原作編
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淵源
ふと、私の日常は一体どこにあるのだろうかという考えが頭を擡げた。受験勉強にほどほどに精を出していた私、松陽さんに拾われ松下村塾で子ども達と過ごしていた私、歪に発展した江戸で喫茶店の店員をしている私。そのどれもが等しく最近のことであり今であるような感覚だった。
成長した銀時くんを見て寂しく思ったのは、私が時間に取り残されていることを理解したからだろうか。私の見目は変わらないし記憶は色褪せない。松陽さんはもういないのに、気を抜いた途端に子ども達に囲まれた穏やかな微笑を思い出す。
「……会いたい、のかな」
きっとそれを一番に願っているのはあの子なのだろうけれど。
心に落とされた影は立ち去ることなくそのままになっている。早々に整理のつく問題でもないし、長い付き合いになるのだろうと思う。私に出来るのは銀時くんが伝えてくれたことを一欠片ずつでもいいから呑み込んで、辛くなったら少し休憩して、また向き合うということ。
松陽さんが幕吏に捕らえられた時に、松下村塾は燃やされて跡形もなくなったそうだ。皆でご飯を食べた茶の間も、成長を記した柱の痕も、並んで微睡んだ縁側も。私の知っている知識を、歴史を、出自を全て打ち明けてしまえばよかったのだろうかと思うも、もう全ては終わってしまった。
総悟さんが喫茶店から連れ出してくれてからもずっと考える日々が続いている。昨日ようやく梅さんに帰るはずの場所を失ってしまったことを告げることが出来た。言葉に詰まってしまって上手く喋ることの出来ないでいると優しい相槌で続きを促してくれた。
厄介者だという自覚はある。血が繋がっているわけでも、古くからの友人の知り合いでも何でもない、突然降って湧いたように現れたのが私だった。それなのに梅さんは「……なまえちゃんがいるから、安心して息子のところに来れたよ。もうしばらくすると戻るけど、私が戻ってからもお店の手伝いをしてくれると嬉しい。なまえちゃんはうちの看板娘だからね」と。
私はここにいていいのだそうだ。松陽さんもそういう人だった。当たり前のように手を差し伸べて一番欲しい言葉を与える。何のためらいもなしに与える人達。梅さんにお礼を伝えると温かい笑い声が返ってきた。人の優しさに生かされているのだと世界を超えて何度思ったのかもう数え切れない。そうありたいと何度願ったのかも。
知ってしまえば知らなかった時に戻れるはずもないし、何より隠されるよりは真実を分け与えてくれた銀時くんに感謝をしている。全てを見ない振りをするのは楽で、そうありたいと、逃げ出したいと少しも思わないかと言われたら嘘になる。それでも、全てを置いて歩いていくことが前を向くことだとは思えない。私は松陽さんを、松下村塾での思い出を抱えて、自分の後悔とも向き合って生きていくのだと思う。
銀時くんはあの日から一度、お店に来てくれた。今度は従業員の子達を連れてきてくれるらしい。ただ、依頼が立て込んでいるらしくしばらくは来れそうにないのだと口を尖らせていた。銀時くんは帰る時間になると幼い表情になる。本人は気が付いていないのだろう。素直に指切りに応じる姿はとても可愛らしかった。その姿を見ていると胸に小さな焔が灯ったように温かくなる。
***
あからさまなミスをすることはなくなったけれど、常連さんに私の変化は筒抜けらしい。先日の再来で総悟さんがあれよあれよという間に他の常連さんを丸め込み梅さんを説得した。その結果週に一日の定休日を週に二日、そこまでは私が拒否したものの定休日以外の一日が昼過ぎからの営業になった。
今日はその午後からお店を開ける日。申し訳なさもあるけれど、総悟さんや常連さん、梅さんの気遣いを素直に受け取ろうと思えた。人の優しさは、自分のことでいっぱいになっていた私に、力を抜く手助けをして周りに目を向けさせてくれる。行動するにしても何を選んだら正解なのか分からなくて、胸が騒めく。そんな時には自分以外に委ねるのも一つの手なのかもしれない。そうして出来上がった自由時間。布団を被っているだけなのは忍びなく散歩に出かけることにしている。
