「彼女」が「彼」になった理由
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「おはよ、ことは」
今日は獅子頭連の島へと行く日。待ち合わせは高架の下に正午だったので、私はその二時間前に部屋を出てポトスへとやって来た。
「万里、おはよう。昨夜はあの後どうした?梅とは仲直りできた?」
「うん、おかげ様で。何だかんだと一兄ぃは優しいよね」
多分ことはも一兄ぃとの事は全くこじれたとか気にしてない様子。そう、一兄ぃはことはを溺愛しているし、きっと私にも甘いのだ。それは少しだけ自覚もある。例えば我儘言っても最終的に一兄ぃが折れてくれる…昔からそうだから。
「それにしても荷物多すぎでしょ」
「あ…色々用意してたらどこまで持って行けば良いか分かんなくなっちゃって…だから、ことはに相談しに来たの」
私は家から持ってきたパンパンの肩掛けバッグと、途中にドラッグストアで買い込んだ薬と包帯、それとヴァイオリンケースをカウンターへとドンっと置いた。
「しないに越した事はないけど、やっぱりタイマンなんてケガするもんね…家にあったのだけじゃ足りないから、途中で包帯と消毒と水とガーゼとか…買ってきたよ」
「あらー…ご苦労様」
「結局昔から使ってた物ばっかになっちゃったけど…」
「まぁ、それだけあれば十分でしょ。大き目の絆創膏とかはうちにもあるから持ってきな。後、湿布類とか…」
鞄と買い物袋の中身を軽くチェックして、的確に必要な物を詰め直してくれることは。昔から一兄ぃが喧嘩して帰ってくるとその手当とか、服の血の染み抜きとかはことはと私がしていた。
「ま、こんなものでしょ…。あ、あと流石にヴァイオリンは置いてきなよ」
「あー…そうだよね…つい、いつもの癖で…じゃ、裏置かせて貰うね」
そう云って裏の部屋へヴァイオリンを置きに行く。戻って来るとバッグは閉じられ持っていくだけに収まっていた。
「ありがと、ことは」
「どういたしまして。それより万里は気を付けなよ?タイマンには参加しないとはいえ獅子頭連の島行くんだから。梅達が居るんだから大丈夫だろうけど…余計な事には首を突っ込まない、梅達から離れない…これだけは絶対守ってよ?」
「大丈夫だって、ことは。ってか、一兄ぃと同じ事言ってるしー。心配し過ぎ…」
「あのねー、心配してもいっつも何かやらかすのは万里でしょうが。本当に心配してんだから」
「はーい…ありがと、ことは『お姉ちゃん』」
まったく…と呟くことはにありがとうの笑顔を向ける。
「ホント、手の掛かる『妹』ね…アンタ、施設の下の子達より手掛かってるわよ」
「え…そんな事ないし……。お姉ちゃん、手の掛かる妹はサンドイッチが食べたいなぁ」
う…そんなに迷惑は掛けてない…ハズ…ちょっと自信はなくしかけたけど、ここぞというばかりにことはにサンドイッチをおねだりをする。そう、今日はことはのご飯を食べる為に朝ごはん食べてきてないんだもんねー。
「……はいはい、ちょっと待ってな」
呆れながらもキッチンへ向かい準備しだすことは、本当優しい、最高!
「あ、じゃぁ紅茶淹れるね…ことはも飲む?今日はアールグレイにするけど」
「じゃ、飲む」
「分かった。最高に美味しいの淹れるから」
ことはの言葉に意気揚々にアールグレイの缶を取ると、ティーポットとティーセットを2組棚から出した。お湯を沸騰させている間に茶葉を用意する。茶葉をティーポットへ入れると沸騰したお湯を注ぐ。蓋をして、約3分蒸らした後にティーカップへ注ぐ。
うん、綺麗な色出たし、良い香り…自分が淹れた紅茶に満足すると、ことはも出来上がったみたい。カウンターへ作りたてのミックスサンドを出してくれた。
「はい、ことは。紅茶…ハチミツでも入れる?」
「そのままで良いわ」
「了解…はい、ことはどうぞ。…私はハチミツ入れよー」
そう言ってことはにティーカップをソーサ―ごと差し出す。自分の分にはティースプーン1杯のハチミツを入れて溶かすようにゆっくりかき混ぜる。
「ありがと。うん、良い香り…」
カップを口許へ運ぶことは。その香りを堪能するとそっと一口含む。
「でしょー?今日も美味しく紅茶淹れられて良かった。いただきまーす」
ことはの反応に満足すると、カウンター席へ戻り手を合わせていただきますとサンドイッチを手に取る。一口食べるとレタスのシャキシャキ感と生ハムのしょっぱさが良い感じで美味しい。
「ことはのサンドイッチも最高ー!」
片手を上げてことはに美味しかったのポーズをする。
「……万里、あんた最近梅に行動が似てきたんじゃない?」
ティーカップ片手に少しだけ冷めた視線を向けられた。
「……え…ことは冷たい…冷たくするのは一兄ぃにだけにしてよ…」
ちょっとマジ顔で返した。その後、サンドイッチを完食した所で紅茶を一口。
その時、来店を知らせるベルの音と共に、ドアの開く音がした。
「あら?笹城じゃない、どうしたの?」
お客さんかな?としか思ってなかった私もことはの言葉で入り口へと視線を向ける。そこには昨日もいた中学生の笹城君。軽く会釈すると近寄ってきた。
「…どうも、おはようございます」
「どうしたの?今日は直接行くはずだから梅達は来ないと思うわよ?」
軽く首を傾げながらも、お水を差し出して笹城君をカウンター席に着くよう促した。
「分かってます。ただ、どうしても家に一人で居る気も、学校行く気にもなれなくて…迷惑かけないので、此処で梅宮さん達が帰ってくるの待たせて貰っても良いでしょうか?」
膝の上でギュッと拳を握りしめながら、本当に申し訳なさそうにする笹城君に優しい目で見つめることは。
そうだよね…昨日から笹城君はずっと肩身狭そうに謝ってばかりいる。気にするなっていうのは無理だろうけど、もう少しだけでも安心させてあげたい…よね。
「笹城君、気のすむまで待ってたら良いよ。それに昨夜も言ったけど、大丈夫。君の憧れる風鈴のお兄ちゃん達は本当に頼りになる。それに今回のタイマン勝負も笹城君のせいじゃない。そんな事一兄ぃ達は気にしてない。だからちゃんと信じて。一兄ぃは絶対負けない…ね?」
笹城君へと近付くとギュッと痛い程に握れらた拳を覆うようにそっと触れる。私に泣きそうな顔で見上げる笹城君、でも直ぐに急いで顔を逸らして横を向く。その耳が何故赤くなっているかが分かんないけど…ひょっとして熱でもある?あまりに悩み過ぎて知恵熱だしちゃったとか?そんな事を思うと咄嗟に額に手を当てた。
うーん…熱はなさそう…?
