「彼女」が「彼」になった理由
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「………………」
「………………」
しばし流れる沈黙。何を言えばいい?いつから…気付いてた?……そんな事今更な気がする。
さっきの楡井君の言葉だと、かなり前から分かってて、普通に接してくれていたんだって分かるし。
ってか、入学してから散々事ある毎にどんどん私が女だってバレてる気がするんだけど…?
そりゃ、男には見えないかもだけど…背低い男の子だって沢山居るし?ほら、丁子君とか…?
綺麗な男の人だっているじゃん…椿ちゃんとか、さ。
何で、私限定でバレてんの………?
恐らくそれはそれは機嫌悪そうに、難しい顔で考え込んでいたんだろう私に、申し訳なさそうに楡井君が声を掛ける。
「………あの…何かすみませんっ……でも、ずっと不思議だったんです、如月さんみたいな女の子がどうして風鈴に来たのか?って…訊いてもいいですか?」
……まぁ、当然な疑問だよね…
私はもう一度小さく溜息を吐き出すと、楡井君に正面から向き直る。
「……うーん、そうだな…最初はね、毎日喧嘩でケガしてくる一兄ぃが心配で…でも、喧嘩でケガしてくる回数が減ってきて、商店街で見回りする風鈴生に囲まれてる一兄ぃを見かけるようになってきて…楽しそうで、自分のやりたい事ちゃんとやって、街を守って頑張ってる一兄ぃ達と一緒に街を守りたい、一緒に笑いたいって思った。でもそうなるには、妹じゃダメなの。仲間になるには風鈴生にならないと…って。ただ、それだけ… 」
大した理由はない…本当に、一兄ぃ達が作る『仲間』って輪の中に入ってみたかっただけだ…。
「……結構頑張ってこの格好してたんだけどな…中々思うようにはいかないね…」
ついつい自嘲気味に言ってしまった言葉に、居た堪れなくて少しだけ笑ってみる。
「あ……でも、如月さんはちゃんと僕達のクラスの仲間ですよ!蘇枋さんも、桐生さんも、桜さんだって…如月さんの事は仲間だって思ってますよ。勿論僕もっ!」
必死になっていう楡井君が可愛くて、「……ありがとう…そうだと良いな」と返す。
そんな私の言葉と態度に少しだけシュンとなって、視線を逸らした楡井君。その後話を変えるように再び此方を見る。
「……も、もし良ければ、如月さんの本当の名前を教えて貰えますか?」
「…え?あぁ…万里。如月 万里っていうの」
「万里さん…ですね。可愛らしい名前ですね…」
素直に私が教えた事に少しだけホッとしたのか、笑みが零れる。そして、胸元からいつものマル秘手帳を取り出すとササっと鉛筆片手に書き込んでいく。
ホント…その手帳って何が書いてあるんだろう…一度で良いから見せて欲しいわ。
そう思いながら、そっと手帳へ人差し指を引っ掛けて軽く倒すようにすると、不思議そうな楡井君の瞳と視線を合わせる。
「…でも、皆の前では今まで通り『如月さん』でヨロシクね?まだ皆にバレたくないんだ…お願い…秋彦君?」
じっと視線を合わせたままお願いの意味を込めて名前を呼んでみる、一瞬の沈黙の後一気に耳まで赤くなる楡井君。
「…………っ!だ、大丈夫ですっ!万里さんの秘密を話したりなんてしませんからっ!あっ!如月さんっ」
慌てて言い直す様子に、クスっと笑ってしまう。
「うん、じゃぁ、ヨロシク。楡井君」
そう言うと、また一旦視線を下へ向けると、ちょっとだけ戸惑ったように「…あの…」と声を出す。
「ん?何?どうしたの?」
「……もし嫌じゃなかったらで良いんですが…」
「…?」
「俺の事もこれからは名前で呼んでくれませんか?」
そう言って向けられた顔はどこか緊張しているように見える。
「……え?名前って……秋彦君…?」
「はいっ。どうやら如月さんは親しい人は名前で呼んでいるみたいなので…もし良かったら俺も…って。あ、その方が何か『仲間』みたいな感じがするのでっ…本当に如月さんさえ良ければ…ですけど…」
自信なさげに声のトーンを落としていく言葉に、何だか見えない犬の耳かシュンと垂れていくのが見えた気がした。
何かそれが可愛くてついつい頭をポンポンと撫でてしまう。
「…っ?如月さん…?」
「分かった。じゃ、これからは名前で呼ばせて貰うね?秋彦君」
―――― ボッンッッ!!!
「…!!?」
「…な、何?」
突然倉庫の横から響き渡る音に、私と秋彦君は同時に身体を揺らした。
壁が破壊されたような大きな音。思わず顔を見合わせるけど、此処に居ても何が合ったかなんて分かる訳がない。
「ちょっと中の様子見てくるね?」
秋彦君の肩にポンと手をやれば「あ、僕も…」と立ち上がろうとする秋彦君。明らかに重症の彼にはまだまだ休んでて貰いたかった私は、それを両手で制止する。
「大丈夫、様子見てくるだけだから…秋彦君は此処にいて」
そう言うと「ねっ?」と念を押し、頷く秋彦君をその場に残し近くの木箱へ手を伸ばして彼にバレない様に、左足を庇いながら立ち上がる。
ズキンっと痛みはするけど、我慢できない程でもない…と思う。
そっと入り口から中を覗けば、先程までとは打って変わって明らかに風鈴の優勢が見て取れた。
それが誰のお陰なのかも一目瞭然だった。榎本さんと楠見さん、二人が参戦してくれた事で、隼飛君や三輝君の主要メンバーが各々の相手を心置きなく相手出来ていた。
「…やっぱり『先輩』ってすごいなー…」
ついつい素直な感想が漏れる。
さっきの大きな音は三輝君の相手が壁に穴を開けた音だったみたいだ。だけど、三輝君は最小限の動きで相手の攻撃を躱しながら、最終的に軽く放ったように見える掌底で相手に脳震盪を起こさせたみたいだった。その後で手刀を首元へ当てて気絶させる。
流石……三輝君も強いなぁ…
さっき二階へ向かったハズの桜君も、また皆の援護に戻ってきていた。
其処に蹴り飛ばされてきたキール。ゆっくりと近付いていく隼飛君が見えた。
「…?」
でも何だか様子がおかしい。どんどん蹴り飛ばした相手へ近付いていくと、感情の無い目で見下ろしている。
…あ…前にも…
獅子頭連アジトでのタイマン勝負が思い出される。でもその時より感情を全く読み取れない視線に、端から見ていた私でさえ、ゾクリと背中が粟立った。
同じように感じていたキールが殴りかかろうとすれば問答無用で顔を蹴り飛ばす。いつもの隼飛君ならそれで次の相手へ行くはずなのに、執拗に近付いていく。
これはヤバい。何か、いつもの隼飛君じゃない…そう思うと同時に右足で地面を蹴って駆け出す。足が痛いとか言ってる場合じゃないっ!