朝の澄んだ空気と柔らかい日差しは心を穏やかにさせる。じんわりと広がるような暖かさは朝特有のものだと思う。
喫茶店から少し歩いたところにある川には木橋が架かっている。三メートルほどの幅の川は流れが穏やかで水も澄んでいる。深いところも膝下くらいだろうか。水面が太陽の光を反射して煌めいている。浮かぶ鴨の親子、揺れる水草、誰かが逃したらしい三匹の鯉が人影を見つけると口を開閉させる。大きいのが二匹、小さいのが一匹。これも親子なのだろう。
「食いしん坊って聞いてきたけど、本当だ」
鯉達は餌を撒くと待ってましたと言わんばかりに食いつく。その必死な様子はどこか人間を相手にしているようだった。与えすぎは良くないと餌の雨を止ませると、その手に持っているのは何だと言う目で静かにこちらを見遣る。暫く無言の睨み合いが続いたものの、私がこれ以上は餌を出さないことが分かったのだろう。ふいと顔を外らせて泳いで行ってしまった。きっとまた餌を撒いたら目敏く戻ってくるのだろう。何となくそんな気がする。
常連さんのあるお爺さんはよくこの橋から川を眺めているらしい。気分転換に渡してくれた魚の餌を、せっかくだから総悟さんが増やしてくれたこの休みに使ってみようと思った。魚の餌はホームセンターで見かけるものと一緒だ。江戸時代にプラスチック素材のものがあることの違和感は今更。ここは天人という不思議な人達によって切り開かれた世界なのだから。
そのままぼんやりと川を眺める。そのうちひなたぼっこをしている具合になり、気が抜けてしまったらしい。右肩を叩かれて浮遊していた意識が戻ってきた。振り向くと銀時くんくらいの年齢に見える青年が立っていた。でも銀時くんとは色合いや髪質やら目付きの鋭さやら、色々と反対だ。
「これ、アンタのか?」
「……あ、」
いつの間にか手から滑り落ちていたらしい。青年から差し出されたちりめんの巾着は私が使わせてもらっているものだった。もし川に落ちたまま気が付かなかったのなら、そう考えて胸がひやりとした。
「ありがとうございます……私のものです」
「気を付けろよ」
淡々と言う青年に頭を下げる。ぶっきらぼうに聞こえるけれど行動や言動は親切さを滲ませている。そういえば、青年が着ているのは総悟さんと同じ真選組の隊服じゃないだろうか。そんなことを私が思っている間、青年は何か言いたげにこちらを見ていた。
「……あの?」
私が声を掛けると青年は顔を逸らして舌打ちをした。それが自分に向けられたものではないとすぐに分かった。青年が眉を寄せて小さく謝罪を口にしたからだ。その様子が松下村塾の子どもの数人と被った。どちらかと言えば話すのが得意じゃない子達だった。急かすことはせず、何も言わないでしばらく待っていると青年が口を開いた。
「……あー……総悟が世話になってるらしいな」
総悟さんの名前が出てきて青年が真選組の隊士であることを確信した。総悟さんはお店をサボり場にしている。青年は彼を迎えに来たことのある人ではないけれど、話に聞いていたのだろう。
「やっぱり真選組の方でしたか」
「やっぱり? ……まあ隊服着てるしな」
「総悟さんには私の方がいつも助けてもらっています。総悟さんはよく四谷のパトロールをしてくれるので、ご近所の方からも評判のお巡りさんなんですよ」
「アイツの場合サボり半分ってとこだろうが、迷惑をかけてないならいい」
口角を上げて目を細めるその表情は優しい。ここにはいない総悟さんに向けられた表情に私の頭には一つの推測が浮かんだのだった。
「……もしかして、局長さんですか?」
総悟さんは時折真選組のことについて零すことがあった。それは任務のことではなくて他の隊士さんについてのことが殆どだ。その中でも局長さんのことを特別慕っているらしいことは見て取れた。自分が副長になることに対する拘りはあるものの、局長になるのは絶対にないのだとか。目の前のお巡りさんは総悟さんを気にかけているから、総悟さんが慕う局長さんではないかと思ったのだけれど。眉を寄せられてしまった。
「いや、俺は真選組副長、土方十四郎だ」
「副長さん、でしたか……私はなまえと申します」
