本当になりたかったもの…
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見上げた先に居たのは見上げた先には、傘を差し出してくれている条くんが居た。
「ありゃー、思いっきりぐちゃぐちゃに濡れちゃってるねー」
少し驚いたように目を見開くも、すぐにいつも通りゆっくりな口調で言う。
その言葉を聞いたら、こんなに気分は最悪なのに少しだけ笑えた…気がした。
「取り敢えず、立てる?ここじゃ話も出来ないし」
「…うん…」
手を差し出す条くんへ、手を伸ばすとギュッと握られて力強く立たせてくれた。立ち上がったもののまた俯く私の肩を抱き寄せてゆっくり歩き出す。
足元へ視線を落としたままの私は、何か考えるのも面倒で、条くんに促されるまま足を動かすだけ。ただ肩に感じる条くんの手の平から伝わる温度がじんわり沁みた。
程なくして足を止めたのは少し古めのアパートの一室。扉の前で立ち止まったままの条くんへ顔を向ければ、スカジャンのポケットから鍵を取り出すとガチャンと開錠し、少し年期の入った音を立ててドアを開けた。
「入って」
促されるまま玄関へ足を踏み入れる。
「……ココ…」
「俺の部屋」
此処は?と聞けば当然のように返って来る答えにぼーっと室内へ視線を向ける。
一番手前の右側にお風呂。奥にトイレ。左側に洗濯機。その奥は小さなキッチンがあって、その先に扉。よくある1Kの部屋。
後ろで扉を閉めて鍵かける音。私の横を通り過ぎた条くんは下駄を脱いで部屋へ入ると、洗濯機の棚の上からバスタオルを取って私へ寄越す。
「取り敢えず風呂ねー、濡れた服は洗濯機へ入れといて」
「…え、それは悪いよ…」
そこまでお世話になるのは悪い…そう口にすればちらりと私へ新線を移す。
「いや、そのままじゃ部屋入れれないし…風邪ひくよー」
「……あ…」
そう言われて今の私の状態を確認。大雨の中ベンチへ座り込んでいた私は水が未だに滴り、玄関を濡らし続けている。足元には小さな水溜まりが出来ていた。
「…ごめっ!」
咄嗟に謝る私の手の中からバスタオルを取ると、広げて頭へと被せた。
「…?」
「下着、透けてるよ」
「……っ!!」
その言葉に改めて自身の胸元を見れば、薄いピンクのチュニックは濡れて肌へ貼り付いてブラジャーの柄が見える程、反射的にバスタオルで隠す。不意に背中がゾクリとなれば、くしゅんっとくしゃみが出た。
「ほらー。そこが風呂だから、今お湯はるからシャワーでも浴びて。中にあるもの勝手に使っていいから…」
ほら言わんこっちゃない…そう言いたげに見下ろす視線。
「……ありがと…お邪魔します…」
それだけ言うと出来るだけ廊下を濡らさない様にバスルームへ入る。其処は備え付けの小さな洗面台と、狭めの脱衣所。擦りガラスの扉の向こうはお風呂がった。
手早く濡れた服を脱ぐと、一時的に洗面台へ置く。下着はそのまま洗濯機へ入れるのも憚られ、お風呂へ持ち込んで洗う事にする。下着がないのも困るし…ね。
擦りガラスを開ければ、湯を張る最中で湯気が立ち込める室内。シャワーを出せば一気に室内が曇る。
適温に合わせると頭からシャワー浴びた。思った以上に冷え切った身体には心地よくて。
角の棚にはおそらく条くんが使うボディーシャンプーとシャンプー、コンディショナーが並ぶ。
遠慮なく使わせて貰うことにして、全てを洗い終われば丁度『お風呂が沸きました』と給湯器が言った。
軽く指先で温度を確認してから、湯舟へ浸かる。
肩まで浸かると湯気立ち込める天井を見上げて、そっと目を瞑った。
困ったように眉根を寄せる一くんの顔が浮かぶ。
それは言外に私の気持ち全部が迷惑だと言っていた。
私は対応を間違ったんだ。もし、あんな事してなきゃ、明日からもいつも通り傍に居れたんだろうか…?
今は…合わせる顔がない。明日からどういう顔をしたら良いかも分からない。
もし拒絶されたら…?話す事すら出来なくなったら?
私はどうしたら良いんだろう?