気絶しているキールへ近づくとその胸倉を掴んで殴る態勢。そのキールを掴んでいる腕に抱き着くように絡ませると目を瞑って叫んだ。
「…隼飛君、ダメっ!!」
殴られるのも覚悟したけど、そのまま動きを止めた隼飛君。そっと顔を上げると後ろから桜君が殴ろうとした腕の手首を掴んで止めていた。
「……なに?桜君」
静かに視線を向けると、いつもより低い声で訊ねる。
「……もういいだろ、完全にのびてる」
「驚いたなぁ…君がそんなに冷静だなんて。ここまでやられて頭にこないのかい?」
薄ら笑いすら浮かべて桜君に話す隼飛君は、いつもの私の知ってる隼飛君じゃなくて…私は隼飛君の腕に抱き着いたまま、じっと二人のやり取りを伺う。
「きてるに決まってんだろ。イラついて仕方ねぇ…自分に…」
悔しそうに吐き出す桜君に、隼飛君がちょっとだけ息を呑んだのが伝わった。
「でけぇ口叩いたのに、このザマだ。……けど…イラついてもどうにもならねぇ。今できることをやるしかねぇんだ。まだ敵は残ってる…だから……」
その言葉ですっと隼飛君の手から力が抜けた。
「んもー、仕方ないな、桜君はー」
いつもの表情で、明るく話す隼飛君に私も気が抜けたように彼の腕を離す。
「!?」
「まぁ、でも確かに君の言う通り、一人に構ってる暇はないね。オレは向こうをやるよ、さっさと終わらせよう」
そう言うと、ポンポンと私の頭を軽く叩く隼飛君。
「如月くんも、ごめんね」
そう言っていつもの笑顔を向けてくれた隼飛君にやっとホッと一息つけたと同時に、少しだけ安心して視界が滲む。
やばい…こんな所で泣いちゃダメだ…そう自分に気合を入れて奥歯を噛み締めて俯く。
そんな私の頭にポンと置かれた手。今度は誰だろう?そう思いながら顔を上げるといつの間にか傍に来ていた榎本さんが少しだけ屈んで私を覗き込む。
「おら、如月、いつまで座ってンだぁ?さっき楠見が外連れてっただろうが…さっさと立って、外出とけ」
そんな言葉とは反対で軽く笑う優しい視線に、何となくまた泣けてきてしまいそうで、それを悟られたくなくて「は、はいっ…」と返事をすると立ち上がり、素直に榎本さんに従った。
段々足も痛くなってきてたし、こんな私がこの場にいても邪魔なだけだと分かってたし…
倉庫の入り口を出てさっきまで居た木箱の傍に近付けば、体育座りで膝を抱えて俯いたままの秋彦君。
また、何か落ち込んじゃう事でもあったのかな?…と近付けばピクリともせず、微かな寝息が聞こえた。
あー……寝ちゃったのか…座ったままで器用だ…
取り敢えず体調には異変がない様子で、少しホッとする。
木箱と秋彦君の間に腰を下ろすと少しだけ足を崩して座る。
その間もズキン、ズキンと痛みは酷くなる一方で…。
ズボンの上から患部を触ってみようとした時、右側にずしっと重みを感じた。
隣で寝ていた秋彦君が凭れ掛かってきた。いくら小柄だからとはいえ、男の子だ。無意識のまま体重を掛けられると結構重い。肩がキツイ。
でも、このまま跳ね除ける訳にもいかず…仕方ない…そう溜息を吐くと、秋彦君の肩に手を掛けて頭を私の膝の上に乗せる。全体重掛けられるよりは、頭の重みだけで済むし、この方が秋彦君も態勢的に楽だろう。
「……ん…」
少しだけ身動ぎした彼に起こしてしまったかと心配になったけど、そのまま自分の楽なように態勢を変えそのまま寝入る。
くせっ気のある髪に、いつも以上にあどけない寝顔を見ていると、弟や妹達を思い出した。
ついつい笑みを浮かべると、そっと頭を撫でやる。
「……疲れたよね…お疲れ様…」
そう、そして私はそこで多分気が緩んだんだと思う。
先輩達が来てくれて、劣勢が優勢に変わった。完全にキレちゃった隼飛君も、桜君のお陰でいつもみたいに戻った。
もうこの喧嘩は大丈夫だと、安心しちゃったんだ。
膝の上の秋彦君の体温も温かくて、そっと木箱に凭れるといつの間にか目を閉じ、眠ってしまった……らしい。
らしい…って言うのはそこまでの記憶しかなかったから…。
ズキン
ズキンッ
熱くて、激しい痛みに意識を引き戻される。
目を開ければさっきまで響いていた乱闘の音はなく、倉庫内は静かで…
あれ…?私…寝てた…?
喧嘩は…どうなったんだろう…?
一気に覚醒すると同時に倉庫内から大きな歓声が上がった。
その声で風鈴が勝ったんだって理解した。
「————……良かった……」
それから暫く秋彦君の寝顔を見ながらも、ズキズキとやむ事のない足の痛みに顔が曇る。
自分で眉間に皺が寄っているって分かる位には、本当に痛い…。
「……これは…ちょっと…」
大丈夫じゃないかも……と大きく溜息を洩らした。
「如月君?大きな溜息ついてどうしたんだい?」
「如月ちゃん、大丈夫だった?」
「如月クン……何や楡井クンは寝てまったんか?」
掛けられた声に反射的に顔を上げる。
「………皆、お疲れ様」
いつもの皆の顔を見て、やっとホッと安心感が広がるのがわかる。
ちょっとだけ滲む視界で、それだけ言うのがやっとだった。それ以上言葉を発してしまうと泣きそうになる私を察してか、三輝君がしゃがみ込むと私の顔を両手で包み込む。
「如月ちゃんもお疲れ様。ケガしてない?」
「………うん、大丈夫だよ」
そう笑って返すも、三輝君の後ろから感じる視線に少しだけ顔を上げるとちょっとだけ無表情で私達を見下ろす隼飛君が視界に入る。その雰囲気が少しだけ怖くて無意識に肩を揺らす私。
「…?如月ちゃん…どーしたの?」
不思議そうに尋ねる三輝君に「ううん…何でもない…」と視線を戻す。
――――――――…え…と、何?今の…?