総悟さんがなろうとしている副長を務めるその人。総悟さんが副長になったら土方さんは局長に? それなら今の局長さんは更に昇進することになるのだろうか? 私の腑に落ちていない様子を感じ取ったらしい土方さんが口を開いた。
「総悟は何か言ってたか?」
「えっと……他意はないんでしょうけど……」
「それを聞いたところでアンタにも総悟にも何もしねえよ」
男の人特有の低さを持った声。飾らない真っ直ぐな言葉に無条件で信頼できる人のように思えた。そもそも総悟さんと同じ真選組の人の時点で警戒心はあってなかったようなものだけれど。この人なら総悟さんに不利になるようなことはしないだろう。
「……いずれ自分が副長になるのだと、言ってました」
「それぐらいならいつものことだ。挨拶代わりにバズーカーで撃ってこられるのも日常だしな」
「バズーカー?」
聞き間違いかと思って鸚鵡返しをしてしまった私に土方さんは重々しく頷いた。バズーカー。非日常のその武器の名前がパーティー用品の玩具を指しているとは思えなかった。
「俺を亡き者にしようとしてるが、そんなことで副長の座を明け渡すほど柔じゃねえよ」
総悟さんは多少強引なところはあるけれど人に武器を向けるなんてまさかそんな……と思うけれど真剣な様子の土方さんに重ねて訊ねるのは戸惑われる。土方さんも五体満足で生きているわけだし、ととりあえず自分を納得させた。
「……長話しすぎたな。良かったらこれからも総悟と仲良くしてやってくれ。困ったことがあれば屯所に来たらすぐ対応する」
「こちらこそ今日はお話に付き合って頂きありがとうございました。巾着も気が付かないままだと危なかったです」
「アンタ、多少抜けてそうだから気を付けてくれ。近頃の江戸は物騒だ」
「何か問題が起きれば屯所の方に駆けこませて頂くので。いつも江戸を守って下さりありがとうございます。もしよければお店に珈琲でも飲みに来てください。初回はサービスしますから」
「……まあ、気が向いたらな」
「はい」
背中を向けて手を振る。その仕草がどこか銀時くんと同じに見えて笑ってしまったのは私だけの秘密だ。
近いうちにこの青年が常連さんになることをこの時の私は知らない。
ふと、私の日常は一体どこにあるのだろうかという考えが頭を擡げた。受験勉強にほどほどに精を出していた私、松陽さんに拾われ松下村塾で子ども達と過ごしていた私、歪に発展した江戸で喫茶店の店員をしている私。そのどれもが等しく最近のことであり今であるような感覚だった。
成長した銀時くんを見て寂しく思ったのは、私が時間に取り残されていることを理解したからだろうか。私の見目は変わらないし記憶は色褪せない。松陽さんはもういないのに、気を抜いた途端に子ども達に囲まれた穏やかな微笑を思い出す。
「……会いたい、のかな」
きっとそれを一番に願っているのはあの子なのだろうけれど。
心に落とされた影は立ち去ることなくそのままになっている。早々に整理のつく問題でもないし、長い付き合いになるのだろうと思う。私に出来るのは銀時くんが伝えてくれたことを一欠片ずつでもいいから呑み込んで、辛くなったら少し休憩して、また向き合うということ。
松陽さんが幕吏に捕らえられた時に、松下村塾は燃やされて跡形もなくなったそうだ。皆でご飯を食べた茶の間も、成長を記した柱の痕も、並んで微睡んだ縁側も。私の知っている知識を、歴史を、出自を全て打ち明けてしまえばよかったのだろうかと思うも、もう全ては終わってしまった。
総悟さんが喫茶店から連れ出してくれてからもずっと考える日々が続いている。昨日ようやく梅さんに帰るはずの場所を失ってしまったことを告げることが出来た。言葉に詰まってしまって上手く喋ることの出来ないでいると優しい相槌で続きを促してくれた。
厄介者だという自覚はある。血が繋がっているわけでも、古くからの友人の知り合いでも何でもない、突然降って湧いたように現れたのが私だった。それなのに梅さんは「……なまえちゃんがいるから、安心して息子のところに来れたよ。もうしばらくすると戻るけど、私が戻ってからもお店の手伝いをしてくれると嬉しい。なまえちゃんはうちの看板娘だからね」と。
