「彼女」が「彼」になった理由
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一兄ぃに逢う覚悟は何とか決まったけど、相変わらず気分は最低。頭を抱えながらちらりと3席程横のカウンター席に腰掛ける京太郎君を見る。
さっき後ろに座る4人と一緒に店に入ってきたけど、話に参加する事もなくことはに出された水を軽く飲みながらずっと前を向いている。
この中では唯一、一兄ぃと一緒に居た私とも面識がある。まぁ、彼の性格上そんなに言葉は交わした事もないし、果たして私を認識していたものかも怪しいけど。基本、一兄ぃしか見てないからなー…。
まだ視線すら此方に向けない彼、例え気付いてたとしても余計な事話すような子でもないし…取りあえずは知らないふりしよう…。
バンッ!!
勢いよく店のドアが開いた。勢い良すぎて入店を知らせる小さなベルの音もかき消された。
「こ、と、はぁぁっ――――――!!」
いつも通りの嬉しそうな一兄ぃの声が店内に響く。その後はいつも通りのことはを絶賛する言葉。野菜苗の近況報告。
そんな一兄ぃに対して、冷静に返すことは。いつもの光景。ホント、一兄ぃはことは大好きなんだから。冷静に返しながらも、本当はことはも全然嫌がってないって分かる。本当に仲良いなー。私が初めて二人と同じ施設に来た時から二人はこんな感じ。強い絆で繋がってる感じがする。ん――…ちょっとだけ羨ましくもある。
そんな中、ことはは大事な妹だと紹介する一兄ぃ。その後ろを静かに歩いて店内奥へと進んできた登馬君。
カウンターに座っている私にチラッと視線を向けてくるから、取りあえず軽く会釈だけ返しておいた。
「あ?ちょっとまて…妹…?姉じゃなくて…?」
そう驚きを隠せない桜君の声が響く。どう見たって二十歳超えて…とまで言葉が聴こえた所で、どんどん一兄ぃの態度が冷たくなっていくのを感じた。
あっ…それ以上は…と思う前に京太郎君が椅子を桜君の方へと投げつけていた。
「そうなんだよ…ことはは大人っぽいんだよ…」
言葉と裏腹な雰囲気の笑顔が怖い一兄ぃ…。相変わらずだなー。そんないつもの茶番みたいなやり取りを頬杖ついて眺めていた。
京太郎君が投げた椅子を一兄ぃが元の位置に戻すと、やっと私の存在に気付いたようだった。
「んー?お前うちの一年か?」
改めて声を掛けられると反射的に少しだけ肩が揺れた。あー、何か言わなくちゃ…と思うも中々上手く言葉が出てこない。まだ、どう説明せいて良いかすら分からず「はい…」と小さく返事をすると少し一兄ぃの方を向き顔を上げると軽く会釈した。
「一年の如月よ…桜達と同じクラスなんだって」
そんな私をフォローするようにことはが説明してくれる。一兄ぃはじっと私の顔を見つめる。だけどすぐに視線を逸らして奥の席へと移動した。
「そっかー、これからヨロシクな」
………え?もしかしなくてもバレてない?いやいや、例えバレててもひょっとして見逃してくれるのかも…?
と淡い期待が湧いてくる。その後も、皆と明日の事についての雑談をしている一兄ぃはいつも通りだった。
その雰囲気に少しだけ冷静になれた私は、一兄ぃにどう話を切り出すべきか…と考える。でも、早く言わないと…と思いながら切り出せないまま。そんな私は自然と皆の話を聞きながら視線を送ってしまっていたらしい。
「で?如月くんは何か言いたい事でもあるのかな?」
一番目聡い蘇枋君がにっこり笑いながら話を振ってきた。
「え?…何で?」
「もう食べ終わってかなりの時間が経つのに、帰らず、俺達の話を聞きながら、時々困った視線をこっちに向けてるから」
図星だけど、今そんなはっきり言われるのは…とも思ったけど、その場に居た全員が同じ事を思ってたらしく一斉に此方へ視線を向ける。そうだよね、このまま黙ってるんだったら、一兄ぃが来る前に帰ってれば良かったんだし、今此処に残っているのは私の意志だ…。そう思い直すとカウンター席から立ち上がり真っ直ぐに一兄ぃへと視線を向ける。
「……っ…それは…あ、、あの明日のタイマン勝負、僕も連れて行って下さい。お願いします…」
それだけ言うと頭を下げてお願いする。
「……どういう事だ?」