そんな事を考えれば、止まった涙はまだそっと頬を伝う。
「………はぁ、帰りたくない…」
ぐるぐる考えても何も答えが出ないまま、私は大きな溜息と共に、今この瞬間の本音が出た。
脱衣所の扉が開く音がして、擦りガラス越しに黒い影が映る。
「万里…取り敢えず着替え俺のだけど置いとくから」
すぐにまた扉の閉まる音がする。「ありがとう」聴こえてはいないと思うけど、お礼を言う。
すっかり身体が温まった頃には自然と涙も止まり、顔をもう一度洗うと湯舟から出る。バスルームの扉を開ければ傍に置いておいたバスタオルで髪の水分を取ってから、身体へと巻きつける。
軽く洗った下着を持って洗面台へ行くと、傍に掛かっていたドライヤーで下着を乾かす。ショーツは直ぐに乾いたけど、ブラジャーは中々乾かず…諦めて服と一緒に用意してあった洗濯ネットへ入れた。
条くんの用意してくれた着替えは、Tシャツと短パン。地もしっかりしていて濃い目の紺色だったから、ブラジャーなしでも目立たなくて助かった。ただ私には大きくてブカブカ。長袖は手が出ないから袖を二重に捲る。短パンは腰に紐がついていたから、紐を絞ってサイズを調整。でも条くんには短パンだろうけど、私には膝下まであった。
ドライヤーで髪をある程度乾かすと洗濯モノとバスタオルを洗濯機へ入れる。そして奥の部屋へ行く。
想像通りのワンルームは10畳程で、奥にセミダブルのベッドがあって、そのサイドには小さなテーブルと座布団とクッションが置いてあるシンプルな部屋。
「…お風呂お先です…あ、お湯流しておいた方が良かった…?」
ベッドへ腰掛けていた条くんへ声を掛ける。
「あー、そのままでいいよ。俺も入っちゃうし」
そう言うと立ち上がって手に持ったミネラルウォーターのペットボトルを渡してくる。まだ冷たいソレを受け取るのを確認すると、「好きなトコ座ってて」そう言って部屋を出て行った。
一人取り残される形になった私は、取り敢えず座布団へ座る。渡されたペットボトルの蓋を開けて、まだ冷たい水をゴクゴクと飲むと蓋をして、テーブルへと置いた。
物が少ないのもあるけど、適度に掃除はされている事が分かる部屋。クローゼット前に置いてあったハンガーラックには条くんがいつも来ている作務衣とかTシャツや、ジーンズが掛けてあって、改めて此処が男の子の部屋だと認識した。
……実は私男の子の部屋に入るの初めてじゃない?
それも一人暮らしの男の子…いや男性の部屋だ。いくら知り合いでも初めて来た部屋でお風呂入って、彼の服を着て…ブラジャーも付けずに座っている…これは結構際どいのでは…?
意識しだすと一気に頬が熱くなるのを感じた。
お、落ち着け、落ち着くんだ。条くんだって、何か別の意図があって連れてきてくれた訳じゃないし、あの状態の私じゃ店にすら入れなかっただろうし…かといって、優しい条くんは私をほっとけなかったんだろう…。
うわ…迷惑掛けまくりだよ、私…。情けないなぁ…。
でも、条くんに救われたのは事実で。
初めてのキスや一くんの困った顔、雨の中での涙…全部が私の心を押しつぶして、冷たくて…
雨の中差し出された手、肩にじんわり馴染んだ体温、お風呂の温度…全部が温かった。
そんな条くんの優しさがあったから、今私の涙は止まってる。もう抜け出せないと思っていた夜の中から抜け出して、一くんの事だけを思わずに男の子の部屋だって他の事を考えられている。
私なんてチームの仲間でもなくて、月何回か会うだけの友達なのになぁ。
「条くん、優しすぎでしょ…」
近くにあったクッションをギュッと抱きしめた。
ガチャリとドアが開いて、条くんが部屋へと戻ってきた。
「温まった…っ!?」
視線をドアへ移した途端に飛び込んできた姿に息を飲む。そこには下は履いているものの上半身は裸でタオルだけを首に引っ掛けた条くん。
長身で無駄のない筋肉がついた身体。思わず見惚れてしまったけど、まだ雫が垂れそうな髪を軽くタオルで拭きながら、隣のベッドへ腰かける。
「んー、温まった……ん?」
