと銀時くんを咎めることもない。
「畳で寝た方がいいのに。身体が痛くなりそう」
「いいんだよ。今日はこれで」
「……知らないからね?」
繕い物を止めて銀時くんの頭を撫でる。白とは違う銀色の髪。こちらではそれぞれの持つ色彩が驚くほどに豊かで美しい。同じ黒髪でも、微妙に茶色が入った私のものより小太郎くんのものの方が艶やかで唯一のものに感じられる。
「おじいちゃんになっても、銀時くんの髪は白くならないかもね」
「……ずっと俺の髪は輝く銀髪に決まってんだろ」
「起きてたの」
「寝てる」
誰でも分かる嘘をつく銀時くんに微笑んで、名残惜しいけれどその頭から手を離す。繕い物に再び取り掛かった私は何となく子守唄を口ずさむ。私も銀時くんの年齢の頃に聴いていた。母、祖母、優しい女の人の声は一体どちらのものだったのだろう。もしかするとどちらもだったのかもしれない。子守唄を聴くと、胸の奥の繊細なところに温かな炎が宿るような気がしていた。それはこの人は私を愛してくれているのだという安心感なのだと思う。
そのまましばらく繕い物を続けていると隣から寝息が聞こえてきた。覗き込むと無垢そのものの顔が気持ちよさそうに微笑んでいる。思わず中指でその頬をつつくと更に笑みを深めた。あまりに幸せそうな寝顔にこの時ばかりは写真が撮れないことを後悔したくらいだ。外からは心地よい風が流れてきている。それは銀時くんの眠りを優しく包むようだった。
「なまえさん」
銀時くんの寝顔を眺めていると幼い声が鼓膜を揺らした。後ろを振り返ると小太郎くんが部屋の襖を開けたところだった。縁側に近い方は私が開け放っていたため、小太郎くんが立っていたのは廊下側の方になる。私は小太郎くんを手招いた。何かあったのだろうか。
「銀時は……寝ているのか」
寄ってきた小太郎くんは、銀時くんを見て声を囁くように小さくする。私は頷いて答えた。
「可愛い寝顔だよね。小太郎くんは何か銀時くんに用事?」
「いや、そういうわけではないが……」
「もしかして、今日は授業がなくて暇になっちゃった?」
私がそう言うと小太郎くんは首肯した。小太郎くんと晋助くんは今の松下村塾になる時に付いてきた二人だ。それぞれ理由があり、今は松陽さんの下で私達と同じように生活を共にしている。松陽さんは授業が休みの日に街に行き用事を済ませるから、この空いた時間を持て余していたのだろう。気を抜くためにも外出を勧めてみてもいいけれど……。
「小太郎くんもお昼寝する?今日は風が気持ちいいし絶好のお昼寝日和だよ」
たまにはこんな日もありだろう。小太郎くんは生真面目な性質で、銀時くんみたいにのんびりとしているところをあまり見ることがなかった。お節介かもしれないけれど少し心配することもあった。
「でも、いいのだろうか」
「よくなかったら銀時くんなんてどうなっちゃうの。枕と、よかったら銀時くんに掛ける羽織も持ってきてあげて」
「わかった」
駆け足で去っていった小太郎くんはすぐに戻ってきた。その手にある羽織を渡され、お礼を言って銀時くんに掛ける。銀時くんは起きる気配がない。顔を見るとどうやら幸せな夢をみているらしい。私を挟んで銀時くんと反対側に小太郎くんが寝転がった。
「なまえさん」
「どうしたの?」
黒曜石の瞳を瞼で隠して小太郎くんは言葉を紡ぐ。
「……俺にも子守唄を歌ってくれないだろうか」
「聞いてたの?」
「ああ。風に乗って声が届いた」
「上手くはないけど、他でもない小太郎くんの望みならしょうがないか」
冗談めかして言えば、小太郎くんは控えめに笑った。それが可愛くて優しく頭を撫でる。細くて美しい黒髪が指の間をするりと抜けていく。艶のある髪は太陽の光で天使の輪を作った。二人に贈るように懐かしい唄を口ずさむ。素朴で拙くて、私も大好きな唄。二人には幼い私が聴いたようなあの優しい旋律が届いているだろうか。そんなことを考えていると、ふと、ここにいないもう一人の子を思い出した。
「テレパシー届いた?」
「なんだそれ」
小太郎くんが寝入った頃、晋助くんがやって来た。縁側を歩いてどこかの部屋に行く途中だったのかただ散歩感覚だったのか。バラバラに行動していても集まる三人を見ていると、この子達は磁石のようなもので引きあっているのかもしれない、そう思った。