「こら、そこの人たらし。幼気な中学生に無闇に触れない」
ことはの少しだけ冷たい声に、カウンターの中に彼女を振り返る。言葉同様に冷たい視線。
「へ?何、人たらしって…?私はただ熱があるかもって思っただけだし…」
「だったら、早くその手退けてあげなさいな、笹城が困ってるよ」
「え……あ、ごめんね。笹城君」
ことはの言葉に手元を見ると、ほんのり赤くなった笹城君が困ったように視線を彷徨わせていた。
謝罪と同時に手を離した。
「い、いいえ、こっちこそすみませんっ!」
そう返されると、出されたお水を一気に飲み干した。それを見ると何となく悪き気がして、さっきまでの自分の席へと戻る。
ことはがカウンター越しに近付いてきて、空いたお皿を下げに来た。
「あんたねー、そういうトコ直しなさい。施設の子達じゃないのよ?」
「そういうトコって、どこ?」
かなり意味不明。私の行動に何が問題があったのだろう?答えを促すようにことはを見るも「はぁ」と大きく溜息を付くだけで教えてくれそうになかった。
「えー…気になる。答えを教えてよ」
むぅっとことはに不満を漏らすも、じーっと視線を向けられただけ。
「あんたは昔から人との距離感が分からないのよ。距離を詰めて良い相手と、距離を取らなくちゃいけない相手をちゃんと考えなさい。良いわね?」
人差し指で刺されながら言われる。そうやって人を指差すのは良くないって教えて貰わなかったの?とも思ったけど、ことはの瞳は結構真剣だったので、仕方なく頷く。
「…分かった。よく分かんないけど、気を付ける…」
「分かんないのに何に気を付けるんだか…」
そう諦めたように笑いながら片付けに戻った。うーん、ことはは何が言いたいんだろう…?
そう思いながらスマホを確認すると、もうそろそろ高架へと向かわないと遅刻してしまう。
「あ、時間だ…それじゃ、ことは、笹城君、行ってくるね」
「あ…如月さん、僕、ちゃんと信じて待ってます。宜しくお願いします」
席を立って用意したカバンを肩に掛けると、入口へ向かう私に笹城君が叫ぶ。その声ににっと笑い返すと、親指を立てた。
「うん、ちゃんと皆で帰ってくるから」
「あ、そうだ。今日昼から天気崩れるみたい。雷も鳴るみたいだから…気をつけて」
ことはの声にも軽く手を振って店を出た。商店街へ通り高架へと向かった。
「お、お待たせ…です」
高架での集合時間は正午。何とかその5分前には着いたはずなのに、一番最後だった…。ちょっと気まずくて申し訳なさそうに声を掛けながら近付いた。
「別に遅れた訳じゃないから気にするな」
時間に煩い登馬君に言われ、少しだけほっとする。
「如月くん、おはよう。大きな荷物だね。昨夜は大丈夫だった?」
「あ、蘇枋君、おはよう。うん、大丈夫だったよ。荷物は必要最低限だけはと思って…」
いつも通り声を掛けてくれた蘇枋君に、挨拶を返しながら傍へ近付く。
「おはようございます、如月さん」
「よう」
傍にいた楡井君と桜君にも声を掛けられて挨拶を返す。
「おはよう、楡井君、桜君」
改めて6人を見ると、相変わらず身体一つで此処に来てるのに気付いて笑ってしまう。
あぁ、昔から一兄ぃ達も喧嘩前は何も持たずに普通に出かけてたなーと思い出した。
「よう、如月。昨夜はちゃんと寝れたか?」
笑っている私に一兄ぃが声を掛ける。
「勿論。一兄ぃ、おはよう。あ、登馬君と京太郎君もおはよう」
「おはよう…か。もう昼だけどなー」
「おう」
「………」
一兄ぃの言葉ににっこり返事すると、他の二人にも改めて挨拶をする。登馬君は軽く片手を上げて、京太郎君は言葉は発しないけど、少し考えた後軽く頭を下げられた。
「まだぎりぎりお昼前だしね。今日初めて会ったから『おはよう』だよ」
「そうだな……如月、昨夜言った事ちゃんと守れよ?」
ふっと笑うと頭をポンポンとされる。
「え?…あ、うん。でも大丈夫だよ、流石にこの年ではぐれたりとかはしないし…」
そう答えると軽く視線を合わせるも直ぐに真面目な表情になり言葉と共に一歩踏み出す一兄ぃ。
「行くぞ」
高架を潜ると陽気な声で歓迎された。
「ようこそ、いらっしゃーい!」
オレンジのスカジャンを纏った5人にお出迎えされた。真ん中の私とそう背の変わらないくせ毛の可愛い男の子が楽しそうに声を出す。
「おう、邪魔するぜ」
一兄ぃのその言葉に、その姿とは裏腹にこの子がおそらく獅子頭連の頭取なんだと分かった。
まぁ、喧嘩は見た目じゃない…そう昨日私も言った気がするわ。
おそらくそれぞれが、お互いのタイマンの相手を睨むように見ている。
それを他人事ように眺めていると、頭取君の隣でこちらを眺めていた昨日の下駄の人と目があった。にぃっと笑うと昨日みたいな嫌な笑みを浮かべると一歩近寄り見下ろされた。
「やぁ、ちゃんと来たね。ピンクちゃんも」
ゾクッとするも、負けずに言い返す。
「そりゃ、新たな火種になるつもりはな…」
火種になるつもりはない、と言いかけると私の目の前に誰かが立ち塞がった。その背中で下駄の人との視線は切断される。
「十亀も…昨日はうちの如月が迷惑かけたみたいだな…俺からも謝るわ」
私を庇うように立つ一兄ぃ。登馬君達も合わせていつでも動けるような態勢だった。
「あれー、ピンクちゃんは風鈴のお姫様かなんかかな?」
そう言うと距離を詰めるのをあっさりと諦めて、頭取君の後へと続く。
え…と、もしかしなくても私かなり信用ないみたい…信用する程強くないって思われてるから皆守ろうとしてくれてるんだろうか…?