ボーっと見惚れたままの私の視線に気付くと此方に視線を向ける条くん。目が合った瞬間に咄嗟に視線を逸らした私。
うわっ…男の子だぁ……
そんな当たり前の事知ってたハズなのに、目の前の条くんを見てやっと頭が理解する。理解すると一気にそんな男の子と二人きりの空間を意識し始めてしまう。
顔が熱くなるのが分かる。やばい…きっと今の私は耳まで真っ赤になってしまっているに違いない。
上がる熱に心臓までドキドキ響いて、煩い。
「万里…?どうしたのー?」
「…っ何でもない…だけど、上…着て欲しい…かも」
不思議そうに覗き込んでくる条くんに、クッションを抱えたまま視線だけを向ける。
その言葉に「…あぁ…」と小さく納得した条くんはクスリと笑うとベッドに置いてあった作務衣の上を羽織った。
「何?緊張してるー?俺の事意識しちゃった?」
目を細めて言いながら、条くんに頭を撫でられた。図星を突かれ更に顔を赤くした私は、「違う」と条くんを見上げるも、その表情は全然私を揶揄っている訳でもなくて…寧ろその優しい瞳に見つめられてて…素直に答える。
「……うん、そうみたい…」
フッと口許に笑みを浮かべると更に頭をポンポンと撫でてくる。
「そんなに男に免疫ない癖に、好きな男押し倒しちゃったわけ?今日の今日でその行動力は立派だけど…ダメだった?」
「……っ!!」
いきなり確信をついた言葉に肩を揺らすけど、条くんに嘘なんかついても、意地を張っても仕方ないから…コクリと頷いた。
「……か、感情的になって、押し倒して……キスした…で、でも、何にも反応なくて……」
「うん」
「顔見たら、めっちゃ困ったって顔してて……わ、私のこの気持ちは迷惑以外何でもないんだって気づいたら…もうその場に居たくなくて……逃げてきちゃった…」
言葉にしたらまたあの感情が蘇ってきて、視界が滲んでくる。
「…私の初恋……始める前に…終わっちゃった…」
笑おうとしても、全然笑えなくて…変な顔で必死に笑顔を作ろうとしたけど失敗に終わって。
「笑わなくていい」
そう言ってくれる条くんの瞳が優しすぎて、益々頬へと涙が伝う。
頭を撫でていた手はそっと頬へと降りてきて、親指で雫を拭う。
やっぱりその手は温かくて。両手でそっと握りしめた。
「……条くんの手、温かいね…」
「今はソレが必要じゃない?」
その言葉にドクンって心臓が鳴った。そっと離れていく手を追うように視線を向ける。
ベッドへ腰かけたまま、両手を広げる条くん。
「もし万里も必要だって思うなら、おいで。寒くて冷たいより、温かい方がいいだろ?」
条くんの言葉に小さく喉を鳴らした。
条くんの瞳は、ただ優しく此方を見守るだけで、別にガッツいてる訳でも、私に強制する訳でもない。
多分、私が今この場で「冗談も程々に」とか言ったら、笑ってその手を下げるんだろう。
私が拒否したら、きっと頭をまた撫でてくれるんだろう。
私がその腕に縋ったら、優しく抱き寄せてくれんだろう。
ただただ、私の意志を尊重してくてるんだ…。
広げられた腕は、多分今日の今日で傷ついて、それでも誰かに頼る事が出来ないであろう私が少しでも素直になれるように…っていう彼なりの優しさだ。
一くんを忘れられた訳じゃなくて、条くんをそういう意味で好きとかじゃないと思う。
でも一度条くんの手の温かさを知ってしまって、居心地が良いと思ってしまった。
もし、この手を振り払ったら、私はまた冷たい雨の夜に引き戻されてしまいそうだった。
それは怖くて、今の私じゃ出口は見つけられないんだろう。
傷付いた私は臆病で、一人になりたくなかった。目の前の温かさが恋しくて…。
引き寄せられるように立ち上がると、ベッドへ座る条くんの前へ立つ。
「……わたし、まだ…好きを忘れられない…でも、それでも良いなら条くんに、温めて欲しい…」
「うん、分かってる」
「今だけでも…条くんに縋りたい…」
そっと右手を握られて、指先へ軽く口付けされた。そして目を細めて笑みを零す条くん。
「おいで」
