本当になりたかったもの…
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「一くん、おはよう。今日もカッコイイね。今日も大好きだよー」
私の朝一番の挨拶はいつもこの言葉から始まる。その後には施設の弟や妹達へおはようの挨拶。
もう、これは私のルーティーンと言ってもいい位だ。
そして、私の言葉にいつも同じ言葉で返す男。
「おう、万里。おはよう。今日も可愛いな。兄ちゃんも大好きだぞー」
そう言って返す相手は同じ施設で育った梅宮 一くん。私より一つ年上でこの春から風鈴高校の3年生になる。
この街で一番有名な高校生だろう。
この街を不良達から守り、地域の人達とも仲良く交流して…風鈴のてっぺんになった事で、ますますこの街にはなくてはならない存在になった。
勿論、風鈴高校の生徒からは尊敬されて、人望もあり、優しくて、カッコ良くて、背も高くて、喧嘩も強いし、カッコ良い(大事な事は2回言うタイプなので)
でも、いつも返ってくる言葉には毎日のようにイラっとさせられる。
『兄ちゃん』って言葉に。私は勿論一くんの妹ではない。でも彼はこの施設で暮らす子達は、皆大切な弟や妹で、この街に暮らす人達は大事な家族だって言う。
でも私は『妹』になりたくない。一くんの『彼女』になりたいのだ。
施設の子達は皆『梅兄ちゃん』って呼ぶけど、私は絶対言わない。
だって、『妹』は『彼女』になれないから。
だから、毎日このやり取りの最後はこうだ。
「だ・か・らー、私は『妹』じゃないの!一くんは『お兄ちゃん』じゃないんだからっ!」
そういっつも指差しながら訂正するのに、一くんは軽く溜息をつくと頭をポンと撫でる。そうして、いつもと同じ言葉を吐く。
「万里は大事な『妹』だよ」って。
悔しいのに…ムカつくのに…そんな言葉を吐く一くんの笑顔にすら、惚れてしまっている私はときめいてしまう。
どうしたら、『妹』としてじゃなく、一人の『女の子』として見て貰えるのかが、私には分からなくて…。
今日も学校帰りに商店街を抜けると高架まで来る。そして、慎重に辺りを見回して誰も居ない事を確認すると高架を潜った。
一くんからは高架向こうは絶対に行くなってずっと言われてるけど、一年ほど前から月に何度かは通っている。勿論内緒だけど…。
未だに何で一くんが、此方側に行くなって言うのかは分かんないし。ただ、『お兄ちゃん』として行くんじゃないって言ってくる一くんに少しでも反抗してみたかっただけなのかもしれないけど…。
高架を潜り、飲み屋街を抜けて裏路地を進む。廃墟になった映画館の近くでオレンジのスカジャンを着た集団を見つけると、その中に居た二人を見つけて駆け寄った。
「ちょーじくん、条くん、久しぶりー。遊びに来たよー」
「あ、万里ちゃん!久しぶりー」
「万里かぁ…って先週も逢ったよねー」
手を大きく振って迎えてくれるちょーじ君と、独特なのんびり口調で軽く笑いながらも此方を振り返る条くん。
二人はこのオレンジのスカジャンを着ている獅子頭連の頭取と副頭取だって言ってた。
一くんの居る風鈴とは所謂『敵』同志らしいけど、私は風鈴じゃない。
一年前に学校の友達が、高架向こうでお祭りがあるから行こうと誘われてこっちへ来たのが始まり。
その時、ラムネを売っていた条くんと知り合った。その時は屋台のお兄さんと楽しく会話していただけだったけど、友達が彼氏から呼び出されて先に帰った後、ガラの悪い連中に絡まれて廃墟に連れ込まれそうになった時に助けてくれたのが条くんとちょーじくんだった。
明らかに人数の多かった相手を数分もかからず倒し終わり、「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
怖くてずっと震えてた私をその場から連れ出して、公園で落ち着くまで一緒に居てくれた二人。それから、此処で他愛もない話をしたり、恋愛相談をしたりが私の日常になって今に至る。
