ついた嘘はたった一つだけ
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cdネタバレあり。
夢野幻太郎は本当に夢野幻太郎なのか。
「もし小生が夢野幻太郎ではないと言ったのならどうしますか?」
いつもの図書館に突然その声は落とされた。焦りが胸を満たし即座に図書館を見渡す。私達以外の利用者がいないことを即座に確かめ、息を吐いた私の額に軽い衝撃があった。
「嘘ですけど……と言う前に僕はあなたの騙されやすさについて考えないといけないですかね」
私の額をコツコツと叩く幻太郎くんに私は目を丸くした。嘘。幻太郎くんは普段の会話から真実も嘘も混ぜ込んであるからいつも振り回されてしまう。
「だって幻太郎くんが夢野幻太郎じゃないのにそう名乗っていたりしたら、もしもの時に聞いていた誰かから情報が漏れたら大変じゃないですか。著者近影も幻太郎くんのままだから言い訳できませんよ」
「そう受け取りましたか……僕が夢野幻太郎の名を騙って本を出し、その背後には本物の小説家がいると」
「そうです……あれっ、そういった意味ではないんですか?」
幻太郎くんが夢野幻太郎ではないということは、私の中でゴーストライターの存在と結びついた。話題の小説家の素顔は全くの別人だった! それは事実であればかなりのニュースになると思うのだけれど、どうやらそのことが言いたかったわけではないらしい。向けられる眼差しに呆れが混じっている。
「……あなたの思考が僕の思っていたよりも明後日の方向に飛んで行ったことは分かりました。しかしそもそも作家名はこの世にはペンネームというものがありますし、仮に本名でなくても誰も咎めませんよ」
「あ、そうでした」
幻太郎くんに指摘された途端、先程の自分が滑稽に思えてくる。私と作家夢野幻太郎の出会いは学校で発行する文集だったから、夢野幻太郎というのが本当の誰かの名前であるという意識が抜けなかったのだ。だから幻太郎くんの後ろにもう一人の本当の作家を見出したけれど、ペンネームとして採用しているだけだったのなら話は変わってくる。
そうだとすると、余計と幻太郎くんの言っていた「もし小生が夢野幻太郎ではないと言ったのならどうしますか?」という言葉の意味が気になってくる。しかし思考に沈む前に幻太郎くんが口を開いたから、生まれた疑惑は一旦足止めをされることになった。
「それよりもあなたの勘違いが本当なら、ここにいるのはあなたがあれだけ好きだと言った作家の夢野幻太郎じゃないことになりますが。それに対して裏切られたと思うのが普通の人間なのでは?」
予想外の言葉に私は目を丸くした。幻太郎くんは私の額を叩くことを止め、こちらをじっと見ていた。何を考えているのか読み取れない澄んだ瞳は鏡のようだった。その間も私の頭の中では幻太郎くんの言葉が巡っている。
幻太郎くんの言うような裏切りだという感情は一切浮かんでこなかった。ただ、幻太郎くんがそう表現した理由も理解できる。私達が出会った日、文集を読んで夢野幻太郎に恋をした私はその思いを余すところなく幻太郎くんへと投げつけた。そして私の恋を隣で見続けたのも幻太郎くんなのだ。
「どうして裏切られたという気持ちが出てこないのだろうかと考えたんですけど……」
「はい」
頭の中で言葉を選んでいく。真剣な様子の幻太郎くんにつられて私の思考も真剣なものになる。伝えたい言葉が正しく届くように、と。それだけを願った。
「確かに作家の夢野幻太郎が私の愛の行く先でした。でも、結果論にはなっちゃうんですけど、私はここにいる幻太郎くん自身じゃないとダメだったのだと思います。夢野幻太郎に対する恋愛は一方的なもので、それこそ信者が神様に捧げるような……この人を愛したいし愛されたい。そう思わせてくれたのは私と年月を重ねてくれていたここにいる幻太郎くんなんです」
夢野幻太郎という作家を通じて、田中太郎と山田花子という偽名から私達は始まった。そして夢野幻太郎と幻太郎くんの二人によって、私は私自身がこの世界に存在することを許せた。結果的に二人が同一人物だったから考えたことはなかったけれど、夢野幻太郎がいなければ私はこの世界で何にも惹かれることは出来なかったし、幻太郎くんがいなければこの世界で誰にも心を許せることが出来なかっただろう。
「……そうですか」
「はい」
「本当にあなたは真っ直ぐですね」
「珍しく褒めてくれますね」
「勿論。恥ずかし気もなく愛し愛されたいと言えるのは凄いと思います」
そうやって天邪鬼な態度をとって見せる幻太郎くんだけれど、頬肉を押し上げ晴れやかに笑う顔はどこか幼くて可愛らしい。赤らんだ目元が幻太郎くんの照れ混じりの感情を伝えてくれる。それだけで十分だった。
そこでふと、私は思う。夢野幻太郎という名前が表だけのものであって幻太郎くん自身の名前でなかったとしたら。自分の名前を封じる覚悟。目の前の青年は一体何を抱えているのだろう……それが彼の心を傷つけるものでなければと願わずにはいられない。
「……それに幻太郎くんがたとえ幻太郎くんじゃなくても、ここにいるあなたが私を好きでいてくれているのは分かります。この手を離さないでくれるのならそれだけでいいんです」
幻太郎くんが幻太郎くんでなかったとして。その時は私も異世界人であることを告げようかな、なんて。そんなことを想像していると幻太郎くんの手が私の手を捕まえた。私の手のひらと幻太郎くんの大きな手のひらが重なり合う。恐る恐る指を絡ませるその様子はいつもとは違う。いつもだったら遠慮もしないのに。それが面白くて私から少し力を込めた。