「仲良く呑気に昼寝か?」
「最初は銀時くんだけだったんだけど、さっき小太郎くんもやってきたの。今は二人ともすっかり寝入っちゃった。晋助くんはこれから何か用事があるの?」
「ない」
はっきりと断言する晋助くんに、ここに来た時の他の二人の様子が重なる。
「三人とも一緒だよ。松陽さんがいないから皆、暇を持て余してるんだね」
「そんなとこだ」
「じゃあ枕持っておいでよ。晋助くんもたまには銀時くんを見習ってお昼寝してみない?」
「銀時は普段から寝すぎだろ」
「それは言えてる」
会話もそこそこに立ち去った晋助くんにどうだろうと思っていたら、晋助くんも枕を持って戻ってきた。晋助くんは何も言わずに私の背中側に寝転がる。私を取り囲む幸せな包囲網が完成されてしまった。この作戦はきっと誰でも無力化に追い込めてしまう。
「可愛い子達に囲まれちゃった」
「可愛かねえよ」
「残念ながら松陽さんとの会話で皆が可愛いって話題が出るのは殆ど毎日なの」
「……そーかよ」
身体の向きを変えて二人にしたように晋助くんの頭を撫でる。小太郎くんと比べて少し硬さのある黒紫。晋助くんは顔を反対側に向けているけれど、されるがままになってくれている。そのあたりも可愛いと言ったら晋助くんは私の手を払いのけるだろうか。三人の誰かに拒絶されたら、もしかしたら私は泣いてしまうかもしれない。
「何考えてるんだ?」
「いつまで皆が私に頭を撫でさせてくれるのかなって」
「どうでもいい」
「私にとっては大切なの。急な反抗期でも来たら泣いちゃうかも」
晋助くんは私の戯言を鼻で笑う。三人の中でも晋助くんは一番クールだ。それでいて子どもらしいというギャップを使うのだから末恐ろしいのだ。
「じゃあ、俺にも子守唄を歌うなら撫でさせてやる」
傲慢さを感じる口調と内容の乖離が激しい。私は自分の感情に素直に従って形のよい頭を思いきり撫でまわす。すると流石に嫌だったのか軽い力で手を叩かれてしまった。今の私には構いすぎるあまり飼い猫に避けられる飼い主の気持ちが分かってしまう。可愛いは罪なのだ。
「聞こえてた?」
「風で届いた」
ゆっくり撫でると今度は手を叩かれることもない。子守唄を強請られるのは今日で二回目だった。そんなに大きな声で歌ったつもりはなかったけれど、私の思うよりみんなの耳にはしっかり届いていたらしい。
「大きくなっても撫でさせてくれる?」
「さっき言っただろうが。等価交換だ」
「全力で歌うね」
「……さっきくらいでいい」
気合を入れる私とは反対で晋助くんはこちらに顔を向け呆れた顔で訂正を入れる。他愛もない話に付き合ってくれていた深緑の瞳が瞼に隠された。私もそれを見て子守唄を紡ぎ始める。単調な歌詞に単調なリズム。穏やかな寝顔が三人分になるまで時間は掛からなかった。時折三人の寝顔を眺め、作業に没頭する。溜まっていた繕い物が終わってからも何となく起こすのが勿体ない気がして、気が付けば夕方になった。
「おや、皆さんがどこにいるのかと思ったら。子ども達は子猫のように丸まって、随分と可愛らしいですね」
起きる様子のない皆の頬を擽っていると、晋助くんと同じように縁側を歩いて松陽さんが現れた。松陽さんの姿は夕日の色にすっかり染められている。顔には片笑みを浮かべ、泰然とした雰囲気を纏っている。
「松陽さん。用事は終わりましたか?」
「ええ。良さそうな本が数冊ほど見つかりました。教本作りが捗りそうです」
「それはよかったです」
よいしょ、と小さく呟いて松陽さんは銀時くんの隣に腰掛ける。銀時くんの頭を撫でるその手つきは柔らかい。銀時くんの髪は鏡のように光を受け輝く。色素の薄い松陽さんの髪も同様に。紅を纏う二人の姿は一種の神々しさを感じさせた。
「こんな可愛らしいことをするなら先に教えてもらいたかったです」
「私も予想外でした。まるで磁石のようにこの子達は引き付け合うのかもしれません。銀時くんが現れたと思ったら次は小太郎くん、そして晋助くんと揃っていったんです。そして最後は松陽さんまで釣れちゃいましたね」
