「彼女」が「彼」になった理由
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次の日の朝、昨日の事で少しだけ疲れてたのか、目を覚ましたら学校へ行くギリギリの時間だった。
「……寝過ごした…ことはのトコ行こうと思ってたのに…」
そう呟いても、時間は進むだけ…私はすぐに洗面台に向かい手早く準備をする。
カバンを肩へ掛けると、テーブルの上にあったゼリー飲料を掴んで部屋を急いで出る。歩きながらついでにゼリー飲料の蓋を開けて口へ咥える。
……あ、今飲んだらお昼ご飯どうしようかなぁ…まぁ特に食べたい訳でもないし良いか…
そんな事を思いながら足早に学校へ向かう途中に、向かいから見慣れた白フードの数人が視界に入る。
少しだけ顔を逸らしながら、ゆっくりとその連中とすれ違う。
おそらく昨日の中に居た人達なんだろうけど、私には何も気付かない。
「で?ちゃんと渡したのかよ?」
「あぁ、風鈴のヤツに「アンザイ君」に渡してってな…」
「写真見たアイツ、見物だな」
嫌な笑みを浮かべながら、そんな言葉が聴こえてくる。数人のキール達と完全に通り過ぎた後、私は駆け出した。
何らかの手段で、キールが杏西君に接触したと分かったから。
今の杏西君がそんな事されたら、絶対に一人でキールの元に向かうだろう。急がなきゃっ…!!
私は急いでその場を後にし、学校へ向かった。
昇降口を入り、階段を足早に駆け上がっていくと同時に上階から急いで降りてくる足音が聴こえてきた。
「おい、待て!!待てって!!」
聞き覚えのある声に踊り場で立ち止まり、上を見上げると同時に何かが降ってくるのが視界に入る。咄嗟に人だと認識すれば踊り場の隅へ反射的に避けた私の反射神経を褒めてあげたい。いや、ホントにね、少しでも反応遅れたら大惨事だからね…危なかった…。
避けたタイミングで、さっきまで私が居た場所にダンッ!!と大きな衝撃音と共に着地する人影。
「待て!!杏西!!」
そう言って階段を駆け下りてきた杏西君の行く手を塞いだ桜君。
「なんだよ、どけよ!!」
一瞬怯んだ後で、それでも立ち塞がる桜君を避けてまだ先へ進もうとする杏西君に、軽く舌打ちした桜君が声を掛けた。
「昨日公園でお前と一緒にいた女に話は聞いたぞ」
「はぁ?なんで土屋に!?」
その言葉に咄嗟に振り返る杏西君。
そっか…桜君はちゃんとあの後杏西君を追いかけて、土屋さんと話ができたんだ…そう理解するとホッと小さく息を吐いた。
「んなこたぁ今はどうだっていい…それ、キールからだろ?」
その言葉に持っていた封筒を握りしめる杏西君。そのぐしゃりという音がやけに耳へ響く。
そのままその場で固まった杏西君の手から封筒を奪い取る桜君。
「おい!ちょっ…!」
その行為で我に返った杏西君を無視して、封筒の中身を取り出す桜君。私も近寄ってその手の中にある写真を一緒に覗き込んだ。
「……長門君っ…!」
「ちっ…クズどもが…!!」
そこには杏西君の幼馴染が血だらけで頭を掴まれ、嫌な笑みを浮かべ愉し気にピースサインをするキールの姿…ハッと息を呑んで長門君の名前を漏らした私と、忌々し気に写真を睨み付ける桜君。
ご丁寧にもマジックで、『千巻造船所跡で待ってるよ!!』と書いてある。
許せなかった。こんな非情な事をする奴らが…
「詳しく話せ。杏西…」
持ってた写真を杏西君へと差し出しす桜君の言葉に、杏西君も観念したように今までの出来事を話し出す。
それは私が一緒に体験した事と、公園で聞いた話と一緒だった。
「………その後はなんとか商店街まで逃げてきて…あとは知っての通りだ…」
経緯の後にその言葉を紡ぐと、悔しそうに唇を噛み締める杏西君。
「でもそんだけクソみたいなことされてんのに、そこに居続けるって…どういうことだ…?」
桜君も不思議そうに疑問を口にした。そう、それは私も思っていた事だった。杏西君が何度も手を差し伸べても一切の拒否をした長門君。でもその表情はいつも苦しそうだった。あの顔を見たら本人が望んであのチームに居続けてるんじゃないと思う…でも、私は何となくその理由も想像は出来た。
きっとそれも杏西君の為なんじゃないかな?多分、大事な幼馴染を守る為に…
「俺はあいつを…あそこから引っぱり出したい」
真っ直ぐ桜君を見て初めて自分の意見を言った杏西君。
「…そうか…行くぞ」
その言葉に短く答えると踵を返す桜君に、驚きを隠せない杏西君。自分個人の問題だから、巻き込めないと主張する。その杏西君の言葉にそんな事は関係ないと、巻き込まれるんじゃなく自分の問題だから行くんだと改めて言う桜君。
そんな中、階段の上階から三輝君の声が響く。
「なるほどー、そーゆーことだったのね!」
「!?」
釣られて私も上段へ目を向ければ三輝君を先頭にクラスの皆が階段を降りてきて埋め尽くす。
そんな皆に驚きながら理由を訊く杏西君に、クラスの皆から、「水くさい」「隠すならもっと上手く」とかの声が上がる。
杏西君に負担を掛けないような言葉選びで…。
「オレらはダチを助けるだけだ」
クラスの皆が真っ直ぐ杏西君を見て、最後の一押しの言葉を言い切る。
「お前ら…」
そう言って泣きそうになって言葉を詰まらせる杏西君の肩を横からポンッと叩く。
「ね、杏西君。僕も皆と一緒だよ。今杏西君が長門君を助けたいなら、僕もそんな杏西君を助けたい。一人じゃ難しくても…皆となら出来るよ。長門君が泣いてても杏西君に助けを求めなかったのは、杏西君を巻き込みたくなかったからだと思う。杏西君が言う様に、長門君は優しくて強いんだよ。だけど、長門君独りじゃきっとキールから抜け出せない。だから皆で助けようよ、ね?」
だから皆で行こうと、私も彼の背中を押すように話した。
「ほらー杉下くん。早くしないとおいていかれちゃうよ。寝てるところ起こして悪かったけど…クラスメイトの一大事に杉下くん一人だけ駆けつけなかったら…梅宮さん、悲しむと思って」
そんな声に更に皆の上階を見上げれば、ムスッとした京太郎君を連れた隼飛君が現れた。
