「彼女」が「彼」になった理由
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「………はぁ…」
朝学ランを来て学校へ向かう途中、昨日の事もあって中々足が進まない。気が重い…。でも、休むって訳にもいかなくて大きく溜息を零した。
え…っと、今日しなきゃいけない事は…楡井君と隼飛君に謝る事…で、楡井君にも場の空気を悪くしてしまい申し訳なかったけれど、隼飛君にはわざわざ家まで送って貰ったにも関わらずあの態度はなかったなぁ…と罪悪感で一杯で。
取り敢えず謝るしかないのは分かっているけれど……心は重く何かが圧し掛かるばかりで…
「…はぁ…」
朝から何度目かも分からない溜息ばかりが漏れる。
「如月ちゃん、おはよー。どうしたの?さっきからおっきな溜息ばっかりだねー」
足元だけ見て歩いてきた私の視界に突然黒い革靴が入ると同時に声を掛けられた。
反射的に顔を上げれば目の前に派手な柄シャツ。
ぶつかるっ!!そう思った時には遅くて、ポスっとそのまま胸元へ顔を埋める形になって…。
「ご、ごめんっ」
そう言って咄嗟に離れようとするけど、伸びてきた左腕に肩を抱かれ、頭の後ろへ廻された右手でポンポンっと頭を撫でられる。ふわりと鼻を掠める香水の良い香り。
「大丈夫?ちゃんと前見て歩こうねー、如月ちゃん」
ゆっくり顔を上げれば間近で、見下ろしてくる三輝君の優しい瞳と視線が交わる。いつも通りの笑顔はとても甘くて、心臓が跳ねた。
「んー…?大丈夫?どっか痛い…?」
目を細めて訊いてくる整った顔に、おそらく赤くなっているであろう私の顔。それでも、笑顔で答える。
「…う、ううん、大丈夫…おはよう、三輝君」
「おはよー、如月ちゃん」
そう言いながら肩は抱かれたままで、彼の右手が前髪を掻き上げてじっと顔を見つめられた。
「………あ、あの…?三輝くん…?」
「ん、大丈夫。どこもぶつけたり、擦りむいたりしてないねー」
そうにっこり笑ってやっと解放された。
「びっくりしたよー。ずっと下向いて歩いてるからいつ気付くか待ってたのに、声掛けるまで気付かなかったから」
「…ご、ごめんね。ちょっと考え事してて…」
「そうなんだー。昨日休んだ事と関係ある?」
「うーん、直接は関係ないけど…って、ごめんね、昨日は返信出来なくて…」
昨日家を出る前に三輝君へ「今日は休みます」の連絡だけ入れて、その後何にも連絡入れていなかったのを思い出し謝る。
「いーよー、忙しかったんでしょ?如月ちゃん。一昨日、俺と別れた後、何かあった?」
そう言うと私を促すように歩き出す三輝君に続いて、隣を歩き出す。
「…うん。あの後、獅子頭連の人達と出くわしちゃって…」そう言って一昨日から昨日の経緯を三輝君に順を追って説明していく。
「……って、訳で一兄ぃが、『獅子頭連とボウフウリンは友達って事で』って、友達になったんだよー」
簡単な相槌を打ちながら最後まで聴いてくれた三輝君。
「そーなんだー。大変だったんだね。……色々突っ込みたいトコは沢山あるけどー、『一兄ぃ』っていうのは梅宮サンの事で、『登馬君』と『京太郎君』と『隼飛君』は柊サンと杉ちゃんとすおちゃんの事で合ってる?」
「へ…?……あっ…そうそう。合ってるよ」
昨日の延長上で、普通に皆を名前呼びしていた事に気付く。「一兄ぃ達は昔からの知り合いで…隼飛君には…三輝君と一緒で…女ってバレちゃってた…みたいで…」はははっ、と誤魔化すように笑いながら説明するも、三輝君の顔は真剣で。立ち止まると何かを考えるように目を細めて見つめてくる。
「……み、つきくん…?」
そんな表情初めてで…どうしたの?と続く前に、少しだけ戸惑いながら名前を呼べばすぐに真剣な顔は笑顔に変わって…「そうだったんだねー」と言って、思い出したように訊いてきた。
「そういえば、俺一昨日訊き忘れちゃったんだけど、如月ちゃんのホントの名前は何てゆーの?」
