「彼女」が「彼」になった理由
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ポトスへ急ぐ私。
あー、ことはに何て言おうかな…。入学初日に既に男装バレちゃった…とか。
でも、あれは三輝君がきっと鋭いってだけで、みんなにバレちゃった訳でもないし…。
そんな事話したら、またことはに「馬鹿ね…」とか言われちゃいそうだけど。
なんて、今日あった事色々考えながらちょっとした裏道を抜ける。
抜けた所で何かが飛んできて、反射的に避けた。
え?な、何?ビックリし……!!
「ちょっ、だ、大丈夫?」
「ソレ」が自分と同じ制服を着た風鈴生徒だと気付いて、駆け寄って跪く。両手を塞いでる苗袋とヴァイオリンケースを横に置くと、打ち付けられた時に額から流れてくる血に気付き、ズボンのポケットの中にあるハンカチを探そうとした。
「おいおい、何だぁ?風鈴ってのはお子様も入れるのかよ?」
突然掛けられたガラの悪そうな声に初めて通りの方へと顔を上げる。
「…っ!」
そこにはオレンジのスカジャンを着た集団。その集団の中でも後ろの方の隊員が見下した様に近付いてきた。
「……ししとうれん…?」
さっき三輝君が言ってた事を思い出し、ついその名を口にした。
「へぇ、こんなお子様でも一応は俺らを知ってんだな」
そう言うと手を伸ばし、私の腕を掴んできた。その瞬間に逆に相手の手首を逆手に取り回転させるように身体ごと捻らす。その勢いで相手が転がるように倒れた。
すぐにその場を立ち上がり、態勢を整える。
「何するんだ?」
そう言いながら睨み付け、集団との間合いを取った。
突然仲間が倒されて、集団が立ち止まっている。近くに居た数人はイラっとしたのか、完全に私を敵とみなしたようだ。「この野郎」とか「あ?」とか言いながら今にも襲い掛かってきそうな感じ。
と思ったら、チンピラみたいにすぐ襲ってきた。掴みかかろうとする手首を掴むと関節を決めて小手返し。そのままの勢いで勝手にすっ転ぶ。次の相手腕は弾き返しながら相手を避ける。「クソッ」とか言いながらまた腕を伸ばすその下へ潜り込むように肩を入れると肘を掴んで相手の勢いそのままに投げ飛ばした。
「ちょっと、一人に多数ってどうなんだよ?」
睨み付けながらそう言うと、………うわ、何かこの集団めっちゃ殺気立ってるんだけど…?
ちょっと多勢に無勢な感じ。え、これ切り抜けられるかな、私…。
背中を嫌な汗が流れるのを感じながら次の攻撃に備える。
「お前らー、やめとけ」
そうゆっくりな声が聴こえてくるとその場にいた集団が戸惑ったように戦闘態勢を解いた。それと同時に集団の先頭から近付いてくる下駄の音。そちらに顔を向ければ背の高い、黄色い丸眼鏡を掛けた一人がゆっくりと近付いてくる。
襲ってくる様子も伺えず、構えを解く。
思っている以上人に背が高かった人を見上げると、眼鏡越しに視線があった。
面白いモノを見つけたというよりは、ただ無慈悲に見下ろしてくる視線にゾクリと背中が粟立つような感覚。
この人、かなりヤバい気がする…!
その視線に動けずに固まる私に、上半身を屈めゆっくり顔を耳元へ近付けてくる。耳元で感じる息遣いは、まるで内緒話の距離で。
「なぁ、君、うちと揉めたいの?君まで新たな火種になる気?」
その低く妙にゆっくりとした口調が余計に怖い。
「そ、それはそっちが先に…!」
手を出してきたと言おうとすると屈むのを止めて見下ろしてくる相手と真正面から目が合った。
そこで瞳とは相反するニィッと嫌な笑みを浮かべられると、左肩を軽くつかまれる。
「君も面白そうだねー。あ、そうだ。今度梅宮達をうちに招待すると思うからその時、一緒に来たらどうかな?」
「…へ?何で…?」
いきなりの有難くはないお誘いに訳が分からない。そんな私をよそに軽く肩や腕を確かめるように揉まれる。
「ちょっ、…何?!」
「君ー、細いねー。本当に男の子?」
「う、うるさいっ!放せよっ!細くて悪いかっ!成長期なんだよ、まだ…!」
そう言うと、その手を思い切り払いのける。思い切り睨み付けると口元の笑みはそのままに両手を上げる。
「いやー、ごめんごめん。まぁ。一年生ならそうなのかもねー。じゃ、そういう事で、ちゃんと君も来るんだよ?ピンクちゃん。―――…来ないと新たな火種になっちゃうかもしれないよー?」
「…だから、火種って何の…」
何の事?って訊いても教えてくれる気はなさそうで、踵を返すとまた集団の先頭へと戻り「行くぞ」と歩いて行った。
………え、何なの?意味分かんない……
そんな事を思いながらも、近くに倒れてた風鈴生を思い出して駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
2年生の誰かだとは思うんだけど、名前は知らない。幸いにも額の傷は大したことなかったようで、乱暴に袖で拭った血はもう止まっているようだ。
意識もはっきりしているし、もう立ち上がれそう。
「あぁ、悪いな」
それだけ言うと、立ち上がりその場を離れて行く。
うん。足取りもしっかりしてるし、大丈夫そう。その人を見送ると、私も当初の予定通りことはの所へ行こうと荷物を持って立ち上がる。
「ししとうれん……ってか、何であんなチームが此処に居たんだろう?」
考えたって分からない…そう言えばあの人達どこ向かってたんだろう?向こうにあるのは…風鈴高校…?