「私からは離してあげませんからね」
「……望むところです」
夢野幻太郎は本当に夢野幻太郎なのか。
「もし小生が夢野幻太郎ではないと言ったのならどうしますか?」
いつもの図書館に突然その声は落とされた。焦りが胸を満たし即座に図書館を見渡す。私達以外の利用者がいないことを即座に確かめ、息を吐いた私の額に軽い衝撃があった。
「嘘ですけど……と言う前に僕はあなたの騙されやすさについて考えないといけないですかね」
私の額をコツコツと叩く幻太郎くんに私は目を丸くした。嘘。幻太郎くんは普段の会話から真実も嘘も混ぜ込んであるからいつも振り回されてしまう。
「だって幻太郎くんが夢野幻太郎じゃないのにそう名乗っていたりしたら、もしもの時に聞いていた誰かから情報が漏れたら大変じゃないですか。著者近影も幻太郎くんのままだから言い訳できませんよ」
「そう受け取りましたか……僕が夢野幻太郎の名を騙って本を出し、その背後には本物の小説家がいると」
「そうです……あれっ、そういった意味ではないんですか?」
幻太郎くんが夢野幻太郎ではないということは、私の中でゴーストライターの存在と結びついた。話題の小説家の素顔は全くの別人だった! それは事実であればかなりのニュースになると思うのだけれど、どうやらそのことが言いたかったわけではないらしい。向けられる眼差しに呆れが混じっている。
「……あなたの思考が僕の思っていたよりも明後日の方向に飛んで行ったことは分かりました。しかしそもそも作家名はこの世にはペンネームというものがありますし、仮に本名でなくても誰も咎めませんよ」
「あ、そうでした」
幻太郎くんに指摘された途端、先程の自分が滑稽に思えてくる。私と作家夢野幻太郎の出会いは学校で発行する文集だったから、夢野幻太郎というのが本当の誰かの名前であるという意識が抜けなかったのだ。だから幻太郎くんの後ろにもう一人の本当の作家を見出したけれど、ペンネームとして採用しているだけだったのなら話は変わってくる。
そうだとすると、余計と幻太郎くんの言っていた「もし小生が夢野幻太郎ではないと言ったのならどうしますか?」という言葉の意味が気になってくる。しかし思考に沈む前に幻太郎くんが口を開いたから、生まれた疑惑は一旦足止めをされることになった。
「それよりもあなたの勘違いが本当なら、ここにいるのはあなたがあれだけ好きだと言った作家の夢野幻太郎じゃないことになりますが。それに対して裏切られたと思うのが普通の人間なのでは?」
予想外の言葉に私は目を丸くした。幻太郎くんは私の額を叩くことを止め、こちらをじっと見ていた。何を考えているのか読み取れない澄んだ瞳は鏡のようだった。その間も私の頭の中では幻太郎くんの言葉が巡っている。
幻太郎くんの言うような裏切りだという感情は一切浮かんでこなかった。ただ、幻太郎くんがそう表現した理由も理解できる。私達が出会った日、文集を読んで夢野幻太郎に恋をした私はその思いを余すところなく幻太郎くんへと投げつけた。そして私の恋を隣で見続けたのも幻太郎くんなのだ。
「どうして裏切られたという気持ちが出てこないのだろうかと考えたんですけど……」
「はい」
頭の中で言葉を選んでいく。真剣な様子の幻太郎くんにつられて私の思考も真剣なものになる。伝えたい言葉が正しく届くように、と。それだけを願った。
「確かに作家の夢野幻太郎が私の愛の行く先でした。でも、結果論にはなっちゃうんですけど、私はここにいる幻太郎くん自身じゃないとダメだったのだと思います。夢野幻太郎に対する恋愛は一方的なもので、それこそ信者が神様に捧げるような……この人を愛したいし愛されたい。そう思わせてくれたのは私と年月を重ねてくれていたここにいる幻太郎くんなんです」
夢野幻太郎という作家を通じて、田中太郎と山田花子という偽名から私達は始まった。そして夢野幻太郎と幻太郎くんの二人によって、私は私自身がこの世界に存在することを許せた。結果的に二人が同一人物だったから考えたことはなかったけれど、夢野幻太郎がいなければ私はこの世界で何にも惹かれることは出来なかったし、幻太郎くんがいなければこの世界で誰にも心を許せることが出来なかっただろう。
「……そうですか」
「はい」
「本当にあなたは真っ直ぐですね」
「珍しく褒めてくれますね」
「勿論。恥ずかし気もなく愛し愛されたいと言えるのは凄いと思います」
そうやって天邪鬼な態度をとって見せる幻太郎くんだけれど、頬肉を押し上げ晴れやかに笑う顔はどこか幼くて可愛らしい。赤らんだ目元が幻太郎くんの照れ混じりの感情を伝えてくれる。それだけで十分だった。
そこでふと、私は思う。夢野幻太郎という名前が表だけのものであって幻太郎くん自身の名前でなかったとしたら。自分の名前を封じる覚悟。目の前の青年は一体何を抱えているのだろう……それが彼の心を傷つけるものでなければと願わずにはいられない。
「……それに幻太郎くんがたとえ幻太郎くんじゃなくても、ここにいるあなたが私を好きでいてくれているのは分かります。この手を離さないでくれるのならそれだけでいいんです」
幻太郎くんが幻太郎くんでなかったとして。その時は私も異世界人であることを告げようかな、なんて。そんなことを想像していると幻太郎くんの手が私の手を捕まえた。私の手のひらと幻太郎くんの大きな手のひらが重なり合う。恐る恐る指を絡ませるその様子はいつもとは違う。いつもだったら遠慮もしないのに。それが面白くて私から少し力を込めた。
「私からは離してあげませんからね」
「……望むところです」