流石、隼飛君。どうしたら京太郎君が動くがよく分かってる。
京太郎君の表情とは裏腹に、隼飛君はにっこり笑って「杉下君も来てくれるってー」と京太郎君の背中を押していた。
そしてクラス一丸となって、千巻造船所跡へと向かう。
造船所へ向かう海沿いの道で、楡井君がスマホとマル秘ノートを両手にキールの事を改めて説明する。
でも、分かっているのは昨日隼飛君が言ってた情報と何ら変わらなかった。
「いったいどんなチームなんでしょうか…?」
その問いに答えるかのように桜君の心からの言葉が吐き出される。
「あんな…趣味の悪いこと出来るヤツらがまともなはずがねぇだろ、…反吐が出る」
その言葉に一層皆の顔が険しくなる。同時に皆の強い思いが一つに高まっていくのが分かった。
私も、同じ。どこ迄力になれるかなんて分からないけど…でも、長門君を助けたいと思う。
自分がやれるだけの事は精一杯しよう…そう思い前を向いた。
暫くすると倉庫街に入る。立ち並ぶ造船所や工場、倉庫は既に稼働はしていない事は明らかで、人気もない。
淋しい感じと共に、不気味ささえ感じた。
一際大きい建物が目に入る。広い敷地内には打ち捨てられたままのクレーンや海辺には朽ち果てた漁船…敷地の中心に位置した倉庫の入口の扉にはスプレーで描かれた大きな竜骨のマーク。
誰に聞かなくても其処が目的地だと分かった。
「KEELの根城だ」
皆で扉へと近付くと、入り口にはごついチェーンが巻かれて、ご丁寧に錠まで掛けてある。それを見た桜君が舌打ちする。
私もそれを見て考える。でも、外からチェーンを巻きつけたなら、別の入り口が何処かにあるんだろうとは予想できる。
その入口を見つけないと…
そんな事を思っていると、隣の楡井君の手の中のスマホからメッセージアプリの通知音が引っ切り無しになり出した。
桜君に怒鳴られながらも楡井君は必死に説明しようとした。
私はチラッと手の中のスマホ画面を覗くと、そのトーク画面のメッセージに少しだけ安心した。
「……楡井君、やるね、君」
楡井君の肩をポンっと叩くと、素直に称賛する。そのメッセージの相手は2年の副級長の楠見さんだったから…。
楡井君は喧嘩弱そうだけど…ちゃんと副級長としての役割を全うしようとしている。笑い掛けた私に、楡井君は少しだけ笑みを返してくれた。
ガシャンッ ガシャンッ!!
そんなやり取りをしている中、突如響き渡る金属音に入口へ視線を向けれる。
京太郎君が扉の取っ手を掴み、力任せにチェーンごと引きちぎる勢いで扉を開けようとする。それでも中々開かない扉にイラついたような京太郎君は足で蹴り飛ばした。その蹴りと共に辺り一帯に響くような轟音を立てて扉が開く。
「らんぼうだなー」
隼飛君がいつもの調子で呟くも、皆その力技に少しだけ呆然とする。
うん、蹴り一つで鎖が引きちぎれたよ…京太郎君、相変わらず凄い力だ…。ついつい相変わらずの行動に口許が緩む。
そんな事を思いながら倉庫内へと入って行く。
「あららー、団体様のお越しだー。予約は1名様だったはずだけど…?……まぁ、いいや。ねぇ長門ー、友達が来たよー。手でも振ってあげなよ。ほら、おーいって」
高い位置から響いたねっとりとした気持ち悪さを含む声の方へ視線を向ける。
そこには血を流し、気を失ったままの長門君の髪を掴んで上半身を起こして、空いた方で長門君の手を掴んで振るキールの姿。
私が息を呑んでいる間に、咄嗟に杏西君が駆け出そうとする。
「杏西さん!?」
「あ、杏西君、待っ……!!」
咄嗟に呼び止める楡井君と私の声が重なる。
その瞬間先頭に立っていた桜君の腕が杏西君を止めた。
「なにすんだ!!どけ!!」
邪魔をされた杏西君が桜君に怒鳴るけど、それに答えず無言の桜君。
「てゆーか全員風鈴だよね?風鈴って街を守るヤツらなんでしょ?個人の揉めごとにも首突っ込むの?」
投げかけらる言葉に一歩前へ踏み出して静かに答える。
「俺は風鈴として来たんじゃない。個人的な用で長門を連れて行かなきゃいけないところがある。そいつをよこせ」
怒りを抑えながらも長門君を渡せと言い、「やだよ」と突っぱねるキール。そんなやり取りが繰り返されると最終的に言葉ではなく無言で舌を出して答えたキールに桜君の声が一段と低くなる。
「そうか…邪魔するなら仕方ねぇよな…お前らぶっとばしてから連れてくわ」
怒りを露わに言い放った桜君の言葉に、クラス全員が相手を睨み付ける。
それでも何処か余裕で茶化すように答える相手。
「えーやだー、こわーい。そんな多数でカチコミかけてくるとか街のヒーローがやることなの?だからさ、こっちもいいよね?」
その言葉と同時に後ろの入り口からゾロゾロとキールのパーカーを纏った人が入って来る。その数はゆうにうちのクラスの3倍以上は居る。その手には各々、角材、バット、鉄パイプを握っている。
そんな連中に私達は囲まれてしまう。
その人数の差に、クラスの皆に緊張が走る。
「おいおい話が違うじゃねぇか…これのどこが小規模なんだ…?」
誰かが漏らした言葉に私もゴクリと唾をのみ込んだ。
「くそ…みんな…ごめん…」
囲んだ相手がじりじりと迫る中、杏西君が呟くように言う。その声に答えるかのように愉し気にニヤニヤを笑みを浮かべるキール。
「なに謝ることがあるねん、一人頭3,4人やろ?楽勝やないか」
「さくっと片付けて、さっさと帰ろー」
拳の関節をボキボキ鳴らす柘浦君と、いつもの調子で軽く腕を揺らす三輝君。
「杉下君も思ったよりやる気でよかったー。扉の時もそうだったけど」
「梅宮さんならあんなヤツら絶対許さないだろうからな」
わざとらしく大きめの声で確認するように問う隼飛君に、相手を睨みながら答える京太郎君。
「……お前らは下がってていいぞ。オレ一人で十分だ。お前らはこぼれ球でも拾っとけ」
強気とかそんな事じゃなく本気で言っているだろう桜君の言葉にクラス全員の士気が上がるのが分かった。
みんな目つきが変わったから。
私も同時に深く深呼吸する。こんな大勢の乱闘なんて全く経験がない。せめて皆の足を引っ張らない様にだけはしないと…!