―――まさか、ね。
でも、梶さんもししとうれん、って電話で言ってたし…招待するって何?
そう言えば梶さん、他のチームと揉めるなよ…って言ってた気も…。え…、あれは揉めた事に入るのかな?
いや、でも向こうから手を出してきたんだから、ノーカンね。ノーカン。きっと。
そう結論付けると、ポトスへと急ぐ。
「ことはー、お腹空いたよー」
そう声を掛けながらドアを開くと、丁度お客さんの居ない店内。カウンターの中から呆れたようにこっちを見る。
「開口一番ソレってどうなの?…って、何その荷物」
「え?これはトシさんとこで引き取ってきたヴァイオリン」
「それは分かるわよ」
「あー、こっちは一兄ぃ御用達の苗木屋さんで頂いて、渡してって貰った一兄ぃへの野菜苗」
「何で万里が持ってんのよ?」
「んー、途中で居なくなった梶さんに押し付けられた…?」
「…はぁ?」
訝し気に眉を顰めることはに、はいっと苗の袋を差し出した。
「私が直接一兄ぃに渡すのは危険だから、ことはに渡して貰おうと思って…ね?お願い」
「んー、分かった」
そう言いながら袋を受け取ってくれる。
そして奥のカウンターへ座ると、ヴァイオリンケースをカウンターに立てかけた。
「あ、そう言えばことは、ししとうれんってチーム知ってる?オレンジのスカジャン着てる…」
「獅子頭連?何で?」
カウンターに掛けた私に水を差し出しながら、ししとうれんの言葉にピクリと反応を示すことは。
「…知ってるんだ…何か、一兄ぃ達、今度はソコと揉めそうなんだよねー…」
そう言いながら今日あった事を簡単にまとめて説明した。
「えっ?ちょっと待って。獅子頭連が居たの?この街に?」
「うん。私が遭ったのは集団で歩いてたよ。商店街を。風鈴生も手を出されてた」
「…高架から…こっちに来てたの?獅子頭連が?」
「なーんかちょっと怖いヤバい人が居た。ぶつかったらまた一兄ぃ達ケガしちゃうよね…」
「万里、あんたは大丈夫だったの?」
「え?うん。ちょっとだけ絡まれたけど、この通り平気…だよ」
「…そう、なら良いけど…いつものオムライスで良い?」
少し考えながらも、最初の私の希望を思い出しエプロンを結びなおすことは。
「うん、いつもので」
キッチンで用意しだしたことはに、今日あった事を話し出す。
「そうそう、私多聞衆になったよ。ことはがこの間言ってた桜君にも会った。それでね、蘇枋君とも一緒のクラスになれたんだー。後は京太郎君も一緒だったな。後は、有名な子だと桐生 三輝君と、柘浦君…だっけ?何だかんだと多聞衆に合いそうないいクラスだったよー。うん、かなり明日からの学校生活楽しみ」
思い出すとついつい嬉しく笑ってしまう顔を両手で頬杖つきながら語る私に、作業しながらを視線を向けることは。
「そう、良かったわね?」
優し気な声に思い切り頷いた。ことはとは一緒の学年だけど、誕生日は約一年違う。
ことはは気が利いて、美人で、優しくて、面倒見良くて、本当に非の打ちどころのない「お姉ちゃん」みたいな存在だ。一兄ぃの溺愛ぶりもスゴイ。私も一兄ぃに負けない位ことはの事大好きだけどね。
「うん」
「で?男装はバレなかったの?」
「え?………あぁ、一人にはバレちゃったかな。三輝君に。参った、彼本当皆が言うみいに王子だったよ。気遣いも凄いし」
出されたお水を飲もうとコップに口を付けると、ことはからの質問に答える。
「三輝、君?何で名前呼なのよ?今日一日でそんなに仲良くなった訳?」
「え!?そういうんじゃないと思うけど、名前で呼んでって言われたから…」
「ふーん、つまり女の子にするような完全に王子様な態度だったって事ね」
クスッと笑みを浮かべながら纏める言葉に反論も出来ず、頷く。
「的確な表現です、ことは様…」
「馬鹿ねー、まぁ、最初からいずれはバレるって思ってたけど、初日からとか早過ぎでしょ」
「…いずれバレるって思ってたんだ…で、でも三輝君が勘が鋭いってだけかも…もうバレないって、大丈夫。きっと」
両手でガッツポーズ取って、大丈夫をアピール。そんな私に仕方ないとばかりに軽く溜息を吐きながら、出来たてのオムライスを皿に載せる。そして、付け合わせの野菜、ブロッコリーとミニトマトを添えると、私の前にオムライスを置いた。
「はい、万里専用オムライス」
「ありがとー」