恋愛相談とは勿論一くんの事だけど、『好きな人』とは言っても『梅宮 一』だとは言っていない。
話した所、風鈴とは前に喧嘩をしたらしく顔見知りだって言ってたから。
それからいつもの公園へ移動すると、私と条くんはベンチへ、ちょーじくんは近くの小さい子が乗る遊具へ腰掛ける。
「その顔は相変わらず好きな奴とは進展なし?」
座るなり平然と訊いてくる条くん。むーっと頷くと自然と溜息が漏れた。
「あくまで自分は私の『お兄ちゃん』なんだってさ。私は『可愛い妹』そのスタンスは変わらないんだよね。妹はどうあがいても彼女にはなれないのかなぁ……」
毎日のやり取りは変わらなくて、もうどうやってアピールして良いかも分からない。
「いつもそんなに押してばっかはやめて、一回引いてみるとか?」
条くんの提案に、軽く首を振る。
「そんな事はとっくにやったよー。そしたら、『反抗期か?』って笑われて頭撫でられて終わった……」
「あー……そう」
軽く溜息をついた条くんに、更に問い掛ける。
「他にいい方法ない?」
またまた考え込む条くん。そうだよね、そう簡単にある訳ないよね…そう思い同じように俯いた。
「じゃあさー、思いっきり押してみたら?ほら、万里ちゃんから押し倒す!とか」
私と条くんの話を聞いていただけのちょーじくんが、良い事を思いついたかのように笑顔で言った。
「私から…押し倒す……?」
ちょーじくんの言葉を反芻するように言葉にすると、それを考えただけで顔が熱くなるのが分かった。
一くんを、私が、襲う………
「ちょっ、丁子…それは……」
少しだけ慌てた条くんが何か言おうとするも更に続けるちょーじくん。
「全く予想してなかった行動にでられたら、相手はすごーく驚くんじゃない?万里ちゃんへの見方変わるかも?」
「………それは…」
「ほら、丁子、万里も困ってるからねー…」
「いい!それ採用!!」
「………は?」
予想と外れた返答にこっちをマジマジと見てくる条くんを他所に、私はちょーじくんの手を取る。
「そうだよね、引いてダメなら押しまくるしかないもんねっ!ちょーじくん、天才!」
「でしょっ、でしょ?」
私が褒めれば、ちょーじくんも嬉しそうに笑顔になる。
「うん、私頑張るよ!絶対、押し倒して、私の事意識させてやるんだから!!」
「うん、万里ちゃんなら出来るよ!頑張って!」
私とちょーじくんが、きゃっきゃして話す横で、ただ一人深い溜息を吐く条くんなんて、その時の私には目に入らなかった。
よし、頑張る!そう意気込んで、その日はちょーじくんと条くん二人と意気揚々と別れたのだった。
ちょーじくんの考えてくれた案で余程頭が一杯だった私は、いつもはかなり用心深く高架を潜るのにそれをしなかった。
見回り中の風鈴生に見られていたのにも気付かない位に…。
一くんを押し倒す…
まずはそんな状況をどうやって作るかが問題…私達は現在施設で暮らしている。
施設の部屋は、二人で一部屋を与えられているけど、一くんはほぼ年下の弟達とよく寝ていて……流石に年下の子達の前で押し倒す訳にもいかない…。
私はこの間まで、ことはと二人部屋だったんだど、ことはが施設を出てからは今の所一人で部屋を使っていた。
かといって、正攻法で呼び出しても一くんが一人で私の部屋に入ってくる事はないと思う…。
その辺は何となく警戒されてるのかな…?
ことはがまだ施設に居た時はよく入ってきてたけど……。
「んー…どうしようかな…」
そんな事を思いながら、取り敢えず制服を脱いで部屋着へと着替えた。七分袖のチュニックにクロップドパンツ。
着替えるとベッドへダイブしてクッションを抱えたまま考える。
取り敢えず部屋に来て貰わないと始まらない…よね。
…体調崩したって嘘つくとか…?それだと先生達来ちゃうか…。
強引に引っ張ってきても、多分私の力じゃ一くんを動かせないだろうし…抵抗されたら無理だよねー…
……あれ…?そもそも押し倒した後って…どうするんだろ………?