それを合図のように双方が戦闘態勢に入る。
よし、自分に気合を入れると、迫りくる目の前の相手に集中した。
多勢に無勢かとも思われて始まった乱闘だったけど、流石は風鈴に入ってきた生徒だけはある。
皆多少なりとも、こういう喧嘩事に慣れているのが見て取れた。
仲が良い子は、それぞれ共闘する体制に入る。息が合った連携が所かしこに見られた。
それでも群を抜いて凄いのは、いつもの5人。柘浦君、三輝君、隼飛君、京太郎君、そして桜君。
この5人は自分に向かってくる敵を倒しながらも、皆の後ろから不意打ちを狙う敵を倒したりとフォローを欠かさない。
私は結局、自分から攻撃は出来ないから、向かってくる敵を避けて、跳ね除けたり、投げ飛ばしたりしながらもどちらかと言うと皆のフォローを優先的にして回った。
男の子達の中ではこの小柄な身体は役に立つ。また明らかに体格差のある私には向こうは油断して近付いてくる。
なるべく手に持っている武器を叩き落としたり、手首を捻って手放すようにさせる。クラスの皆はその間に攻撃をしてくれたりと上手く回ってるみたいだった。
「杏西、なにいやってる!とっとと上行くぞ!」
桜君の声に杏西君が頷いてその場を離れていく。
私はその穴に入る形で周りのクラスメイトのフォローに入った。それでも風鈴の優勢は変わらないかに見える。
いつも杏西君とつるんでる黒髪マッシュの子に背後からバッドで殴りかかろうとしたキールの腕を掴むと関節が曲がる方向とは反対に捻りバッドをはたき落とした。
「あ、悪い…助かった…」
その声に二ッと笑って返すと、「大丈夫、ほら前に集中して、頑張ろう」そう言うと次のフォローへ回る。
そんな事を繰り返していると、「杏西っ!!」って桜君の声と共に階段の上から勢い良く何かが落ちる音。そちらを振り向けば、階段下で血を流して倒れている杏西君。
上の階に居たキールのリーダーらしき人の声が響く。
「うちのVIPも参加するよ」
その声で、各所へ人が飛び降りてくる。
その位置を把握すれば相手の意図が分かる。
今までみんなのフォローをしてた5人に狙いを付けてきたんだと。でも、それは状況的に宜しくないのは誰が見ても明らかで…。
この人数差、いくらか優勢だったとは言ってもまだ相手の数の方が明らかに多い。このままフォローが出来なくなると一気に劣勢になるのは想像するまでもない。
私は駆け出して、皆の間をちょっとずつフォローしながら隼飛君の元へ向かう。
楡井君は隼飛君の傍に居たはず…。この状況でもきっと楡井君を守りながら戦ってるハズだ、隼飛君なら…。
居た。壁際に俯いて立っている楡井君を守るようにキールの相手をする隼飛君。
少しでも早く近付こうと足を早める。
「にれ君?!」
「ちょ、楡井君っ!!」
突然隼飛君の後ろから駆け出すと、近くで拘束され、殴られそうになっているクラスメイトの方へ向かう楡井君。
その勢いで、殴っている相手へ体当たりをかました。
でもすぐに殴られ、囲んできたキールに容赦なく蹴り倒されて吹っ飛ぶ楡井君の身体。血だらけになった楡井君は起き上がる事すら出来ない様子。
そんな楡井君を目掛けて、取り囲んでいた一人が持っていた角材を振り下ろそうとする。
私は楡井君が隼飛君の後ろを抜け出したと同時に、目的を楡井君に切り替えていた。
突然方向を変えた私に合わせて、振り下ろす方向を変えた鉄パイプを避けようと態勢を低くする。だけど、どうにも完全には避けきれなくて左足の脹脛に重い衝撃が走った。
「……っ!!」
だけど、足を止める訳にはいかなくて…無理に痛くない方の足に力を入れて踏ん張るとまた走り出す。
だって、もう少しっ!!
彼を囲むキールの間をすり抜けると同時に倒れた楡井君の頭を庇う様に抱き寄せて、咄嗟に身を固くして目を閉じる。
――――――――― 殴られるっ!!
その瞬間、ドカッと音がして風が通り過ぎて私の髪を揺らしたのが分かった。その後に続くように壁に何かが当たった衝突音。…私にも、楡井君にも覚悟していた痛みも衝撃もなかった。
恐る恐る目を開けると、薄い金髪と制服の襟元から出るパーカーのフードの後ろ姿。
その姿が誰か瞬時に理解すれば、固くした身体から力が抜けるのが分かった。
あー…来てくれた…間に合ったんだ…
不思議と感じた安心感。
「か…梶さん…」
膝元の楡井君が掠れた声でその名を呼んだ。
「ったくよー、ずいぶんやるぁるぇてんな。やっぱ来てみてよかったぜ」
いつの間にか隣に立つ榎本さん。
ポンっとかるく肩を叩かれ視線を戻せば、私と楡井君の肩を優しく叩きながら顔を覗き込む楠見さん。
何かほっとしてその笑顔に釣られて笑みを返した。
「なるほど。そこそこ動けるヤツをマークさるぇたってわけか…その上、この人数差なるぁこうなるか…。っとに…間に合ってよかったぜ…」
周りを見渡しながら榎本さんが納得したように言い、最後は私と私の腕の中の楡井君へ視線を落とす。ついその普段はあまり見せない優し気な表情にちょっとだけ泣きそうになりながら榎本さんを見上げた。
フッと軽く笑みを向けると、私の頭を軽く撫でる。その手が思った以上に優しくてほんの少しだけ視界が滲む。
こんな所で泣いちゃいけないっ!!そう思うとそれ以上涙腺が緩まない様にグッと奥歯を噛み締めた。
相手の挑発するような言葉に、既にキレ気味の梶さんの怒鳴り声が響く。
この喧嘩に風鈴は関係ないだろうというキールに、関係があるから此処にいるんだ、と。
同じ街にある物も、人も、思いも全部守ると…守って当然だと…。
何かそれを聞いた時、一兄ぃが思い浮かぶ。
あぁ…一兄ぃ…風鈴の皆は本当に一兄ぃみたいに温かくて、強いんだね。
一兄ぃがやりたくて、やってきた思いはちゃんと受け継がれてる。
それが何だか私も嬉しくて、また何か泣きたくなった。
長門君を盾にして更に煽るキールの頭に合わせて、再び襲ってくるキール達の攻撃を受け止める榎本さんと、スッと避ける楠見さん。その後の反撃の一撃で、其々数人の相手を倒す。
やっぱりこの先輩達も凄く強い…。
そして、榎本さんと楠見さんに「下は任せる」と言うと、上で待つキールの頭を睨み付ける。
楠見さんはその直後、私の腕の中の楡井君へ駆け寄ると肩を貸して倉庫の外へ連れて行こうとする。
私は皆と一緒に戦おうと思って立ち上がると、さっき殴られた脹脛にズキンと痛みが走る。
でも、これ位ならまだ大丈夫…やれる…