目の前に置かれた出来立てオムライス。施設に居た時からの私の大好物。
何が私専用かと云えば、ご飯は半分、その代わり野菜(特にミニトマト)は多め。どちらかと言うと小食な私には一人前が少し辛い。残すのは絶対嫌だから、量を減らして欲しいでもお金は同じ分だけ支払うと言った私に、それならばと今の状態のオムライスを作ってくれるようになった。ことはは本当に優しいの。
「いただきまーす」
両手を合わせていただきますをすると、スプーンで一口。うん、やっぱり美味しい。
「今日初めてのごはん、やっぱことはのオムライス最高。美味しい」
「はいはい、それより梅にさっさとバレないと良いわね。きっと知ったら機嫌悪くなりそうだし」
「……それは…ってか、トシさんと同じ事言わないでよー。取り敢えずはバレないように直接会わないようにはするつもり。たかが一年坊と総代が会う機会なんてないだろうし…きっと大丈夫。別に悪い事してないし、うん」
考えたって仕方ないしねー。と笑えば冷静な一言を返された。
「いや、男子校にそもそも入学する女子ってだけでダメじゃない?」
「あ――――…それはそれ、これはこれ…?あ、ちゃんとことはも私を男として扱ってよね?」
「はいはい…いらっしゃい」
返事をしながら空いたドアへと声をかけることは。んー、お客さんかぁ…と思いながら背後に複数人の気配を感じた。気にせずオムライスを口に運ぶ。
「やぁ、如月くんじゃないかぁ?君もご飯食べに来たのかい?」
思いがけず掛けられた言葉に咄嗟に振り返った。そこには予想通りの人物が居て、その後ろには桜君と楡井君、そして見たことない中学生が一人。
「す、蘇枋君っ?あ、桜君と楡井君も……コンニチハ」
「あ?お前誰だよ…?」
「蘇枋さん、この人は?お知合いですか?」
二人の当たり前の反応に、そっか、昼の教室ではこの二人とは言葉を交わしてなかった事を思い出す。
ここは自己紹介でもするべきだろうか?とどうしたものかと思いながら言葉を発せずにいると、楽し気に笑みを称えた蘇芳君が私の肩を抱くようにポンッと叩いた。
「何を言ってるんだい?桜くん、楡井くんも。彼はれっきとした僕達のクラスメイト、如月 悠くんだよ」
「あ?居たか?こんな奴…」
期待通りの反応の桜君。
「そ、そうだったんですか?あなたが…今年は外から来た人がもう一人居るって聞いてましたが、あなたが如月さんだったんですね!見た感じ、背も、体も僕より小っちゃそうですが、喧嘩は出来るんですか?なぜ、此処に?ちなみここの喫茶店は風鈴の人達がよく利用するって知ってたんですか?」
こっちも予想通りの反応で、矢継ぎ早に来る質問にどこから答えようかと言葉を紡ぐ事が出来ずにいると、蘇枋君が代わりに答えた。
「ほら、楡井君そんなに質問攻めにしたら如月くんが困ってるじゃないか?ちなみに喧嘩は『そこら辺の奴には簡単に負けるつもりない位、そこそこ強い』らしいよ」
「そうなんですねー。で、蘇枋さんは何でそんなに如月さんに詳しいんですか?」
「丁度君達が教室に来る前に彼はクラスの皆から注目を集めていてね。そこで自分で言っていたからだよ」
メモを書き留めながら感心する楡井君。今の会話で何を書き留める事があるんだろう?
ってか、蘇枋君もきっちり覚えすぎでしょ。キッチンの方を向いたままのことはの肩が僅かに震えているのは私は見逃さなかった。
ことは…めっちゃ笑ってるし…。
「へぇ、そこまで言うからにはお前強いのか?一回俺とやろうぜ?」
楽し気に目を輝かせて言う桜君に、軽く目の前で手を横に振りながら丁重にお断りを入れた。
「いやいや、そもそもクラスメイトと喧嘩する気はないからね…」
チッっと舌打ちすると、奥の席へと腰掛ける桜君。それに続くように楡井君と蘇芳君も席に向かう前に蘇枋君が一緒に居た中学生の子を「笹城くんも」と呼んで席に着いた。
私はまたカウンターでオムライスを食べ始める。
背後の席では、「笹城くん」が、他の3人に申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ほ、本当に何度も言いますが僕のせいで、皆さんに迷惑をかけてしまって申し訳ありませんっ!僕の軽率な行動が獅子頭連との火種になってしまって……」
……ししとうれん…?
