ついた嘘はたった一つだけ
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番外編SS
二回目の展覧会に行った日、私と幻太郎くんはお付き合いする関係になった。友人同士から恋人同士になった私達だけれど、会う場所と言えば基本はいつもの図書館だ。思春期の頃からの関係は幼さをまだ色濃く残している。それでも、何回かに一度は二人で別の場所に赴く。それは改めて考えると何だかデートのようで気恥ずかしい。
吐く息も白く染まるこの季節。鼻を赤くしながら隣り合う私達は世間にはどんな関係に見られているのだろう、そう思った矢先のことだった。
「デートのようで気恥ずかしい、なんて考えているのではないですか?」
「、どうして」
灰色の空の下で心の内を見事に言い当てられた私の口は正直に幻太郎くんに対して疑問を投げかけた。
「豊かな表情は隠しごとどころか、これでは一人で生きていくこともままならないでしょうねえ。悪人にコロッと騙されて掌の上で転がされるのが落ちです」
「えっこんな今からでも入れる保険があるんですか?」
「……なんだその頭の悪い返答は」
「ジェネレーションギャップというか、ワールドギャップというのか」
幻太郎くんがあまりにも私を無知な幼子のように言ってのけるから、思わず元いた世界でよく流れていたCMが口から飛び出してしまった。曖昧に笑って誤魔化す私に幻太郎くんはどこか冷たい目で溜息を吐く。幻太郎くんの私に甘いようで辛辣な態度は恋人関係になっても健在だ。それどころか以前よりも明け透けに悪口のようなことを言っている気がする……と思ったけれど、私は以前にも螺子欠けと言われていたのだった。私は思考放棄に逃げることにした。
「あなたは今日も一人で世界を作って楽しそうだ。普段から宙に浮いているようなあなただから悪人に騙されないように、見失わないように、俺は一人で頑張らなければならない」
軽い調子で言ったつもりなのか、説教なのか、宣誓なのか、私は幻太郎くんの言葉をじっと考える。幻太郎くんは類を見ない思索家で、そして私の愛する小説家でもある。私は幻太郎くんではないから、その思考の全てを理解することはできない。だから、そうだと思ったことを。
「手、繋ぎませんか?」
「は?」
「手を繋いでいれば、離れることはありませんよ。これで騙されそうになることも見失いそうになることもありません……幻太郎くんがずっと傍にいてくれるんですから」
外れ知らずの天気予報によると明日はここらでも雪が降るらしい。だから今日も寒いのだ。寒いから手を繋いでも何もおかしいことはないのだ。
「幻太郎くん?」
「……この、」
恋人同士なのだから、と恥ずかしさを棚に上げて言ってみたけれど、何故だか幻太郎くんはどこか不穏な色を纏っているようだった。内心落ち着かない私は勇気を萎ませていく。そして、手を戻そうとしたその時。
「あなたが言ったのですからね、僕が傍にいるのだと。そして僕は他でもないあなたから差し出された手をみすみす見逃すような愚か者ではありません」
大きな手、温かさに包まれて瞠目する。自分の手は別に小さなものではないはずだけれど、幻太郎くんのものに比べたら子どものもののようだ。離さないとばかりにぎゅうぎゅうに握られていて、それだけは少し笑ってしまった。
「どうして手を繋ぐまでに少し間があったんですか?」
「……画家は感性で生きている分、厄介だと思っただけです」
「画家、って自称するほどでも他称されるほどでも経歴を積んだわけではないんですけどね。小説家さん」
「はてさて、麻呂はしがない隠遁の身ですので、何も分からないでおじゃ」
「今度のキャラクターは随分と渾沌としていますね」
「私としては、普通に生活しているだけだというのに、いつの間にか賑やかになってしまうのです。まあ、嘘ですけど」
お澄まし顔の幻太郎くんの横顔を眺める。幻太郎くんは自分の耳が真っ赤になっているのにきっと気が付いていないのだろう。幻太郎くんは自分の本心から相手の視線を逸らすように七変化することもあるのだ。本人にはすぐに耳が赤くなる癖を伝えていない。可愛いからこの秘密は自分の胸に宝物のように大切にしまっているのだ。
「手を繋いでいると、デートのようで少し照れますね」
「デートですよ。僕達は正しく恋人同士なのですから」
「それもそうですね」
「……恋人になった僕には、もしあなたに何かあった時にも引き留める権利があるんですからね。そこのところもこの際しっかりその脳に刻んでおいてください」
幻太郎くんは今でも私がいなくなってしまうことを心配している。一度の空白期間は私が精神的に未熟のせいだったけれど、こちらが引きずるよりも強く幻太郎くんに影響を与えてしまったらしい。私としては幻太郎くんに自分の存在含めた大きなところを救われた自覚があるから、幻太郎くんの思うそのもしもは起こらないと断言できる。だから、私は返さなくてはいけない。
「逆もまた覚悟しておいてくださいね。私も幻太郎くんに何があってもひっつき虫のように傍にいますからね」
きゅ、と繋ぐ手に力を籠めたら幻太郎くんは笑った。綺麗で、可愛くて、軽やかな笑顔。それを見ていると自然と胸が高鳴る。恋をしているのだ、そう強く思う。
「あなた、本当に僕のことが好きなんですね」