私から…一くんに迫って……せまる?どうやって…??
よく見る少女漫画では女の子から迫るシーンなんて殆どなくて、じゃぁ、男女逆に当て嵌めてみても…到底私では出来そうになくて…
いやいや、ここで負けたら一生負けじゃん…何とかなるっ!
それより、一くんを此処に呼ぶ方法を…
そんな堂々巡りに陥りながら…でも中々いい案は浮かばなくて…
「万里っ!!」
突然名前を呼ばれる声と共に、乱暴に部屋のドアが開く。
そこには少しだけ息を切らした一くんが立っていて、でもどこか機嫌悪そうに私を見ていた。
突然の訪問にビックリしてベッドから起き上がる。
「ど…どうしたの…?」
訳も分からずそれだけ声に出すけど、それには答えず静かにドアを閉めるとズカズカと室内へ入り込む一くん。
ベッドまで近付くと、両肩を掴まれて静かだけど…多分キレ気味な感じで訊いてきた。
「万里…今日、高架の向こう行ったのか?」
「…へ?何で…?」
何で知っているんだろう?っていうか、何でこんなに怒っているんだろう?
確かに高架の向こうへは行くな!って言われてたけど…そんなに怖い所って訳じゃない。学校の友達だって何人も普通に向こうから通っている子も居る。
「高架向こうには行くなって言ったよな?」
真っ直ぐ見下ろしてくる一くん。でも、やっぱり納得できない私は視線を逸らせると可愛くない言葉を返した。
「……言われたけど、意味分かんないし…そもそも、向こうから通ってきてる友達だって居るし…一方的に行くなって言われる筋合いないし…」
「向こう側は危ないんだって…こっちのルールも向こうでは意味ないし。もう、行くなよ」
少しだけ低音になる声と同時にグッと肩を掴む手に力が入るのが分かった。
何でこんな事をういって来るのか分かんないけど、こうやって一方的に命令みたいにされるのは、はっきり言って面白くない。
「…だからー、何でそんな事言われなきゃいけないの?別に向こうは怖い所じゃないってばっ!そりゃ前に襲われそうになったけど…今は友達も出来たし、一くんが言うような所じゃ…」
「…はァ?」
一層低くなった声と空気にハッっと気付いて咄嗟に口許を手で覆う。でも、もう遅かった。
「どういう事だ?襲われたって…俺、何も聞いてないよな?」
何かブチ切れ寸前の顔で、真っ直ぐ見据えているであろう視線を感じる。だけど怖くなって見つめ返す事も出来ず視線を逸らしたままの私。
めっちゃ怒ってる…けど…?
「そりゃ…言ってないし…べ…別に一くんに全部報告しなきゃダメなの?関係ないじゃ…」
「万里」
名前を呼ばれて、ビクッと肩が跳ねる。掴んでいた肩から両手が離れると、大きな掌が頭にポンと置かれた。
「関係なくないぞ、お前は大事な『妹』だから…」
そう言われた瞬間、私の中で何かがプチっと切れた…感じがした。
こんな時まで『妹』で片付けようとする一くんにイラっとした。ムカついた。
私は一くんの首へ両手を伸ばすとギュッと抱きついて、そのまま力任せに引き寄せた。そのまま身体を回転させて、ベッドへと転がす。
不意打ちを喰らった一くんはそのまま態勢を崩して、ベッドへ仰向けになった。
すかさずその身体を跨いで馬乗りになるとさっきまでとは逆に両肩を押さえるように体重を掛ける。
「ねぇ、一くん…私は妹じゃないよ?」
突然の事に少しだけ驚いて、そのまま私を見上げるだけの一くん。そんな一くんを真っ直ぐに見下ろしたまま慎重に言葉を投げ掛けると、少しだけ困ったように眉間に皺を寄せ、下がる眉毛。
「万里は『妹』だよ…」
そう諭すように言われた言葉にぐっと奥歯を噛み締めた。
「……っ、ムカつく…何で?何で分かってくんないのっ?」
「…万里…」
感情的になる私の頬にそっと触れる一くんの手の平。いつもは嬉しいって思っちゃう所だけど、今はムカつくだけだ。