そう思って皆の方へ向かおうとすれば、楠見さんに肩を掴まれた。振り向くと長い前髪の間からじっと見つめる瞳とバッチリ目が合って、ちょっとドキリとした。
「あ…僕は大丈夫ですよ?」
つい、笑って大丈夫と笑みを浮かべるも、いつもの見せる笑顔とは全く違うまっすぐに向けられる瞳に思わず目を逸らす。
そうすると頭の上にポンと手を乗せられて、視線を戻せば軽く首を振る楠見さん。
何だろう…楠見さんは何か気付いてる…?そんな事を思うもその手で肩をちょっとだけ引き寄せられて倉庫の出口へ向かされる。
楡井君を支えたままの楠見さんにこれ以上負担を掛ける事も出来ず、ちょっと戸惑いながらも軽く息を吐くと素直に従った。
倉庫の出口まで来ると、左脇にあった大き目の木箱の横へ楡井君を座らせると私にも隣へ座るよう促す。
両手で、『此処に居ろ』とジェスチャーで伝えると、すぐに立ち上がり倉庫へと戻って行く。そんな楠見さんを見送っていると、隣でガリっと音がした。
咄嗟に振り向けば、地面に爪を立てるように手を握り締めたまま、膝へと額をつける楡井君。
悲しい…ううん、悔しいのかな…?
その肩は僅かに震えている。こんな姿には覚えがある。
きっと自分に力がない事が悔しいんだ…自分に力がない事が苦しんだ…
昔の自分に重なる姿…そんな姿に、私の胸の奥もツキンと嫌な痛みが走る。
未だに握り締める左手にそっと自分の手を重ねて、両手でゆっくりと包み込む。地面から持ち上げると、頑なに力の入った手をゆっくりと解くように撫でた。
「楡井君、ありがとう…」
その言葉にぴくりと肩を揺らすと、ゆっくりと私に視線を移す。
「……っ…!…な、何を…言ってるんです…か?お、オレは…何も出来なくて…蘇芳さんにも、守られて…自分もって、皆と同じように戦う事も出来な……っ!な、情けないだけ…で…っ」
吐き出すように言葉を紡ぐと、またどんどん視線を地面へ向けてしまう。
そんな彼にゆっくりと言葉をかける。
「確かに最終的には戦えなかったかもしれない。でも、楡井君が飛び出して相手に体当たりしたことでクラスメイトは殴られずに済んだんだよ。それに何より、楡井君が楠見さんに連絡とちゃんと取ってくれたから、梶さん達が駆けつけて来てくれたんだ。きっと、あのままだったらクラスの皆も僕も君ももっとケガして大変な事になってたよ。楡井君のおかげだよ。…だから、ありがとう」
「…如月さん…」
ようやくまた此方に顔を向けた楡井君に、笑みを向ける。
鼻血で、血だらけで、それでもまたその瞳を潤ませる楡井君の頭をそっと撫でる。
手を離すと肩掛けしたままの鞄からウェットティッシュとハンカチを取り出し、ハンカチを楡井君の手に握らせると、取り出したウェットティッシュで額から順番に乾きだした血を拭き取っていく。
「…大丈夫?見た目ほど傷は深くはなさそうだけど…眩暈とかしない?気持ち悪くない?」
体調を尋ねながら大まかに拭いていく私の手をぎゅっと握りしめる楡井君。
「…楡井君?」
そっと拭くのを止めると、真っ直ぐ私を見つめる不安げな視線に気づく。
「ねぇ、楡井君。僕はね、それぞれ役割っていうものがあると思うんだ。役割っていうか、得手不得手の問題かな…?勿論風鈴にいる以上、喧嘩が強いに越した事はないよ。でも、皆が皆一兄ぃ達みたいに強い訳じゃない。強くいなくちゃいけない訳じゃないと思う。風鈴は街を人を思いを守るモノだから。今日楡井君は、今の風鈴で僕達のクラスの副級長として、上級生に連絡を取ってクラス全体の危機を救ってくれた。それは、今の楡井君にできる最善の事だったよね?」
「……オレにはそれ位しか出来なかったから…」
「『それ位』じゃない、僕達の中で楡井君にしか出来なかった事だよ」
もう一方の手で、私の手を握る楡井君の手をぎゅっと握り返す。
「今喧嘩が弱いのは仕方ない。でも、今から強くなる事は出来るから。それに、自分の意志で仲間を助けようとした楡井君は決して弱くない。僕も喧嘩に関してはまだまだ勉強中だからさ、これから一緒に強くなっていこうよ?ね?」
「…如月さんは…強いですね…」
さっきまでの悔しさを少しだけ振り払い、口許を微かに綻ばせる楡井君に、ちょっとだけでも私の気持ちが伝わったのが分かってホッとする。
「…僕も強くなんてないよ…ただ、強くなりたいとは思ってるけどね」
そう返すと、楡井君も笑みを返してくれた。そして、ハッとしたように私から手を振り払うように引っ込めた。
「す、すみませんっ!」
「…え?う、うん…楡井君どうしたの?顔赤いけど…?」
「いえっ、お、女の子に勝手に触っちゃダメですよねっ!スミマセン」
「………へ…?」
楡井君に言葉を私の頭が理解した時に私の口から出たのは間抜けな声だった。
「え?」
私のその反応に、意外そうに首を傾げる楡井君。
「…な…何言って…」
「…あっ!そうですよね、如月さんが女の子っていうのは、秘密なんですよね?つい、口が滑ってしまい…すみません、で、でも大丈夫ですっ!ちゃんと秘密は厳守しますからっ!!」
ハッと今更気付いたように謝る楡井君。
「…………あーーーー…うん、…わかった」
そんな楡井君に片手を向けてそれ以上の言葉を遮ると、それだけ言葉を絞り出す。
あ…うん、これ詰んでる…。
そう思うと、一際大きい溜息を漏らすのだった。
「……寝過ごした…ことはのトコ行こうと思ってたのに…」
そう呟いても、時間は進むだけ…私はすぐに洗面台に向かい手早く準備をする。
カバンを肩へ掛けると、テーブルの上にあったゼリー飲料を掴んで部屋を急いで出る。歩きながらついでにゼリー飲料の蓋を開けて口へ咥える。
……あ、今飲んだらお昼ご飯どうしようかなぁ…まぁ特に食べたい訳でもないし良いか…
そんな事を思いながら足早に学校へ向かう途中に、向かいから見慣れた白フードの数人が視界に入る。
少しだけ顔を逸らしながら、ゆっくりとその連中とすれ違う。
おそらく昨日の中に居た人達なんだろうけど、私には何も気付かない。
「で?ちゃんと渡したのかよ?」
「あぁ、風鈴のヤツに「アンザイ君」に渡してってな…」
「写真見たアイツ、見物だな」
嫌な笑みを浮かべながら、そんな言葉が聴こえてくる。数人のキール達と完全に通り過ぎた後、私は駆け出した。
何らかの手段で、キールが杏西君に接触したと分かったから。
今の杏西君がそんな事されたら、絶対に一人でキールの元に向かうだろう。急がなきゃっ…!!