そう言いながら片手を差し出す三輝君に「?」と思いながらも、自然とお手のように自分の手を重ねる。
「え?…あ、万里…如月 万里だよ」
「そっか。万里ちゃん、やっぱり一昨日ちゃんと俺が送って行けば良かったねー。怖かったよね?ごめんねー」
そう言ってぎゅっと握られた手は温かくて、おそらく本当に気遣ってくれている瞳にドキドキしたのを隠すように首を横に振る。
「だ…大丈夫だよっ!それに、最初は怖かった条君や丁子君とも友達になれたしっ!」
「そうなんだ…良かったねー」
そう笑う三輝君の笑顔が、何故かどことなく一兄ぃと同種の怖さを感じたけど…きっとそれは気のせいだ、と自分に言い聞かす。だって、三輝君、王子だし。
そう言いながら手を引いて歩き出す三輝君に、はっと我に返ると「あっ…三輝君、手っ…」離して欲しいと見上げると、不思議そうに首を傾げる。その後「あー、そっか」と自分の中で納得したようにゆっくり手を離してくれた。
代わりに頭をポンポンと優しく撫でられた。
「万里ちゃん、昨日はいっぱい頑張ったねー」
そう言って相変わらず艶やかな笑顔の三輝君に顔が熱くなるの実感しながら「…また子供扱いしてる…」それだけ呟いた。
何か風鈴に入学してから、皆に撫でられる事が多い気がする。そんなに子供っぽいのかな、私…。そう真面目に考え込みたくなる私に「じゃ、学校行こっか」と促す三輝君へうんと返事をして再び歩き出した。
桜並木を歩けば風にのって花びらが舞う。満開を通り過ぎた桜はもう枝先の一部に新芽が芽吹く。全体が葉桜になるのも近いだろう。
一際強く吹いた風に、一層花びらが舞い散る。
「うわぁ……桜吹雪だぁ、桜の雨みたい。綺麗だね、三輝君」
視界いっぱいの花吹雪を見上げると、同意を求めるように三輝君を見れば「そだねー」と言って此方を見る相手と視線が絡み、それがタイミングピッタリでお互い笑い合った。
「花びら、付いてたよ」
そう言いながら伸びてきた手が、前髪より上に付いた花びらを摘んで「ほら」と見せてくれた。「ありがとう」と言うとニコッと笑って花びらを風にのせるように離す。
「もうすぐ桜も終わっちゃうね…」
「そだね」
桜を見上げながら、少しだけ足を緩めて生命短い桜を愉しみながら歩いた。
校内を教室まで歩く間、どうにも皆んながザワザワと騒がしい。
途中聴こえてくる会話は、昨日の獅子頭連との事ばかりだと分かる。
「……何か昨日の事、すごい噂になってるね…」
「んー、昨日もその話で持ち切りだったよー」
コソッと三輝君に耳打ちすると、返ってきた答えになる程…と納得。そう言えば丁子君や条君達が学校来たって言ってたもんなー…と思いながら教室へと入った。
教室内の視線が一瞬集まるも、目当ての人物じゃなかったのですぐにそれぞれのグループの会話に戻っていくクラスメイト達。あー、桜君や隼飛君を待ってるんだな。
来たら凄い騒ぎになりそうだ…そう思いながら三輝君に着いて行くと当然のように後ろのロッカーに腰掛ける彼。じゃ、私は…と、近くの空いていた席へ座ろうとしたら軽く腕を引かれた。「?」振り返るとニコッと笑いロッカーの隣をポンッと叩いて「此処座ったらー?」と言われたので、まぁ、誘ってくれるならと言う通りに三輝君の隣へ腰を降ろした。
「この前言ってたゲーム、二つ位あるからやってみる?」
そう言われて、「うん」とスマホを取り出す。「スマホ貸して」と言われたので差し出せば慣れた手つきでインストールを始める。横から画面を覗きながら、ゲームの説明を軽くしてくれる。「ゲームを進めてくと協力プレイも出来るから、一緒に出来るよー」そう言って、1つのゲームを起動してスマホを返してくれた。
「取り敢えずチュートリアルで進め方とかの説明あるからやってみて。分からなきゃ教えるし」