少しだけ機嫌が悪くなったような一兄ぃの声にビクッと肩を揺らす。
「…新たな火種になるかも…と言われてしまって、そうならない為には梅宮サン達と一緒に獅子頭連の本拠地へ来いとお誘いをうけまして…」
そう言いながら顔を上げると、険しくなる一兄ぃの顔…怖い…。
この顔を、敵へ向ける事を見た事はあっても、向けられたのは初めてだ。
「誰に言われた?」
「だ、誰かは…名前は分からないけど、黄色い丸眼鏡を掛けて、長髪で長身の…あ、下駄履いてた…怖いんだけど、それ以上に苦しそうな表情してた人…」
昼間の恐怖を思い出しながらも、何とも言えない感じた事を口にした。
「十亀か…でも、アイツがそう言ったって事は他に何か原因があったんじゃないのか?」
今まで口を閉じていた登馬君が鋭い視線を向けてくる。
「…それは…」
思わず口ごもる私に何かを思い出したようなことはが訊ねる。
「そう言えば昼間、商店街で獅子頭連に少し絡まれたって言ってたわね…何したの?」
「…えーっと…丁度遭った時に風鈴の2年生の人がやられちゃってて、その人介抱しようとしたら、獅子頭連の人達が因縁つけて絡んで来たから、ちょっと振り払っただけ…」
「へー、人達って、5、6人とか相手したの?」
それとなく楽し気に訊いてくることはの言葉に、そんなんじゃないと反論する。
「ち、違うっ、そんなに相手してない。大体手を先に出してきてたのは向こうだし。ただ介抱しようとした僕に掴み掛って来たから投げ飛ばしただけだし、3人だけ……正当防衛だし………あ…」
説明しながら指を三本立てて差し出す。全て話して、正当防衛を主張した所でことはが軽く肩を竦めるのに気付く。……言っちゃった…。
「如月くん、やるねー。桜くんと杉下くんですら、二人で一人しか手出してないのにねー」
「そ、それは…だって、襲い掛かってこられたら普通反撃するものじゃない…?」
蘇枋君の言葉に少々焦りながらも、さっきから黙っている一兄ぃへと視線を向けた。
相変わらず厳しい顔付は変わらなくて…あー…やっぱり怒ってる…どうしよう…。
「ご、ごめんなさい。梶さんにも他のチームと揉めるな、って言われてたのに…っ!」
とにかく手を出してしまったのは事実だから…また頭を下げる。
風鈴に入れて浮かれていた自分が恨めしい。少しでも一兄ぃの役に立ちたくて、それでも大人しくしてようって思ってただけなんだけど…結局迷惑掛けちゃっただけ…何してんだろう…私…。
あまりの情けなさに鼻の奥がツンとなるけど、此処で泣いたらダメだ。と必死で抑える。
頭を上げれずにいる私。「はぁ」と軽い溜息を吐いて近付く気配にギュッと目を閉じる。
その後頭に触れる温かな手の平の感触。
「仕方ない、明日は如月も一緒に行くか」
そう言った声音は優しく、そっと顔を上げるといつもの一兄ぃの顔。ポンポンと頭を軽く撫でるように叩かれた。
「はいっ!ありがとうございます」
その後みんなが明日の予定の確認をしている間、私はカウンターへ入るとことはに声をかける。
「ことは、後片付け、手伝うよ」
「そう?ありがと」
まぁ、店に来るときは結構片付け手伝いもやってるのでいつもの事なんだけど…それを目聡く見つけた楡井君が不思議そうに訊いてきた。
「あれ?如月さんとことはさんはお知り合いというか、仲が良いんですか?」
……あ、そうか。この格好では目立つよね。ちらりとことはを見ると、ことはは普通に返事をしてた。
「そりゃ…ね。さっき梅と私が同じ施設で育ったって言ったけど、如月も一緒…だから昔からの知り合い」
「あ、そうだったんスね…如月さんも最初に教えてくれれば良かったのに」
「あー…ごめんね、言う機会を逃してて…」
そんな会話にも敢えて一兄ぃは入って来なかった。また5人で話し始めるのを確認するとそっとことはの隣に行ってその真意を訊こうとする。
「ねぇ…ことは…」
「どうせ梅にもバレちゃったんだから、肝心な事以外は嘘吐かない方が良いわよ」
「…う、それは…」
た、確かに。ことはの言う通りかも…。この場合の肝心な事っていうのはきっと私の男装の事だよね…。
一兄ぃは何も言って来ないけど…バレてる…よね。きっと。でも、何も言わないって事は…見逃してくれたという事かな…?