隼飛君の態度の意味が分からず、内心焦る。
「桐生君、如月君も重いだろうしそろそろ楡井君を…」
そう言って三輝君の隣に屈む隼飛君はいつも通りの彼で…少しだけホッとした。
「あー…せやな。楡井君、起きそうになかったら俺がおぶってこか?」
そう提案してくれた柘浦君に、隼飛君が頷きながらまだ膝で眠ったままの秋彦君を抱き起こした。そのまま背中を見せてしゃがんだ柘浦君へ秋彦君を背負わせる。
膝から重みが消えてホッとする。やっぱり同級生の男の子は重かったっらしく、足が痺れていた。
「…ありがとう」
そのまま立ち上がった柘浦君に続くように立ち上がる隼飛君と三輝君。…でも、私は立ち上がる事が出来ずにいた。
それに気付いた隼飛君と三輝君が不思議そうに私を見下ろす。
「如月君?どうしたんだい?」
「…如月ちゃん?」
「あー…秋彦君がずっと膝の上だったから足が痺れてて…」
そう恥ずかしそうに言えば納得したように、同時に手を差し出された。そこで手を掴む訳にもいかず、適当な言い訳を考える。
何となく、二人に足を怪我したっていう事実を知られたくない。だって、明らかに自分の失態だったし…。
それは自分が出来ない子だって言ってるみたいで、恥ずかしい…。
そんななけなしのプライドが邪魔をする。
「…少し休んでれば大丈夫だよ。……それに、お手洗いにも…」
少し言いにくそうに言えば、私の予想通り察しの良い二人はすぐに引いてくれた。
「分かったよ。じゃあ、気を付けて来るんだよ?」
「如月ちゃん…すぐに追い付いて来てね」
「うん…ありがとう。あ、ほら皆行っちゃうよ?急がないと…」
そんなやり取りをしてたら、わいわいと去って行くクラスの皆と少し距離を置いて歩く桜君が見えた。その背中は少し皆とは違って元気がない様に見えるのが気になった。同時にさっきのキレちゃった隼飛君を止めた桜君の言葉が思い出される。
「……何か、桜君…元気ないみたい…だね」
その言葉に二人とも皆に視線を移す。二人にも私の言いたい事は伝わったらしい。
「桜ちゃん、変なところで真面目だもんねー」
「一人で責任感じてそうだね」
そう言うと皆を追って歩き出す。その背中に咄嗟に声を掛けた。
「…でも、もし…悩んでたら…フォローしてあげてね?」
その声に軽く振り向いて笑みを返してくれる二人を見て、ちょっとだけ安心する。まぁ、声を掛けるまでもなかったよね。あの二人なら…。
「さて…私もそろそろ…痛っ!!」
そう思って見送った後、私も帰ろうと立ち上がる。力を入れた途端に左足に走る痛みに思わず声が漏れた。
そのまま立ち上がれず再びその場へ座り込む。
……これは、結構酷い…
楡井君を庇った時には少しだけ痛みを感じても取り敢えず必死で無理やり動かした足。
今はズキン、ズキンと段々と痛みが酷くなるばかりで…。
恐る恐る左足のズボンの裾を捲りあげてみれば、踝より上の脹脛の下の方が赤く腫れ上がっていた。
まぁ、相手は鉄パイプだったし…当然と言えば当然なんだけど…。
「…とにかくこの場から離れなきゃ…」
全員のびているとはいえ、此処はまだキールの本拠地だ。
ぐずぐずしていたら、目を覚ました彼らに何をされるか分からない。
もう一度壁に手を付くと力を入れて立ち上がる。力を入れただけで一際大きく痛む足に息を飲む。
それでも、意地で立ち上がって一つ深呼吸。
「…はぁ…よしっ」
少しだけ気合を入れて足を進める。
ズキン、…ズキンっ…
足を引き摺りながら一歩ずつ歩く。その度に頭にまで痛さが響く。
普段ならものの5分で抜けれる造船所内を、15分かけてやっと抜け出した。
海沿いの道へ出れば、低めの防波堤へと寄りかかって一休憩。
あー…こんな事なら誰かに残って貰えば…なんて事も頭を過るけど、キールを倒して帰っていくクラスの皆を思い出す。
これは大変な事だったけど、クラス的にはとっても纏まったんだと思った。
絆が深くなった…っていうのかな。
笑顔で帰って行く皆の背中を見ながら、同時に感じた疎外感。きっとそれは私だけが思った事。
多分、その場で声を上げたら、優しい皆は私にも優しくしてくれただろう。
三輝君や隼飛君だって、きっと駆け寄って手を貸してくれただろう…けど、私にはそれが出来なかった。
変なプライドと…そのクラスの輪の中に入っちゃいけないという思い。
だって、クラスの皆にとって私は「偽物」だから。
彼らに男装して「嘘」をついている自分はふさわしくない。改めてそう思うと、声を掛けるのも戸惑われて…
立ち上がれない程足が痺れたんだと自然と口から嘘を吐いた。
動かさなければ、少しだけマシになった痛み。もう一度息を吐くと足を進めていく。
途端に痛みは酷くなる。
「……あぁ…これはマジでヤバい…」
自嘲気味に笑みを零すと再び足を止めた。
防波堤に寄りかかりながら、ポケットからスマホを取り出す。
誰かに連絡…そう思ってメッセージアプリを覗く。
一兄ぃ…は、今頃級長達が報告に行っているから忙しいだろうし…絶対連絡したら、すぐに駆けつけてくれそうだけど…そう思いながら指をスライドさせていく。
ことはは…と思ったけどことは一人じゃ私をどうにも出来ないし、すぐ一兄ぃに伝わりそうだしなー…。
椿ちゃん…も一兄ぃに連絡しそう…ってか、今日の見回り持国衆だった気がする。お仕事中だし…。
登馬君も、おそらく一兄ぃと一緒に行動してそうだし…
設楽先生…にはバレたら絶対怒られる……
………えーと…私、実は友達少ない…
大きく溜息を漏らすと、丁度メッセージアプリの通知音が響く。
そこには条君からのメッセージが入っていた。
『今度祭りあるけど、遊びに来ない?俺、ラムネ売ってるし』
そんなメッセージ。
ラムネ売るって何だろう、屋台でも出すのかな?