パンっと、咄嗟に払いのける。
「そんな手は要らないのっ!私は一くんを『お兄ちゃん』なんて思ってないの!私は…私は一くんとこういう事がしたいの…」
そうまくし立てると、両手を一くんの顔の両脇に置くと肘を付く。微動だにしない一くんへ顔を近付けた。
目を瞑ると、顔を斜めにずらしてそっと一くんへ口付ける。
柔らかい感触…そこから唇を舌でなぞる様に舐めた。でも、一くんからは何の反応もない。仕方なくチュッと軽くリップ音を鳴らして唇を離す。
そっと目を開ければ、思いっきり眉間に皺を寄せて、苦しそうな、困ったような顔の一くんが映る。
「………っ……」
その顔を見た瞬間、さっきまで昂ぶっていた感情がスッと冷めた。
――――――…間違えた…っ
咄嗟にそう思った。
何も言葉を発さずに、じっと見つめてくる視線に耐えられず、身体の上から退いてベッドを降りた。
部屋の出口へ向かうとドアを開ける。
「万里…」
名前を呼ばれて振り返ると、ベッドから身体を起こしてこっちを見ている一くん。
「…分かったでしょ?もう、私に関わらないで…放っておいて…」
頑張って口許だけは笑顔を作る。何とかそれだけ言うと、足早に部屋を出た。
…泣くなっ。
そのまま廊下を歩き玄関まで行くと靴を履く。
……泣くな…
途中施設の年下の子達に声を掛けられたけど、答えられないまま。足早に歩く。早くこの場から居なくなりたかった。
………泣くな…
それだけを思って、ギュッと唇を噛み締めたまま歩く。
ただ前を見て、歩く。下を向いてしまったら崩れてしまいそうな涙腺。
何処へ行こうかと迷う事なく、自然と足はいつもの公園へと向かう。
夕暮れをとうに過ぎた公園にはもう人影もなく、いつものベンチへ腰掛けると膝のうえでギュッと握った拳を見つめた。
ポタ、ポタッ……
我慢が効かなくなった瞳から、溢れ出す涙。
少しだけ落ち着きを取り戻した頭で、さっきの事を思い出す。
押し倒した時の一くんの顔、キスした後の困った顔には、困惑して苦しげにも取れる瞳。
全く反応のなかった唇。
その全部が私を傷付けた。
あーー…私のファーストキス…だったんだけどなぁ…
私の初めてのキスは………ただただ…
「…………冷たかった…」
空を見上げれば今にも降り出しそうな雲で、星さえ全く見えずに。
何か……困ってたな、一くん。
私の気持ち迷惑……ってコトだよね……。
困らせただけ…か。
あんな顔させたかった訳じゃないんだけどなぁ……
溢れる涙は止まらなくて、次から次へと頬を伝う。
同時にポツポツと顔にあたる雫。
地面に少しづつ染みを作ったかと思えば、一気に降り出した雨。
ザーッという雨音にかき消される事を願って、私は自然と声を出して泣いた。
この思いも一緒に雨に流してしまおう。
それでも残ってしまったら、蓋をしよう。
もう、溢れてしまわないように……厳重に……
初恋なんて実らないっていうんだから……
仕方ないし………
大丈夫、悲しいのは今だけだから……
雨の冷たさより、胸が…心が痛い……。
ベンチの上で膝を抱えて、泣きじゃくる。
打ち付ける雨粒は酷くなる一方で、もう既に服どころか下着まで濡れてベチャベチャで、肌に張り付いている。
不意に全身を打ち付けていた雨が止んだ。でも雨音は変わらず耳に届いていて、不思議に思い顔を上げる。
「……やっぱり万里…?どうしたの?」
視界に入ってきたのはオレンジのスカジャンで、傘を私に差しかけて見下ろしている友人だった。
「…………じょ…くん」
私の朝一番の挨拶はいつもこの言葉から始まる。その後には施設の弟や妹達へおはようの挨拶。
もう、これは私のルーティーンと言ってもいい位だ。
そして、私の言葉にいつも同じ言葉で返す男。