私は急いでその場を後にし、学校へ向かった。
昇降口を入り、階段を足早に駆け上がっていくと同時に上階から急いで降りてくる足音が聴こえてきた。
「おい、待て!!待てって!!」
聞き覚えのある声に踊り場で立ち止まり、上を見上げると同時に何かが降ってくるのが視界に入る。咄嗟に人だと認識すれば踊り場の隅へ反射的に避けた私の反射神経を褒めてあげたい。いや、ホントにね、少しでも反応遅れたら大惨事だからね…危なかった…。
避けたタイミングで、さっきまで私が居た場所にダンッ!!と大きな衝撃音と共に着地する人影。
「待て!!杏西!!」
そう言って階段を駆け下りてきた杏西君の行く手を塞いだ桜君。
「なんだよ、どけよ!!」
一瞬怯んだ後で、それでも立ち塞がる桜君を避けてまだ先へ進もうとする杏西君に、軽く舌打ちした桜君が声を掛けた。
「昨日公園でお前と一緒にいた女に話は聞いたぞ」
「はぁ?なんで土屋に!?」
その言葉に咄嗟に振り返る杏西君。
そっか…桜君はちゃんとあの後杏西君を追いかけて、土屋さんと話ができたんだ…そう理解するとホッと小さく息を吐いた。
「んなこたぁ今はどうだっていい…それ、キールからだろ?」
その言葉に持っていた封筒を握りしめる杏西君。そのぐしゃりという音がやけに耳へ響く。
そのままその場で固まった杏西君の手から封筒を奪い取る桜君。
「おい!ちょっ…!」
その行為で我に返った杏西君を無視して、封筒の中身を取り出す桜君。私も近寄ってその手の中にある写真を一緒に覗き込んだ。
「……長門君っ…!」
「ちっ…クズどもが…!!」
そこには杏西君の幼馴染が血だらけで頭を掴まれ、嫌な笑みを浮かべ愉し気にピースサインをするキールの姿…ハッと息を呑んで長門君の名前を漏らした私と、忌々し気に写真を睨み付ける桜君。
ご丁寧にもマジックで、『千巻造船所跡で待ってるよ!!』と書いてある。
許せなかった。こんな非情な事をする奴らが…
「詳しく話せ。杏西…」
持ってた写真を杏西君へと差し出しす桜君の言葉に、杏西君も観念したように今までの出来事を話し出す。
それは私が一緒に体験した事と、公園で聞いた話と一緒だった。
「………その後はなんとか商店街まで逃げてきて…あとは知っての通りだ…」
経緯の後にその言葉を紡ぐと、悔しそうに唇を噛み締める杏西君。
「でもそんだけクソみたいなことされてんのに、そこに居続けるって…どういうことだ…?」
桜君も不思議そうに疑問を口にした。そう、それは私も思っていた事だった。杏西君が何度も手を差し伸べても一切の拒否をした長門君。でもその表情はいつも苦しそうだった。あの顔を見たら本人が望んであのチームに居続けてるんじゃないと思う…でも、私は何となくその理由も想像は出来た。
きっとそれも杏西君の為なんじゃないかな?多分、大事な幼馴染を守る為に…
「俺はあいつを…あそこから引っぱり出したい」
真っ直ぐ桜君を見て初めて自分の意見を言った杏西君。
「…そうか…行くぞ」
その言葉に短く答えると踵を返す桜君に、驚きを隠せない杏西君。自分個人の問題だから、巻き込めないと主張する。その杏西君の言葉にそんな事は関係ないと、巻き込まれるんじゃなく自分の問題だから行くんだと改めて言う桜君。
そんな中、階段の上階から三輝君の声が響く。
「なるほどー、そーゆーことだったのね!」
「!?」
釣られて私も上段へ目を向ければ三輝君を先頭にクラスの皆が階段を降りてきて埋め尽くす。
そんな皆に驚きながら理由を訊く杏西君に、クラスの皆から、「水くさい」「隠すならもっと上手く」とかの声が上がる。
杏西君に負担を掛けないような言葉選びで…。
「オレらはダチを助けるだけだ」
クラスの皆が真っ直ぐ杏西君を見て、最後の一押しの言葉を言い切る。
「お前ら…」
そう言って泣きそうになって言葉を詰まらせる杏西君の肩を横からポンッと叩く。
「ね、杏西君。僕も皆と一緒だよ。今杏西君が長門君を助けたいなら、僕もそんな杏西君を助けたい。一人じゃ難しくても…皆となら出来るよ。長門君が泣いてても杏西君に助けを求めなかったのは、杏西君を巻き込みたくなかったからだと思う。杏西君が言う様に、長門君は優しくて強いんだよ。だけど、長門君独りじゃきっとキールから抜け出せない。だから皆で助けようよ、ね?」
だから皆で行こうと、私も彼の背中を押すように話した。
「ほらー杉下くん。早くしないとおいていかれちゃうよ。寝てるところ起こして悪かったけど…クラスメイトの一大事に杉下くん一人だけ駆けつけなかったら…梅宮さん、悲しむと思って」
そんな声に更に皆の上階を見上げれば、ムスッとした京太郎君を連れた隼飛君が現れた。
流石、隼飛君。どうしたら京太郎君が動くがよく分かってる。
京太郎君の表情とは裏腹に、隼飛君はにっこり笑って「杉下君も来てくれるってー」と京太郎君の背中を押していた。
そしてクラス一丸となって、千巻造船所跡へと向かう。
造船所へ向かう海沿いの道で、楡井君がスマホとマル秘ノートを両手にキールの事を改めて説明する。
でも、分かっているのは昨日隼飛君が言ってた情報と何ら変わらなかった。
「いったいどんなチームなんでしょうか…?」
その問いに答えるかのように桜君の心からの言葉が吐き出される。
「あんな…趣味の悪いこと出来るヤツらがまともなはずがねぇだろ、…反吐が出る」