何で今日はこんなにもこの単語を聞くんだろう。頬杖付きながら後ろの席を向く。
「ねぇ、さっき僕も獅子頭連の集団と商店街ですれ違ったんだけど、それと関係ある?」
「あ?お前知らねぇのかよ。あんな騒ぎになってたのに…?」
訝し気に見てくる桜君の言葉に意味が分からず首を傾げる。そんな私を見て蘇枋君が理解したようににっこりと笑った。
「あぁ、そうか。如月くんはあの時学校に居なかったから知らないんだね。実は、今日の見回りで俺高架の向こう側で追い掛け回されている笹城くんを見つけてね。そこで、桜くんと杉下くんが笹城くんを助けようと、相手の島に入って蹴り倒してしまったんだよ。獅子頭連の子を。その時に偶々獅子頭連の副頭取にも遭ってしまって、喧嘩の火種になってしまったという話だよ。」
そう簡潔に説明してくれた蘇枋君に納得した。
「なるほど…」
「そ、それだけじゃないっスよ。その後獅子頭連の頭取が学校に攻めてきて、梅宮さんにタイマンを申込してきたんです。その後すぐに他の獅子頭連の人達も押しかけてきて、結局5対5のタイマン勝負って話に…」
続きで楡井君が説明してくれる。
「5対5?うわ、誰がするの?」
「まず、梅宮さんと、獅子頭連の頭取兎耳山さん。桜さんと副頭取の十亀さん。柊さんと佐狐さん。杉下さんと有馬さん。そして蘇枋さんと鹿沼さんです」
ふーん、京太郎君は分かるけど…
「桜君と蘇枋君も出るんだ?」
「そうそう、それぞれご指名されちゃったからね」
「へー、そうなんだねー」
何か私の知らない間に物事がすごく早く動いてるきがする。出遅れた感満載でプチトマトを手に取りヘタを取り除くと口へと放り込む。うん、このトマト甘い…
「そんな呑気に構えてないで下さいよー。あーーーっ、ヤバイヤバイヤバイっ!!」
突然混乱しだす楡井君にことはがオムライスを差し出す。
「騒いでも仕方ないでしょ、楡井。ちょっとでもお腹に入れな。落ち着くから」
うん、やっぱりことはは優しいなぁ。そして、桜君と佐々木君にもオムライスを差し出した後、蘇枋君に紅茶を淹れている。
「で、タイマン勝負はいつ、どこで?」
不思議に思って訊いてみると、蘇枋君がティーカップ片手に答えてくれた。
「明日の正午集合で、場所は獅子頭連の本拠地、だよ。お呼ばれしちゃったからね、俺達」
「そうなんだ………あ――…」
『あ、そうだ。今度梅宮達をうちに招待すると思うからその時、一緒に来たらどうかな?』
『―――…来ないと新たな火種になっちゃうかもしれないよー?』
さっきのヤバい人の言葉を突然思い出した。あの時は全く意味不明だった言葉達、今の説明で繋がる。
私が正当防衛とは言え、獅子頭連に手を出した事。明日、一兄ぃ達が獅子頭連に呼ばれている事。
つまり明日一兄ぃ達と一緒に行かないと、新たな喧嘩の原因になるよって事?
うわー、ここで自分に返ってくるとか…やっちゃったみたい…
「―――…最悪っ」
出た結論につい頭を抱えてしまう。ヤバいヤバいヤバイ…
完全に俯いてしまっていた私の頭にふわりとした感触。それと同時にすぐ隣から聞こえた声にゆっくりと頭を上げた。
声の方へ視線を向けたら、そこには心配そうに覗く赤味がかった瞳。
「如月くん、大丈夫?」
その声に取り合えず焦っていた思いは少しだけ落ち着き、その優しさがじわりと心に沁みた。
「うーん………全然…大丈夫…かな」
泣きそうだったけど、とりあえず笑ってみた。
「大丈夫って顔には見えないね。大丈夫じゃない時は大丈夫って云わなくて良いんだよ?」
にこっと笑って、軽く頭を撫でられた。
「うん…世間ではそう言うらしい…ね」
視線を外すと睫毛を伏せてそう呟いた。私にはそんな事なかなか言えないけど…
その時後ろで桜君が「帰る」楡井君が「ダメですよ」と言い合いを始めた。
梅宮さんくるまで帰っちゃダメだとも……え、一兄ぃ来るの?
「は…梅宮サンがここに来るの…?」
「うん、ご飯食べるからって此処で待ち合わせしてるんだよ」
「そ、そうなんだ…」
今すぐ帰りたい…けど帰れない。今日は一兄ぃとは逢う予定じゃなかったし…。
あぁ、数時間前に巻き戻して欲しい。
余程悲壮な顔をしていたのか、目があったことはが訊いてくる。
「如月は帰らなくていい?顔色悪いよ?」
梅に会いたくないんでしょ?って言外に言ってる。うん、逢いたくないよ、絶対。でも此処で何も知らぬ存ぜずで帰ってしまうのは非常にヤバイ気がする。いや、実際ヤバいと思う。
はぁ、と小さくため息を吐くと、作り笑い。
「うん…大丈夫。ちょっと帰れなくなった……」
覚悟を決めるしかない…でも、やだなぁ……はぁ、帰りたい…。
あー、ことはに何て言おうかな…。入学初日に既に男装バレちゃった…とか。
でも、あれは三輝君がきっと鋭いってだけで、みんなにバレちゃった訳でもないし…。
そんな事話したら、またことはに「馬鹿ね…」とか言われちゃいそうだけど。
なんて、今日あった事色々考えながらちょっとした裏道を抜ける。
抜けた所で何かが飛んできて、反射的に避けた。
え?な、何?ビックリし……!!