「ねぇ、やっぱり一兄ぃにはバレてるかな…?」
ボソッと呟きのような独り言を投げると。
「当たり前でしょ?気づいたからずっと機嫌悪いじゃないの」
「…そ、だよね…」
やっぱり私の気のせいではなかったようで、ことはに言葉にされるとズンっと心が重くなった。
怒ってる、よね…あ、憂鬱だ。私は拭き終わったお皿を食器棚へと戻しながら、大きくため息をついた。
閉店作業も完了し、皆解散の運びとなり店外へ出た。
ことはが店先のボードを片付けている。
「あの、みなさん!ちゃんとお礼を言えてなかったので…!」
そう笹城君が皆に頭を下げる。そんな彼に皆気にするな、と言うように一言ずつ返していく。
最後の桜君も、ことはの言葉で真っ赤になりながら「任せろ」って答えた。
桜君は、本当は素直で真っ直ぐな良い子なんだなー…って思える。それでも、まだ申し訳なさそうにしている佐々木君。そうだよね、こんな年上ばっかに囲まれたら、居心地悪いよね…。
両肩をポンっと叩くと、できるだけ優しく笑いかけた。
「大丈夫、笹城君!うちの『お兄ちゃん』達は、皆頼りになるんだよ?君も知ってるよね?」
「…っ、はい!」
そう元気に返事をして帰っていく佐々木君を見送りながら手を振った。
「じゃ、改めて明日遅れるなよー」
一兄ぃの言葉で解散ムード。
「あ、ヴァイオリン…取ってくる」
そう店内へ戻ると立てかけたままのヴァイオリンケースを手にして外へ戻った。
「如月くんは家はどっちの方向?良かったら途中まで一緒に行こうか?」
蘇枋君が心配してか声を掛けてくれた。え、ちょっと嬉しい……思わず笑顔になると彼の方へと向かおうとする。
――――――――ガシッ
「……へ?」
不意に肩を掴まれ、振り返る。………っあ…一気に血の気が引く感覚。
「あー、悪いな蘇枋。如月は俺が送ってくから。さぁ、如月、兄ちゃんと話しようか?」
―――――――――…ですよね?見逃してくれる訳なかった……。
顔はいつも通り笑ってる…笑ってるけど、声と空気がめっちゃ怖くなってます、お兄様…。取り合ず、ことはにヘルプの視線を送るもお手上げと言うように笑われた。登馬君はわざとらしく視線を逸らしてた。京太郎君は、そもそもこっち見てなかったけど…。
桜君と楡井君は、何とも言えず青ざめてるし、蘇枋君に至っては「ご愁傷様」というような顔で手を振られた。
取り合えず、逃げれない、助け舟ない事が分かり、返事を何とか返すしかなかった。
「……うん、一兄ぃ…」
そのまま解散となり、私は一兄ぃと登馬君と商店街の端っこまで歩いて来ていた。
誰も一言も発しない空気に、登馬君は胸元からいつも通りガスクン10を取り出して口へ放り込む。それを見ると、何かとっても悪い事をした気がしてついつい謝ってしまった。
「登馬君、何かごめんね…ってか、登馬君にもバレてた…のかな。やっぱり…」
頬をポリっと掻くように指を当てると、上目遣いに訊いてみる。
「まぁ、今日校庭で見つけた時に…な」
あー…やっぱり目が合ったと思ったのは勘違いじゃなかったのか…。でも、あの一瞬でバレるとか…流石によく見てるんだなー、周りの事…。四天王の一人で、沢山の子達に慕われてるのは伊達じゃない。
そう思ってると、肩とポンっと叩かれ軽く笑いながら優しい視線を向けられた。
「俺はともかく…万里ちゃん、明日までにはアイツの機嫌直しといてくれよ?」
そう言うと、今度は一兄ぃに向いて声を掛ける。
「じゃ、俺はこっちだから。お前ら、明日遅れるんじゃねェぞ?」
「おう、また明日」
「お、おやすみなさい」
見送るとまた流れる沈黙……一兄ぃから何も言ってこないのが一番怖い…。
…仕方ない、覚悟を決めよう。うん。まぁ、悪いのはどうしたって私なんだから…
「あ、あの…一兄ぃ、ごめん…なさい」
真っ直ぐ一兄ぃの顔を見る勇気はなくて、俯いたまま目を閉じる。
「万里…それは何の謝罪だ?お前は何が悪いと思ってる?」
静かに発せられた言葉が思った以上に低く響いて、やはり怒らせてしまってるんだと実感。
