零れ話。或いはもしもの世界
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坂田銀時から見る春の人
その女は銀時を見つけると、表情を緩める。目を細めたその顔は、どこか銀時の師と似た物があった。
女と師は似ているところもあるが、根本は真逆だ。何より師は化け物みたいに鋭く強いのに比べて、女は己の身体に痣を作ってはどこでできたのだろう、なんて言ってのけるほどに鈍かった。
女は弱いくせに誰かから何かを奪うだとか、罠に嵌めるだとかそういうことをしようとしない。師と出会う前、銀時は物心ついた頃には戦場で死体相手に物剥ぎをしていた。生きる為にした行為に銀時は特に何も思わない。しかし、女はそんな状況になっても銀時のようなことをしないだろう。銀時は女はそういった行為を悪いことだから、そうして己を律しているのではなく、元より考えに欠片もないから出来ないのだと思っている。
どうやって育ったら女のようになるのか銀時には見当もつかない。女が持つ不可解さは他にもあり、女は誰かに何かを与えることを当然とする性質があった。それは強者である師と通じている。自分の身さえロクに守れない弱者のはずの女。しかしその女は強者の師と行動は同じなのだ。銀時にはそれが奇妙なことのように思えたが、口に出したことはない。
銀時が甘味が好きだから、それだけで己の分を与え、頼んでもいないのに頭を撫で、愛しみを与え笑いかける。銀時は女に何も返していないのに、女は銀時にいつも変わらない温度で接するのだ。春の柔らかい陽射しのように銀時を包み込む眼差しで、軽やかに銀時の名前を呼ぶ。
女は鬼の子と呼ばれていた銀時の手を躊躇なく取り、彼女の手と繋ぐ。その手は師よりも温かい。いつかの日それを言えば、私は手だけは温かいの、なんて自慢しているのかそうでないのかよく分からないようなことを言った。
右手を師に引かれ、左手を女に引かれ、銀時は帰路を歩く。夕焼けに染まった松下村塾が見えてきた。
高杉晋助は幸福に耽溺する
晋助の師の隣には、何が楽しいのかいつも柔らかな笑みを浮かべる女の姿があった。晋助は単に初めの頃は善良な人間の近くには同じく善良な人間が寄ってくるのだと思っていた。しかしどうにもそう考えるには師には底知れない何かがあり、女は女でこの時代の人間なら当たり前に持っているはずの自分本位な考えだとか、狡さだとかそういった価値観が存在しないことに気が付いた。
二人とも他者に対して心を砕くがそれを美徳とも善だとも思っていない節がある。しかし師と女ではどうしてもその色合いは異なっているように晋助は感じた。晋助からすると前者は後天的に身につけたものであり、後者は先天的に身につけたものらしかった。
師は晋助に笑いかけ、道を示す。女は晋助に笑いかけ、そして_______。
「晋助くん?」
晋助の耳を擽る女の声には、無垢な幼子のような不思議な響き、清純な魂の輝きがある。晋助には一体どこで生まれたら女のようになるのか想像もつかない。
晋助は女に差し出された手を弱い力で握る。それだけの動作で女は目を細めて晋助を見遣る。安いものだ、そう思う。
「二人とも、そんなゆっくり歩いているとはぐれちゃいますよ?」
少し遠くの方で振り返った先生が言う。夕暮れに照らされるその背も両手は子どもの手で塞がっていた。
「松陽さん、人気者だね」
先生に返事をした女は自分のことでもないのに嬉しそうだ。晋助はおざなりに言葉を返す。晋助から言わせれば人を無条件で慈しむ先生も、この女もどちらもが似た者同士だった。
似たもの同士ずっと一緒に笑っていればいい。晋助が願うことはこの先もきっとそれだけだろう。
桂小太郎と愛を知る人
小太郎が見るその人は、時折ひどく寂しそうな顔をした。そして小太郎がそれに気付いて声を掛けると、まるで幻のように例の表情を消し、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべてこちらを見るのだった。