お昼寝仲間が次々と集まっていく様子は今思うと、少し面白かったのかもしれない。普段は仲良く喧嘩するという言葉が似合う三人組だから余計に。起きた時に何も知らない銀時くんはどんな反応をするだろう。私が目覚めた三人を想像していると松陽さんがおもむろに口を開いた。
「なまえさん。三人が磁石のようだと言うのなら、あなたは一つことを見落としているのかもしれません」
「何かありましたか?」
思いもよらない松陽さんの言葉に首を傾げる。何のことか分からない私を松陽さんは美しい微笑を浮かべて見ている。他者を無償で愛おしむことのできる人だけの、包み込むような眼差し。それを一身に受けると勿体ないような、気恥ずかしいような気持になる。私は松陽さんから発される落ち着いた声を聞くために耳を澄ませた。
「この子達も私もここになまえさんがいなければ集まりませんでした。だから一番強い磁石はあなたですよ」
きっと最初に私のところへやってきた銀色は、ただ単にいつもと違う場所で寝てみようと思っただけだけれど。松陽さんが楽しそうに笑うから否定する気もなくなってしまった。私の口はそうですかね、なんて心とは違うことを言った。
「そうですよ。ほら、この三人の安心しきった顔。よっぽどいい夢を見ているのでしょうね」
松陽さんと改めて三人の顔を見渡す。すると誰かのお腹の虫が鳴った。松陽さんと目を合わせる。松陽さんは銀時ですね、と言った。直後に銀時くんから「めし……」と分かりやすい寝言が零れた。再び私達は目を合わせ、頷き合った。
「そろそろ起こしましょうか」
「そうですね。ご飯を食べないと銀時くんの夢が悪夢に変わっちゃうかもしれません」
「少し面白そうですね」
「松陽さん?」
「冗談です」
三人を順番に揺り動かす。ちなみに一番覚醒が遅かったのは銀時くんだった。一番最初に寝たのに、と晋助くんが指摘したら銀時くん以外の全員が頷いた。
昼下がりの穏やかな時間。縁側で繕い物をしていると銀時くんが枕を持って現れた。どうしたの、そう尋ねれば、寝に来た、と短く返ってきた。恰好から分かると笑って言えば、銀時くんは頭を掻いてそのまま私の隣に来て寝転がった。今日は月に数回の松下村塾お休みの日だ。いつものようにサボりだと銀時くんを咎めることもない。
「畳で寝た方がいいのに。身体が痛くなりそう」
「いいんだよ。今日はこれで」
「……知らないからね?」
繕い物を止めて銀時くんの頭を撫でる。白とは違う銀色の髪。こちらではそれぞれの持つ色彩が驚くほどに豊かで美しい。同じ黒髪でも、微妙に茶色が入った私のものより小太郎くんのものの方が艶やかで唯一のものに感じられる。
「おじいちゃんになっても、銀時くんの髪は白くならないかもね」
「……ずっと俺の髪は輝く銀髪に決まってんだろ」
「起きてたの」
「寝てる」
誰でも分かる嘘をつく銀時くんに微笑んで、名残惜しいけれどその頭から手を離す。繕い物に再び取り掛かった私は何となく子守唄を口ずさむ。私も銀時くんの年齢の頃に聴いていた。母、祖母、優しい女の人の声は一体どちらのものだったのだろう。もしかするとどちらもだったのかもしれない。子守唄を聴くと、胸の奥の繊細なところに温かな炎が宿るような気がしていた。それはこの人は私を愛してくれているのだという安心感なのだと思う。
そのまましばらく繕い物を続けていると隣から寝息が聞こえてきた。覗き込むと無垢そのものの顔が気持ちよさそうに微笑んでいる。思わず中指でその頬をつつくと更に笑みを深めた。あまりに幸せそうな寝顔にこの時ばかりは写真が撮れないことを後悔したくらいだ。外からは心地よい風が流れてきている。それは銀時くんの眠りを優しく包むようだった。
「なまえさん」
銀時くんの寝顔を眺めていると幼い声が鼓膜を揺らした。後ろを振り返ると小太郎くんが部屋の襖を開けたところだった。縁側に近い方は私が開け放っていたため、小太郎くんが立っていたのは廊下側の方になる。私は小太郎くんを手招いた。何かあったのだろうか。
「銀時は……寝ているのか」
寄ってきた小太郎くんは、銀時くんを見て声を囁くように小さくする。私は頷いて答えた。