「…え、っと…まず一兄ぃに黙って男装して風鈴高校へ入ってごめんなさい。獅子頭連に手を出して、火種を作ってしまって.…ごめんなさい…」
「それだけか?」
「……一兄ぃに嘘は吐かないって約束破っちゃってごめん…」
はぁっと一際大きい溜息共に、温かな腕に包まれた。一兄ぃの腕の中だと気付いたのは数秒後。
「お前が男だったら、一発位殴ってたかもな」
さっきまでとは打って変わって優しくなった声に顔を上げて一兄ぃを見上げる。いつもの温かな瞳に心からホッとしてしまう。
「は、一兄ぃ、一発位なら殴って良いよ?私が悪いからっ……あ、でもちょっとは加減してくれたら嬉しい…けど…」
その言葉と同時にさぁ、来いと覚悟を決めて、ギュッと目を瞑る。
「そうか…じゃぁ」
そう言った後、一兄ぃの腕が動くのが分かって、咄嗟に身構える。
…コツン
頭の後ろに固定されて一兄ぃの大きな手と、額に軽く当たる衝撃。
「万里、目開けろ」
恐る恐る目を開けば、目の前には一兄ぃの超ドアップな顔。今、私たちは額を合わせた状態で見つめあっている。真っ直ぐに私を見据える緑色の瞳と視線が絡まる。そして少しだけ眉間に皺を寄せて見つめてくる一兄ぃ。
「今日はケガしてないな?もう、絶対俺に嘘吐くな」
滅多に見せない苦し気ともとれる視線と声にヴァイオリンケースから片方外した手で一兄ぃの後ろへ伸ばし出来る限り抱き締めた。
その胸へと顔を摺り寄せた。トクントクンと安心する一兄ぃの心臓の音。私は昔からこの音が好き。すごく安心するから…。
「うん、ごめんね。一兄ぃ…」
「よし、じゃぁ帰るかっ」
その言葉に体から離れると、「うん」と返事をした。
「そういや、今回の事誰が知ってたんだ?」
「ん?…あぁ、私が風鈴に行った事?設楽先生と、ことはと、椿ちゃん」
「椿もか…」
額に手を置いて、空を仰ぐ。
「そそ、このピアスはことはに開けて貰って、この髪染めてくれたのは椿ちゃんだよ。設楽先生は部屋の保証人になってくれて、引越しも手伝ってくれたし…」
椿ちゃんは一兄ぃとも仲良くて、中学時代から私もずっと仲良しで、男の人なんだけど、綺麗で強くてカッコイイ、私にとっては「お姉ちゃん」みたいな人。
設楽先生は施設で一番お世話になった大人の人で施設職員さん。今回の男装で風鈴高校に入学も、「仕方ねぇな」で協力してくれた。
「本当に万里はみんなに愛されてるなぁ?」
「皆優しいから…」
それだけ云うと歩き出す。
「あ、一兄ぃ、私の家もうすぐだし、此処までで大丈夫だよ?」
此処からはそんなに遠くない私の部屋。だからもう大丈夫と言ったんだけど…フッと口元に笑みを浮かべた一兄ぃは私の頭をポンと撫でる。
「こんな時間に可愛い妹を一人で帰らせる訳ないだろう、この兄ちゃんが」
そう笑ってくれたから、つられて笑みを返す。
「ありがと、一兄ぃ」
そう笑い合うと、もう出てきた月の光の下を二人並んで歩いていく。マンションの前まで来ても部屋まで送ると言ってきかない一兄ぃに部屋の前まできっちり付いてきた。
「ついでだし、部屋寄ってく?」
そう訊ねると軽く頭をふり私を見下ろす。何だろう?と首を傾げると一兄ぃの大きな手の平が私の左頬をそっと包む。
「ちゃんと戸締りはしっかりするんだぞ?知らない奴が来てもドアを開けるな。何かあったらすぐに連絡して来い、すぐ来るから。
それと…ケガするなよ?明日は出来るだけ俺の傍に居ること。分かったか?」
いきなり過保護発動し始める一兄ぃ。
まだまだ一兄ぃからしたら、私は子供なのかなぁ…?そう思いながらも、何か心が擽ったい。
「うん、大丈夫…何かあればすぐ一兄ぃに言うね?送ってくれてありがとう…」
頬を包む手を自分の左手で軽く握って、感謝をする。
こんなに心配してくれる人が居る、それって凄く幸せな事だって私は知ってる。
この街に来た数年前から、私はいつもこの手に護られて安心を貰っている。
「じゃ、明日遅れるなよー」
そんな私を見てニッと笑うと、軽く手を挙げて一兄ぃは帰って言った。
部屋に入り、ヴァイオリンを置くと、明日の準備に取り掛かった。
よし、明日は私も頑張らなきゃね…!