その言葉に一層皆の顔が険しくなる。同時に皆の強い思いが一つに高まっていくのが分かった。
私も、同じ。どこ迄力になれるかなんて分からないけど…でも、長門君を助けたいと思う。
自分がやれるだけの事は精一杯しよう…そう思い前を向いた。
暫くすると倉庫街に入る。立ち並ぶ造船所や工場、倉庫は既に稼働はしていない事は明らかで、人気もない。
淋しい感じと共に、不気味ささえ感じた。
一際大きい建物が目に入る。広い敷地内には打ち捨てられたままのクレーンや海辺には朽ち果てた漁船…敷地の中心に位置した倉庫の入口の扉にはスプレーで描かれた大きな竜骨のマーク。
誰に聞かなくても其処が目的地だと分かった。
「KEELの根城だ」
皆で扉へと近付くと、入り口にはごついチェーンが巻かれて、ご丁寧に錠まで掛けてある。それを見た桜君が舌打ちする。
私もそれを見て考える。でも、外からチェーンを巻きつけたなら、別の入り口が何処かにあるんだろうとは予想できる。
その入口を見つけないと…
そんな事を思っていると、隣の楡井君の手の中のスマホからメッセージアプリの通知音が引っ切り無しになり出した。
桜君に怒鳴られながらも楡井君は必死に説明しようとした。
私はチラッと手の中のスマホ画面を覗くと、そのトーク画面のメッセージに少しだけ安心した。
「……楡井君、やるね、君」
楡井君の肩をポンっと叩くと、素直に称賛する。そのメッセージの相手は2年の副級長の楠見さんだったから…。
楡井君は喧嘩弱そうだけど…ちゃんと副級長としての役割を全うしようとしている。笑い掛けた私に、楡井君は少しだけ笑みを返してくれた。
ガシャンッ ガシャンッ!!
そんなやり取りをしている中、突如響き渡る金属音に入口へ視線を向けれる。
京太郎君が扉の取っ手を掴み、力任せにチェーンごと引きちぎる勢いで扉を開けようとする。それでも中々開かない扉にイラついたような京太郎君は足で蹴り飛ばした。その蹴りと共に辺り一帯に響くような轟音を立てて扉が開く。
「らんぼうだなー」
隼飛君がいつもの調子で呟くも、皆その力技に少しだけ呆然とする。
うん、蹴り一つで鎖が引きちぎれたよ…京太郎君、相変わらず凄い力だ…。ついつい相変わらずの行動に口許が緩む。
そんな事を思いながら倉庫内へと入って行く。
「あららー、団体様のお越しだー。予約は1名様だったはずだけど…?……まぁ、いいや。ねぇ長門ー、友達が来たよー。手でも振ってあげなよ。ほら、おーいって」
高い位置から響いたねっとりとした気持ち悪さを含む声の方へ視線を向ける。
そこには血を流し、気を失ったままの長門君の髪を掴んで上半身を起こして、空いた方で長門君の手を掴んで振るキールの姿。
私が息を呑んでいる間に、咄嗟に杏西君が駆け出そうとする。
「杏西さん!?」
「あ、杏西君、待っ……!!」
咄嗟に呼び止める楡井君と私の声が重なる。
その瞬間先頭に立っていた桜君の腕が杏西君を止めた。
「なにすんだ!!どけ!!」
邪魔をされた杏西君が桜君に怒鳴るけど、それに答えず無言の桜君。
「てゆーか全員風鈴だよね?風鈴って街を守るヤツらなんでしょ?個人の揉めごとにも首突っ込むの?」
投げかけらる言葉に一歩前へ踏み出して静かに答える。
「俺は風鈴として来たんじゃない。個人的な用で長門を連れて行かなきゃいけないところがある。そいつをよこせ」
怒りを抑えながらも長門君を渡せと言い、「やだよ」と突っぱねるキール。そんなやり取りが繰り返されると最終的に言葉ではなく無言で舌を出して答えたキールに桜君の声が一段と低くなる。
「そうか…邪魔するなら仕方ねぇよな…お前らぶっとばしてから連れてくわ」
怒りを露わに言い放った桜君の言葉に、クラス全員が相手を睨み付ける。
それでも何処か余裕で茶化すように答える相手。
「えーやだー、こわーい。そんな多数でカチコミかけてくるとか街のヒーローがやることなの?だからさ、こっちもいいよね?」
その言葉と同時に後ろの入り口からゾロゾロとキールのパーカーを纏った人が入って来る。その数はゆうにうちのクラスの3倍以上は居る。その手には各々、角材、バット、鉄パイプを握っている。
そんな連中に私達は囲まれてしまう。
その人数の差に、クラスの皆に緊張が走る。
「おいおい話が違うじゃねぇか…これのどこが小規模なんだ…?」
誰かが漏らした言葉に私もゴクリと唾をのみ込んだ。
「くそ…みんな…ごめん…」
囲んだ相手がじりじりと迫る中、杏西君が呟くように言う。その声に答えるかのように愉し気にニヤニヤを笑みを浮かべるキール。
「なに謝ることがあるねん、一人頭3,4人やろ?楽勝やないか」
「さくっと片付けて、さっさと帰ろー」
拳の関節をボキボキ鳴らす柘浦君と、いつもの調子で軽く腕を揺らす三輝君。
「杉下君も思ったよりやる気でよかったー。扉の時もそうだったけど」
「梅宮さんならあんなヤツら絶対許さないだろうからな」
わざとらしく大きめの声で確認するように問う隼飛君に、相手を睨みながら答える京太郎君。
「……お前らは下がってていいぞ。オレ一人で十分だ。お前らはこぼれ球でも拾っとけ」
強気とかそんな事じゃなく本気で言っているだろう桜君の言葉にクラス全員の士気が上がるのが分かった。
みんな目つきが変わったから。
私も同時に深く深呼吸する。こんな大勢の乱闘なんて全く経験がない。せめて皆の足を引っ張らない様にだけはしないと…!