「おう、万里。おはよう。今日も可愛いな。兄ちゃんも大好きだぞー」
そう言って返す相手は同じ施設で育った梅宮 一くん。私より一つ年上でこの春から風鈴高校の3年生になる。
この街で一番有名な高校生だろう。
この街を不良達から守り、地域の人達とも仲良く交流して…風鈴のてっぺんになった事で、ますますこの街にはなくてはならない存在になった。
勿論、風鈴高校の生徒からは尊敬されて、人望もあり、優しくて、カッコ良くて、背も高くて、喧嘩も強いし、カッコ良い(大事な事は2回言うタイプなので)
でも、いつも返ってくる言葉には毎日のようにイラっとさせられる。
『兄ちゃん』って言葉に。私は勿論一くんの妹ではない。でも彼はこの施設で暮らす子達は、皆大切な弟や妹で、この街に暮らす人達は大事な家族だって言う。
でも私は『妹』になりたくない。一くんの『彼女』になりたいのだ。
施設の子達は皆『梅兄ちゃん』って呼ぶけど、私は絶対言わない。
だって、『妹』は『彼女』になれないから。
だから、毎日このやり取りの最後はこうだ。
「だ・か・らー、私は『妹』じゃないの!一くんは『お兄ちゃん』じゃないんだからっ!」
そういっつも指差しながら訂正するのに、一くんは軽く溜息をつくと頭をポンと撫でる。そうして、いつもと同じ言葉を吐く。
「万里は大事な『妹』だよ」って。
悔しいのに…ムカつくのに…そんな言葉を吐く一くんの笑顔にすら、惚れてしまっている私はときめいてしまう。
どうしたら、『妹』としてじゃなく、一人の『女の子』として見て貰えるのかが、私には分からなくて…。
今日も学校帰りに商店街を抜けると高架まで来る。そして、慎重に辺りを見回して誰も居ない事を確認すると高架を潜った。
一くんからは高架向こうは絶対に行くなってずっと言われてるけど、一年ほど前から月に何度かは通っている。勿論内緒だけど…。
未だに何で一くんが、此方側に行くなって言うのかは分かんないし。ただ、『お兄ちゃん』として行くんじゃないって言ってくる一くんに少しでも反抗してみたかっただけなのかもしれないけど…。
高架を潜り、飲み屋街を抜けて裏路地を進む。廃墟になった映画館の近くでオレンジのスカジャンを着た集団を見つけると、その中に居た二人を見つけて駆け寄った。
「ちょーじくん、条くん、久しぶりー。遊びに来たよー」
「あ、万里ちゃん!久しぶりー」
「万里かぁ…って先週も逢ったよねー」
手を大きく振って迎えてくれるちょーじ君と、独特なのんびり口調で軽く笑いながらも此方を振り返る条くん。
二人はこのオレンジのスカジャンを着ている獅子頭連の頭取と副頭取だって言ってた。
一くんの居る風鈴とは所謂『敵』同志らしいけど、私は風鈴じゃない。
一年前に学校の友達が、高架向こうでお祭りがあるから行こうと誘われてこっちへ来たのが始まり。
その時、ラムネを売っていた条くんと知り合った。その時は屋台のお兄さんと楽しく会話していただけだったけど、友達が彼氏から呼び出されて先に帰った後、ガラの悪い連中に絡まれて廃墟に連れ込まれそうになった時に助けてくれたのが条くんとちょーじくんだった。
明らかに人数の多かった相手を数分もかからず倒し終わり、「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
怖くてずっと震えてた私をその場から連れ出して、公園で落ち着くまで一緒に居てくれた二人。それから、此処で他愛もない話をしたり、恋愛相談をしたりが私の日常になって今に至る。
恋愛相談とは勿論一くんの事だけど、『好きな人』とは言っても『梅宮 一』だとは言っていない。
話した所、風鈴とは前に喧嘩をしたらしく顔見知りだって言ってたから。