「なまえ さん」
「どうしたの、小太郎くん」
小太郎の前に、洗濯物を抱えたその人がやってくる。綺麗に畳まれたそれらは丁寧に箪笥に仕舞われるのだろう。石鹸の匂いが小太郎の鼻梁を擽った。
その人は心の底から大切にされているのだと、愛してくれているのだということが伝わる甘やかな声で小太郎の名前を呼ぶ。その人は皆が多かれ少なかれ持っている棘を何処かで落としてきたような、そんな人だった。
「なまえ さんは、松下村塾が好きか?」
小太郎は歯噛みする。小太郎はそんなことを聞きたいわけではない、そう内心で言い訳をするも一度口に出した言葉は無くならない。
小太郎はその人が寂しそうな顔をしている時、いつか遠くへ行ってしまいそうな、桜吹雪に攫われたまま戻ってこないような、そんな気がしていた。しかもその表情はほんの一瞬のことで、それがまた小太郎を不安にさせた。
小太郎が弁解のために口を開こうかと逡巡し始めたその時。
「大好きだよ」
何の衒いもなくあっさりとして、それでいて望んだ通りの言葉が返ってきた。目を瞬かせる小太郎にその人はなおも続ける。
「松下村塾も小太郎くんも、松陽さん、銀時くん、晋助くん、通ってくれている子どもたちも。皆のことが大好き」
その人の様子は人が宝物を見せる時のようにそおっとしていて、少しの照れが混じったものだった。その目は煌めいていて一等星でも敵わないだろう。幼い小太郎は一番綺麗だと思うものを引き合いに出してそう思った。
春が似合うどこか儚い人。ただ、自分達に何も言わずに消えることはないのだろう。小太郎はそう思った。
寂しいのなら俺達が傍にいればいい。小太郎は祖母が亡くなった後の日々、その後に待っていた賑やかな日々を頭に浮かべ微笑んだ。
「分かった」
「よく分からないけど、満足?」
「ああ。手伝うから洗濯物を半分渡してほしい」
「おっ。それは助かるなあ」
半分よりも僅かに少ない量が小太郎の腕に乗る。こういう人なのだ。
その女は銀時を見つけると、表情を緩める。目を細めたその顔は、どこか銀時の師と似た物があった。
女と師は似ているところもあるが、根本は真逆だ。何より師は化け物みたいに鋭く強いのに比べて、女は己の身体に痣を作ってはどこでできたのだろう、なんて言ってのけるほどに鈍かった。
女は弱いくせに誰かから何かを奪うだとか、罠に嵌めるだとかそういうことをしようとしない。師と出会う前、銀時は物心ついた頃には戦場で死体相手に物剥ぎをしていた。生きる為にした行為に銀時は特に何も思わない。しかし、女はそんな状況になっても銀時のようなことをしないだろう。銀時は女はそういった行為を悪いことだから、そうして己を律しているのではなく、元より考えに欠片もないから出来ないのだと思っている。
どうやって育ったら女のようになるのか銀時には見当もつかない。女が持つ不可解さは他にもあり、女は誰かに何かを与えることを当然とする性質があった。それは強者である師と通じている。自分の身さえロクに守れない弱者のはずの女。しかしその女は強者の師と行動は同じなのだ。銀時にはそれが奇妙なことのように思えたが、口に出したことはない。
銀時が甘味が好きだから、それだけで己の分を与え、頼んでもいないのに頭を撫で、愛しみを与え笑いかける。銀時は女に何も返していないのに、女は銀時にいつも変わらない温度で接するのだ。春の柔らかい陽射しのように銀時を包み込む眼差しで、軽やかに銀時の名前を呼ぶ。
女は鬼の子と呼ばれていた銀時の手を躊躇なく取り、彼女の手と繋ぐ。その手は師よりも温かい。いつかの日それを言えば、私は手だけは温かいの、なんて自慢しているのかそうでないのかよく分からないようなことを言った。
右手を師に引かれ、左手を女に引かれ、銀時は帰路を歩く。夕焼けに染まった松下村塾が見えてきた。
高杉晋助は幸福に耽溺する