不思議に思いながら返事を打とうとしたら、画面が切り替わる。それは十亀 条とかかれたアプリ内の通話画面。
ビックリしたけど、そのまま着信ボタンを押した。
『あー。出た出たー』
画面が再度切り替わると画面内には明るい金髪で満面の笑顔な丁子君。通話はTV通話だった。
「丁子君?」
『如月ちゃん、久しぶりー!ほら、亀ちゃんやっぱりすぐ出てくれたよー、ね?』
『ほら、丁子、如月が困ってる…』
「え…?」
突然の展開についていけず間抜けな声を出す。画面が揺れて次に現れたのは条くん。
「条君…どうしたの?」
『いや、メッセージ送って直ぐに既読になったから、丁子が勝手に通話ボタン押して…』
「そうなんだ」
『あれ、如月今外なの?一人?』
「あー…うん、外。今から帰るトコなんだー。条君達も外?」
『そう、丁子が海見たいって言うから、海沿い歩いてる』
「え、そうなんだ。実は僕も今海沿いに居るよ。海、綺麗だもんね。僕も好きだな」
『でしょでしょ?俺も好きー!』
そんな声と共に再び画面に金髪が映る。
「夕方だし、今日は夕日も綺麗だね…っつ…!!」
そう言って海側を見ようと身体を反転させようとした途端、一際大きく響く足の痛みに咄嗟に小さく声が漏れた。
『どうした?!怪我してる?』
その声が届いたのか、心配そうに画面を覗き込む条君。
「あー…ごめん、大丈夫だよ」
そう言って笑うも、真剣な表情で此方を見てくる。
『…今、何処にいる?』
「…えーと、海沿い」
『だから、何処?』
じっと画面越しに真っ直ぐ見てくる条君に、ドキリとしながらも諦めたように場所を告げた。
「…千巻造船所跡の近く…」
『じゃ、そこに居て』
そのまま画面が暗転して、ガサガサと布擦れの音と振動音を響く。
私も通話ボタンを切らずに、スマホを持ったまま海に落ちる夕日を眺めていた。
「あれぇ?風鈴がこんな所に一人で何してるのぉ?」
不意に掛けられた声に振り向けば、背の高い男の人がこっちを見下ろす。
一番に視界に入ってきたのはそのタトゥー。首から腕にかけての存在感。でもそれよりその雰囲気が私を動けなくさせる。
最初に逢った時の条君と同じ…ううん、それ以上に底知れぬ怖さに身体が固まるのが分かった。
咄嗟に警戒するも、足の痛みにバランスを崩してしまう。そんな私の二の腕を大きな手が掴んで支えた。
でもその強さに顔を歪めてしまう。
「…な、何するっ…」
腕を振り払おうとしても、掴んだ手は離そうとしない。
「酷いなぁ…支えてあげただけなのに」
そう言って見下ろす相手の顔を見て、背中が冷たくなった。嫌な汗が背中を伝うのが分かる。
この人はどこから来たんだろう。造船所から出てきた?え、キールの仲間なの…?
でも、さっきのキール達とは明らかに雰囲気が違う。
いや、全然ヤバい…
こんな風に思ったのは本気で喧嘩をしている一兄ぃを見た時だけだ…。
「……は、離せ…」
離してと何とか声に出すも、その力は強くなる一方で…。
「へぇ…何でお前みたいなのが風鈴に居るの?」
真っ直ぐ愉し気いう言葉と笑みとは裏腹に、目はただただ冷たい。力では敵わないのは一目瞭然で、目を逸らす事も出来ずただ真っ直ぐに視線を返す。
「面白い…欲しくなりそうだ…」
そう言って近付いてくる顔に反射的に顔を逸らした。
「如月っ!!」
「如月ちゃんっ!」
スマホからの音声と重なって、背後から声が掛かる。
同時に風を切る音がして、掴まれた手から解放されると同時に肩を掴まれ目の前が暗くなった。
「ちょっとー、俺の友達に何してんのっ?!」
「大丈夫か?」
その声に顔を上げれば条君の心配そうな顔。その前には丁子君が立ちはだかっている。
「……え、あ…うん、大丈夫…」
私は条君の胸に抱き寄せられた態勢。
丁子君の向いている先には愉し気に佇む男。
丁子君の蹴りを躱した彼は、それでも余裕で気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「…ふーん、獅子頭連が風鈴庇うんだ」
「このままなら俺が相手するけどー?」
丁子君が睨み付けたまま言う。
「…あー…やめやめ。今日は見に来ただけだし」
そう言うとさっさと踵を返して造船所の方へ向かう姿に、少しだけホッとして息を吐いた。
「あぁ、またね、如月」
少しだけ振り返って冷たい視線を送る男の声に、軽く肩が跳ねた。
そのまま今度は何事もなかったように造船所へ消えていく背中が見えなくなると、急に力が抜けてその場にへたり込んだ。
……こ、怖かった………
変な緊張から解放されて、身体に力が入らない。少しだけ呆然としていた私の視界に飛び込んできた二つの顔に、その心配そうに覗き込む瞳に軽く笑みを向けた。
「……あ、ありがと…来てくれて助かった…条君、丁子君…」
「大丈夫?如月…立てる?」
「うん…大丈夫……っ痛!!」
そう言って手を差し伸べられた条君の手を取って立ち上がろうとする。その瞬間忘れていた痛みが走り再度尻もちをついた。
「ご、ごめん…」
そう言ってまた立ち上がろうとする私を軽く制して、条君が左足のズボンを捲り上げる。其処はさっき確認した時より赤く腫れ上がっていた。
「うわー、めっちゃ腫れてるよ!!亀ちゃんどうしたらいい?」
一緒に足を見た丁子君が焦って騒ぎ出す。
「これ…さっきの奴にやられたの?」
「あ…ううん、違うよ。今日、クラスの皆とキールってチームと揉めちゃってて…その時に…ちょっと失敗しちゃったんだ…情けないよね…」
じっと見てくる条君の視線にあははと笑いながら軽く説明をする。
「笑いごとじゃないっ!…早く…病院行こう」
珍しく声を荒げた条君にびっくりして、その視線が怒っている気がして俯く。
「……ごめん…。……え?ちょっ!!」
突然身体を引っ張られると同時に感じる浮遊感。
気付いた時には私は条君の腕の中で、所謂、そのお姫様抱っこというものをされていた。
「え、ちょっ、条君??待って…歩く…歩けるからっ!!」
「歩けないからこんな所に一人で居たんだろ?」
「……そ、そうだけど…」
「大丈夫だよー、如月ちゃん!亀ちゃん、おっきいし、力持ちだからねー」
そう言って歩き始める条君の横を楽しそうに歩く丁子君。
「いや、でも、重いから…絶対」
「全然重くない。寧ろ軽すぎだろ…如月。とにかく暴れるな。落ちるぞ?」
そう言いながら速足で進む条君。しっかり抱きかかえられてはいるもののグラグラと不安定な身体を支える為にそっと条君の肩へ手を添える。そんな私に満足げに笑みを向けると「もっとしがみ付いてくれても良いけど?」と言うのでついつい顔が熱くなるのを感じた。
「……ホント、重くない?無理してない?」
海沿いの道から商店街へ向かうと人も増えてくる。オレンジのスカジャンに抱きかかえられてる風鈴生…。しそれはやっぱり興味を引くようで…否応にも注目されてしまう。そんな事を何度も訊く私。
「大丈夫、そんな事より病院行く方が大事」
それだけ言って足は止める事はない彼に、今はただしがみ付くしかなかった。
「………………」
しばし流れる沈黙。何を言えばいい?いつから…気付いてた?……そんな事今更な気がする。
さっきの楡井君の言葉だと、かなり前から分かってて、普通に接してくれていたんだって分かるし。
ってか、入学してから散々事ある毎にどんどん私が女だってバレてる気がするんだけど…?