スマホを受け取ると「分かった、やってみる」とチュートリアルを進める為に画面へ集中する。そんな私を横目に三輝君も自分のスマホへと目を落とした。
ある程度チュートリアルを進めた所で、「別に見られたって死なねーだろ!お前はもう少し慣れろ!」怒鳴り声と共に、勢い良く教室の扉が開いた。
待ちに待った人物達の登場に、教室内は大盛り上がり。
昨日の事を詳しく教えろと、クラスメイトから囲まれる桜君達。
まぁ……気になるよね……
「こいつらに聞け!」と逃げる桜君の言葉に、「にれくんに任せた」と笑顔の隼飛君。
任されてしまった楡井君は意を決したように、「説明させていただきます!」と声を張り上げた。
ソコにずーっと窓枠にぶら下がって筋トレしていた柘浦君が近付く。
一旦スマホから視線を外して、そのやり取りを見ていたけど、何だか話が変な方向に行ってしまったみたいだ。どうやら、隼飛君達には今は謝る事は出来そうにない。その判断に少しだけ、ホッとしなら再びゲームに戻ろうとした時、少しだけ視線を感じて目を向けると、真っ直ぐ此方をみている赤みがかった瞳とばっちり目が合った。
――――…と思う…。合ったのはほんの一瞬で、その後は何もなかったように、こっちを見る事もなかったから。
それが余計に不自然に思えて、あー…やっぱり隼飛君を怒らせちゃったんだな…と実感した。
折角、友達になれそうだと思ったのに…名前まで呼ばせて貰えたのになぁ…。
昨夜は何度もそう予想して…想像もしてたけど…やっぱ、現実にそうなるって分かると余計に落ち込む自分がいて…。あー…何か泣きそう…。
両手でスマホを握り、俯いたままずっと考え込んでしまっていた私に気付いて三輝君が隣からスマホを覗き込んだ。
「如月ちゃん…?どーした?分からない事あった?」
「…あ……大丈夫。ちょっと考え事してた…」
顔を上げると綺麗な三輝君の顔との距離が僅か数センチ。「大丈夫…」そうもう一度笑って言う。
きょ、今日は何だか三輝君との距離が異様に近い気がする…
「んー…大丈夫って顔じゃないでしょーよ。そんな泣きそうな顔しちゃって…」
そう言いながら伸びてきた手は、耳に触れると耳朶を軽く摘みまだ開けて間も無いピアスをそっと撫でた。
「まだ、開けたばっか?ちょっと赤くなってんねー。もし次開ける時は俺に言ってよ。痛くしないからー」
「………っ!」
不意に触られれば、ビクッと反応してしまいきっと耳まで真っ赤だ、と思える程顔が熱い。
その反応にまんぞくしたのか、耳朶から頬を撫でるように手を離す三輝君。
「でもそんな無防備な反応しちゃダメだよー」
ニコッと笑うと再びスマホ画面へと視線を戻す。
だったら、不用意に触らないで欲しいっ…熱くなった顔を手で押さえるとちょっと気持ちを落ち着ける為に教室を出ようとロッカーから降りる。それに気付いてこっちを見ている三輝君に「ちょっと出てくるね」と手を振った。
廊下は相変わらず人もまばらに出ては話たりとザワザワしている。
どっか静かなトコ……そう歩きながら彷徨うも中々見つからず、階段まで来ると上へ登っていく。1年生は最上階だから此処を登れば屋上に着くのだろう。
その手前の踊り場にある窓に気付いて立ち止まると、窓を開け、窓枠へ両肘で頬杖を着く。流れてく少しだけ暖かくて、爽やかさを感じる風に瞳を閉じた。
気持ちいい…陽射しもいい感じだし、お昼寝したくなる気持ちよさだ。
そんな中微睡むも、さっきの隼飛君の態度を思い出せばまたも気分は急降下で「はぁ……」昨夜から何度目かの溜息を吐いた。
「どーしよ…」自然と零れる言葉も、本当は何をしなきゃいけないのかは分かりきっていて、でも本人にも近付けてない現状に更に落ち込む。まだ友達関係をた続けるにはまずは昨日の態度を謝罪する事…だよね。
「何をどうするんだい?」
「わっ……!!」
突然掛けられた声に、驚いた。
振り向けば意中の彼が立っていて、まだ心の準備も出来てなかった私は、あれ?今足音した?とか逃避する事を考えてしまったけど、ダメだと思い直し、勢い良く頭を下げた。