私はここにいていいのだそうだ。松陽さんもそういう人だった。当たり前のように手を差し伸べて一番欲しい言葉を与える。何のためらいもなしに与える人達。梅さんにお礼を伝えると温かい笑い声が返ってきた。人の優しさに生かされているのだと世界を超えて何度思ったのかもう数え切れない。そうありたいと何度願ったのかも。
知ってしまえば知らなかった時に戻れるはずもないし、何より隠されるよりは真実を分け与えてくれた銀時くんに感謝をしている。全てを見ない振りをするのは楽で、そうありたいと、逃げ出したいと少しも思わないかと言われたら嘘になる。それでも、全てを置いて歩いていくことが前を向くことだとは思えない。私は松陽さんを、松下村塾での思い出を抱えて、自分の後悔とも向き合って生きていくのだと思う。
銀時くんはあの日から一度、お店に来てくれた。今度は従業員の子達を連れてきてくれるらしい。ただ、依頼が立て込んでいるらしくしばらくは来れそうにないのだと口を尖らせていた。銀時くんは帰る時間になると幼い表情になる。本人は気が付いていないのだろう。素直に指切りに応じる姿はとても可愛らしかった。その姿を見ていると胸に小さな焔が灯ったように温かくなる。
***
あからさまなミスをすることはなくなったけれど、常連さんに私の変化は筒抜けらしい。先日の再来で総悟さんがあれよあれよという間に他の常連さんを丸め込み梅さんを説得した。その結果週に一日の定休日を週に二日、そこまでは私が拒否したものの定休日以外の一日が昼過ぎからの営業になった。
今日はその午後からお店を開ける日。申し訳なさもあるけれど、総悟さんや常連さん、梅さんの気遣いを素直に受け取ろうと思えた。人の優しさは、自分のことでいっぱいになっていた私に、力を抜く手助けをして周りに目を向けさせてくれる。行動するにしても何を選んだら正解なのか分からなくて、胸が騒めく。そんな時には自分以外に委ねるのも一つの手なのかもしれない。そうして出来上がった自由時間。布団を被っているだけなのは忍びなく散歩に出かけることにしている。
朝の澄んだ空気と柔らかい日差しは心を穏やかにさせる。じんわりと広がるような暖かさは朝特有のものだと思う。
喫茶店から少し歩いたところにある川には木橋が架かっている。三メートルほどの幅の川は流れが穏やかで水も澄んでいる。深いところも膝下くらいだろうか。水面が太陽の光を反射して煌めいている。浮かぶ鴨の親子、揺れる水草、誰かが逃したらしい三匹の鯉が人影を見つけると口を開閉させる。大きいのが二匹、小さいのが一匹。これも親子なのだろう。
「食いしん坊って聞いてきたけど、本当だ」
鯉達は餌を撒くと待ってましたと言わんばかりに食いつく。その必死な様子はどこか人間を相手にしているようだった。与えすぎは良くないと餌の雨を止ませると、その手に持っているのは何だと言う目で静かにこちらを見遣る。暫く無言の睨み合いが続いたものの、私がこれ以上は餌を出さないことが分かったのだろう。ふいと顔を外らせて泳いで行ってしまった。きっとまた餌を撒いたら目敏く戻ってくるのだろう。何となくそんな気がする。
常連さんのあるお爺さんはよくこの橋から川を眺めているらしい。気分転換に渡してくれた魚の餌を、せっかくだから総悟さんが増やしてくれたこの休みに使ってみようと思った。魚の餌はホームセンターで見かけるものと一緒だ。江戸時代にプラスチック素材のものがあることの違和感は今更。ここは天人という不思議な人達によって切り開かれた世界なのだから。
そのままぼんやりと川を眺める。そのうちひなたぼっこをしている具合になり、気が抜けてしまったらしい。右肩を叩かれて浮遊していた意識が戻ってきた。振り向くと銀時くんくらいの年齢に見える青年が立っていた。でも銀時くんとは色合いや髪質やら目付きの鋭さやら、色々と反対だ。
「これ、アンタのか?」
「……あ、」
いつの間にか手から滑り落ちていたらしい。青年から差し出されたちりめんの巾着は私が使わせてもらっているものだった。もし川に落ちたまま気が付かなかったのなら、そう考えて胸がひやりとした。
「ありがとうございます……私のものです」
「気を付けろよ」