そりゃ、男には見えないかもだけど…背低い男の子だって沢山居るし?ほら、丁子君とか…?
綺麗な男の人だっているじゃん…椿ちゃんとか、さ。
何で、私限定でバレてんの………?
恐らくそれはそれは機嫌悪そうに、難しい顔で考え込んでいたんだろう私に、申し訳なさそうに楡井君が声を掛ける。
「………あの…何かすみませんっ……でも、ずっと不思議だったんです、如月さんみたいな女の子がどうして風鈴に来たのか?って…訊いてもいいですか?」
……まぁ、当然な疑問だよね…
私はもう一度小さく溜息を吐き出すと、楡井君に正面から向き直る。
「……うーん、そうだな…最初はね、毎日喧嘩でケガしてくる一兄ぃが心配で…でも、喧嘩でケガしてくる回数が減ってきて、商店街で見回りする風鈴生に囲まれてる一兄ぃを見かけるようになってきて…楽しそうで、自分のやりたい事ちゃんとやって、街を守って頑張ってる一兄ぃ達と一緒に街を守りたい、一緒に笑いたいって思った。でもそうなるには、妹じゃダメなの。仲間になるには風鈴生にならないと…って。ただ、それだけ… 」
大した理由はない…本当に、一兄ぃ達が作る『仲間』って輪の中に入ってみたかっただけだ…。
「……結構頑張ってこの格好してたんだけどな…中々思うようにはいかないね…」
ついつい自嘲気味に言ってしまった言葉に、居た堪れなくて少しだけ笑ってみる。
「あ……でも、如月さんはちゃんと僕達のクラスの仲間ですよ!蘇枋さんも、桐生さんも、桜さんだって…如月さんの事は仲間だって思ってますよ。勿論僕もっ!」
必死になっていう楡井君が可愛くて、「……ありがとう…そうだと良いな」と返す。
そんな私の言葉と態度に少しだけシュンとなって、視線を逸らした楡井君。その後話を変えるように再び此方を見る。
「……も、もし良ければ、如月さんの本当の名前を教えて貰えますか?」
「…え?あぁ…万里。如月 万里っていうの」
「万里さん…ですね。可愛らしい名前ですね…」
素直に私が教えた事に少しだけホッとしたのか、笑みが零れる。そして、胸元からいつものマル秘手帳を取り出すとササっと鉛筆片手に書き込んでいく。
ホント…その手帳って何が書いてあるんだろう…一度で良いから見せて欲しいわ。
そう思いながら、そっと手帳へ人差し指を引っ掛けて軽く倒すようにすると、不思議そうな楡井君の瞳と視線を合わせる。
「…でも、皆の前では今まで通り『如月さん』でヨロシクね?まだ皆にバレたくないんだ…お願い…秋彦君?」
じっと視線を合わせたままお願いの意味を込めて名前を呼んでみる、一瞬の沈黙の後一気に耳まで赤くなる楡井君。
「…………っ!だ、大丈夫ですっ!万里さんの秘密を話したりなんてしませんからっ!あっ!如月さんっ」
慌てて言い直す様子に、クスっと笑ってしまう。
「うん、じゃぁ、ヨロシク。楡井君」
そう言うと、また一旦視線を下へ向けると、ちょっとだけ戸惑ったように「…あの…」と声を出す。
「ん?何?どうしたの?」
「……もし嫌じゃなかったらで良いんですが…」
「…?」
「俺の事もこれからは名前で呼んでくれませんか?」
そう言って向けられた顔はどこか緊張しているように見える。
「……え?名前って……秋彦君…?」
「はいっ。どうやら如月さんは親しい人は名前で呼んでいるみたいなので…もし良かったら俺も…って。あ、その方が何か『仲間』みたいな感じがするのでっ…本当に如月さんさえ良ければ…ですけど…」
自信なさげに声のトーンを落としていく言葉に、何だか見えない犬の耳かシュンと垂れていくのが見えた気がした。
何かそれが可愛くてついつい頭をポンポンと撫でてしまう。
「…っ?如月さん…?」
「分かった。じゃ、これからは名前で呼ばせて貰うね?秋彦君」
―――― ボッンッッ!!!
「…!!?」
「…な、何?」
突然倉庫の横から響き渡る音に、私と秋彦君は同時に身体を揺らした。
壁が破壊されたような大きな音。思わず顔を見合わせるけど、此処に居ても何が合ったかなんて分かる訳がない。
「ちょっと中の様子見てくるね?」
秋彦君の肩にポンと手をやれば「あ、僕も…」と立ち上がろうとする秋彦君。明らかに重症の彼にはまだまだ休んでて貰いたかった私は、それを両手で制止する。
「大丈夫、様子見てくるだけだから…秋彦君は此処にいて」
そう言うと「ねっ?」と念を押し、頷く秋彦君をその場に残し近くの木箱へ手を伸ばして彼にバレない様に、左足を庇いながら立ち上がる。
ズキンっと痛みはするけど、我慢できない程でもない…と思う。
そっと入り口から中を覗けば、先程までとは打って変わって明らかに風鈴の優勢が見て取れた。
それが誰のお陰なのかも一目瞭然だった。榎本さんと楠見さん、二人が参戦してくれた事で、隼飛君や三輝君の主要メンバーが各々の相手を心置きなく相手出来ていた。
「…やっぱり『先輩』ってすごいなー…」
ついつい素直な感想が漏れる。
さっきの大きな音は三輝君の相手が壁に穴を開けた音だったみたいだ。だけど、三輝君は最小限の動きで相手の攻撃を躱しながら、最終的に軽く放ったように見える掌底で相手に脳震盪を起こさせたみたいだった。その後で手刀を首元へ当てて気絶させる。
流石……三輝君も強いなぁ…
さっき二階へ向かったハズの桜君も、また皆の援護に戻ってきていた。
其処に蹴り飛ばされてきたキール。ゆっくりと近付いていく隼飛君が見えた。
「…?」
でも何だか様子がおかしい。どんどん蹴り飛ばした相手へ近付いていくと、感情の無い目で見下ろしている。
…あ…前にも…
獅子頭連アジトでのタイマン勝負が思い出される。でもその時より感情を全く読み取れない視線に、端から見ていた私でさえ、ゾクリと背中が粟立った。
同じように感じていたキールが殴りかかろうとすれば問答無用で顔を蹴り飛ばす。いつもの隼飛君ならそれで次の相手へ行くはずなのに、執拗に近付いていく。
これはヤバい。何か、いつもの隼飛君じゃない…そう思うと同時に右足で地面を蹴って駆け出す。足が痛いとか言ってる場合じゃないっ!