「…っ、ごめんなさいっ!…昨夜はせっかく送ってくれたのに、最後あんな態度取っちゃって…」
何も言わない隼飛君がどんな顔しているのか分からなくて、そっと顔を上げてみる。その顔は口許は笑ってるけど、目はじっと見据えられてて…ゾクリと背中が震える。
「やだなぁ、昨夜の事なんか気にしてないよ。まぁ、確かに送って行ったのに、途中で置いてかれたけどねー」
と、言うけど…ちょっと…いや、かなり言葉と顔が合ってない…と思う。
「いや、気にしてなくても明らかに機嫌悪そうなんだけど……?」
ついそう突っ込む位には、怖かった。
「うーん、そうだね。昨夜の事は気にしてないけど、今は少し機嫌は悪いっていう自覚はあるかな」
そう言って一歩前へ出てくる隼飛君に、私は一歩後退る。
「……えーと、その機嫌悪いのには、僕は何か関係してる…?」
何故こんなにじり寄られるのか分からず、取り敢えず訊いてみる。
「そっかぁ。分からない程無自覚なんだね」
そう言ってまた近付いてきた隼飛君に、また一歩下がろうとするけど、壁にぶつかりそれ以上下がれず。
顔の横に手をつかれ、所謂壁ドン状態で見下ろされると近付く綺麗な顔。三輝君とはまた雰囲気の違う美形だぁ、と頭の片隅で考えながらも逃げ場なく彼の顔を見上げるしかなかった。
「桐生くんと随分親しいみたいだけど?」
突然思いもよらない名前が出てきて、首を傾げる。
「へ?み、三輝君?」
間抜けな声に、それでもピクリと隼飛君の眉毛が少し動いたような。
「…桐生くんも昔馴染みなのかい?」
「ううん、噂は色々聞いてたけど、会ったのは風鈴に来てからだよ?」
「そうなんだね。それにしてはとっても仲良くなったんだね」
「……あー、うん……実は入学式の日に早々に女だってバレちゃってて………」
何となく圧を感じる笑顔に、視線を逸らしながら答える。
「それでもうあんなに仲良いって妬けちゃうなぁ…あ、万里ちゃん、昨夜の事悪いと思ってるんだよね?」
妬ける?何が…と疑問は浮かぶけど、昨夜の事と出されると素直に頷いた。
「じゃぁ、これから俺がする事、許してね」
「へ…?………っ!!」
目を細めて楽し気に笑みを称えた隼飛君の言葉の意味が分からず、見つめる。その顔がどんどん近付いて来るのが分かって身構えると、耳許へかかる息遣い。その後、耳朶をピアスの上からかぶりと唇で挟まれてねっとした熱い舌で舐め上げられる。
初めての感覚に大きく跳ねる身体、熱くなる顔。咄嗟に避けようとしても、ほぼ隼飛君の腕の中で囚われた状態では何も出来ず、「ちょっと…っ」と抵抗の為両手で隼飛君の胸を押し返すもびくりともしない。
「…大人しくしてて…」
いつもの声より低音な吐息交じりの声が耳孔掠めると、背中がゾクリと粟立つように震えた。
「……ちょっ……!!…あ…ン」
抗議をしようと思っても、舌先を這わせながら耳から首筋へと降りてきた唇はチュッとリップ音を響かせる。
「……はぁ…」
突然の刺激にどうしたら良いか分からず、隼飛君に縋るように見つめる。
「万里ちゃん、そんな顔されると困るなぁ…本当はコッチヘしたいけど、今は此処で」
私の視線に気づくと少しだけ困ったように眉尻を下げながら、顎を摘ままれた親指が唇をなぞる。そして再び近付いた唇は頬へ柔らかな感触を残して離れていった。
キスされた頬を咄嗟に片手で庇いながら、おそらく耳まで真っ赤な私の顔で訳が分からないまま見上げた隼飛君は、私から離れるとにっこりと笑った。
「これで、昨夜の事はおあいこだね。あぁ、その顔の熱が引いてから教室戻ってくると良いよ、如月くん」
それだけ言うと踵を返してゆっくりと階段を降りていく隼飛君の後ろ姿を見ながら、その場へずるずると座り込んだ。
膝を抱えて顔を埋める。
――――――― な、何今の?何?え?何なの?!