「可愛い寝顔だよね。小太郎くんは何か銀時くんに用事?」
「いや、そういうわけではないが……」
「もしかして、今日は授業がなくて暇になっちゃった?」
私がそう言うと小太郎くんは首肯した。小太郎くんと晋助くんは今の松下村塾になる時に付いてきた二人だ。それぞれ理由があり、今は松陽さんの下で私達と同じように生活を共にしている。松陽さんは授業が休みの日に街に行き用事を済ませるから、この空いた時間を持て余していたのだろう。気を抜くためにも外出を勧めてみてもいいけれど……。
「小太郎くんもお昼寝する?今日は風が気持ちいいし絶好のお昼寝日和だよ」
たまにはこんな日もありだろう。小太郎くんは生真面目な性質で、銀時くんみたいにのんびりとしているところをあまり見ることがなかった。お節介かもしれないけれど少し心配することもあった。
「でも、いいのだろうか」
「よくなかったら銀時くんなんてどうなっちゃうの。枕と、よかったら銀時くんに掛ける羽織も持ってきてあげて」
「わかった」
駆け足で去っていった小太郎くんはすぐに戻ってきた。その手にある羽織を渡され、お礼を言って銀時くんに掛ける。銀時くんは起きる気配がない。顔を見るとどうやら幸せな夢をみているらしい。私を挟んで銀時くんと反対側に小太郎くんが寝転がった。
「なまえさん」
「どうしたの?」
黒曜石の瞳を瞼で隠して小太郎くんは言葉を紡ぐ。
「……俺にも子守唄を歌ってくれないだろうか」
「聞いてたの?」
「ああ。風に乗って声が届いた」
「上手くはないけど、他でもない小太郎くんの望みならしょうがないか」
冗談めかして言えば、小太郎くんは控えめに笑った。それが可愛くて優しく頭を撫でる。細くて美しい黒髪が指の間をするりと抜けていく。艶のある髪は太陽の光で天使の輪を作った。二人に贈るように懐かしい唄を口ずさむ。素朴で拙くて、私も大好きな唄。二人には幼い私が聴いたようなあの優しい旋律が届いているだろうか。そんなことを考えていると、ふと、ここにいないもう一人の子を思い出した。
「テレパシー届いた?」
「なんだそれ」
小太郎くんが寝入った頃、晋助くんがやって来た。縁側を歩いてどこかの部屋に行く途中だったのかただ散歩感覚だったのか。バラバラに行動していても集まる三人を見ていると、この子達は磁石のようなもので引きあっているのかもしれない、そう思った。
「仲良く呑気に昼寝か?」
「最初は銀時くんだけだったんだけど、さっき小太郎くんもやってきたの。今は二人ともすっかり寝入っちゃった。晋助くんはこれから何か用事があるの?」
「ない」
はっきりと断言する晋助くんに、ここに来た時の他の二人の様子が重なる。
「三人とも一緒だよ。松陽さんがいないから皆、暇を持て余してるんだね」
「そんなとこだ」
「じゃあ枕持っておいでよ。晋助くんもたまには銀時くんを見習ってお昼寝してみない?」
「銀時は普段から寝すぎだろ」
「それは言えてる」
会話もそこそこに立ち去った晋助くんにどうだろうと思っていたら、晋助くんも枕を持って戻ってきた。晋助くんは何も言わずに私の背中側に寝転がる。私を取り囲む幸せな包囲網が完成されてしまった。この作戦はきっと誰でも無力化に追い込めてしまう。
「可愛い子達に囲まれちゃった」
「可愛かねえよ」
「残念ながら松陽さんとの会話で皆が可愛いって話題が出るのは殆ど毎日なの」
「……そーかよ」
身体の向きを変えて二人にしたように晋助くんの頭を撫でる。小太郎くんと比べて少し硬さのある黒紫。晋助くんは顔を反対側に向けているけれど、されるがままになってくれている。そのあたりも可愛いと言ったら晋助くんは私の手を払いのけるだろうか。三人の誰かに拒絶されたら、もしかしたら私は泣いてしまうかもしれない。
「何考えてるんだ?」
「いつまで皆が私に頭を撫でさせてくれるのかなって」
「どうでもいい」
「私にとっては大切なの。急な反抗期でも来たら泣いちゃうかも」
晋助くんは私の戯言を鼻で笑う。三人の中でも晋助くんは一番クールだ。それでいて子どもらしいというギャップを使うのだから末恐ろしいのだ。
「じゃあ、俺にも子守唄を歌うなら撫でさせてやる」