んー…何か、ちょっと悔しいな…。俯くとギュッと拳を握り締めた。
「如月くん、置いてかれるよ?」
蘇枋君の言葉に前を向くと、前を歩く皆へと続いた。
飲み屋街を歩きながら、桜君と楡井君のやり取りを見る。「何でお前居るの?」の問いに焦って答える楡井君。
「勉強させて下さい」の言葉に赤くなる桜君。
そんな楡井君の言葉に、ポンと肩を叩く。
「僕も、タイマンしない関係者だよ。一緒だね、楡井君」
如月さん…と呟く楡井君ににっと微笑んだ。
「改めて…ようこそ、獅子頭連の根城へ」
そう下駄の人改めて十亀さんが言った言葉に、その前に建つ建物へと目を向ける、
元映画館の廃墟。オリオン座の『オリ』の部分だけが残る建物。その向こうにある空は今にも雨が降り出しそうな曇り空。
開かれた入口を入ると、中は獅子頭連のメンバーに埋め尽くされて、狂気に近い熱気に包まれていた。
一番前の席へ案内されると順番に座って行く。一番最後について行ってた私は桜君の隣にカバンを足元へと置いて腰掛けた。
そうして始まったタイマン勝負。
最初は京太郎君。一発喰らうもその後の一撃で相手は気絶…。うん、相変わらず力強いなぁ…。
隣で桜君、楡井君、蘇枋君の3人がじゃれ合う様に話すのを眺める。うん、入学二日目なのに仲良いなぁ…。男の子って結局すぐに友達になるよね…ちょっと羨ましい。
その後に獅子頭連の人達の対応に、他の6人が思ったであろう不快感を私も覚える。
同じチームなのに…一兄ぃの風鈴とは全く違う。
二人目、蘇枋君。
桜君が楡井君に詳しい情報を訊いてたので、一緒に聞き耳を立てる。
でも、特に詳しい情報は出てこなかった。登馬君も一兄ぃも、「強い」以外の情報は持っていないみたい。
私も昔一回だけ逢っただけだしなー。でも、あの時も…
一兄ぃは「優しい奴だ」って言ったけど、相手を見る蘇枋君の目は…うん、何て言うか怖いな。普段は優しいのにね…やっぱり優しいだけじゃない…よね。
始まった勝負は勝負にすらなってなかった。蘇枋君は相手の勢いを活かして、振り払うみたい。勝手に相手は転んでるようにしか見えない。
…合気道…?でもあの服装は拳法?…結局どんな格闘技なのかよく分からなかった。投げたりいなす動作は私が習った合気道に似てるけど、それだけじゃないなぁ…あ、一回手合わせしてみたいな…。
「優しさの欠片もねぇだろ、クソ性格悪いじゃねーか」
そう隣で話す桜君に…うん、ごめん。私もそう思ったわ。
「なぁ、どうやったら本気のアイツと手合わせできるかね?」
そう本気で楡井君に問いかける言葉に、同じ事を考えていたんだと、クスリと笑ってしまった。
「あ?何がおかしいんだよ…?」
あ、気付かれた…。チラッと睨んでくる桜君にごめんごめんと軽く手を上げる。
「いや、僕と同じ事考えていたからついおかしくて…多分、彼を本気にさせるなら怒らせないと無理じゃないかな?でも、それが一番簡単で難しいと思うよ。だって、桜君は蘇枋君が気に入っているクラスメイトだから…」
「あ?何だよ、ソレ…ってか、お前もアイツと手合わせしたいのか?昨日はクラスメイトとは喧嘩しないって言ってたじゃねぇか」
「ごめん、ただ…あんな綺麗な戦い方見たら、何か少しは慌てさせてみたくない?」
フフッと笑うと、桜君は驚いた様に一瞬目を見開くも「そうだな」ってまた前を向いた。
そう話しているうちに、十亀君の声が響いて、タイマンはお開きに…。
戻ってきた蘇枋君に皆が声を掛ける。そして席に着こうとする蘇枋君に私も声を掛ける。
「蘇枋君、お疲れ様。本当に強いね。強いのにすごく綺麗な戦い方だった。桜君の次で良いから、僕も一回手合わせ願いたくなったよー」
そう言うと蘇枋君は私の目の前まで来て、にっこり笑った。少し屈むように耳元へ唇を近付けてきた。
「そうだね…如月君とはいずれ…」
ん?意外に近かった蘇枋君の顔にドキっとしたものの、その言葉に笑み返す。
「本当に?じゃぁ、手合わせ出来るの楽しみにしてるね」
そう言えばにこっと笑うと、席へ戻る。隣で、「何でコイツは良いんだよ?」って怒ってる桜君は華麗にスルーしてた。
三人目、登馬君。
二人のやり取りを見るに、多分知り合いなんだろうな。相手の子と。
最初は一撃喰らって倒されたけど、すぐに楽し気に立ち上がる。そして本気モードに…。
毘沙門天…かぁ。確かに本気の登馬君はめっちゃ強いんだよね。だからこそ、一兄ぃも凄く信頼してるし。
そう思いながら、隣で本気で怒ったり、蘇枋君に揶揄われて赤くなってる桜君を見て微笑ましくなる。
うん、ことはの言った通りだなー。桜君、多分人付き合いは凄く苦手なんだと思う。でも、すごく素直で良い子だなー。私なんかよりずっと良い子だ…。
そんな事を思っているうちに登馬君は勝った。何とも言えない顔してたけど…対戦相手を担いで優しく降ろす姿に登馬君も優しいんだと改めて思う。
その後席に戻る際に前を通った登馬君に、心からお疲れ様の言葉を贈る。
「登馬君、お疲れ様でした」
四人目、桜君。
相手は副頭取の十亀君。
「それじゃーやろうか?オセロ君」っていう声に「やっとかよ」とステージへ向かう桜君。
「桜君、君の対戦相手…凄く強いと思う…でも、苦しそうにしてる気がする…あ、じゃなくて、頑張ってね。桜君の喧嘩のお手並み拝見するね」
「…?おう。まぁ、見とけ」
皆に激励されてステージへと向かう。最後に「桜、たっくさん話してこいよ?」っていう一兄ぃの言葉に昨夜桜君に言ってた一兄ぃの言葉を思い出す。
『喧嘩は対話よぉ?桜ちゃん』