それからいつもの公園へ移動すると、私と条くんはベンチへ、ちょーじくんは近くの小さい子が乗る遊具へ腰掛ける。
「その顔は相変わらず好きな奴とは進展なし?」
座るなり平然と訊いてくる条くん。むーっと頷くと自然と溜息が漏れた。
「あくまで自分は私の『お兄ちゃん』なんだってさ。私は『可愛い妹』そのスタンスは変わらないんだよね。妹はどうあがいても彼女にはなれないのかなぁ……」
毎日のやり取りは変わらなくて、もうどうやってアピールして良いかも分からない。
「いつもそんなに押してばっかはやめて、一回引いてみるとか?」
条くんの提案に、軽く首を振る。
「そんな事はとっくにやったよー。そしたら、『反抗期か?』って笑われて頭撫でられて終わった……」
「あー……そう」
軽く溜息をついた条くんに、更に問い掛ける。
「他にいい方法ない?」
またまた考え込む条くん。そうだよね、そう簡単にある訳ないよね…そう思い同じように俯いた。
「じゃあさー、思いっきり押してみたら?ほら、万里ちゃんから押し倒す!とか」
私と条くんの話を聞いていただけのちょーじくんが、良い事を思いついたかのように笑顔で言った。
「私から…押し倒す……?」
ちょーじくんの言葉を反芻するように言葉にすると、それを考えただけで顔が熱くなるのが分かった。
一くんを、私が、襲う………
「ちょっ、丁子…それは……」
少しだけ慌てた条くんが何か言おうとするも更に続けるちょーじくん。
「全く予想してなかった行動にでられたら、相手はすごーく驚くんじゃない?万里ちゃんへの見方変わるかも?」
「………それは…」
「ほら、丁子、万里も困ってるからねー…」
「いい!それ採用!!」
「………は?」
予想と外れた返答にこっちをマジマジと見てくる条くんを他所に、私はちょーじくんの手を取る。
「そうだよね、引いてダメなら押しまくるしかないもんねっ!ちょーじくん、天才!」
「でしょっ、でしょ?」
私が褒めれば、ちょーじくんも嬉しそうに笑顔になる。
「うん、私頑張るよ!絶対、押し倒して、私の事意識させてやるんだから!!」
「うん、万里ちゃんなら出来るよ!頑張って!」
私とちょーじくんが、きゃっきゃして話す横で、ただ一人深い溜息を吐く条くんなんて、その時の私には目に入らなかった。
よし、頑張る!そう意気込んで、その日はちょーじくんと条くん二人と意気揚々と別れたのだった。
ちょーじくんの考えてくれた案で余程頭が一杯だった私は、いつもはかなり用心深く高架を潜るのにそれをしなかった。
見回り中の風鈴生に見られていたのにも気付かない位に…。
一くんを押し倒す…
まずはそんな状況をどうやって作るかが問題…私達は現在施設で暮らしている。
施設の部屋は、二人で一部屋を与えられているけど、一くんはほぼ年下の弟達とよく寝ていて……流石に年下の子達の前で押し倒す訳にもいかない…。
私はこの間まで、ことはと二人部屋だったんだど、ことはが施設を出てからは今の所一人で部屋を使っていた。
かといって、正攻法で呼び出しても一くんが一人で私の部屋に入ってくる事はないと思う…。
その辺は何となく警戒されてるのかな…?
ことはがまだ施設に居た時はよく入ってきてたけど……。
「んー…どうしようかな…」
そんな事を思いながら、取り敢えず制服を脱いで部屋着へと着替えた。七分袖のチュニックにクロップドパンツ。
着替えるとベッドへダイブしてクッションを抱えたまま考える。
取り敢えず部屋に来て貰わないと始まらない…よね。
…体調崩したって嘘つくとか…?それだと先生達来ちゃうか…。
強引に引っ張ってきても、多分私の力じゃ一くんを動かせないだろうし…抵抗されたら無理だよねー…
……あれ…?そもそも押し倒した後って…どうするんだろ………?