傲慢さを感じる口調と内容の乖離が激しい。私は自分の感情に素直に従って形のよい頭を思いきり撫でまわす。すると流石に嫌だったのか軽い力で手を叩かれてしまった。今の私には構いすぎるあまり飼い猫に避けられる飼い主の気持ちが分かってしまう。可愛いは罪なのだ。
「聞こえてた?」
「風で届いた」
ゆっくり撫でると今度は手を叩かれることもない。子守唄を強請られるのは今日で二回目だった。そんなに大きな声で歌ったつもりはなかったけれど、私の思うよりみんなの耳にはしっかり届いていたらしい。
「大きくなっても撫でさせてくれる?」
「さっき言っただろうが。等価交換だ」
「全力で歌うね」
「……さっきくらいでいい」
気合を入れる私とは反対で晋助くんはこちらに顔を向け呆れた顔で訂正を入れる。他愛もない話に付き合ってくれていた深緑の瞳が瞼に隠された。私もそれを見て子守唄を紡ぎ始める。単調な歌詞に単調なリズム。穏やかな寝顔が三人分になるまで時間は掛からなかった。時折三人の寝顔を眺め、作業に没頭する。溜まっていた繕い物が終わってからも何となく起こすのが勿体ない気がして、気が付けば夕方になった。
「おや、皆さんがどこにいるのかと思ったら。子ども達は子猫のように丸まって、随分と可愛らしいですね」
起きる様子のない皆の頬を擽っていると、晋助くんと同じように縁側を歩いて松陽さんが現れた。松陽さんの姿は夕日の色にすっかり染められている。顔には片笑みを浮かべ、泰然とした雰囲気を纏っている。
「松陽さん。用事は終わりましたか?」
「ええ。良さそうな本が数冊ほど見つかりました。教本作りが捗りそうです」
「それはよかったです」
よいしょ、と小さく呟いて松陽さんは銀時くんの隣に腰掛ける。銀時くんの頭を撫でるその手つきは柔らかい。銀時くんの髪は鏡のように光を受け輝く。色素の薄い松陽さんの髪も同様に。紅を纏う二人の姿は一種の神々しさを感じさせた。
「こんな可愛らしいことをするなら先に教えてもらいたかったです」
「私も予想外でした。まるで磁石のようにこの子達は引き付け合うのかもしれません。銀時くんが現れたと思ったら次は小太郎くん、そして晋助くんと揃っていったんです。そして最後は松陽さんまで釣れちゃいましたね」
お昼寝仲間が次々と集まっていく様子は今思うと、少し面白かったのかもしれない。普段は仲良く喧嘩するという言葉が似合う三人組だから余計に。起きた時に何も知らない銀時くんはどんな反応をするだろう。私が目覚めた三人を想像していると松陽さんがおもむろに口を開いた。
「なまえさん。三人が磁石のようだと言うのなら、あなたは一つことを見落としているのかもしれません」
「何かありましたか?」
思いもよらない松陽さんの言葉に首を傾げる。何のことか分からない私を松陽さんは美しい微笑を浮かべて見ている。他者を無償で愛おしむことのできる人だけの、包み込むような眼差し。それを一身に受けると勿体ないような、気恥ずかしいような気持になる。私は松陽さんから発される落ち着いた声を聞くために耳を澄ませた。
「この子達も私もここになまえさんがいなければ集まりませんでした。だから一番強い磁石はあなたですよ」
きっと最初に私のところへやってきた銀色は、ただ単にいつもと違う場所で寝てみようと思っただけだけれど。松陽さんが楽しそうに笑うから否定する気もなくなってしまった。私の口はそうですかね、なんて心とは違うことを言った。
「そうですよ。ほら、この三人の安心しきった顔。よっぽどいい夢を見ているのでしょうね」
松陽さんと改めて三人の顔を見渡す。すると誰かのお腹の虫が鳴った。松陽さんと目を合わせる。松陽さんは銀時ですね、と言った。直後に銀時くんから「めし……」と分かりやすい寝言が零れた。再び私達は目を合わせ、頷き合った。
「そろそろ起こしましょうか」
「そうですね。ご飯を食べないと銀時くんの夢が悪夢に変わっちゃうかもしれません」
「少し面白そうですね」
「松陽さん?」
「冗談です」
三人を順番に揺り動かす。ちなみに一番覚醒が遅かったのは銀時くんだった。一番最初に寝たのに、と晋助くんが指摘したら銀時くん以外の全員が頷いた。