昔からよく言っていた一兄ぃの言葉だ。私は喧嘩はしないし、殴り合いもした事ない。だから、本当の意味での会話は分からないと思うし、これからも体験する事はないと思う。
でも、このタイマンを見て何が言いたいかっていうのは分かった。
それは今までの3人の喧嘩とは違う、血みどろの喧嘩。あまりこんな喧嘩を間近で見る事もない。
血が飛び散る度に目を逸らしたくなるけど…でも本人達は真剣で。
二人とも強い…目が逸らせない。
喧嘩の途中で、昨日高架近くであったあらましを聞いた十亀君がステージを降りて仲間を殴りに行った。
その後ステージに戻ってきた十亀君は明らかにさっきまでとは違った。あの変な笑顔もしなくなったし…どこか迷いと苦しさと虚無感で溢れていた。それは戦ってる桜君が一番よく分かってて「お前何がしたいんだよ?」って訊いてた。「…本当に…何がしたかったんだろうね…」とだけいう十亀君はまるで泣いているみたいだった。見ている私の心が痛くなる程に…。
「俺は相手がどんなに強くても、命の恩人でも目を逸らしたり、自分を曲げたりしねぇ!!」
そう叫んだ桜君。その言葉で何か吹っ切れた十亀君。そこからは壮絶なのに二人ともどこか楽し気に笑って殴り合っていた。最後は桜君の望んだ結果ではなかったけど、十亀君は満足そうだった。
負けた十亀君を頭取君が蹴り飛ばした。咄嗟に頭取君を殴ろうとした桜君を止めに入った一兄ぃ。
「桜、交代」
桜君にも十亀君にも「後は任せろ」といつものように笑う一兄ぃ。
ステージから降りた桜君に抱きつきそうな勢いで「お帰りなさい」とう楡井君。皆から賛辞を贈られ私の隣の席に戻ってきた。
「お疲れ様、桜君。何か色々言いたいけど、言葉思い浮かばないや。でも、桜君はすごく強いんだね。喧嘩も心も」
それだけ伝えた。
「…おう」そう言って席に着いた。
五人目、一兄ぃ。
さっきの桜君達の喧嘩について訊いても、何とも思ってなさそうな態度。一兄ぃもあまり見ない位に怒っているのが分かった。
その中でとうとう激しく降り出した雨音と共に、窓から差し込んだ雷光…。光った瞬間に反射的にビクリと身体が震えた。
…大丈夫…周りには皆居る…目の前の事に集中すれば…大丈夫…。
少しだけ震えてしまう腕を必死で掴んでやり過ごす。
「…?どうかしたのか?」
「…ううん、大丈夫…ほら、始まるよ…」
不思議そうに此方を向く桜君に、何とか笑みを返し、彼の興味をステージへ戻す。私は大きく深呼吸してステージの二人へと集中した。
最初からアクロバティックな動きで一兄ぃを攻撃する頭取君。どんなに攻撃されても倒れない一兄ぃ。
攻撃を受けながらも、どこか諭すように語りかける。
「理由は何であれてっぺんになったんだろ?だったら、あんな顔させてンじゃネェ!」
そう言って一撃喰らわす一兄ぃ。
「僕、風鈴来て本当に良かったです。あの人が俺たちのトップで良かったです…」
そう呆然と言う楡井君に、「そうだね…」と私も呟いた。
誰より強くて、誰より温かくて、誰より強い人…。
狂ったように叫んだ頭取君の声は、胸を抉られるような声だった。一兄ぃはそんな彼にサンドバック状態で殴られ続ける。
それでも、頭取君に語りかけ続ける。首元を噛みつかれても、頭取君を包み込むように抱き寄せる。
飛び散る血飛沫、でも一兄ぃの言葉の温かさは変わらない。
その光景に自然と涙が溢れてきてしまう。最後の一兄ぃの頭突きで喧嘩は幕を閉じた。
相手を見下ろす一兄ぃ。倒れて動かない頭取君へ近寄っていく十亀君。
懺悔するように語りかける姿。それに答える頭取君。
それは子供のようで…誰も何も言葉を発せない空間。静まり返った館内でスカジャンを脱ぎ、一兄ぃにチームを頼む頭取君。
「お願いします」って言葉に「え、やだよ」で返した一兄ぃ。皆、呆気に取られている。
「じゃ、今日から俺達友達ってことで…今日のは親睦会ってことでどうだ?」
そう言い放たれた言葉に笑う頭取君。
「はい、じゃぁ今日は終わり。解散、解散」
集団に向かって手を叩きながら解散を促す。
「なぁ、この辺で食い物持ち帰り出来る店っないかぁ?」
そう言って既に打ち上げ気分の一兄ぃに、正常に思考が戻った私は咄嗟に足元のカバンを手に取って前へ出た。
「一兄ぃ、ちょっと待った!!打ち上げの前にやる事がある!!」
待ったをかけると不思議そうに見てくる一兄ぃ。
「ん?如月どうした?そんな慌てて」
「どうしたもこうしたもない。取り合えず、喧嘩した10人はステージへ集合!順番に腰掛ける!!」
「あ?何だよ…一体」
不満を言う桜君を睨み付ける。まだ納得してなさそうな顔の皆をじっと一人一人睨み付ける。
「なぁ、皆日本語分からない?喧嘩して言葉が分からない位馬鹿になった?僕はステージに座れって言ってんだけど?」
黙りこくった皆にもう一度言う。
「此処に順番にす・わ・れ」
今日は獅子頭連の島へと行く日。待ち合わせは高架の下に正午だったので、私はその二時間前に部屋を出てポトスへとやって来た。
「万里、おはよう。昨夜はあの後どうした?梅とは仲直りできた?」
「うん、おかげ様で。何だかんだと一兄ぃは優しいよね」
多分ことはも一兄ぃとの事は全くこじれたとか気にしてない様子。そう、一兄ぃはことはを溺愛しているし、きっと私にも甘いのだ。それは少しだけ自覚もある。例えば我儘言っても最終的に一兄ぃが折れてくれる…昔からそうだから。
「それにしても荷物多すぎでしょ」
「あ…色々用意してたらどこまで持って行けば良いか分かんなくなっちゃって…だから、ことはに相談しに来たの」