私から…一くんに迫って……せまる?どうやって…??
よく見る少女漫画では女の子から迫るシーンなんて殆どなくて、じゃぁ、男女逆に当て嵌めてみても…到底私では出来そうになくて…
いやいや、ここで負けたら一生負けじゃん…何とかなるっ!
それより、一くんを此処に呼ぶ方法を…
そんな堂々巡りに陥りながら…でも中々いい案は浮かばなくて…
「万里っ!!」
突然名前を呼ばれる声と共に、乱暴に部屋のドアが開く。
そこには少しだけ息を切らした一くんが立っていて、でもどこか機嫌悪そうに私を見ていた。
突然の訪問にビックリしてベッドから起き上がる。
「ど…どうしたの…?」
訳も分からずそれだけ声に出すけど、それには答えず静かにドアを閉めるとズカズカと室内へ入り込む一くん。
ベッドまで近付くと、両肩を掴まれて静かだけど…多分キレ気味な感じで訊いてきた。
「万里…今日、高架の向こう行ったのか?」
「…へ?何で…?」
何で知っているんだろう?っていうか、何でこんなに怒っているんだろう?
確かに高架の向こうへは行くな!って言われてたけど…そんなに怖い所って訳じゃない。学校の友達だって何人も普通に向こうから通っている子も居る。
「高架向こうには行くなって言ったよな?」
真っ直ぐ見下ろしてくる一くん。でも、やっぱり納得できない私は視線を逸らせると可愛くない言葉を返した。
「……言われたけど、意味分かんないし…そもそも、向こうから通ってきてる友達だって居るし…一方的に行くなって言われる筋合いないし…」
「向こう側は危ないんだって…こっちのルールも向こうでは意味ないし。もう、行くなよ」
少しだけ低音になる声と同時にグッと肩を掴む手に力が入るのが分かった。
何でこんな事をういって来るのか分かんないけど、こうやって一方的に命令みたいにされるのは、はっきり言って面白くない。
「…だからー、何でそんな事言われなきゃいけないの?別に向こうは怖い所じゃないってばっ!そりゃ前に襲われそうになったけど…今は友達も出来たし、一くんが言うような所じゃ…」
「…はァ?」
一層低くなった声と空気にハッっと気付いて咄嗟に口許を手で覆う。でも、もう遅かった。
「どういう事だ?襲われたって…俺、何も聞いてないよな?」
何かブチ切れ寸前の顔で、真っ直ぐ見据えているであろう視線を感じる。だけど怖くなって見つめ返す事も出来ず視線を逸らしたままの私。
めっちゃ怒ってる…けど…?
「そりゃ…言ってないし…べ…別に一くんに全部報告しなきゃダメなの?関係ないじゃ…」
「万里」
名前を呼ばれて、ビクッと肩が跳ねる。掴んでいた肩から両手が離れると、大きな掌が頭にポンと置かれた。
「関係なくないぞ、お前は大事な『妹』だから…」
そう言われた瞬間、私の中で何かがプチっと切れた…感じがした。
こんな時まで『妹』で片付けようとする一くんにイラっとした。ムカついた。
私は一くんの首へ両手を伸ばすとギュッと抱きついて、そのまま力任せに引き寄せた。そのまま身体を回転させて、ベッドへと転がす。
不意打ちを喰らった一くんはそのまま態勢を崩して、ベッドへ仰向けになった。
すかさずその身体を跨いで馬乗りになるとさっきまでとは逆に両肩を押さえるように体重を掛ける。
「ねぇ、一くん…私は妹じゃないよ?」
突然の事に少しだけ驚いて、そのまま私を見上げるだけの一くん。そんな一くんを真っ直ぐに見下ろしたまま慎重に言葉を投げ掛けると、少しだけ困ったように眉間に皺を寄せ、下がる眉毛。
「万里は『妹』だよ…」
そう諭すように言われた言葉にぐっと奥歯を噛み締めた。
「……っ、ムカつく…何で?何で分かってくんないのっ?」
「…万里…」