気絶しているキールへ近づくとその胸倉を掴んで殴る態勢。そのキールを掴んでいる腕に抱き着くように絡ませると目を瞑って叫んだ。
「…隼飛君、ダメっ!!」
殴られるのも覚悟したけど、そのまま動きを止めた隼飛君。そっと顔を上げると後ろから桜君が殴ろうとした腕の手首を掴んで止めていた。
「……なに?桜君」
静かに視線を向けると、いつもより低い声で訊ねる。
「……もういいだろ、完全にのびてる」
「驚いたなぁ…君がそんなに冷静だなんて。ここまでやられて頭にこないのかい?」
薄ら笑いすら浮かべて桜君に話す隼飛君は、いつもの私の知ってる隼飛君じゃなくて…私は隼飛君の腕に抱き着いたまま、じっと二人のやり取りを伺う。
「きてるに決まってんだろ。イラついて仕方ねぇ…自分に…」
悔しそうに吐き出す桜君に、隼飛君がちょっとだけ息を呑んだのが伝わった。
「でけぇ口叩いたのに、このザマだ。……けど…イラついてもどうにもならねぇ。今できることをやるしかねぇんだ。まだ敵は残ってる…だから……」
その言葉ですっと隼飛君の手から力が抜けた。
「んもー、仕方ないな、桜君はー」
いつもの表情で、明るく話す隼飛君に私も気が抜けたように彼の腕を離す。
「!?」
「まぁ、でも確かに君の言う通り、一人に構ってる暇はないね。オレは向こうをやるよ、さっさと終わらせよう」
そう言うと、ポンポンと私の頭を軽く叩く隼飛君。
「如月くんも、ごめんね」
そう言っていつもの笑顔を向けてくれた隼飛君にやっとホッと一息つけたと同時に、少しだけ安心して視界が滲む。
やばい…こんな所で泣いちゃダメだ…そう自分に気合を入れて奥歯を噛み締めて俯く。
そんな私の頭にポンと置かれた手。今度は誰だろう?そう思いながら顔を上げるといつの間にか傍に来ていた榎本さんが少しだけ屈んで私を覗き込む。
「おら、如月、いつまで座ってンだぁ?さっき楠見が外連れてっただろうが…さっさと立って、外出とけ」
そんな言葉とは反対で軽く笑う優しい視線に、何となくまた泣けてきてしまいそうで、それを悟られたくなくて「は、はいっ…」と返事をすると立ち上がり、素直に榎本さんに従った。
段々足も痛くなってきてたし、こんな私がこの場にいても邪魔なだけだと分かってたし…
倉庫の入り口を出てさっきまで居た木箱の傍に近付けば、体育座りで膝を抱えて俯いたままの秋彦君。
また、何か落ち込んじゃう事でもあったのかな?…と近付けばピクリともせず、微かな寝息が聞こえた。
あー……寝ちゃったのか…座ったままで器用だ…
取り敢えず体調には異変がない様子で、少しホッとする。
木箱と秋彦君の間に腰を下ろすと少しだけ足を崩して座る。
その間もズキン、ズキンと痛みは酷くなる一方で…。
ズボンの上から患部を触ってみようとした時、右側にずしっと重みを感じた。
隣で寝ていた秋彦君が凭れ掛かってきた。いくら小柄だからとはいえ、男の子だ。無意識のまま体重を掛けられると結構重い。肩がキツイ。
でも、このまま跳ね除ける訳にもいかず…仕方ない…そう溜息を吐くと、秋彦君の肩に手を掛けて頭を私の膝の上に乗せる。全体重掛けられるよりは、頭の重みだけで済むし、この方が秋彦君も態勢的に楽だろう。
「……ん…」
少しだけ身動ぎした彼に起こしてしまったかと心配になったけど、そのまま自分の楽なように態勢を変えそのまま寝入る。
くせっ気のある髪に、いつも以上にあどけない寝顔を見ていると、弟や妹達を思い出した。
ついつい笑みを浮かべると、そっと頭を撫でやる。
「……疲れたよね…お疲れ様…」
そう、そして私はそこで多分気が緩んだんだと思う。
先輩達が来てくれて、劣勢が優勢に変わった。完全にキレちゃった隼飛君も、桜君のお陰でいつもみたいに戻った。
もうこの喧嘩は大丈夫だと、安心しちゃったんだ。
膝の上の秋彦君の体温も温かくて、そっと木箱に凭れるといつの間にか目を閉じ、眠ってしまった……らしい。
らしい…って言うのはそこまでの記憶しかなかったから…。
ズキン
ズキンッ
熱くて、激しい痛みに意識を引き戻される。
目を開ければさっきまで響いていた乱闘の音はなく、倉庫内は静かで…
あれ…?私…寝てた…?
喧嘩は…どうなったんだろう…?
一気に覚醒すると同時に倉庫内から大きな歓声が上がった。
その声で風鈴が勝ったんだって理解した。
「————……良かった……」
それから暫く秋彦君の寝顔を見ながらも、ズキズキとやむ事のない足の痛みに顔が曇る。
自分で眉間に皺が寄っているって分かる位には、本当に痛い…。
「……これは…ちょっと…」
大丈夫じゃないかも……と大きく溜息を洩らした。
「如月君?大きな溜息ついてどうしたんだい?」
「如月ちゃん、大丈夫だった?」
「如月クン……何や楡井クンは寝てまったんか?」
掛けられた声に反射的に顔を上げる。
「………皆、お疲れ様」
いつもの皆の顔を見て、やっとホッと安心感が広がるのがわかる。
ちょっとだけ滲む視界で、それだけ言うのがやっとだった。それ以上言葉を発してしまうと泣きそうになる私を察してか、三輝君がしゃがみ込むと私の顔を両手で包み込む。
「如月ちゃんもお疲れ様。ケガしてない?」
「………うん、大丈夫だよ」
そう笑って返すも、三輝君の後ろから感じる視線に少しだけ顔を上げるとちょっとだけ無表情で私達を見下ろす隼飛君が視界に入る。その雰囲気が少しだけ怖くて無意識に肩を揺らす私。
「…?如月ちゃん…どーしたの?」
不思議そうに尋ねる三輝君に「ううん…何でもない…」と視線を戻す。
――――――――…え…と、何?今の…?