そんな疑問ばかりしか浮かばず、それでも何をされたかは頭で理解していた、煩い位心臓の音が響く。
「……心臓、うるさい…」
大きく息を吐きだしながら、一言呟いた。
「あら?万里じゃない。どうしたの?こんな所で座り込んで…」
聴きなれた声に顔を上げれば、此方を心配そうに覗き込む見知った顔に少しだけ泣きそうな情けない声で名前を呼んだ。
「つ…椿ちゃ…ん」
まだ、完全に火照りが収まっていない顔と、その声に少し驚いた顔をする椿ちゃん。それでも何か察したのか、クスリと笑うと手を差し出して優しく言う。
「…取り敢えず立ちなさい。汚れるわ」
「うん…ありがと」
差し出された手を素直に握れば、強い力で支えられて立ち上がる。「そんな顔じゃどこにも行かせられないわねー」と言いながらそのまま手を引かれて階段を上った。上った先の扉を開ければそこは屋上で、レンガを積み上げて作られた畑がいくつも連なっていた。
話しには聞いてたけど、想像以上に広い畑とそこに植えられた苗に驚く。
「うわぁ…」
「あー、万里は此処来るの初めてよね?」
「うん、一兄ぃから毎回話は聞いてたけど…一兄ぃ、めっちゃ屋上を私物化してるねー」
「そうね…でも、この野菜が採れると皆でバーベキュー大会とかして、楽しいのよ?」
そう言いながら手を引かれたまま奥に置かれたテーブルまで連れていかれる。座ってと促されるまま席に着いた。
「今日は一兄ぃは…?」
「朝から教室で皆に囲まれてるわ」
あー、そっか…そうだよね、と納得する。
「で、アンタはどうしたの?」
そう言いなが隣へ腰掛ける椿ちゃん。
「あー…何か入学してから色々ありすぎて…なかなか慣れなくて…」
頭の整理が追いつてない事を話す事も出来ず、本当の事を話すのも憚られて誤魔化すように笑った。そんな私に優しい目を向けてそっと頭を撫でる椿ちゃん。
あー、こういう所、本当に好き。言わなくても察してくれて、安心させてくれる「お姉ちゃん」みたいで…。
「そう、まぁ、何か本当に困った事になったら、すぐに言ってくるのよ?」
「うん…ありがとう、椿ちゃん」
「そう言えば…梅にはすぐにバレちゃったみたいね…他の子達にはまだ男装バレてないの?」
「あ――…それは、入学初日に同じクラスの桐生 三輝君にバレて、昨日は蘇枋 隼飛君にも……」
バレちゃった…と俯く。
「そうなの。遅かれ早かれバレるとは思ってたけど…初日から…仕方ないわ、万里は本当に女の子なんだから」
「えー…椿ちゃんもことはと一緒でバレると思ってたんだ…悔しい…」
「まぁ、万里は嘘が下手だからねぇ。でも、女の子って分かっても他に言いふらすような子達じゃないんでしょう?」
「…まぁ、そうだけど…」そう言うと、自然と大きな溜息が漏れた。
「……ひょっとてさっき万里が蹲っていた原因はその二人のどちらかかしらね?」
確信を突かれた言葉に反射的に顔を上げて椿ちゃんを見る。
「あら、図星ねー」
「…あ…っ」
こういう事にはすごく感が鋭い椿ちゃん。頬杖をつきながら楽し気に目を細めて此方を見ていた。そんな見守るような眼差しに、入学してからずーっともやもやして自分の中で処理しきれない感情を誰かに聞いて貰いたかった私はぽつりぽつりと話し出す。
「何か…女だってばれてから…皆、距離が近いというか…昨日、ことはにも言われたの。『アンタは人との距離感が分からない、距離を詰める相手と、取る相手をちゃんと考えろ』って…。私、意味分かんなくて…」
「んー、確かに」
そう納得されると、意味が未だに分かってないのは自分だけだと言われているようで落ち込む。
「どうしたら良いと思う?私が距離感掴めない子だから皆も、距離近くなるのかな?」
かなり真剣に訊いた私に、少し驚いたように目を見開く椿ちゃん。でもすぐに、手を口へ当てるとクスクスと笑い出す。
「ちょっ…酷い、私真面目に相談してるのに…」
むーっと軽く睨みつけるも、「あー、ごめんごめん」とそれでも笑いを止められず肩を震わせる椿ちゃん。それでもひとしきり笑いが治まると真っ直ぐ私を見て、ゆっくりと話し始める。