「ちょっ、だ、大丈夫?」
「ソレ」が自分と同じ制服を着た風鈴生徒だと気付いて、駆け寄って跪く。両手を塞いでる苗袋とヴァイオリンケースを横に置くと、打ち付けられた時に額から流れてくる血に気付き、ズボンのポケットの中にあるハンカチを探そうとした。
「おいおい、何だぁ?風鈴ってのはお子様も入れるのかよ?」
突然掛けられたガラの悪そうな声に初めて通りの方へと顔を上げる。
「…っ!」
そこにはオレンジのスカジャンを着た集団。その集団の中でも後ろの方の隊員が見下した様に近付いてきた。
「……ししとうれん…?」
さっき三輝君が言ってた事を思い出し、ついその名を口にした。
「へぇ、こんなお子様でも一応は俺らを知ってんだな」
そう言うと手を伸ばし、私の腕を掴んできた。その瞬間に逆に相手の手首を逆手に取り回転させるように身体ごと捻らす。その勢いで相手が転がるように倒れた。
すぐにその場を立ち上がり、態勢を整える。
「何するんだ?」
そう言いながら睨み付け、集団との間合いを取った。
突然仲間が倒されて、集団が立ち止まっている。近くに居た数人はイラっとしたのか、完全に私を敵とみなしたようだ。「この野郎」とか「あ?」とか言いながら今にも襲い掛かってきそうな感じ。
と思ったら、チンピラみたいにすぐ襲ってきた。掴みかかろうとする手首を掴むと関節を決めて小手返し。そのままの勢いで勝手にすっ転ぶ。次の相手腕は弾き返しながら相手を避ける。「クソッ」とか言いながらまた腕を伸ばすその下へ潜り込むように肩を入れると肘を掴んで相手の勢いそのままに投げ飛ばした。
「ちょっと、一人に多数ってどうなんだよ?」
睨み付けながらそう言うと、………うわ、何かこの集団めっちゃ殺気立ってるんだけど…?
ちょっと多勢に無勢な感じ。え、これ切り抜けられるかな、私…。
背中を嫌な汗が流れるのを感じながら次の攻撃に備える。
「お前らー、やめとけ」
そうゆっくりな声が聴こえてくるとその場にいた集団が戸惑ったように戦闘態勢を解いた。それと同時に集団の先頭から近付いてくる下駄の音。そちらに顔を向ければ背の高い、黄色い丸眼鏡を掛けた一人がゆっくりと近付いてくる。
襲ってくる様子も伺えず、構えを解く。
思っている以上人に背が高かった人を見上げると、眼鏡越しに視線があった。
面白いモノを見つけたというよりは、ただ無慈悲に見下ろしてくる視線にゾクリと背中が粟立つような感覚。
この人、かなりヤバい気がする…!
その視線に動けずに固まる私に、上半身を屈めゆっくり顔を耳元へ近付けてくる。耳元で感じる息遣いは、まるで内緒話の距離で。
「なぁ、君、うちと揉めたいの?君まで新たな火種になる気?」
その低く妙にゆっくりとした口調が余計に怖い。
「そ、それはそっちが先に…!」
手を出してきたと言おうとすると屈むのを止めて見下ろしてくる相手と真正面から目が合った。
そこで瞳とは相反するニィッと嫌な笑みを浮かべられると、左肩を軽くつかまれる。
「君も面白そうだねー。あ、そうだ。今度梅宮達をうちに招待すると思うからその時、一緒に来たらどうかな?」
「…へ?何で…?」
いきなりの有難くはないお誘いに訳が分からない。そんな私をよそに軽く肩や腕を確かめるように揉まれる。
「ちょっ、…何?!」
「君ー、細いねー。本当に男の子?」
「う、うるさいっ!放せよっ!細くて悪いかっ!成長期なんだよ、まだ…!」
そう言うと、その手を思い切り払いのける。思い切り睨み付けると口元の笑みはそのままに両手を上げる。
「いやー、ごめんごめん。まぁ。一年生ならそうなのかもねー。じゃ、そういう事で、ちゃんと君も来るんだよ?ピンクちゃん。―――…来ないと新たな火種になっちゃうかもしれないよー?」
「…だから、火種って何の…」
何の事?って訊いても教えてくれる気はなさそうで、踵を返すとまた集団の先頭へと戻り「行くぞ」と歩いて行った。
………え、何なの?意味分かんない……
そんな事を思いながらも、近くに倒れてた風鈴生を思い出して駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
2年生の誰かだとは思うんだけど、名前は知らない。幸いにも額の傷は大したことなかったようで、乱暴に袖で拭った血はもう止まっているようだ。
意識もはっきりしているし、もう立ち上がれそう。
「あぁ、悪いな」
それだけ言うと、立ち上がりその場を離れて行く。
うん。足取りもしっかりしてるし、大丈夫そう。その人を見送ると、私も当初の予定通りことはの所へ行こうと荷物を持って立ち上がる。
「ししとうれん……ってか、何であんなチームが此処に居たんだろう?」
考えたって分からない…そう言えばあの人達どこ向かってたんだろう?向こうにあるのは…風鈴高校…?