促されるまま広げた膝の間に収まる。後ろからぎゅっと抱き締められれば、耳元へ寄せられた唇が囁く。
「俺と同じシャンプーの匂いがするね……悪くない」
吐息と共に低く吐き出された言葉が擽ったい。反射的に肩を揺らすと、首筋へ当てられた唇から軽いリップ音。
「…っ」
息を呑めば生温かい舌の感触にゾクリと背中が粟立つ。初めての感覚に耳まで一気に熱くなるのが分かった。
腰に回った手に引き寄せられれば、真ん中に座っていた位置は簡単にずらされて片方の膝へと乗せられる。
条くんの片膝に全体重を掛けてしまう事になって、咄嗟に腰を浮かそうとするも腰はがっちりホールドされて立ち上がる事が出来なかった。
「…ちょっ、重いよ…ね?」
「全然。万里、こっち向いてー」
「え……んっ…!」
言われるままに顔を向ければすぐ真横にあった条くんの顔。ドキっとする前に唇には柔らかな感触。
私は思わず目を瞑るのも忘れて、唇は固く結んだまま。間近にあって睫毛を伏せた条くんの綺麗な顔をただ視界に捉えていた。
……あ、意外に睫毛長い…なんて、別の事を考えたり…
それが伝わったのか、伏せられた睫毛が上がると綺麗な緑の瞳と視線がぶつかる。
さっきまでよりどこか熱を含んだ視線に、今度こそ心臓が跳ねる。
そんな私を軽く目を細めて見つめると、僅かに離れた唇、刹那ざらりとした舌先が私の唇をなぞる様に舐める。
驚いて咄嗟に「ちょっっと…」と言葉を発送と唇が緩んだ瞬間を狙って、ぬるりとした舌が咥内へと入り込んだ。
「ンンっ……やっ…」
意外と分厚い舌先に、声さえ塞がれて。私の舌を絡めとっていく。
咥内なんて同じ位の温度だろうに、条くんの舌は熱くて…腰をホールドしている手とは反対の手が、私の首から頬にかけてをがっちりと支えて全く動かせない。
固定された私の顔。角度を変えながら咥内を動きまわる舌。
絡められた舌から離れたと思ったら、頬裏、歯列をなぞる。
「はっ、じょ……く…んっ」
言葉を発しようとすればすぐさま絡め取られて、かわりにくちゅりと水音だけが耳に残る。
く、苦しい…息継ぎのタイミングが分からなくて、上手く息が出来ない。
私は目を固く瞑ると、それを少しでも伝えようと条くんの作務衣の襟元を両手で握り締める。
おそらく気付いているだろう条くんの舌先は、変わらず咥内を動き回る。少しだけ舌が自由になった瞬間に堪らず私は大きく口を開けて息を吸い込んだ。
「はぁっ……ぁっ…んー…」
その瞬間を待っていたように、頭の角度を上に向かされると条くんのねっとりとした舌先へ上顎を舐めた。
普段自分で舐めても何とも感じない所なのに、舐められた瞬間ゾクゾクと言いようのない熱が籠る。
それは背中を更に粟立たせて、下腹部へと伝わる。
言いようのない熱…。
「やぁ…ンンっ…はぁ…」
その間も条くんの舌は私の舌を絡めながら、上顎の奥の柔らかな部分を舐め上げる。
苦しいのと、どんどん咥内から身体全体へと広がる熱に浮かされるように、目を開ければ滲んだ視界の先に条くんの瞳があって。
一旦離れる唇、半開きになった隙間からどちらのものか分からない、交じり合った唾液が銀糸になって繋がっていた。そのねっとりした重みで、ぷつりと糸が切れるのを思考が鈍った頭でただ眺める。
ハァ、ハァと浅い呼吸で息を整える。
「……じょ…く、ん?」
途切れ途切れに名前を呼べば、熱を含んだままの条くんは再び睫毛を伏せると、私をぎゅっと抱き締めた。
私の首元へ顔を埋めた条くんが、消え入りそうな声で言う。
「…万里…このまま抱きたい…」
その言葉を脳内で理解するのに数秒かかった。理解しても、身体中に廻った熱は醒める事はなくて…私は返事の代わりに条くんの首へと腕を廻して、ぎゅっと絡める。
「…私も…私に、条くんの熱…分けて…?」
耳元で小さく呟けば、顔を上げて私をじっと見てくる条くんに、今度はこっちから笑いかけた。
それを合図に唇を塞がれれば、「もう、止まれないから」その言葉と共に、私の視界は反転した。