さっき後ろに座る4人と一緒に店に入ってきたけど、話に参加する事もなくことはに出された水を軽く飲みながらずっと前を向いている。
この中では唯一、一兄ぃと一緒に居た私とも面識がある。まぁ、彼の性格上そんなに言葉は交わした事もないし、果たして私を認識していたものかも怪しいけど。基本、一兄ぃしか見てないからなー…。
まだ視線すら此方に向けない彼、例え気付いてたとしても余計な事話すような子でもないし…取りあえずは知らないふりしよう…。
バンッ!!
勢いよく店のドアが開いた。勢い良すぎて入店を知らせる小さなベルの音もかき消された。
「こ、と、はぁぁっ――――――!!」
いつも通りの嬉しそうな一兄ぃの声が店内に響く。その後はいつも通りのことはを絶賛する言葉。野菜苗の近況報告。
そんな一兄ぃに対して、冷静に返すことは。いつもの光景。ホント、一兄ぃはことは大好きなんだから。冷静に返しながらも、本当はことはも全然嫌がってないって分かる。本当に仲良いなー。私が初めて二人と同じ施設に来た時から二人はこんな感じ。強い絆で繋がってる感じがする。ん――…ちょっとだけ羨ましくもある。
そんな中、ことはは大事な妹だと紹介する一兄ぃ。その後ろを静かに歩いて店内奥へと進んできた登馬君。
カウンターに座っている私にチラッと視線を向けてくるから、取りあえず軽く会釈だけ返しておいた。
「あ?ちょっとまて…妹…?姉じゃなくて…?」
そう驚きを隠せない桜君の声が響く。どう見たって二十歳超えて…とまで言葉が聴こえた所で、どんどん一兄ぃの態度が冷たくなっていくのを感じた。
あっ…それ以上は…と思う前に京太郎君が椅子を桜君の方へと投げつけていた。
「そうなんだよ…ことはは大人っぽいんだよ…」
言葉と裏腹な雰囲気の笑顔が怖い一兄ぃ…。相変わらずだなー。そんないつもの茶番みたいなやり取りを頬杖ついて眺めていた。
京太郎君が投げた椅子を一兄ぃが元の位置に戻すと、やっと私の存在に気付いたようだった。
「んー?お前うちの一年か?」
改めて声を掛けられると反射的に少しだけ肩が揺れた。あー、何か言わなくちゃ…と思うも中々上手く言葉が出てこない。まだ、どう説明せいて良いかすら分からず「はい…」と小さく返事をすると少し一兄ぃの方を向き顔を上げると軽く会釈した。
「一年の如月よ…桜達と同じクラスなんだって」
そんな私をフォローするようにことはが説明してくれる。一兄ぃはじっと私の顔を見つめる。だけどすぐに視線を逸らして奥の席へと移動した。
「そっかー、これからヨロシクな」
………え?もしかしなくてもバレてない?いやいや、例えバレててもひょっとして見逃してくれるのかも…?
と淡い期待が湧いてくる。その後も、皆と明日の事についての雑談をしている一兄ぃはいつも通りだった。
その雰囲気に少しだけ冷静になれた私は、一兄ぃにどう話を切り出すべきか…と考える。でも、早く言わないと…と思いながら切り出せないまま。そんな私は自然と皆の話を聞きながら視線を送ってしまっていたらしい。
「で?如月くんは何か言いたい事でもあるのかな?」
一番目聡い蘇枋君がにっこり笑いながら話を振ってきた。
「え?…何で?」
「もう食べ終わってかなりの時間が経つのに、帰らず、俺達の話を聞きながら、時々困った視線をこっちに向けてるから」
図星だけど、今そんなはっきり言われるのは…とも思ったけど、その場に居た全員が同じ事を思ってたらしく一斉に此方へ視線を向ける。そうだよね、このまま黙ってるんだったら、一兄ぃが来る前に帰ってれば良かったんだし、今此処に残っているのは私の意志だ…。そう思い直すとカウンター席から立ち上がり真っ直ぐに一兄ぃへと視線を向ける。
「……っ…それは…あ、、あの明日のタイマン勝負、僕も連れて行って下さい。お願いします…」
それだけ言うと頭を下げてお願いする。
「……どういう事だ?」
少しだけ機嫌が悪くなったような一兄ぃの声にビクッと肩を揺らす。
「…新たな火種になるかも…と言われてしまって、そうならない為には梅宮サン達と一緒に獅子頭連の本拠地へ来いとお誘いをうけまして…」