それを合図のように双方が戦闘態勢に入る。
よし、自分に気合を入れると、迫りくる目の前の相手に集中した。
多勢に無勢かとも思われて始まった乱闘だったけど、流石は風鈴に入ってきた生徒だけはある。
皆多少なりとも、こういう喧嘩事に慣れているのが見て取れた。
仲が良い子は、それぞれ共闘する体制に入る。息が合った連携が所かしこに見られた。
それでも群を抜いて凄いのは、いつもの5人。柘浦君、三輝君、隼飛君、京太郎君、そして桜君。
この5人は自分に向かってくる敵を倒しながらも、皆の後ろから不意打ちを狙う敵を倒したりとフォローを欠かさない。
私は結局、自分から攻撃は出来ないから、向かってくる敵を避けて、跳ね除けたり、投げ飛ばしたりしながらもどちらかと言うと皆のフォローを優先的にして回った。
男の子達の中ではこの小柄な身体は役に立つ。また明らかに体格差のある私には向こうは油断して近付いてくる。
なるべく手に持っている武器を叩き落としたり、手首を捻って手放すようにさせる。クラスの皆はその間に攻撃をしてくれたりと上手く回ってるみたいだった。
「杏西、なにいやってる!とっとと上行くぞ!」
桜君の声に杏西君が頷いてその場を離れていく。
私はその穴に入る形で周りのクラスメイトのフォローに入った。それでも風鈴の優勢は変わらないかに見える。
いつも杏西君とつるんでる黒髪マッシュの子に背後からバッドで殴りかかろうとしたキールの腕を掴むと関節が曲がる方向とは反対に捻りバッドをはたき落とした。
「あ、悪い…助かった…」
その声に二ッと笑って返すと、「大丈夫、ほら前に集中して、頑張ろう」そう言うと次のフォローへ回る。
そんな事を繰り返していると、「杏西っ!!」って桜君の声と共に階段の上から勢い良く何かが落ちる音。そちらを振り向けば、階段下で血を流して倒れている杏西君。
上の階に居たキールのリーダーらしき人の声が響く。
「うちのVIPも参加するよ」
その声で、各所へ人が飛び降りてくる。
その位置を把握すれば相手の意図が分かる。
今までみんなのフォローをしてた5人に狙いを付けてきたんだと。でも、それは状況的に宜しくないのは誰が見ても明らかで…。
この人数差、いくらか優勢だったとは言ってもまだ相手の数の方が明らかに多い。このままフォローが出来なくなると一気に劣勢になるのは想像するまでもない。
私は駆け出して、皆の間をちょっとずつフォローしながら隼飛君の元へ向かう。
楡井君は隼飛君の傍に居たはず…。この状況でもきっと楡井君を守りながら戦ってるハズだ、隼飛君なら…。
居た。壁際に俯いて立っている楡井君を守るようにキールの相手をする隼飛君。
少しでも早く近付こうと足を早める。
「にれ君?!」
「ちょ、楡井君っ!!」
突然隼飛君の後ろから駆け出すと、近くで拘束され、殴られそうになっているクラスメイトの方へ向かう楡井君。
その勢いで、殴っている相手へ体当たりをかました。
でもすぐに殴られ、囲んできたキールに容赦なく蹴り倒されて吹っ飛ぶ楡井君の身体。血だらけになった楡井君は起き上がる事すら出来ない様子。
そんな楡井君を目掛けて、取り囲んでいた一人が持っていた角材を振り下ろそうとする。
私は楡井君が隼飛君の後ろを抜け出したと同時に、目的を楡井君に切り替えていた。
突然方向を変えた私に合わせて、振り下ろす方向を変えた鉄パイプを避けようと態勢を低くする。だけど、どうにも完全には避けきれなくて左足の脹脛に重い衝撃が走った。
「……っ!!」
だけど、足を止める訳にはいかなくて…無理に痛くない方の足に力を入れて踏ん張るとまた走り出す。
だって、もう少しっ!!
彼を囲むキールの間をすり抜けると同時に倒れた楡井君の頭を庇う様に抱き寄せて、咄嗟に身を固くして目を閉じる。
――――――――― 殴られるっ!!
その瞬間、ドカッと音がして風が通り過ぎて私の髪を揺らしたのが分かった。その後に続くように壁に何かが当たった衝突音。…私にも、楡井君にも覚悟していた痛みも衝撃もなかった。
恐る恐る目を開けると、薄い金髪と制服の襟元から出るパーカーのフードの後ろ姿。
その姿が誰か瞬時に理解すれば、固くした身体から力が抜けるのが分かった。
あー…来てくれた…間に合ったんだ…
不思議と感じた安心感。
「か…梶さん…」
膝元の楡井君が掠れた声でその名を呼んだ。
「ったくよー、ずいぶんやるぁるぇてんな。やっぱ来てみてよかったぜ」
いつの間にか隣に立つ榎本さん。
ポンっとかるく肩を叩かれ視線を戻せば、私と楡井君の肩を優しく叩きながら顔を覗き込む楠見さん。
何かほっとしてその笑顔に釣られて笑みを返した。
「なるほど。そこそこ動けるヤツをマークさるぇたってわけか…その上、この人数差なるぁこうなるか…。っとに…間に合ってよかったぜ…」
周りを見渡しながら榎本さんが納得したように言い、最後は私と私の腕の中の楡井君へ視線を落とす。ついその普段はあまり見せない優し気な表情にちょっとだけ泣きそうになりながら榎本さんを見上げた。
フッと軽く笑みを向けると、私の頭を軽く撫でる。その手が思った以上に優しくてほんの少しだけ視界が滲む。
こんな所で泣いちゃいけないっ!!そう思うとそれ以上涙腺が緩まない様にグッと奥歯を噛み締めた。
相手の挑発するような言葉に、既にキレ気味の梶さんの怒鳴り声が響く。
この喧嘩に風鈴は関係ないだろうというキールに、関係があるから此処にいるんだ、と。
同じ街にある物も、人も、思いも全部守ると…守って当然だと…。
何かそれを聞いた時、一兄ぃが思い浮かぶ。
あぁ…一兄ぃ…風鈴の皆は本当に一兄ぃみたいに温かくて、強いんだね。
一兄ぃがやりたくて、やってきた思いはちゃんと受け継がれてる。
それが何だか私も嬉しくて、また何か泣きたくなった。