―――まさか、ね。
でも、梶さんもししとうれん、って電話で言ってたし…招待するって何?
そう言えば梶さん、他のチームと揉めるなよ…って言ってた気も…。え…、あれは揉めた事に入るのかな?
いや、でも向こうから手を出してきたんだから、ノーカンね。ノーカン。きっと。
そう結論付けると、ポトスへと急ぐ。
「ことはー、お腹空いたよー」
そう声を掛けながらドアを開くと、丁度お客さんの居ない店内。カウンターの中から呆れたようにこっちを見る。
「開口一番ソレってどうなの?…って、何その荷物」
「え?これはトシさんとこで引き取ってきたヴァイオリン」
「それは分かるわよ」
「あー、こっちは一兄ぃ御用達の苗木屋さんで頂いて、渡してって貰った一兄ぃへの野菜苗」
「何で万里が持ってんのよ?」
「んー、途中で居なくなった梶さんに押し付けられた…?」
「…はぁ?」
訝し気に眉を顰めることはに、はいっと苗の袋を差し出した。
「私が直接一兄ぃに渡すのは危険だから、ことはに渡して貰おうと思って…ね?お願い」
「んー、分かった」
そう言いながら袋を受け取ってくれる。
そして奥のカウンターへ座ると、ヴァイオリンケースをカウンターに立てかけた。
「あ、そう言えばことは、ししとうれんってチーム知ってる?オレンジのスカジャン着てる…」
「獅子頭連?何で?」
カウンターに掛けた私に水を差し出しながら、ししとうれんの言葉にピクリと反応を示すことは。
「…知ってるんだ…何か、一兄ぃ達、今度はソコと揉めそうなんだよねー…」
そう言いながら今日あった事を簡単にまとめて説明した。
「えっ?ちょっと待って。獅子頭連が居たの?この街に?」
「うん。私が遭ったのは集団で歩いてたよ。商店街を。風鈴生も手を出されてた」
「…高架から…こっちに来てたの?獅子頭連が?」
「なーんかちょっと怖いヤバい人が居た。ぶつかったらまた一兄ぃ達ケガしちゃうよね…」
「万里、あんたは大丈夫だったの?」
「え?うん。ちょっとだけ絡まれたけど、この通り平気…だよ」
「…そう、なら良いけど…いつものオムライスで良い?」
少し考えながらも、最初の私の希望を思い出しエプロンを結びなおすことは。
「うん、いつもので」
キッチンで用意しだしたことはに、今日あった事を話し出す。
「そうそう、私多聞衆になったよ。ことはがこの間言ってた桜君にも会った。それでね、蘇枋君とも一緒のクラスになれたんだー。後は京太郎君も一緒だったな。後は、有名な子だと桐生 三輝君と、柘浦君…だっけ?何だかんだと多聞衆に合いそうないいクラスだったよー。うん、かなり明日からの学校生活楽しみ」
思い出すとついつい嬉しく笑ってしまう顔を両手で頬杖つきながら語る私に、作業しながらを視線を向けることは。
「そう、良かったわね?」
優し気な声に思い切り頷いた。ことはとは一緒の学年だけど、誕生日は約一年違う。
ことはは気が利いて、美人で、優しくて、面倒見良くて、本当に非の打ちどころのない「お姉ちゃん」みたいな存在だ。一兄ぃの溺愛ぶりもスゴイ。私も一兄ぃに負けない位ことはの事大好きだけどね。
「うん」
「で?男装はバレなかったの?」
「え?………あぁ、一人にはバレちゃったかな。三輝君に。参った、彼本当皆が言うみいに王子だったよ。気遣いも凄いし」
出されたお水を飲もうとコップに口を付けると、ことはからの質問に答える。
「三輝、君?何で名前呼なのよ?今日一日でそんなに仲良くなった訳?」
「え!?そういうんじゃないと思うけど、名前で呼んでって言われたから…」
「ふーん、つまり女の子にするような完全に王子様な態度だったって事ね」
クスッと笑みを浮かべながら纏める言葉に反論も出来ず、頷く。
「的確な表現です、ことは様…」
「馬鹿ねー、まぁ、最初からいずれはバレるって思ってたけど、初日からとか早過ぎでしょ」
「…いずれバレるって思ってたんだ…で、でも三輝君が勘が鋭いってだけかも…もうバレないって、大丈夫。きっと」
両手でガッツポーズ取って、大丈夫をアピール。そんな私に仕方ないとばかりに軽く溜息を吐きながら、出来たてのオムライスを皿に載せる。そして、付け合わせの野菜、ブロッコリーとミニトマトを添えると、私の前にオムライスを置いた。
「はい、万里専用オムライス」
「ありがとー」