「どうして分かったんですか?」
「全身でそう言っていましたので」
二回目の展覧会に行った日、私と幻太郎くんはお付き合いする関係になった。友人同士から恋人同士になった私達だけれど、会う場所と言えば基本はいつもの図書館だ。思春期の頃からの関係は幼さをまだ色濃く残している。それでも、何回かに一度は二人で別の場所に赴く。それは改めて考えると何だかデートのようで気恥ずかしい。
吐く息も白く染まるこの季節。鼻を赤くしながら隣り合う私達は世間にはどんな関係に見られているのだろう、そう思った矢先のことだった。
「デートのようで気恥ずかしい、なんて考えているのではないですか?」
「、どうして」
灰色の空の下で心の内を見事に言い当てられた私の口は正直に幻太郎くんに対して疑問を投げかけた。
「豊かな表情は隠しごとどころか、これでは一人で生きていくこともままならないでしょうねえ。悪人にコロッと騙されて掌の上で転がされるのが落ちです」
「えっこんな今からでも入れる保険があるんですか?」
「……なんだその頭の悪い返答は」
「ジェネレーションギャップというか、ワールドギャップというのか」
幻太郎くんがあまりにも私を無知な幼子のように言ってのけるから、思わず元いた世界でよく流れていたCMが口から飛び出してしまった。曖昧に笑って誤魔化す私に幻太郎くんはどこか冷たい目で溜息を吐く。幻太郎くんの私に甘いようで辛辣な態度は恋人関係になっても健在だ。それどころか以前よりも明け透けに悪口のようなことを言っている気がする……と思ったけれど、私は以前にも螺子欠けと言われていたのだった。私は思考放棄に逃げることにした。
「あなたは今日も一人で世界を作って楽しそうだ。普段から宙に浮いているようなあなただから悪人に騙されないように、見失わないように、俺は一人で頑張らなければならない」
軽い調子で言ったつもりなのか、説教なのか、宣誓なのか、私は幻太郎くんの言葉をじっと考える。幻太郎くんは類を見ない思索家で、そして私の愛する小説家でもある。私は幻太郎くんではないから、その思考の全てを理解することはできない。だから、そうだと思ったことを。
「手、繋ぎませんか?」
「は?」
「手を繋いでいれば、離れることはありませんよ。これで騙されそうになることも見失いそうになることもありません……幻太郎くんがずっと傍にいてくれるんですから」
外れ知らずの天気予報によると明日はここらでも雪が降るらしい。だから今日も寒いのだ。寒いから手を繋いでも何もおかしいことはないのだ。
「幻太郎くん?」
「……この、」
恋人同士なのだから、と恥ずかしさを棚に上げて言ってみたけれど、何故だか幻太郎くんはどこか不穏な色を纏っているようだった。内心落ち着かない私は勇気を萎ませていく。そして、手を戻そうとしたその時。
「あなたが言ったのですからね、僕が傍にいるのだと。そして僕は他でもないあなたから差し出された手をみすみす見逃すような愚か者ではありません」
大きな手、温かさに包まれて瞠目する。自分の手は別に小さなものではないはずだけれど、幻太郎くんのものに比べたら子どものもののようだ。離さないとばかりにぎゅうぎゅうに握られていて、それだけは少し笑ってしまった。
「どうして手を繋ぐまでに少し間があったんですか?」
「……画家は感性で生きている分、厄介だと思っただけです」
「画家、って自称するほどでも他称されるほどでも経歴を積んだわけではないんですけどね。小説家さん」
「はてさて、麻呂はしがない隠遁の身ですので、何も分からないでおじゃ」
「今度のキャラクターは随分と渾沌としていますね」
「私としては、普通に生活しているだけだというのに、いつの間にか賑やかになってしまうのです。まあ、嘘ですけど」
お澄まし顔の幻太郎くんの横顔を眺める。幻太郎くんは自分の耳が真っ赤になっているのにきっと気が付いていないのだろう。幻太郎くんは自分の本心から相手の視線を逸らすように七変化することもあるのだ。本人にはすぐに耳が赤くなる癖を伝えていない。可愛いからこの秘密は自分の胸に宝物のように大切にしまっているのだ。
「手を繋いでいると、デートのようで少し照れますね」
「デートですよ。僕達は正しく恋人同士なのですから」
「それもそうですね」
「……恋人になった僕には、もしあなたに何かあった時にも引き留める権利があるんですからね。そこのところもこの際しっかりその脳に刻んでおいてください」
幻太郎くんは今でも私がいなくなってしまうことを心配している。一度の空白期間は私が精神的に未熟のせいだったけれど、こちらが引きずるよりも強く幻太郎くんに影響を与えてしまったらしい。私としては幻太郎くんに自分の存在含めた大きなところを救われた自覚があるから、幻太郎くんの思うそのもしもは起こらないと断言できる。だから、私は返さなくてはいけない。
「逆もまた覚悟しておいてくださいね。私も幻太郎くんに何があってもひっつき虫のように傍にいますからね」
きゅ、と繋ぐ手に力を籠めたら幻太郎くんは笑った。綺麗で、可愛くて、軽やかな笑顔。それを見ていると自然と胸が高鳴る。恋をしているのだ、そう強く思う。
「あなた、本当に僕のことが好きなんですね」
「どうして分かったんですか?」
「全身でそう言っていましたので」