長門君を盾にして更に煽るキールの頭に合わせて、再び襲ってくるキール達の攻撃を受け止める榎本さんと、スッと避ける楠見さん。その後の反撃の一撃で、其々数人の相手を倒す。
やっぱりこの先輩達も凄く強い…。
そして、榎本さんと楠見さんに「下は任せる」と言うと、上で待つキールの頭を睨み付ける。
楠見さんはその直後、私の腕の中の楡井君へ駆け寄ると肩を貸して倉庫の外へ連れて行こうとする。
私は皆と一緒に戦おうと思って立ち上がると、さっき殴られた脹脛にズキンと痛みが走る。
でも、これ位ならまだ大丈夫…やれる…
そう思って皆の方へ向かおうとすれば、楠見さんに肩を掴まれた。振り向くと長い前髪の間からじっと見つめる瞳とバッチリ目が合って、ちょっとドキリとした。
「あ…僕は大丈夫ですよ?」
つい、笑って大丈夫と笑みを浮かべるも、いつもの見せる笑顔とは全く違うまっすぐに向けられる瞳に思わず目を逸らす。
そうすると頭の上にポンと手を乗せられて、視線を戻せば軽く首を振る楠見さん。
何だろう…楠見さんは何か気付いてる…?そんな事を思うもその手で肩をちょっとだけ引き寄せられて倉庫の出口へ向かされる。
楡井君を支えたままの楠見さんにこれ以上負担を掛ける事も出来ず、ちょっと戸惑いながらも軽く息を吐くと素直に従った。
倉庫の出口まで来ると、左脇にあった大き目の木箱の横へ楡井君を座らせると私にも隣へ座るよう促す。
両手で、『此処に居ろ』とジェスチャーで伝えると、すぐに立ち上がり倉庫へと戻って行く。そんな楠見さんを見送っていると、隣でガリっと音がした。
咄嗟に振り向けば、地面に爪を立てるように手を握り締めたまま、膝へと額をつける楡井君。
悲しい…ううん、悔しいのかな…?
その肩は僅かに震えている。こんな姿には覚えがある。
きっと自分に力がない事が悔しいんだ…自分に力がない事が苦しんだ…
昔の自分に重なる姿…そんな姿に、私の胸の奥もツキンと嫌な痛みが走る。
未だに握り締める左手にそっと自分の手を重ねて、両手でゆっくりと包み込む。地面から持ち上げると、頑なに力の入った手をゆっくりと解くように撫でた。
「楡井君、ありがとう…」
その言葉にぴくりと肩を揺らすと、ゆっくりと私に視線を移す。
「……っ…!…な、何を…言ってるんです…か?お、オレは…何も出来なくて…蘇芳さんにも、守られて…自分もって、皆と同じように戦う事も出来な……っ!な、情けないだけ…で…っ」
吐き出すように言葉を紡ぐと、またどんどん視線を地面へ向けてしまう。
そんな彼にゆっくりと言葉をかける。
「確かに最終的には戦えなかったかもしれない。でも、楡井君が飛び出して相手に体当たりしたことでクラスメイトは殴られずに済んだんだよ。それに何より、楡井君が楠見さんに連絡とちゃんと取ってくれたから、梶さん達が駆けつけて来てくれたんだ。きっと、あのままだったらクラスの皆も僕も君ももっとケガして大変な事になってたよ。楡井君のおかげだよ。…だから、ありがとう」
「…如月さん…」
ようやくまた此方に顔を向けた楡井君に、笑みを向ける。
鼻血で、血だらけで、それでもまたその瞳を潤ませる楡井君の頭をそっと撫でる。
手を離すと肩掛けしたままの鞄からウェットティッシュとハンカチを取り出し、ハンカチを楡井君の手に握らせると、取り出したウェットティッシュで額から順番に乾きだした血を拭き取っていく。
「…大丈夫?見た目ほど傷は深くはなさそうだけど…眩暈とかしない?気持ち悪くない?」
体調を尋ねながら大まかに拭いていく私の手をぎゅっと握りしめる楡井君。
「…楡井君?」
そっと拭くのを止めると、真っ直ぐ私を見つめる不安げな視線に気づく。
「ねぇ、楡井君。僕はね、それぞれ役割っていうものがあると思うんだ。役割っていうか、得手不得手の問題かな…?勿論風鈴にいる以上、喧嘩が強いに越した事はないよ。でも、皆が皆一兄ぃ達みたいに強い訳じゃない。強くいなくちゃいけない訳じゃないと思う。風鈴は街を人を思いを守るモノだから。今日楡井君は、今の風鈴で僕達のクラスの副級長として、上級生に連絡を取ってクラス全体の危機を救ってくれた。それは、今の楡井君にできる最善の事だったよね?」
「……オレにはそれ位しか出来なかったから…」
「『それ位』じゃない、僕達の中で楡井君にしか出来なかった事だよ」
もう一方の手で、私の手を握る楡井君の手をぎゅっと握り返す。
「今喧嘩が弱いのは仕方ない。でも、今から強くなる事は出来るから。それに、自分の意志で仲間を助けようとした楡井君は決して弱くない。僕も喧嘩に関してはまだまだ勉強中だからさ、これから一緒に強くなっていこうよ?ね?」
「…如月さんは…強いですね…」
さっきまでの悔しさを少しだけ振り払い、口許を微かに綻ばせる楡井君に、ちょっとだけでも私の気持ちが伝わったのが分かってホッとする。
「…僕も強くなんてないよ…ただ、強くなりたいとは思ってるけどね」
そう返すと、楡井君も笑みを返してくれた。そして、ハッとしたように私から手を振り払うように引っ込めた。
「す、すみませんっ!」
「…え?う、うん…楡井君どうしたの?顔赤いけど…?」
「いえっ、お、女の子に勝手に触っちゃダメですよねっ!スミマセン」
「………へ…?」
楡井君に言葉を私の頭が理解した時に私の口から出たのは間抜けな声だった。
「え?」
私のその反応に、意外そうに首を傾げる楡井君。
「…な…何言って…」
「…あっ!そうですよね、如月さんが女の子っていうのは、秘密なんですよね?つい、口が滑ってしまい…すみません、で、でも大丈夫ですっ!ちゃんと秘密は厳守しますからっ!!」
ハッと今更気付いたように謝る楡井君。
「…………あーーーー…うん、…わかった」
そんな楡井君に片手を向けてそれ以上の言葉を遮ると、それだけ言葉を絞り出す。
あ…うん、これ詰んでる…。
そう思うと、一際大きい溜息を漏らすのだった。