そう言いながら顔を上げると、険しくなる一兄ぃの顔…怖い…。
この顔を、敵へ向ける事を見た事はあっても、向けられたのは初めてだ。
「誰に言われた?」
「だ、誰かは…名前は分からないけど、黄色い丸眼鏡を掛けて、長髪で長身の…あ、下駄履いてた…怖いんだけど、それ以上に苦しそうな表情してた人…」
昼間の恐怖を思い出しながらも、何とも言えない感じた事を口にした。
「十亀か…でも、アイツがそう言ったって事は他に何か原因があったんじゃないのか?」
今まで口を閉じていた登馬君が鋭い視線を向けてくる。
「…それは…」
思わず口ごもる私に何かを思い出したようなことはが訊ねる。
「そう言えば昼間、商店街で獅子頭連に少し絡まれたって言ってたわね…何したの?」
「…えーっと…丁度遭った時に風鈴の2年生の人がやられちゃってて、その人介抱しようとしたら、獅子頭連の人達が因縁つけて絡んで来たから、ちょっと振り払っただけ…」
「へー、人達って、5、6人とか相手したの?」
それとなく楽し気に訊いてくることはの言葉に、そんなんじゃないと反論する。
「ち、違うっ、そんなに相手してない。大体手を先に出してきてたのは向こうだし。ただ介抱しようとした僕に掴み掛って来たから投げ飛ばしただけだし、3人だけ……正当防衛だし………あ…」
説明しながら指を三本立てて差し出す。全て話して、正当防衛を主張した所でことはが軽く肩を竦めるのに気付く。……言っちゃった…。
「如月くん、やるねー。桜くんと杉下くんですら、二人で一人しか手出してないのにねー」
「そ、それは…だって、襲い掛かってこられたら普通反撃するものじゃない…?」
蘇枋君の言葉に少々焦りながらも、さっきから黙っている一兄ぃへと視線を向けた。
相変わらず厳しい顔付は変わらなくて…あー…やっぱり怒ってる…どうしよう…。
「ご、ごめんなさい。梶さんにも他のチームと揉めるな、って言われてたのに…っ!」
とにかく手を出してしまったのは事実だから…また頭を下げる。
風鈴に入れて浮かれていた自分が恨めしい。少しでも一兄ぃの役に立ちたくて、それでも大人しくしてようって思ってただけなんだけど…結局迷惑掛けちゃっただけ…何してんだろう…私…。
あまりの情けなさに鼻の奥がツンとなるけど、此処で泣いたらダメだ。と必死で抑える。
頭を上げれずにいる私。「はぁ」と軽い溜息を吐いて近付く気配にギュッと目を閉じる。
その後頭に触れる温かな手の平の感触。
「仕方ない、明日は如月も一緒に行くか」
そう言った声音は優しく、そっと顔を上げるといつもの一兄ぃの顔。ポンポンと頭を軽く撫でるように叩かれた。
「はいっ!ありがとうございます」
その後みんなが明日の予定の確認をしている間、私はカウンターへ入るとことはに声をかける。
「ことは、後片付け、手伝うよ」
「そう?ありがと」
まぁ、店に来るときは結構片付け手伝いもやってるのでいつもの事なんだけど…それを目聡く見つけた楡井君が不思議そうに訊いてきた。
「あれ?如月さんとことはさんはお知り合いというか、仲が良いんですか?」
……あ、そうか。この格好では目立つよね。ちらりとことはを見ると、ことはは普通に返事をしてた。
「そりゃ…ね。さっき梅と私が同じ施設で育ったって言ったけど、如月も一緒…だから昔からの知り合い」
「あ、そうだったんスね…如月さんも最初に教えてくれれば良かったのに」
「あー…ごめんね、言う機会を逃してて…」
そんな会話にも敢えて一兄ぃは入って来なかった。また5人で話し始めるのを確認するとそっとことはの隣に行ってその真意を訊こうとする。
「ねぇ…ことは…」
「どうせ梅にもバレちゃったんだから、肝心な事以外は嘘吐かない方が良いわよ」
「…う、それは…」
た、確かに。ことはの言う通りかも…。この場合の肝心な事っていうのはきっと私の男装の事だよね…。
一兄ぃは何も言って来ないけど…バレてる…よね。きっと。でも、何も言わないって事は…見逃してくれたという事かな…?