条くん越しに見えるのは天井で、ベッドへと転がされたと分かる。
柔らかいスプリングに、私に覆い被さりどんどん熱を帯びる条くんの瞳に見つめられて。
私はそのまま近付いてくる彼へと両手を伸ばして、首元へと廻して睫毛を伏せた。
「ありゃー、思いっきりぐちゃぐちゃに濡れちゃってるねー」
少し驚いたように目を見開くも、すぐにいつも通りゆっくりな口調で言う。
その言葉を聞いたら、こんなに気分は最悪なのに少しだけ笑えた…気がした。
「取り敢えず、立てる?ここじゃ話も出来ないし」
「…うん…」
手を差し出す条くんへ、手を伸ばすとギュッと握られて力強く立たせてくれた。立ち上がったもののまた俯く私の肩を抱き寄せてゆっくり歩き出す。
足元へ視線を落としたままの私は、何か考えるのも面倒で、条くんに促されるまま足を動かすだけ。ただ肩に感じる条くんの手の平から伝わる温度がじんわり沁みた。
程なくして足を止めたのは少し古めのアパートの一室。扉の前で立ち止まったままの条くんへ顔を向ければ、スカジャンのポケットから鍵を取り出すとガチャンと開錠し、少し年期の入った音を立ててドアを開けた。
「入って」
促されるまま玄関へ足を踏み入れる。
「……ココ…」
「俺の部屋」
此処は?と聞けば当然のように返って来る答えにぼーっと室内へ視線を向ける。
一番手前の右側にお風呂。奥にトイレ。左側に洗濯機。その奥は小さなキッチンがあって、その先に扉。よくある1Kの部屋。
後ろで扉を閉めて鍵かける音。私の横を通り過ぎた条くんは下駄を脱いで部屋へ入ると、洗濯機の棚の上からバスタオルを取って私へ寄越す。
「取り敢えず風呂ねー、濡れた服は洗濯機へ入れといて」
「…え、それは悪いよ…」
そこまでお世話になるのは悪い…そう口にすればちらりと私へ新線を移す。
「いや、そのままじゃ部屋入れれないし…風邪ひくよー」
「……あ…」
そう言われて今の私の状態を確認。大雨の中ベンチへ座り込んでいた私は水が未だに滴り、玄関を濡らし続けている。足元には小さな水溜まりが出来ていた。
「…ごめっ!」
咄嗟に謝る私の手の中からバスタオルを取ると、広げて頭へと被せた。
「…?」
「下着、透けてるよ」
「……っ!!」
その言葉に改めて自身の胸元を見れば、薄いピンクのチュニックは濡れて肌へ貼り付いてブラジャーの柄が見える程、反射的にバスタオルで隠す。不意に背中がゾクリとなれば、くしゅんっとくしゃみが出た。
「ほらー。そこが風呂だから、今お湯はるからシャワーでも浴びて。中にあるもの勝手に使っていいから…」
ほら言わんこっちゃない…そう言いたげに見下ろす視線。
「……ありがと…お邪魔します…」
それだけ言うと出来るだけ廊下を濡らさない様にバスルームへ入る。其処は備え付けの小さな洗面台と、狭めの脱衣所。擦りガラスの扉の向こうはお風呂がった。
手早く濡れた服を脱ぐと、一時的に洗面台へ置く。下着はそのまま洗濯機へ入れるのも憚られ、お風呂へ持ち込んで洗う事にする。下着がないのも困るし…ね。
擦りガラスを開ければ、湯を張る最中で湯気が立ち込める室内。シャワーを出せば一気に室内が曇る。
適温に合わせると頭からシャワー浴びた。思った以上に冷え切った身体には心地よくて。
角の棚にはおそらく条くんが使うボディーシャンプーとシャンプー、コンディショナーが並ぶ。
遠慮なく使わせて貰うことにして、全てを洗い終われば丁度『お風呂が沸きました』と給湯器が言った。
軽く指先で温度を確認してから、湯舟へ浸かる。
肩まで浸かると湯気立ち込める天井を見上げて、そっと目を瞑った。
困ったように眉根を寄せる一くんの顔が浮かぶ。
それは言外に私の気持ち全部が迷惑だと言っていた。
私は対応を間違ったんだ。もし、あんな事してなきゃ、明日からもいつも通り傍に居れたんだろうか…?
今は…合わせる顔がない。明日からどういう顔をしたら良いかも分からない。
もし拒絶されたら…?話す事すら出来なくなったら?
私はどうしたら良いんだろう?