私は家から持ってきたパンパンの肩掛けバッグと、途中にドラッグストアで買い込んだ薬と包帯、それとヴァイオリンケースをカウンターへとドンっと置いた。
「しないに越した事はないけど、やっぱりタイマンなんてケガするもんね…家にあったのだけじゃ足りないから、途中で包帯と消毒と水とガーゼとか…買ってきたよ」
「あらー…ご苦労様」
「結局昔から使ってた物ばっかになっちゃったけど…」
「まぁ、それだけあれば十分でしょ。大き目の絆創膏とかはうちにもあるから持ってきな。後、湿布類とか…」
鞄と買い物袋の中身を軽くチェックして、的確に必要な物を詰め直してくれることは。昔から一兄ぃが喧嘩して帰ってくるとその手当とか、服の血の染み抜きとかはことはと私がしていた。
「ま、こんなものでしょ…。あ、あと流石にヴァイオリンは置いてきなよ」
「あー…そうだよね…つい、いつもの癖で…じゃ、裏置かせて貰うね」
そう云って裏の部屋へヴァイオリンを置きに行く。戻って来るとバッグは閉じられ持っていくだけに収まっていた。
「ありがと、ことは」
「どういたしまして。それより万里は気を付けなよ?タイマンには参加しないとはいえ獅子頭連の島行くんだから。梅達が居るんだから大丈夫だろうけど…余計な事には首を突っ込まない、梅達から離れない…これだけは絶対守ってよ?」
「大丈夫だって、ことは。ってか、一兄ぃと同じ事言ってるしー。心配し過ぎ…」
「あのねー、心配してもいっつも何かやらかすのは万里でしょうが。本当に心配してんだから」
「はーい…ありがと、ことは『お姉ちゃん』」
まったく…と呟くことはにありがとうの笑顔を向ける。
「ホント、手の掛かる『妹』ね…アンタ、施設の下の子達より手掛かってるわよ」
「え…そんな事ないし……。お姉ちゃん、手の掛かる妹はサンドイッチが食べたいなぁ」
う…そんなに迷惑は掛けてない…ハズ…ちょっと自信はなくしかけたけど、ここぞというばかりにことはにサンドイッチをおねだりをする。そう、今日はことはのご飯を食べる為に朝ごはん食べてきてないんだもんねー。
「……はいはい、ちょっと待ってな」
呆れながらもキッチンへ向かい準備しだすことは、本当優しい、最高!
「あ、じゃぁ紅茶淹れるね…ことはも飲む?今日はアールグレイにするけど」
「じゃ、飲む」
「分かった。最高に美味しいの淹れるから」
ことはの言葉に意気揚々にアールグレイの缶を取ると、ティーポットとティーセットを2組棚から出した。お湯を沸騰させている間に茶葉を用意する。茶葉をティーポットへ入れると沸騰したお湯を注ぐ。蓋をして、約3分蒸らした後にティーカップへ注ぐ。
うん、綺麗な色出たし、良い香り…自分が淹れた紅茶に満足すると、ことはも出来上がったみたい。カウンターへ作りたてのミックスサンドを出してくれた。
「はい、ことは。紅茶…ハチミツでも入れる?」
「そのままで良いわ」
「了解…はい、ことはどうぞ。…私はハチミツ入れよー」
そう言ってことはにティーカップをソーサ―ごと差し出す。自分の分にはティースプーン1杯のハチミツを入れて溶かすようにゆっくりかき混ぜる。
「ありがと。うん、良い香り…」
カップを口許へ運ぶことは。その香りを堪能するとそっと一口含む。
「でしょー?今日も美味しく紅茶淹れられて良かった。いただきまーす」
ことはの反応に満足すると、カウンター席へ戻り手を合わせていただきますとサンドイッチを手に取る。一口食べるとレタスのシャキシャキ感と生ハムのしょっぱさが良い感じで美味しい。
「ことはのサンドイッチも最高ー!」
片手を上げてことはに美味しかったのポーズをする。
「……万里、あんた最近梅に行動が似てきたんじゃない?」
ティーカップ片手に少しだけ冷めた視線を向けられた。
「……え…ことは冷たい…冷たくするのは一兄ぃにだけにしてよ…」
ちょっとマジ顔で返した。その後、サンドイッチを完食した所で紅茶を一口。
その時、来店を知らせるベルの音と共に、ドアの開く音がした。
「あら?笹城じゃない、どうしたの?」
お客さんかな?としか思ってなかった私もことはの言葉で入り口へと視線を向ける。そこには昨日もいた中学生の笹城君。軽く会釈すると近寄ってきた。
「…どうも、おはようございます」
「どうしたの?今日は直接行くはずだから梅達は来ないと思うわよ?」
軽く首を傾げながらも、お水を差し出して笹城君をカウンター席に着くよう促した。
「分かってます。ただ、どうしても家に一人で居る気も、学校行く気にもなれなくて…迷惑かけないので、此処で梅宮さん達が帰ってくるの待たせて貰っても良いでしょうか?」
膝の上でギュッと拳を握りしめながら、本当に申し訳なさそうにする笹城君に優しい目で見つめることは。
そうだよね…昨日から笹城君はずっと肩身狭そうに謝ってばかりいる。気にするなっていうのは無理だろうけど、もう少しだけでも安心させてあげたい…よね。
「笹城君、気のすむまで待ってたら良いよ。それに昨夜も言ったけど、大丈夫。君の憧れる風鈴のお兄ちゃん達は本当に頼りになる。それに今回のタイマン勝負も笹城君のせいじゃない。そんな事一兄ぃ達は気にしてない。だからちゃんと信じて。一兄ぃは絶対負けない…ね?」
笹城君へと近付くとギュッと痛い程に握れらた拳を覆うようにそっと触れる。私に泣きそうな顔で見上げる笹城君、でも直ぐに急いで顔を逸らして横を向く。その耳が何故赤くなっているかが分かんないけど…ひょっとして熱でもある?あまりに悩み過ぎて知恵熱だしちゃったとか?そんな事を思うと咄嗟に額に手を当てた。
うーん…熱はなさそう…?