感情的になる私の頬にそっと触れる一くんの手の平。いつもは嬉しいって思っちゃう所だけど、今はムカつくだけだ。
パンっと、咄嗟に払いのける。
「そんな手は要らないのっ!私は一くんを『お兄ちゃん』なんて思ってないの!私は…私は一くんとこういう事がしたいの…」
そうまくし立てると、両手を一くんの顔の両脇に置くと肘を付く。微動だにしない一くんへ顔を近付けた。
目を瞑ると、顔を斜めにずらしてそっと一くんへ口付ける。
柔らかい感触…そこから唇を舌でなぞる様に舐めた。でも、一くんからは何の反応もない。仕方なくチュッと軽くリップ音を鳴らして唇を離す。
そっと目を開ければ、思いっきり眉間に皺を寄せて、苦しそうな、困ったような顔の一くんが映る。
「………っ……」
その顔を見た瞬間、さっきまで昂ぶっていた感情がスッと冷めた。
――――――…間違えた…っ
咄嗟にそう思った。
何も言葉を発さずに、じっと見つめてくる視線に耐えられず、身体の上から退いてベッドを降りた。
部屋の出口へ向かうとドアを開ける。
「万里…」
名前を呼ばれて振り返ると、ベッドから身体を起こしてこっちを見ている一くん。
「…分かったでしょ?もう、私に関わらないで…放っておいて…」
頑張って口許だけは笑顔を作る。何とかそれだけ言うと、足早に部屋を出た。
…泣くなっ。
そのまま廊下を歩き玄関まで行くと靴を履く。
……泣くな…
途中施設の年下の子達に声を掛けられたけど、答えられないまま。足早に歩く。早くこの場から居なくなりたかった。
………泣くな…
それだけを思って、ギュッと唇を噛み締めたまま歩く。
ただ前を見て、歩く。下を向いてしまったら崩れてしまいそうな涙腺。
何処へ行こうかと迷う事なく、自然と足はいつもの公園へと向かう。
夕暮れをとうに過ぎた公園にはもう人影もなく、いつものベンチへ腰掛けると膝のうえでギュッと握った拳を見つめた。
ポタ、ポタッ……
我慢が効かなくなった瞳から、溢れ出す涙。
少しだけ落ち着きを取り戻した頭で、さっきの事を思い出す。
押し倒した時の一くんの顔、キスした後の困った顔には、困惑して苦しげにも取れる瞳。
全く反応のなかった唇。
その全部が私を傷付けた。
あーー…私のファーストキス…だったんだけどなぁ…
私の初めてのキスは………ただただ…
「…………冷たかった…」
空を見上げれば今にも降り出しそうな雲で、星さえ全く見えずに。
何か……困ってたな、一くん。
私の気持ち迷惑……ってコトだよね……。
困らせただけ…か。
あんな顔させたかった訳じゃないんだけどなぁ……
溢れる涙は止まらなくて、次から次へと頬を伝う。
同時にポツポツと顔にあたる雫。
地面に少しづつ染みを作ったかと思えば、一気に降り出した雨。
ザーッという雨音にかき消される事を願って、私は自然と声を出して泣いた。
この思いも一緒に雨に流してしまおう。
それでも残ってしまったら、蓋をしよう。
もう、溢れてしまわないように……厳重に……
初恋なんて実らないっていうんだから……
仕方ないし………
大丈夫、悲しいのは今だけだから……
雨の冷たさより、胸が…心が痛い……。
ベンチの上で膝を抱えて、泣きじゃくる。
打ち付ける雨粒は酷くなる一方で、もう既に服どころか下着まで濡れてベチャベチャで、肌に張り付いている。
不意に全身を打ち付けていた雨が止んだ。でも雨音は変わらず耳に届いていて、不思議に思い顔を上げる。
「……やっぱり万里…?どうしたの?」
視界に入ってきたのはオレンジのスカジャンで、傘を私に差しかけて見下ろしている友人だった。
「…………じょ…くん」
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