そんな事を考えれば、止まった涙はまだそっと頬を伝う。
「………はぁ、帰りたくない…」
ぐるぐる考えても何も答えが出ないまま、私は大きな溜息と共に、今この瞬間の本音が出た。
脱衣所の扉が開く音がして、擦りガラス越しに黒い影が映る。
「万里…取り敢えず着替え俺のだけど置いとくから」
すぐにまた扉の閉まる音がする。「ありがとう」聴こえてはいないと思うけど、お礼を言う。
すっかり身体が温まった頃には自然と涙も止まり、顔をもう一度洗うと湯舟から出る。バスルームの扉を開ければ傍に置いておいたバスタオルで髪の水分を取ってから、身体へと巻きつける。
軽く洗った下着を持って洗面台へ行くと、傍に掛かっていたドライヤーで下着を乾かす。ショーツは直ぐに乾いたけど、ブラジャーは中々乾かず…諦めて服と一緒に用意してあった洗濯ネットへ入れた。
条くんの用意してくれた着替えは、Tシャツと短パン。地もしっかりしていて濃い目の紺色だったから、ブラジャーなしでも目立たなくて助かった。ただ私には大きくてブカブカ。長袖は手が出ないから袖を二重に捲る。短パンは腰に紐がついていたから、紐を絞ってサイズを調整。でも条くんには短パンだろうけど、私には膝下まであった。
ドライヤーで髪をある程度乾かすと洗濯モノとバスタオルを洗濯機へ入れる。そして奥の部屋へ行く。
想像通りのワンルームは10畳程で、奥にセミダブルのベッドがあって、そのサイドには小さなテーブルと座布団とクッションが置いてあるシンプルな部屋。
「…お風呂お先です…あ、お湯流しておいた方が良かった…?」
ベッドへ腰掛けていた条くんへ声を掛ける。
「あー、そのままでいいよ。俺も入っちゃうし」
そう言うと立ち上がって手に持ったミネラルウォーターのペットボトルを渡してくる。まだ冷たいソレを受け取るのを確認すると、「好きなトコ座ってて」そう言って部屋を出て行った。
一人取り残される形になった私は、取り敢えず座布団へ座る。渡されたペットボトルの蓋を開けて、まだ冷たい水をゴクゴクと飲むと蓋をして、テーブルへと置いた。
物が少ないのもあるけど、適度に掃除はされている事が分かる部屋。クローゼット前に置いてあったハンガーラックには条くんがいつも来ている作務衣とかTシャツや、ジーンズが掛けてあって、改めて此処が男の子の部屋だと認識した。
……実は私男の子の部屋に入るの初めてじゃない?
それも一人暮らしの男の子…いや男性の部屋だ。いくら知り合いでも初めて来た部屋でお風呂入って、彼の服を着て…ブラジャーも付けずに座っている…これは結構際どいのでは…?
意識しだすと一気に頬が熱くなるのを感じた。
お、落ち着け、落ち着くんだ。条くんだって、何か別の意図があって連れてきてくれた訳じゃないし、あの状態の私じゃ店にすら入れなかっただろうし…かといって、優しい条くんは私をほっとけなかったんだろう…。
うわ…迷惑掛けまくりだよ、私…。情けないなぁ…。
でも、条くんに救われたのは事実で。
初めてのキスや一くんの困った顔、雨の中での涙…全部が私の心を押しつぶして、冷たくて…
雨の中差し出された手、肩にじんわり馴染んだ体温、お風呂の温度…全部が温かった。
そんな条くんの優しさがあったから、今私の涙は止まってる。もう抜け出せないと思っていた夜の中から抜け出して、一くんの事だけを思わずに男の子の部屋だって他の事を考えられている。
私なんてチームの仲間でもなくて、月何回か会うだけの友達なのになぁ。
「条くん、優しすぎでしょ…」
近くにあったクッションをギュッと抱きしめた。
ガチャリとドアが開いて、条くんが部屋へと戻ってきた。
「温まった…っ!?」
視線をドアへ移した途端に飛び込んできた姿に息を飲む。そこには下は履いているものの上半身は裸でタオルだけを首に引っ掛けた条くん。
長身で無駄のない筋肉がついた身体。思わず見惚れてしまったけど、まだ雫が垂れそうな髪を軽くタオルで拭きながら、隣のベッドへ腰かける。
「んー、温まった……ん?」
ボーっと見惚れたままの私の視線に気付くと此方に視線を向ける条くん。目が合った瞬間に咄嗟に視線を逸らした私。