「こら、そこの人たらし。幼気な中学生に無闇に触れない」
ことはの少しだけ冷たい声に、カウンターの中に彼女を振り返る。言葉同様に冷たい視線。
「へ?何、人たらしって…?私はただ熱があるかもって思っただけだし…」
「だったら、早くその手退けてあげなさいな、笹城が困ってるよ」
「え……あ、ごめんね。笹城君」
ことはの言葉に手元を見ると、ほんのり赤くなった笹城君が困ったように視線を彷徨わせていた。
謝罪と同時に手を離した。
「い、いいえ、こっちこそすみませんっ!」
そう返されると、出されたお水を一気に飲み干した。それを見ると何となく悪き気がして、さっきまでの自分の席へと戻る。
ことはがカウンター越しに近付いてきて、空いたお皿を下げに来た。
「あんたねー、そういうトコ直しなさい。施設の子達じゃないのよ?」
「そういうトコって、どこ?」
かなり意味不明。私の行動に何が問題があったのだろう?答えを促すようにことはを見るも「はぁ」と大きく溜息を付くだけで教えてくれそうになかった。
「えー…気になる。答えを教えてよ」
むぅっとことはに不満を漏らすも、じーっと視線を向けられただけ。
「あんたは昔から人との距離感が分からないのよ。距離を詰めて良い相手と、距離を取らなくちゃいけない相手をちゃんと考えなさい。良いわね?」
人差し指で刺されながら言われる。そうやって人を指差すのは良くないって教えて貰わなかったの?とも思ったけど、ことはの瞳は結構真剣だったので、仕方なく頷く。
「…分かった。よく分かんないけど、気を付ける…」
「分かんないのに何に気を付けるんだか…」
そう諦めたように笑いながら片付けに戻った。うーん、ことはは何が言いたいんだろう…?
そう思いながらスマホを確認すると、もうそろそろ高架へと向かわないと遅刻してしまう。
「あ、時間だ…それじゃ、ことは、笹城君、行ってくるね」
「あ…如月さん、僕、ちゃんと信じて待ってます。宜しくお願いします」
席を立って用意したカバンを肩に掛けると、入口へ向かう私に笹城君が叫ぶ。その声ににっと笑い返すと、親指を立てた。
「うん、ちゃんと皆で帰ってくるから」
「あ、そうだ。今日昼から天気崩れるみたい。雷も鳴るみたいだから…気をつけて」
ことはの声にも軽く手を振って店を出た。商店街へ通り高架へと向かった。
「お、お待たせ…です」
高架での集合時間は正午。何とかその5分前には着いたはずなのに、一番最後だった…。ちょっと気まずくて申し訳なさそうに声を掛けながら近付いた。
「別に遅れた訳じゃないから気にするな」
時間に煩い登馬君に言われ、少しだけほっとする。
「如月くん、おはよう。大きな荷物だね。昨夜は大丈夫だった?」
「あ、蘇枋君、おはよう。うん、大丈夫だったよ。荷物は必要最低限だけはと思って…」
いつも通り声を掛けてくれた蘇枋君に、挨拶を返しながら傍へ近付く。
「おはようございます、如月さん」
「よう」
傍にいた楡井君と桜君にも声を掛けられて挨拶を返す。
「おはよう、楡井君、桜君」
改めて6人を見ると、相変わらず身体一つで此処に来てるのに気付いて笑ってしまう。
あぁ、昔から一兄ぃ達も喧嘩前は何も持たずに普通に出かけてたなーと思い出した。
「よう、如月。昨夜はちゃんと寝れたか?」
笑っている私に一兄ぃが声を掛ける。
「勿論。一兄ぃ、おはよう。あ、登馬君と京太郎君もおはよう」
「おはよう…か。もう昼だけどなー」
「おう」
「………」
一兄ぃの言葉ににっこり返事すると、他の二人にも改めて挨拶をする。登馬君は軽く片手を上げて、京太郎君は言葉は発しないけど、少し考えた後軽く頭を下げられた。
「まだぎりぎりお昼前だしね。今日初めて会ったから『おはよう』だよ」
「そうだな……如月、昨夜言った事ちゃんと守れよ?」
ふっと笑うと頭をポンポンとされる。
「え?…あ、うん。でも大丈夫だよ、流石にこの年ではぐれたりとかはしないし…」
そう答えると軽く視線を合わせるも直ぐに真面目な表情になり言葉と共に一歩踏み出す一兄ぃ。
「行くぞ」
高架を潜ると陽気な声で歓迎された。
「ようこそ、いらっしゃーい!」
オレンジのスカジャンを纏った5人にお出迎えされた。真ん中の私とそう背の変わらないくせ毛の可愛い男の子が楽しそうに声を出す。
「おう、邪魔するぜ」
一兄ぃのその言葉に、その姿とは裏腹にこの子がおそらく獅子頭連の頭取なんだと分かった。
まぁ、喧嘩は見た目じゃない…そう昨日私も言った気がするわ。
おそらくそれぞれが、お互いのタイマンの相手を睨むように見ている。
それを他人事ように眺めていると、頭取君の隣でこちらを眺めていた昨日の下駄の人と目があった。にぃっと笑うと昨日みたいな嫌な笑みを浮かべると一歩近寄り見下ろされた。
「やぁ、ちゃんと来たね。ピンクちゃんも」
ゾクッとするも、負けずに言い返す。
「そりゃ、新たな火種になるつもりはな…」
火種になるつもりはない、と言いかけると私の目の前に誰かが立ち塞がった。その背中で下駄の人との視線は切断される。
「十亀も…昨日はうちの如月が迷惑かけたみたいだな…俺からも謝るわ」
私を庇うように立つ一兄ぃ。登馬君達も合わせていつでも動けるような態勢だった。
「あれー、ピンクちゃんは風鈴のお姫様かなんかかな?」
そう言うと距離を詰めるのをあっさりと諦めて、頭取君の後へと続く。
え…と、もしかしなくても私かなり信用ないみたい…信用する程強くないって思われてるから皆守ろうとしてくれてるんだろうか…?