「ねぇ、やっぱり一兄ぃにはバレてるかな…?」
ボソッと呟きのような独り言を投げると。
「当たり前でしょ?気づいたからずっと機嫌悪いじゃないの」
「…そ、だよね…」
やっぱり私の気のせいではなかったようで、ことはに言葉にされるとズンっと心が重くなった。
怒ってる、よね…あ、憂鬱だ。私は拭き終わったお皿を食器棚へと戻しながら、大きくため息をついた。
閉店作業も完了し、皆解散の運びとなり店外へ出た。
ことはが店先のボードを片付けている。
「あの、みなさん!ちゃんとお礼を言えてなかったので…!」
そう笹城君が皆に頭を下げる。そんな彼に皆気にするな、と言うように一言ずつ返していく。
最後の桜君も、ことはの言葉で真っ赤になりながら「任せろ」って答えた。
桜君は、本当は素直で真っ直ぐな良い子なんだなー…って思える。それでも、まだ申し訳なさそうにしている佐々木君。そうだよね、こんな年上ばっかに囲まれたら、居心地悪いよね…。
両肩をポンっと叩くと、できるだけ優しく笑いかけた。
「大丈夫、笹城君!うちの『お兄ちゃん』達は、皆頼りになるんだよ?君も知ってるよね?」
「…っ、はい!」
そう元気に返事をして帰っていく佐々木君を見送りながら手を振った。
「じゃ、改めて明日遅れるなよー」
一兄ぃの言葉で解散ムード。
「あ、ヴァイオリン…取ってくる」
そう店内へ戻ると立てかけたままのヴァイオリンケースを手にして外へ戻った。
「如月くんは家はどっちの方向?良かったら途中まで一緒に行こうか?」
蘇枋君が心配してか声を掛けてくれた。え、ちょっと嬉しい……思わず笑顔になると彼の方へと向かおうとする。
――――――――ガシッ
「……へ?」
不意に肩を掴まれ、振り返る。………っあ…一気に血の気が引く感覚。
「あー、悪いな蘇枋。如月は俺が送ってくから。さぁ、如月、兄ちゃんと話しようか?」
―――――――――…ですよね?見逃してくれる訳なかった……。
顔はいつも通り笑ってる…笑ってるけど、声と空気がめっちゃ怖くなってます、お兄様…。取り合ず、ことはにヘルプの視線を送るもお手上げと言うように笑われた。登馬君はわざとらしく視線を逸らしてた。京太郎君は、そもそもこっち見てなかったけど…。
桜君と楡井君は、何とも言えず青ざめてるし、蘇枋君に至っては「ご愁傷様」というような顔で手を振られた。
取り合えず、逃げれない、助け舟ない事が分かり、返事を何とか返すしかなかった。
「……うん、一兄ぃ…」
そのまま解散となり、私は一兄ぃと登馬君と商店街の端っこまで歩いて来ていた。
誰も一言も発しない空気に、登馬君は胸元からいつも通りガスクン10を取り出して口へ放り込む。それを見ると、何かとっても悪い事をした気がしてついつい謝ってしまった。
「登馬君、何かごめんね…ってか、登馬君にもバレてた…のかな。やっぱり…」
頬をポリっと掻くように指を当てると、上目遣いに訊いてみる。
「まぁ、今日校庭で見つけた時に…な」
あー…やっぱり目が合ったと思ったのは勘違いじゃなかったのか…。でも、あの一瞬でバレるとか…流石によく見てるんだなー、周りの事…。四天王の一人で、沢山の子達に慕われてるのは伊達じゃない。
そう思ってると、肩とポンっと叩かれ軽く笑いながら優しい視線を向けられた。
「俺はともかく…万里ちゃん、明日までにはアイツの機嫌直しといてくれよ?」
そう言うと、今度は一兄ぃに向いて声を掛ける。
「じゃ、俺はこっちだから。お前ら、明日遅れるんじゃねェぞ?」
「おう、また明日」
「お、おやすみなさい」
見送るとまた流れる沈黙……一兄ぃから何も言ってこないのが一番怖い…。
…仕方ない、覚悟を決めよう。うん。まぁ、悪いのはどうしたって私なんだから…
「あ、あの…一兄ぃ、ごめん…なさい」
真っ直ぐ一兄ぃの顔を見る勇気はなくて、俯いたまま目を閉じる。
「万里…それは何の謝罪だ?お前は何が悪いと思ってる?」
静かに発せられた言葉が思った以上に低く響いて、やはり怒らせてしまってるんだと実感。