うわっ…男の子だぁ……
そんな当たり前の事知ってたハズなのに、目の前の条くんを見てやっと頭が理解する。理解すると一気にそんな男の子と二人きりの空間を意識し始めてしまう。
顔が熱くなるのが分かる。やばい…きっと今の私は耳まで真っ赤になってしまっているに違いない。
上がる熱に心臓までドキドキ響いて、煩い。
「万里…?どうしたのー?」
「…っ何でもない…だけど、上…着て欲しい…かも」
不思議そうに覗き込んでくる条くんに、クッションを抱えたまま視線だけを向ける。
その言葉に「…あぁ…」と小さく納得した条くんはクスリと笑うとベッドに置いてあった作務衣の上を羽織った。
「何?緊張してるー?俺の事意識しちゃった?」
目を細めて言いながら、条くんに頭を撫でられた。図星を突かれ更に顔を赤くした私は、「違う」と条くんを見上げるも、その表情は全然私を揶揄っている訳でもなくて…寧ろその優しい瞳に見つめられてて…素直に答える。
「……うん、そうみたい…」
フッと口許に笑みを浮かべると更に頭をポンポンと撫でてくる。
「そんなに男に免疫ない癖に、好きな男押し倒しちゃったわけ?今日の今日でその行動力は立派だけど…ダメだった?」
「……っ!!」
いきなり確信をついた言葉に肩を揺らすけど、条くんに嘘なんかついても、意地を張っても仕方ないから…コクリと頷いた。
「……か、感情的になって、押し倒して……キスした…で、でも、何にも反応なくて……」
「うん」
「顔見たら、めっちゃ困ったって顔してて……わ、私のこの気持ちは迷惑以外何でもないんだって気づいたら…もうその場に居たくなくて……逃げてきちゃった…」
言葉にしたらまたあの感情が蘇ってきて、視界が滲んでくる。
「…私の初恋……始める前に…終わっちゃった…」
笑おうとしても、全然笑えなくて…変な顔で必死に笑顔を作ろうとしたけど失敗に終わって。
「笑わなくていい」
そう言ってくれる条くんの瞳が優しすぎて、益々頬へと涙が伝う。
頭を撫でていた手はそっと頬へと降りてきて、親指で雫を拭う。
やっぱりその手は温かくて。両手でそっと握りしめた。
「……条くんの手、温かいね…」
「今はソレが必要じゃない?」
その言葉にドクンって心臓が鳴った。そっと離れていく手を追うように視線を向ける。
ベッドへ腰かけたまま、両手を広げる条くん。
「もし万里も必要だって思うなら、おいで。寒くて冷たいより、温かい方がいいだろ?」
条くんの言葉に小さく喉を鳴らした。
条くんの瞳は、ただ優しく此方を見守るだけで、別にガッツいてる訳でも、私に強制する訳でもない。
多分、私が今この場で「冗談も程々に」とか言ったら、笑ってその手を下げるんだろう。
私が拒否したら、きっと頭をまた撫でてくれるんだろう。
私がその腕に縋ったら、優しく抱き寄せてくれんだろう。
ただただ、私の意志を尊重してくてるんだ…。
広げられた腕は、多分今日の今日で傷ついて、それでも誰かに頼る事が出来ないであろう私が少しでも素直になれるように…っていう彼なりの優しさだ。
一くんを忘れられた訳じゃなくて、条くんをそういう意味で好きとかじゃないと思う。
でも一度条くんの手の温かさを知ってしまって、居心地が良いと思ってしまった。
もし、この手を振り払ったら、私はまた冷たい雨の夜に引き戻されてしまいそうだった。
それは怖くて、今の私じゃ出口は見つけられないんだろう。
傷付いた私は臆病で、一人になりたくなかった。目の前の温かさが恋しくて…。
引き寄せられるように立ち上がると、ベッドへ座る条くんの前へ立つ。
「……わたし、まだ…好きを忘れられない…でも、それでも良いなら条くんに、温めて欲しい…」
「うん、分かってる」
「今だけでも…条くんに縋りたい…」
そっと右手を握られて、指先へ軽く口付けされた。そして目を細めて笑みを零す条くん。
「おいで」
促されるまま広げた膝の間に収まる。後ろからぎゅっと抱き締められれば、耳元へ寄せられた唇が囁く。
「俺と同じシャンプーの匂いがするね……悪くない」
吐息と共に低く吐き出された言葉が擽ったい。反射的に肩を揺らすと、首筋へ当てられた唇から軽いリップ音。