晋助の師の隣には、何が楽しいのかいつも柔らかな笑みを浮かべる女の姿があった。晋助は単に初めの頃は善良な人間の近くには同じく善良な人間が寄ってくるのだと思っていた。しかしどうにもそう考えるには師には底知れない何かがあり、女は女でこの時代の人間なら当たり前に持っているはずの自分本位な考えだとか、狡さだとかそういった価値観が存在しないことに気が付いた。
二人とも他者に対して心を砕くがそれを美徳とも善だとも思っていない節がある。しかし師と女ではどうしてもその色合いは異なっているように晋助は感じた。晋助からすると前者は後天的に身につけたものであり、後者は先天的に身につけたものらしかった。
師は晋助に笑いかけ、道を示す。女は晋助に笑いかけ、そして_______。
「晋助くん?」
晋助の耳を擽る女の声には、無垢な幼子のような不思議な響き、清純な魂の輝きがある。晋助には一体どこで生まれたら女のようになるのか想像もつかない。
晋助は女に差し出された手を弱い力で握る。それだけの動作で女は目を細めて晋助を見遣る。安いものだ、そう思う。
「二人とも、そんなゆっくり歩いているとはぐれちゃいますよ?」
少し遠くの方で振り返った先生が言う。夕暮れに照らされるその背も両手は子どもの手で塞がっていた。
「松陽さん、人気者だね」
先生に返事をした女は自分のことでもないのに嬉しそうだ。晋助はおざなりに言葉を返す。晋助から言わせれば人を無条件で慈しむ先生も、この女もどちらもが似た者同士だった。
似たもの同士ずっと一緒に笑っていればいい。晋助が願うことはこの先もきっとそれだけだろう。
桂小太郎と愛を知る人
小太郎が見るその人は、時折ひどく寂しそうな顔をした。そして小太郎がそれに気付いて声を掛けると、まるで幻のように例の表情を消し、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべてこちらを見るのだった。
「なまえ さん」
「どうしたの、小太郎くん」
小太郎の前に、洗濯物を抱えたその人がやってくる。綺麗に畳まれたそれらは丁寧に箪笥に仕舞われるのだろう。石鹸の匂いが小太郎の鼻梁を擽った。
その人は心の底から大切にされているのだと、愛してくれているのだということが伝わる甘やかな声で小太郎の名前を呼ぶ。その人は皆が多かれ少なかれ持っている棘を何処かで落としてきたような、そんな人だった。
「なまえ さんは、松下村塾が好きか?」
小太郎は歯噛みする。小太郎はそんなことを聞きたいわけではない、そう内心で言い訳をするも一度口に出した言葉は無くならない。
小太郎はその人が寂しそうな顔をしている時、いつか遠くへ行ってしまいそうな、桜吹雪に攫われたまま戻ってこないような、そんな気がしていた。しかもその表情はほんの一瞬のことで、それがまた小太郎を不安にさせた。
小太郎が弁解のために口を開こうかと逡巡し始めたその時。
「大好きだよ」
何の衒いもなくあっさりとして、それでいて望んだ通りの言葉が返ってきた。目を瞬かせる小太郎にその人はなおも続ける。
「松下村塾も小太郎くんも、松陽さん、銀時くん、晋助くん、通ってくれている子どもたちも。皆のことが大好き」
その人の様子は人が宝物を見せる時のようにそおっとしていて、少しの照れが混じったものだった。その目は煌めいていて一等星でも敵わないだろう。幼い小太郎は一番綺麗だと思うものを引き合いに出してそう思った。
春が似合うどこか儚い人。ただ、自分達に何も言わずに消えることはないのだろう。小太郎はそう思った。
寂しいのなら俺達が傍にいればいい。小太郎は祖母が亡くなった後の日々、その後に待っていた賑やかな日々を頭に浮かべ微笑んだ。
「分かった」
「よく分からないけど、満足?」
「ああ。手伝うから洗濯物を半分渡してほしい」
「おっ。それは助かるなあ」
半分よりも僅かに少ない量が小太郎の腕に乗る。こういう人なのだ。