んー…何か、ちょっと悔しいな…。俯くとギュッと拳を握り締めた。
「如月くん、置いてかれるよ?」
蘇枋君の言葉に前を向くと、前を歩く皆へと続いた。
飲み屋街を歩きながら、桜君と楡井君のやり取りを見る。「何でお前居るの?」の問いに焦って答える楡井君。
「勉強させて下さい」の言葉に赤くなる桜君。
そんな楡井君の言葉に、ポンと肩を叩く。
「僕も、タイマンしない関係者だよ。一緒だね、楡井君」
如月さん…と呟く楡井君ににっと微笑んだ。
「改めて…ようこそ、獅子頭連の根城へ」
そう下駄の人改めて十亀さんが言った言葉に、その前に建つ建物へと目を向ける、
元映画館の廃墟。オリオン座の『オリ』の部分だけが残る建物。その向こうにある空は今にも雨が降り出しそうな曇り空。
開かれた入口を入ると、中は獅子頭連のメンバーに埋め尽くされて、狂気に近い熱気に包まれていた。
一番前の席へ案内されると順番に座って行く。一番最後について行ってた私は桜君の隣にカバンを足元へと置いて腰掛けた。
そうして始まったタイマン勝負。
最初は京太郎君。一発喰らうもその後の一撃で相手は気絶…。うん、相変わらず力強いなぁ…。
隣で桜君、楡井君、蘇枋君の3人がじゃれ合う様に話すのを眺める。うん、入学二日目なのに仲良いなぁ…。男の子って結局すぐに友達になるよね…ちょっと羨ましい。
その後に獅子頭連の人達の対応に、他の6人が思ったであろう不快感を私も覚える。
同じチームなのに…一兄ぃの風鈴とは全く違う。
二人目、蘇枋君。
桜君が楡井君に詳しい情報を訊いてたので、一緒に聞き耳を立てる。
でも、特に詳しい情報は出てこなかった。登馬君も一兄ぃも、「強い」以外の情報は持っていないみたい。
私も昔一回だけ逢っただけだしなー。でも、あの時も…
一兄ぃは「優しい奴だ」って言ったけど、相手を見る蘇枋君の目は…うん、何て言うか怖いな。普段は優しいのにね…やっぱり優しいだけじゃない…よね。
始まった勝負は勝負にすらなってなかった。蘇枋君は相手の勢いを活かして、振り払うみたい。勝手に相手は転んでるようにしか見えない。
…合気道…?でもあの服装は拳法?…結局どんな格闘技なのかよく分からなかった。投げたりいなす動作は私が習った合気道に似てるけど、それだけじゃないなぁ…あ、一回手合わせしてみたいな…。
「優しさの欠片もねぇだろ、クソ性格悪いじゃねーか」
そう隣で話す桜君に…うん、ごめん。私もそう思ったわ。
「なぁ、どうやったら本気のアイツと手合わせできるかね?」
そう本気で楡井君に問いかける言葉に、同じ事を考えていたんだと、クスリと笑ってしまった。
「あ?何がおかしいんだよ…?」
あ、気付かれた…。チラッと睨んでくる桜君にごめんごめんと軽く手を上げる。
「いや、僕と同じ事考えていたからついおかしくて…多分、彼を本気にさせるなら怒らせないと無理じゃないかな?でも、それが一番簡単で難しいと思うよ。だって、桜君は蘇枋君が気に入っているクラスメイトだから…」
「あ?何だよ、ソレ…ってか、お前もアイツと手合わせしたいのか?昨日はクラスメイトとは喧嘩しないって言ってたじゃねぇか」
「ごめん、ただ…あんな綺麗な戦い方見たら、何か少しは慌てさせてみたくない?」
フフッと笑うと、桜君は驚いた様に一瞬目を見開くも「そうだな」ってまた前を向いた。
そう話しているうちに、十亀君の声が響いて、タイマンはお開きに…。
戻ってきた蘇枋君に皆が声を掛ける。そして席に着こうとする蘇枋君に私も声を掛ける。
「蘇枋君、お疲れ様。本当に強いね。強いのにすごく綺麗な戦い方だった。桜君の次で良いから、僕も一回手合わせ願いたくなったよー」
そう言うと蘇枋君は私の目の前まで来て、にっこり笑った。少し屈むように耳元へ唇を近付けてきた。
「そうだね…如月君とはいずれ…」
ん?意外に近かった蘇枋君の顔にドキっとしたものの、その言葉に笑み返す。
「本当に?じゃぁ、手合わせ出来るの楽しみにしてるね」
そう言えばにこっと笑うと、席へ戻る。隣で、「何でコイツは良いんだよ?」って怒ってる桜君は華麗にスルーしてた。
三人目、登馬君。
二人のやり取りを見るに、多分知り合いなんだろうな。相手の子と。
最初は一撃喰らって倒されたけど、すぐに楽し気に立ち上がる。そして本気モードに…。
毘沙門天…かぁ。確かに本気の登馬君はめっちゃ強いんだよね。だからこそ、一兄ぃも凄く信頼してるし。
そう思いながら、隣で本気で怒ったり、蘇枋君に揶揄われて赤くなってる桜君を見て微笑ましくなる。
うん、ことはの言った通りだなー。桜君、多分人付き合いは凄く苦手なんだと思う。でも、すごく素直で良い子だなー。私なんかよりずっと良い子だ…。
そんな事を思っているうちに登馬君は勝った。何とも言えない顔してたけど…対戦相手を担いで優しく降ろす姿に登馬君も優しいんだと改めて思う。
その後席に戻る際に前を通った登馬君に、心からお疲れ様の言葉を贈る。
「登馬君、お疲れ様でした」
四人目、桜君。
相手は副頭取の十亀君。
「それじゃーやろうか?オセロ君」っていう声に「やっとかよ」とステージへ向かう桜君。