目の前に置かれた出来立てオムライス。施設に居た時からの私の大好物。
何が私専用かと云えば、ご飯は半分、その代わり野菜(特にミニトマト)は多め。どちらかと言うと小食な私には一人前が少し辛い。残すのは絶対嫌だから、量を減らして欲しいでもお金は同じ分だけ支払うと言った私に、それならばと今の状態のオムライスを作ってくれるようになった。ことはは本当に優しいの。
「いただきまーす」
両手を合わせていただきますをすると、スプーンで一口。うん、やっぱり美味しい。
「今日初めてのごはん、やっぱことはのオムライス最高。美味しい」
「はいはい、それより梅にさっさとバレないと良いわね。きっと知ったら機嫌悪くなりそうだし」
「……それは…ってか、トシさんと同じ事言わないでよー。取り敢えずはバレないように直接会わないようにはするつもり。たかが一年坊と総代が会う機会なんてないだろうし…きっと大丈夫。別に悪い事してないし、うん」
考えたって仕方ないしねー。と笑えば冷静な一言を返された。
「いや、男子校にそもそも入学する女子ってだけでダメじゃない?」
「あ――――…それはそれ、これはこれ…?あ、ちゃんとことはも私を男として扱ってよね?」
「はいはい…いらっしゃい」
返事をしながら空いたドアへと声をかけることは。んー、お客さんかぁ…と思いながら背後に複数人の気配を感じた。気にせずオムライスを口に運ぶ。
「やぁ、如月くんじゃないかぁ?君もご飯食べに来たのかい?」
思いがけず掛けられた言葉に咄嗟に振り返った。そこには予想通りの人物が居て、その後ろには桜君と楡井君、そして見たことない中学生が一人。
「す、蘇枋君っ?あ、桜君と楡井君も……コンニチハ」
「あ?お前誰だよ…?」
「蘇枋さん、この人は?お知合いですか?」
二人の当たり前の反応に、そっか、昼の教室ではこの二人とは言葉を交わしてなかった事を思い出す。
ここは自己紹介でもするべきだろうか?とどうしたものかと思いながら言葉を発せずにいると、楽し気に笑みを称えた蘇芳君が私の肩を抱くようにポンッと叩いた。
「何を言ってるんだい?桜くん、楡井くんも。彼はれっきとした僕達のクラスメイト、如月 悠くんだよ」
「あ?居たか?こんな奴…」
期待通りの反応の桜君。
「そ、そうだったんですか?あなたが…今年は外から来た人がもう一人居るって聞いてましたが、あなたが如月さんだったんですね!見た感じ、背も、体も僕より小っちゃそうですが、喧嘩は出来るんですか?なぜ、此処に?ちなみここの喫茶店は風鈴の人達がよく利用するって知ってたんですか?」
こっちも予想通りの反応で、矢継ぎ早に来る質問にどこから答えようかと言葉を紡ぐ事が出来ずにいると、蘇枋君が代わりに答えた。
「ほら、楡井君そんなに質問攻めにしたら如月くんが困ってるじゃないか?ちなみに喧嘩は『そこら辺の奴には簡単に負けるつもりない位、そこそこ強い』らしいよ」
「そうなんですねー。で、蘇枋さんは何でそんなに如月さんに詳しいんですか?」
「丁度君達が教室に来る前に彼はクラスの皆から注目を集めていてね。そこで自分で言っていたからだよ」
メモを書き留めながら感心する楡井君。今の会話で何を書き留める事があるんだろう?
ってか、蘇枋君もきっちり覚えすぎでしょ。キッチンの方を向いたままのことはの肩が僅かに震えているのは私は見逃さなかった。
ことは…めっちゃ笑ってるし…。
「へぇ、そこまで言うからにはお前強いのか?一回俺とやろうぜ?」
楽し気に目を輝かせて言う桜君に、軽く目の前で手を横に振りながら丁重にお断りを入れた。
「いやいや、そもそもクラスメイトと喧嘩する気はないからね…」
チッっと舌打ちすると、奥の席へと腰掛ける桜君。それに続くように楡井君と蘇芳君も席に向かう前に蘇枋君が一緒に居た中学生の子を「笹城くんも」と呼んで席に着いた。
私はまたカウンターでオムライスを食べ始める。
背後の席では、「笹城くん」が、他の3人に申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ほ、本当に何度も言いますが僕のせいで、皆さんに迷惑をかけてしまって申し訳ありませんっ!僕の軽率な行動が獅子頭連との火種になってしまって……」
……ししとうれん…?