淡々と言う青年に頭を下げる。ぶっきらぼうに聞こえるけれど行動や言動は親切さを滲ませている。そういえば、青年が着ているのは総悟さんと同じ真選組の隊服じゃないだろうか。そんなことを私が思っている間、青年は何か言いたげにこちらを見ていた。
「……あの?」
私が声を掛けると青年は顔を逸らして舌打ちをした。それが自分に向けられたものではないとすぐに分かった。青年が眉を寄せて小さく謝罪を口にしたからだ。その様子が松下村塾の子どもの数人と被った。どちらかと言えば話すのが得意じゃない子達だった。急かすことはせず、何も言わないでしばらく待っていると青年が口を開いた。
「……あー……総悟が世話になってるらしいな」
総悟さんの名前が出てきて青年が真選組の隊士であることを確信した。総悟さんはお店をサボり場にしている。青年は彼を迎えに来たことのある人ではないけれど、話に聞いていたのだろう。
「やっぱり真選組の方でしたか」
「やっぱり? ……まあ隊服着てるしな」
「総悟さんには私の方がいつも助けてもらっています。総悟さんはよく四谷のパトロールをしてくれるので、ご近所の方からも評判のお巡りさんなんですよ」
「アイツの場合サボり半分ってとこだろうが、迷惑をかけてないならいい」
口角を上げて目を細めるその表情は優しい。ここにはいない総悟さんに向けられた表情に私の頭には一つの推測が浮かんだのだった。
「……もしかして、局長さんですか?」
総悟さんは時折真選組のことについて零すことがあった。それは任務のことではなくて他の隊士さんについてのことが殆どだ。その中でも局長さんのことを特別慕っているらしいことは見て取れた。自分が副長になることに対する拘りはあるものの、局長になるのは絶対にないのだとか。目の前のお巡りさんは総悟さんを気にかけているから、総悟さんが慕う局長さんではないかと思ったのだけれど。眉を寄せられてしまった。
「いや、俺は真選組副長、土方十四郎だ」
「副長さん、でしたか……私はなまえと申します」
総悟さんがなろうとしている副長を務めるその人。総悟さんが副長になったら土方さんは局長に? それなら今の局長さんは更に昇進することになるのだろうか? 私の腑に落ちていない様子を感じ取ったらしい土方さんが口を開いた。
「総悟は何か言ってたか?」
「えっと……他意はないんでしょうけど……」
「それを聞いたところでアンタにも総悟にも何もしねえよ」
男の人特有の低さを持った声。飾らない真っ直ぐな言葉に無条件で信頼できる人のように思えた。そもそも総悟さんと同じ真選組の人の時点で警戒心はあってなかったようなものだけれど。この人なら総悟さんに不利になるようなことはしないだろう。
「……いずれ自分が副長になるのだと、言ってました」
「それぐらいならいつものことだ。挨拶代わりにバズーカーで撃ってこられるのも日常だしな」
「バズーカー?」
聞き間違いかと思って鸚鵡返しをしてしまった私に土方さんは重々しく頷いた。バズーカー。非日常のその武器の名前がパーティー用品の玩具を指しているとは思えなかった。
「俺を亡き者にしようとしてるが、そんなことで副長の座を明け渡すほど柔じゃねえよ」
総悟さんは多少強引なところはあるけれど人に武器を向けるなんてまさかそんな……と思うけれど真剣な様子の土方さんに重ねて訊ねるのは戸惑われる。土方さんも五体満足で生きているわけだし、ととりあえず自分を納得させた。
「……長話しすぎたな。良かったらこれからも総悟と仲良くしてやってくれ。困ったことがあれば屯所に来たらすぐ対応する」
「こちらこそ今日はお話に付き合って頂きありがとうございました。巾着も気が付かないままだと危なかったです」
「アンタ、多少抜けてそうだから気を付けてくれ。近頃の江戸は物騒だ」
「何か問題が起きれば屯所の方に駆けこませて頂くので。いつも江戸を守って下さりありがとうございます。もしよければお店に珈琲でも飲みに来てください。初回はサービスしますから」
「……まあ、気が向いたらな」
「はい」
背中を向けて手を振る。その仕草がどこか銀時くんと同じに見えて笑ってしまったのは私だけの秘密だ。
近いうちにこの青年が常連さんになることをこの時の私は知らない。