「桜君、君の対戦相手…凄く強いと思う…でも、苦しそうにしてる気がする…あ、じゃなくて、頑張ってね。桜君の喧嘩のお手並み拝見するね」
「…?おう。まぁ、見とけ」
皆に激励されてステージへと向かう。最後に「桜、たっくさん話してこいよ?」っていう一兄ぃの言葉に昨夜桜君に言ってた一兄ぃの言葉を思い出す。
『喧嘩は対話よぉ?桜ちゃん』
昔からよく言っていた一兄ぃの言葉だ。私は喧嘩はしないし、殴り合いもした事ない。だから、本当の意味での会話は分からないと思うし、これからも体験する事はないと思う。
でも、このタイマンを見て何が言いたいかっていうのは分かった。
それは今までの3人の喧嘩とは違う、血みどろの喧嘩。あまりこんな喧嘩を間近で見る事もない。
血が飛び散る度に目を逸らしたくなるけど…でも本人達は真剣で。
二人とも強い…目が逸らせない。
喧嘩の途中で、昨日高架近くであったあらましを聞いた十亀君がステージを降りて仲間を殴りに行った。
その後ステージに戻ってきた十亀君は明らかにさっきまでとは違った。あの変な笑顔もしなくなったし…どこか迷いと苦しさと虚無感で溢れていた。それは戦ってる桜君が一番よく分かってて「お前何がしたいんだよ?」って訊いてた。「…本当に…何がしたかったんだろうね…」とだけいう十亀君はまるで泣いているみたいだった。見ている私の心が痛くなる程に…。
「俺は相手がどんなに強くても、命の恩人でも目を逸らしたり、自分を曲げたりしねぇ!!」
そう叫んだ桜君。その言葉で何か吹っ切れた十亀君。そこからは壮絶なのに二人ともどこか楽し気に笑って殴り合っていた。最後は桜君の望んだ結果ではなかったけど、十亀君は満足そうだった。
負けた十亀君を頭取君が蹴り飛ばした。咄嗟に頭取君を殴ろうとした桜君を止めに入った一兄ぃ。
「桜、交代」
桜君にも十亀君にも「後は任せろ」といつものように笑う一兄ぃ。
ステージから降りた桜君に抱きつきそうな勢いで「お帰りなさい」とう楡井君。皆から賛辞を贈られ私の隣の席に戻ってきた。
「お疲れ様、桜君。何か色々言いたいけど、言葉思い浮かばないや。でも、桜君はすごく強いんだね。喧嘩も心も」
それだけ伝えた。
「…おう」そう言って席に着いた。
五人目、一兄ぃ。
さっきの桜君達の喧嘩について訊いても、何とも思ってなさそうな態度。一兄ぃもあまり見ない位に怒っているのが分かった。
その中でとうとう激しく降り出した雨音と共に、窓から差し込んだ雷光…。光った瞬間に反射的にビクリと身体が震えた。
…大丈夫…周りには皆居る…目の前の事に集中すれば…大丈夫…。
少しだけ震えてしまう腕を必死で掴んでやり過ごす。
「…?どうかしたのか?」
「…ううん、大丈夫…ほら、始まるよ…」
不思議そうに此方を向く桜君に、何とか笑みを返し、彼の興味をステージへ戻す。私は大きく深呼吸してステージの二人へと集中した。
最初からアクロバティックな動きで一兄ぃを攻撃する頭取君。どんなに攻撃されても倒れない一兄ぃ。
攻撃を受けながらも、どこか諭すように語りかける。
「理由は何であれてっぺんになったんだろ?だったら、あんな顔させてンじゃネェ!」
そう言って一撃喰らわす一兄ぃ。
「僕、風鈴来て本当に良かったです。あの人が俺たちのトップで良かったです…」
そう呆然と言う楡井君に、「そうだね…」と私も呟いた。
誰より強くて、誰より温かくて、誰より強い人…。
狂ったように叫んだ頭取君の声は、胸を抉られるような声だった。一兄ぃはそんな彼にサンドバック状態で殴られ続ける。
それでも、頭取君に語りかけ続ける。首元を噛みつかれても、頭取君を包み込むように抱き寄せる。
飛び散る血飛沫、でも一兄ぃの言葉の温かさは変わらない。
その光景に自然と涙が溢れてきてしまう。最後の一兄ぃの頭突きで喧嘩は幕を閉じた。
相手を見下ろす一兄ぃ。倒れて動かない頭取君へ近寄っていく十亀君。
懺悔するように語りかける姿。それに答える頭取君。
それは子供のようで…誰も何も言葉を発せない空間。静まり返った館内でスカジャンを脱ぎ、一兄ぃにチームを頼む頭取君。
「お願いします」って言葉に「え、やだよ」で返した一兄ぃ。皆、呆気に取られている。
「じゃ、今日から俺達友達ってことで…今日のは親睦会ってことでどうだ?」
そう言い放たれた言葉に笑う頭取君。
「はい、じゃぁ今日は終わり。解散、解散」
集団に向かって手を叩きながら解散を促す。
「なぁ、この辺で食い物持ち帰り出来る店っないかぁ?」
そう言って既に打ち上げ気分の一兄ぃに、正常に思考が戻った私は咄嗟に足元のカバンを手に取って前へ出た。
「一兄ぃ、ちょっと待った!!打ち上げの前にやる事がある!!」
待ったをかけると不思議そうに見てくる一兄ぃ。
「ん?如月どうした?そんな慌てて」
「どうしたもこうしたもない。取り合えず、喧嘩した10人はステージへ集合!順番に腰掛ける!!」
「あ?何だよ…一体」
不満を言う桜君を睨み付ける。まだ納得してなさそうな顔の皆をじっと一人一人睨み付ける。
「なぁ、皆日本語分からない?喧嘩して言葉が分からない位馬鹿になった?僕はステージに座れって言ってんだけど?」
黙りこくった皆にもう一度言う。
「此処に順番にす・わ・れ」