何で今日はこんなにもこの単語を聞くんだろう。頬杖付きながら後ろの席を向く。
「ねぇ、さっき僕も獅子頭連の集団と商店街ですれ違ったんだけど、それと関係ある?」
「あ?お前知らねぇのかよ。あんな騒ぎになってたのに…?」
訝し気に見てくる桜君の言葉に意味が分からず首を傾げる。そんな私を見て蘇枋君が理解したようににっこりと笑った。
「あぁ、そうか。如月くんはあの時学校に居なかったから知らないんだね。実は、今日の見回りで俺高架の向こう側で追い掛け回されている笹城くんを見つけてね。そこで、桜くんと杉下くんが笹城くんを助けようと、相手の島に入って蹴り倒してしまったんだよ。獅子頭連の子を。その時に偶々獅子頭連の副頭取にも遭ってしまって、喧嘩の火種になってしまったという話だよ。」
そう簡潔に説明してくれた蘇枋君に納得した。
「なるほど…」
「そ、それだけじゃないっスよ。その後獅子頭連の頭取が学校に攻めてきて、梅宮さんにタイマンを申込してきたんです。その後すぐに他の獅子頭連の人達も押しかけてきて、結局5対5のタイマン勝負って話に…」
続きで楡井君が説明してくれる。
「5対5?うわ、誰がするの?」
「まず、梅宮さんと、獅子頭連の頭取兎耳山さん。桜さんと副頭取の十亀さん。柊さんと佐狐さん。杉下さんと有馬さん。そして蘇枋さんと鹿沼さんです」
ふーん、京太郎君は分かるけど…
「桜君と蘇枋君も出るんだ?」
「そうそう、それぞれご指名されちゃったからね」
「へー、そうなんだねー」
何か私の知らない間に物事がすごく早く動いてるきがする。出遅れた感満載でプチトマトを手に取りヘタを取り除くと口へと放り込む。うん、このトマト甘い…
「そんな呑気に構えてないで下さいよー。あーーーっ、ヤバイヤバイヤバイっ!!」
突然混乱しだす楡井君にことはがオムライスを差し出す。
「騒いでも仕方ないでしょ、楡井。ちょっとでもお腹に入れな。落ち着くから」
うん、やっぱりことはは優しいなぁ。そして、桜君と佐々木君にもオムライスを差し出した後、蘇枋君に紅茶を淹れている。
「で、タイマン勝負はいつ、どこで?」
不思議に思って訊いてみると、蘇枋君がティーカップ片手に答えてくれた。
「明日の正午集合で、場所は獅子頭連の本拠地、だよ。お呼ばれしちゃったからね、俺達」
「そうなんだ………あ――…」
『あ、そうだ。今度梅宮達をうちに招待すると思うからその時、一緒に来たらどうかな?』
『―――…来ないと新たな火種になっちゃうかもしれないよー?』
さっきのヤバい人の言葉を突然思い出した。あの時は全く意味不明だった言葉達、今の説明で繋がる。
私が正当防衛とは言え、獅子頭連に手を出した事。明日、一兄ぃ達が獅子頭連に呼ばれている事。
つまり明日一兄ぃ達と一緒に行かないと、新たな喧嘩の原因になるよって事?
うわー、ここで自分に返ってくるとか…やっちゃったみたい…
「―――…最悪っ」
出た結論につい頭を抱えてしまう。ヤバいヤバいヤバイ…
完全に俯いてしまっていた私の頭にふわりとした感触。それと同時にすぐ隣から聞こえた声にゆっくりと頭を上げた。
声の方へ視線を向けたら、そこには心配そうに覗く赤味がかった瞳。
「如月くん、大丈夫?」
その声に取り合えず焦っていた思いは少しだけ落ち着き、その優しさがじわりと心に沁みた。
「うーん………全然…大丈夫…かな」
泣きそうだったけど、とりあえず笑ってみた。
「大丈夫って顔には見えないね。大丈夫じゃない時は大丈夫って云わなくて良いんだよ?」
にこっと笑って、軽く頭を撫でられた。
「うん…世間ではそう言うらしい…ね」
視線を外すと睫毛を伏せてそう呟いた。私にはそんな事なかなか言えないけど…
その時後ろで桜君が「帰る」楡井君が「ダメですよ」と言い合いを始めた。
梅宮さんくるまで帰っちゃダメだとも……え、一兄ぃ来るの?
「は…梅宮サンがここに来るの…?」
「うん、ご飯食べるからって此処で待ち合わせしてるんだよ」
「そ、そうなんだ…」
今すぐ帰りたい…けど帰れない。今日は一兄ぃとは逢う予定じゃなかったし…。
あぁ、数時間前に巻き戻して欲しい。
余程悲壮な顔をしていたのか、目があったことはが訊いてくる。
「如月は帰らなくていい?顔色悪いよ?」
梅に会いたくないんでしょ?って言外に言ってる。うん、逢いたくないよ、絶対。でも此処で何も知らぬ存ぜずで帰ってしまうのは非常にヤバイ気がする。いや、実際ヤバいと思う。
はぁ、と小さくため息を吐くと、作り笑い。
「うん…大丈夫。ちょっと帰れなくなった……」
覚悟を決めるしかない…でも、やだなぁ……はぁ、帰りたい…。