隼飛君の態度の意味が分からず、内心焦る。
「桐生君、如月君も重いだろうしそろそろ楡井君を…」
そう言って三輝君の隣に屈む隼飛君はいつも通りの彼で…少しだけホッとした。
「あー…せやな。楡井君、起きそうになかったら俺がおぶってこか?」
そう提案してくれた柘浦君に、隼飛君が頷きながらまだ膝で眠ったままの秋彦君を抱き起こした。そのまま背中を見せてしゃがんだ柘浦君へ秋彦君を背負わせる。
膝から重みが消えてホッとする。やっぱり同級生の男の子は重かったっらしく、足が痺れていた。
「…ありがとう」
そのまま立ち上がった柘浦君に続くように立ち上がる隼飛君と三輝君。…でも、私は立ち上がる事が出来ずにいた。
それに気付いた隼飛君と三輝君が不思議そうに私を見下ろす。
「如月君?どうしたんだい?」
「…如月ちゃん?」
「あー…秋彦君がずっと膝の上だったから足が痺れてて…」
そう恥ずかしそうに言えば納得したように、同時に手を差し出された。そこで手を掴む訳にもいかず、適当な言い訳を考える。
何となく、二人に足を怪我したっていう事実を知られたくない。だって、明らかに自分の失態だったし…。
それは自分が出来ない子だって言ってるみたいで、恥ずかしい…。
そんななけなしのプライドが邪魔をする。
「…少し休んでれば大丈夫だよ。……それに、お手洗いにも…」
少し言いにくそうに言えば、私の予想通り察しの良い二人はすぐに引いてくれた。
「分かったよ。じゃあ、気を付けて来るんだよ?」
「如月ちゃん…すぐに追い付いて来てね」
「うん…ありがとう。あ、ほら皆行っちゃうよ?急がないと…」
そんなやり取りをしてたら、わいわいと去って行くクラスの皆と少し距離を置いて歩く桜君が見えた。その背中は少し皆とは違って元気がない様に見えるのが気になった。同時にさっきのキレちゃった隼飛君を止めた桜君の言葉が思い出される。
「……何か、桜君…元気ないみたい…だね」
その言葉に二人とも皆に視線を移す。二人にも私の言いたい事は伝わったらしい。
「桜ちゃん、変なところで真面目だもんねー」
「一人で責任感じてそうだね」
そう言うと皆を追って歩き出す。その背中に咄嗟に声を掛けた。
「…でも、もし…悩んでたら…フォローしてあげてね?」
その声に軽く振り向いて笑みを返してくれる二人を見て、ちょっとだけ安心する。まぁ、声を掛けるまでもなかったよね。あの二人なら…。
「さて…私もそろそろ…痛っ!!」
そう思って見送った後、私も帰ろうと立ち上がる。力を入れた途端に左足に走る痛みに思わず声が漏れた。
そのまま立ち上がれず再びその場へ座り込む。
……これは、結構酷い…
楡井君を庇った時には少しだけ痛みを感じても取り敢えず必死で無理やり動かした足。
今はズキン、ズキンと段々と痛みが酷くなるばかりで…。
恐る恐る左足のズボンの裾を捲りあげてみれば、踝より上の脹脛の下の方が赤く腫れ上がっていた。
まぁ、相手は鉄パイプだったし…当然と言えば当然なんだけど…。
「…とにかくこの場から離れなきゃ…」
全員のびているとはいえ、此処はまだキールの本拠地だ。
ぐずぐずしていたら、目を覚ました彼らに何をされるか分からない。
もう一度壁に手を付くと力を入れて立ち上がる。力を入れただけで一際大きく痛む足に息を飲む。
それでも、意地で立ち上がって一つ深呼吸。
「…はぁ…よしっ」
少しだけ気合を入れて足を進める。
ズキン、…ズキンっ…
足を引き摺りながら一歩ずつ歩く。その度に頭にまで痛さが響く。
普段ならものの5分で抜けれる造船所内を、15分かけてやっと抜け出した。
海沿いの道へ出れば、低めの防波堤へと寄りかかって一休憩。
あー…こんな事なら誰かに残って貰えば…なんて事も頭を過るけど、キールを倒して帰っていくクラスの皆を思い出す。
これは大変な事だったけど、クラス的にはとっても纏まったんだと思った。
絆が深くなった…っていうのかな。
笑顔で帰って行く皆の背中を見ながら、同時に感じた疎外感。きっとそれは私だけが思った事。
多分、その場で声を上げたら、優しい皆は私にも優しくしてくれただろう。
三輝君や隼飛君だって、きっと駆け寄って手を貸してくれただろう…けど、私にはそれが出来なかった。
変なプライドと…そのクラスの輪の中に入っちゃいけないという思い。
だって、クラスの皆にとって私は「偽物」だから。
彼らに男装して「嘘」をついている自分はふさわしくない。改めてそう思うと、声を掛けるのも戸惑われて…
立ち上がれない程足が痺れたんだと自然と口から嘘を吐いた。
動かさなければ、少しだけマシになった痛み。もう一度息を吐くと足を進めていく。
途端に痛みは酷くなる。
「……あぁ…これはマジでヤバい…」
自嘲気味に笑みを零すと再び足を止めた。
防波堤に寄りかかりながら、ポケットからスマホを取り出す。
誰かに連絡…そう思ってメッセージアプリを覗く。
一兄ぃ…は、今頃級長達が報告に行っているから忙しいだろうし…絶対連絡したら、すぐに駆けつけてくれそうだけど…そう思いながら指をスライドさせていく。
ことはは…と思ったけどことは一人じゃ私をどうにも出来ないし、すぐ一兄ぃに伝わりそうだしなー…。
椿ちゃん…も一兄ぃに連絡しそう…ってか、今日の見回り持国衆だった気がする。お仕事中だし…。
登馬君も、おそらく一兄ぃと一緒に行動してそうだし…
設楽先生…にはバレたら絶対怒られる……
………えーと…私、実は友達少ない…
大きく溜息を漏らすと、丁度メッセージアプリの通知音が響く。
そこには条君からのメッセージが入っていた。
『今度祭りあるけど、遊びに来ない?俺、ラムネ売ってるし』
そんなメッセージ。
ラムネ売るって何だろう、屋台でも出すのかな?