「…っ」
息を呑めば生温かい舌の感触にゾクリと背中が粟立つ。初めての感覚に耳まで一気に熱くなるのが分かった。
腰に回った手に引き寄せられれば、真ん中に座っていた位置は簡単にずらされて片方の膝へと乗せられる。
条くんの片膝に全体重を掛けてしまう事になって、咄嗟に腰を浮かそうとするも腰はがっちりホールドされて立ち上がる事が出来なかった。
「…ちょっ、重いよ…ね?」
「全然。万里、こっち向いてー」
「え……んっ…!」
言われるままに顔を向ければすぐ真横にあった条くんの顔。ドキっとする前に唇には柔らかな感触。
私は思わず目を瞑るのも忘れて、唇は固く結んだまま。間近にあって睫毛を伏せた条くんの綺麗な顔をただ視界に捉えていた。
……あ、意外に睫毛長い…なんて、別の事を考えたり…
それが伝わったのか、伏せられた睫毛が上がると綺麗な緑の瞳と視線がぶつかる。
さっきまでよりどこか熱を含んだ視線に、今度こそ心臓が跳ねる。
そんな私を軽く目を細めて見つめると、僅かに離れた唇、刹那ざらりとした舌先が私の唇をなぞる様に舐める。
驚いて咄嗟に「ちょっっと…」と言葉を発送と唇が緩んだ瞬間を狙って、ぬるりとした舌が咥内へと入り込んだ。
「ンンっ……やっ…」
意外と分厚い舌先に、声さえ塞がれて。私の舌を絡めとっていく。
咥内なんて同じ位の温度だろうに、条くんの舌は熱くて…腰をホールドしている手とは反対の手が、私の首から頬にかけてをがっちりと支えて全く動かせない。
固定された私の顔。角度を変えながら咥内を動きまわる舌。
絡められた舌から離れたと思ったら、頬裏、歯列をなぞる。
「はっ、じょ……く…んっ」
言葉を発しようとすればすぐさま絡め取られて、かわりにくちゅりと水音だけが耳に残る。
く、苦しい…息継ぎのタイミングが分からなくて、上手く息が出来ない。
私は目を固く瞑ると、それを少しでも伝えようと条くんの作務衣の襟元を両手で握り締める。
おそらく気付いているだろう条くんの舌先は、変わらず咥内を動き回る。少しだけ舌が自由になった瞬間に堪らず私は大きく口を開けて息を吸い込んだ。
「はぁっ……ぁっ…んー…」
その瞬間を待っていたように、頭の角度を上に向かされると条くんのねっとりとした舌先へ上顎を舐めた。
普段自分で舐めても何とも感じない所なのに、舐められた瞬間ゾクゾクと言いようのない熱が籠る。
それは背中を更に粟立たせて、下腹部へと伝わる。
言いようのない熱…。
「やぁ…ンンっ…はぁ…」
その間も条くんの舌は私の舌を絡めながら、上顎の奥の柔らかな部分を舐め上げる。
苦しいのと、どんどん咥内から身体全体へと広がる熱に浮かされるように、目を開ければ滲んだ視界の先に条くんの瞳があって。
一旦離れる唇、半開きになった隙間からどちらのものか分からない、交じり合った唾液が銀糸になって繋がっていた。そのねっとりした重みで、ぷつりと糸が切れるのを思考が鈍った頭でただ眺める。
ハァ、ハァと浅い呼吸で息を整える。
「……じょ…く、ん?」
途切れ途切れに名前を呼べば、熱を含んだままの条くんは再び睫毛を伏せると、私をぎゅっと抱き締めた。
私の首元へ顔を埋めた条くんが、消え入りそうな声で言う。
「…万里…このまま抱きたい…」
その言葉を脳内で理解するのに数秒かかった。理解しても、身体中に廻った熱は醒める事はなくて…私は返事の代わりに条くんの首へと腕を廻して、ぎゅっと絡める。
「…私も…私に、条くんの熱…分けて…?」
耳元で小さく呟けば、顔を上げて私をじっと見てくる条くんに、今度はこっちから笑いかけた。
それを合図に唇を塞がれれば、「もう、止まれないから」その言葉と共に、私の視界は反転した。
条くん越しに見えるのは天井で、ベッドへと転がされたと分かる。
柔らかいスプリングに、私に覆い被さりどんどん熱を帯びる条くんの瞳に見つめられて。
私はそのまま近付いてくる彼へと両手を伸ばして、首元へと廻して睫毛を伏せた。
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