「…え、っと…まず一兄ぃに黙って男装して風鈴高校へ入ってごめんなさい。獅子頭連に手を出して、火種を作ってしまって.…ごめんなさい…」
「それだけか?」
「……一兄ぃに嘘は吐かないって約束破っちゃってごめん…」
はぁっと一際大きい溜息共に、温かな腕に包まれた。一兄ぃの腕の中だと気付いたのは数秒後。
「お前が男だったら、一発位殴ってたかもな」
さっきまでとは打って変わって優しくなった声に顔を上げて一兄ぃを見上げる。いつもの温かな瞳に心からホッとしてしまう。
「は、一兄ぃ、一発位なら殴って良いよ?私が悪いからっ……あ、でもちょっとは加減してくれたら嬉しい…けど…」
その言葉と同時にさぁ、来いと覚悟を決めて、ギュッと目を瞑る。
「そうか…じゃぁ」
そう言った後、一兄ぃの腕が動くのが分かって、咄嗟に身構える。
…コツン
頭の後ろに固定されて一兄ぃの大きな手と、額に軽く当たる衝撃。
「万里、目開けろ」
恐る恐る目を開けば、目の前には一兄ぃの超ドアップな顔。今、私たちは額を合わせた状態で見つめあっている。真っ直ぐに私を見据える緑色の瞳と視線が絡まる。そして少しだけ眉間に皺を寄せて見つめてくる一兄ぃ。
「今日はケガしてないな?もう、絶対俺に嘘吐くな」
滅多に見せない苦し気ともとれる視線と声にヴァイオリンケースから片方外した手で一兄ぃの後ろへ伸ばし出来る限り抱き締めた。
その胸へと顔を摺り寄せた。トクントクンと安心する一兄ぃの心臓の音。私は昔からこの音が好き。すごく安心するから…。
「うん、ごめんね。一兄ぃ…」
「よし、じゃぁ帰るかっ」
その言葉に体から離れると、「うん」と返事をした。
「そういや、今回の事誰が知ってたんだ?」
「ん?…あぁ、私が風鈴に行った事?設楽先生と、ことはと、椿ちゃん」
「椿もか…」
額に手を置いて、空を仰ぐ。
「そそ、このピアスはことはに開けて貰って、この髪染めてくれたのは椿ちゃんだよ。設楽先生は部屋の保証人になってくれて、引越しも手伝ってくれたし…」
椿ちゃんは一兄ぃとも仲良くて、中学時代から私もずっと仲良しで、男の人なんだけど、綺麗で強くてカッコイイ、私にとっては「お姉ちゃん」みたいな人。
設楽先生は施設で一番お世話になった大人の人で施設職員さん。今回の男装で風鈴高校に入学も、「仕方ねぇな」で協力してくれた。
「本当に万里はみんなに愛されてるなぁ?」
「皆優しいから…」
それだけ云うと歩き出す。
「あ、一兄ぃ、私の家もうすぐだし、此処までで大丈夫だよ?」
此処からはそんなに遠くない私の部屋。だからもう大丈夫と言ったんだけど…フッと口元に笑みを浮かべた一兄ぃは私の頭をポンと撫でる。
「こんな時間に可愛い妹を一人で帰らせる訳ないだろう、この兄ちゃんが」
そう笑ってくれたから、つられて笑みを返す。
「ありがと、一兄ぃ」
そう笑い合うと、もう出てきた月の光の下を二人並んで歩いていく。マンションの前まで来ても部屋まで送ると言ってきかない一兄ぃに部屋の前まできっちり付いてきた。
「ついでだし、部屋寄ってく?」
そう訊ねると軽く頭をふり私を見下ろす。何だろう?と首を傾げると一兄ぃの大きな手の平が私の左頬をそっと包む。
「ちゃんと戸締りはしっかりするんだぞ?知らない奴が来てもドアを開けるな。何かあったらすぐに連絡して来い、すぐ来るから。
それと…ケガするなよ?明日は出来るだけ俺の傍に居ること。分かったか?」
いきなり過保護発動し始める一兄ぃ。
まだまだ一兄ぃからしたら、私は子供なのかなぁ…?そう思いながらも、何か心が擽ったい。
「うん、大丈夫…何かあればすぐ一兄ぃに言うね?送ってくれてありがとう…」
頬を包む手を自分の左手で軽く握って、感謝をする。
こんなに心配してくれる人が居る、それって凄く幸せな事だって私は知ってる。
この街に来た数年前から、私はいつもこの手に護られて安心を貰っている。
「じゃ、明日遅れるなよー」
そんな私を見てニッと笑うと、軽く手を挙げて一兄ぃは帰って言った。
部屋に入り、ヴァイオリンを置くと、明日の準備に取り掛かった。
よし、明日は私も頑張らなきゃね…!