不思議に思いながら返事を打とうとしたら、画面が切り替わる。それは十亀 条とかかれたアプリ内の通話画面。
ビックリしたけど、そのまま着信ボタンを押した。
『あー。出た出たー』
画面が再度切り替わると画面内には明るい金髪で満面の笑顔な丁子君。通話はTV通話だった。
「丁子君?」
『如月ちゃん、久しぶりー!ほら、亀ちゃんやっぱりすぐ出てくれたよー、ね?』
『ほら、丁子、如月が困ってる…』
「え…?」
突然の展開についていけず間抜けな声を出す。画面が揺れて次に現れたのは条くん。
「条君…どうしたの?」
『いや、メッセージ送って直ぐに既読になったから、丁子が勝手に通話ボタン押して…』
「そうなんだ」
『あれ、如月今外なの?一人?』
「あー…うん、外。今から帰るトコなんだー。条君達も外?」
『そう、丁子が海見たいって言うから、海沿い歩いてる』
「え、そうなんだ。実は僕も今海沿いに居るよ。海、綺麗だもんね。僕も好きだな」
『でしょでしょ?俺も好きー!』
そんな声と共に再び画面に金髪が映る。
「夕方だし、今日は夕日も綺麗だね…っつ…!!」
そう言って海側を見ようと身体を反転させようとした途端、一際大きく響く足の痛みに咄嗟に小さく声が漏れた。
『どうした?!怪我してる?』
その声が届いたのか、心配そうに画面を覗き込む条君。
「あー…ごめん、大丈夫だよ」
そう言って笑うも、真剣な表情で此方を見てくる。
『…今、何処にいる?』
「…えーと、海沿い」
『だから、何処?』
じっと画面越しに真っ直ぐ見てくる条君に、ドキリとしながらも諦めたように場所を告げた。
「…千巻造船所跡の近く…」
『じゃ、そこに居て』
そのまま画面が暗転して、ガサガサと布擦れの音と振動音を響く。
私も通話ボタンを切らずに、スマホを持ったまま海に落ちる夕日を眺めていた。
「あれぇ?風鈴がこんな所に一人で何してるのぉ?」
不意に掛けられた声に振り向けば、背の高い男の人がこっちを見下ろす。
一番に視界に入ってきたのはそのタトゥー。首から腕にかけての存在感。でもそれよりその雰囲気が私を動けなくさせる。
最初に逢った時の条君と同じ…ううん、それ以上に底知れぬ怖さに身体が固まるのが分かった。
咄嗟に警戒するも、足の痛みにバランスを崩してしまう。そんな私の二の腕を大きな手が掴んで支えた。
でもその強さに顔を歪めてしまう。
「…な、何するっ…」
腕を振り払おうとしても、掴んだ手は離そうとしない。
「酷いなぁ…支えてあげただけなのに」
そう言って見下ろす相手の顔を見て、背中が冷たくなった。嫌な汗が背中を伝うのが分かる。
この人はどこから来たんだろう。造船所から出てきた?え、キールの仲間なの…?
でも、さっきのキール達とは明らかに雰囲気が違う。
いや、全然ヤバい…
こんな風に思ったのは本気で喧嘩をしている一兄ぃを見た時だけだ…。
「……は、離せ…」
離してと何とか声に出すも、その力は強くなる一方で…。
「へぇ…何でお前みたいなのが風鈴に居るの?」
真っ直ぐ愉し気いう言葉と笑みとは裏腹に、目はただただ冷たい。力では敵わないのは一目瞭然で、目を逸らす事も出来ずただ真っ直ぐに視線を返す。
「面白い…欲しくなりそうだ…」
そう言って近付いてくる顔に反射的に顔を逸らした。
「如月っ!!」
「如月ちゃんっ!」
スマホからの音声と重なって、背後から声が掛かる。
同時に風を切る音がして、掴まれた手から解放されると同時に肩を掴まれ目の前が暗くなった。
「ちょっとー、俺の友達に何してんのっ?!」
「大丈夫か?」
その声に顔を上げれば条君の心配そうな顔。その前には丁子君が立ちはだかっている。
「……え、あ…うん、大丈夫…」
私は条君の胸に抱き寄せられた態勢。
丁子君の向いている先には愉し気に佇む男。
丁子君の蹴りを躱した彼は、それでも余裕で気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「…ふーん、獅子頭連が風鈴庇うんだ」
「このままなら俺が相手するけどー?」
丁子君が睨み付けたまま言う。
「…あー…やめやめ。今日は見に来ただけだし」
そう言うとさっさと踵を返して造船所の方へ向かう姿に、少しだけホッとして息を吐いた。
「あぁ、またね、如月」
少しだけ振り返って冷たい視線を送る男の声に、軽く肩が跳ねた。
そのまま今度は何事もなかったように造船所へ消えていく背中が見えなくなると、急に力が抜けてその場にへたり込んだ。
……こ、怖かった………
変な緊張から解放されて、身体に力が入らない。少しだけ呆然としていた私の視界に飛び込んできた二つの顔に、その心配そうに覗き込む瞳に軽く笑みを向けた。
「……あ、ありがと…来てくれて助かった…条君、丁子君…」
「大丈夫?如月…立てる?」
「うん…大丈夫……っ痛!!」
そう言って手を差し伸べられた条君の手を取って立ち上がろうとする。その瞬間忘れていた痛みが走り再度尻もちをついた。
「ご、ごめん…」
そう言ってまた立ち上がろうとする私を軽く制して、条君が左足のズボンを捲り上げる。其処はさっき確認した時より赤く腫れ上がっていた。
「うわー、めっちゃ腫れてるよ!!亀ちゃんどうしたらいい?」
一緒に足を見た丁子君が焦って騒ぎ出す。
「これ…さっきの奴にやられたの?」
「あ…ううん、違うよ。今日、クラスの皆とキールってチームと揉めちゃってて…その時に…ちょっと失敗しちゃったんだ…情けないよね…」
じっと見てくる条君の視線にあははと笑いながら軽く説明をする。
「笑いごとじゃないっ!…早く…病院行こう」
珍しく声を荒げた条君にびっくりして、その視線が怒っている気がして俯く。
「……ごめん…。……え?ちょっ!!」
突然身体を引っ張られると同時に感じる浮遊感。
気付いた時には私は条君の腕の中で、所謂、そのお姫様抱っこというものをされていた。
「え、ちょっ、条君??待って…歩く…歩けるからっ!!」
「歩けないからこんな所に一人で居たんだろ?」
「……そ、そうだけど…」
「大丈夫だよー、如月ちゃん!亀ちゃん、おっきいし、力持ちだからねー」
そう言って歩き始める条君の横を楽しそうに歩く丁子君。
「いや、でも、重いから…絶対」
「全然重くない。寧ろ軽すぎだろ…如月。とにかく暴れるな。落ちるぞ?」
そう言いながら速足で進む条君。しっかり抱きかかえられてはいるもののグラグラと不安定な身体を支える為にそっと条君の肩へ手を添える。そんな私に満足げに笑みを向けると「もっとしがみ付いてくれても良いけど?」と言うのでついつい顔が熱くなるのを感じた。
「……ホント、重くない?無理してない?」
海沿いの道から商店街へ向かうと人も増えてくる。オレンジのスカジャンに抱きかかえられてる風鈴生…。しそれはやっぱり興味を引くようで…否応にも注目されてしまう。そんな事を何度も訊く私。
「大丈夫、そんな事より病院行く方が大事」
それだけ言って足は止める事はない彼に、今はただしがみ付くしかなかった。
15/15ページ