「人との距離が近いのは私は悪い事じゃないと思うわ。万里はそのままで良いのよ。それで向こうが距離を近くしてきて、嫌だったらちゃんと拒否して距離を取ればいい。もし嫌じゃなくて、それ以上に仲良くなりたいと思うなら、ちゃんと向き合って、考えて相手に伝えれば良いわ。ね?」
「……このままで良い?」
「えぇ、万里はそのままで大丈夫。そんなあなただから、私は万里が好きだわ」
『好き』と言って貰えればやっぱり嬉しくて、そのままで良いと言われ安心した。ちょっとだけもやもやも晴れた気がして、そんな言葉をくれた椿ちゃんへ心から感謝を言葉にする。
「ありがとう、椿ちゃん。やっぱり椿ちゃんは優しいお姉ちゃんだね」
「ふふふっ、そういう万里は可愛い妹だわ。そう言えば、昨日は万里も大変だったんでしょう?怖くなかった?」
「うん。大丈夫…ちゃんと新しい友達も出来たんだよー。条君と丁子君。最初は怖かったけど、最後は友達になれたんだ」
そう言うと椿ちゃんはちょっとだけ複雑な顔をしたけど、直ぐに肩を竦めて仕方ないと言った感じで言葉を零す。
「………そう、まぁ…梅もその子達も苦労するわね……」
「え?何が?」
言葉の意味が分からず、訊き返すも答えてくれる気はなさそうで…代わりに「そう、じゃ昨日の事詳しくおしえてくれる?」と訊き返されたから「うん」と希望あった事を順を追って話していく。
椿ちゃんは聞き上手で、話し上手。
それから一時間程、近況を交えながら楽しくお喋りをしたのだった。
朝学ランを来て学校へ向かう途中、昨日の事もあって中々足が進まない。気が重い…。でも、休むって訳にもいかなくて大きく溜息を零した。
え…っと、今日しなきゃいけない事は…楡井君と隼飛君に謝る事…で、楡井君にも場の空気を悪くしてしまい申し訳なかったけれど、隼飛君にはわざわざ家まで送って貰ったにも関わらずあの態度はなかったなぁ…と罪悪感で一杯で。
取り敢えず謝るしかないのは分かっているけれど……心は重く何かが圧し掛かるばかりで…
「…はぁ…」
朝から何度目かも分からない溜息ばかりが漏れる。
「如月ちゃん、おはよー。どうしたの?さっきからおっきな溜息ばっかりだねー」
足元だけ見て歩いてきた私の視界に突然黒い革靴が入ると同時に声を掛けられた。
反射的に顔を上げれば目の前に派手な柄シャツ。
ぶつかるっ!!そう思った時には遅くて、ポスっとそのまま胸元へ顔を埋める形になって…。
「ご、ごめんっ」
そう言って咄嗟に離れようとするけど、伸びてきた左腕に肩を抱かれ、頭の後ろへ廻された右手でポンポンっと頭を撫でられる。ふわりと鼻を掠める香水の良い香り。
「大丈夫?ちゃんと前見て歩こうねー、如月ちゃん」
ゆっくり顔を上げれば間近で、見下ろしてくる三輝君の優しい瞳と視線が交わる。いつも通りの笑顔はとても甘くて、心臓が跳ねた。
「んー…?大丈夫?どっか痛い…?」
目を細めて訊いてくる整った顔に、おそらく赤くなっているであろう私の顔。それでも、笑顔で答える。
「…う、ううん、大丈夫…おはよう、三輝君」
「おはよー、如月ちゃん」
そう言いながら肩は抱かれたままで、彼の右手が前髪を掻き上げてじっと顔を見つめられた。
「………あ、あの…?三輝くん…?」
「ん、大丈夫。どこもぶつけたり、擦りむいたりしてないねー」
そうにっこり笑ってやっと解放された。
「びっくりしたよー。ずっと下向いて歩いてるからいつ気付くか待ってたのに、声掛けるまで気付かなかったから」
「…ご、ごめんね。ちょっと考え事してて…」
「そうなんだー。昨日休んだ事と関係ある?」
「うーん、直接は関係ないけど…って、ごめんね、昨日は返信出来なくて…」
昨日家を出る前に三輝君へ「今日は休みます」の連絡だけ入れて、その後何にも連絡入れていなかったのを思い出し謝る。
「いーよー、忙しかったんでしょ?如月ちゃん。一昨日、俺と別れた後、何かあった?」
そう言うと私を促すように歩き出す三輝君に続いて、隣を歩き出す。
「…うん。あの後、獅子頭連の人達と出くわしちゃって…」そう言って一昨日から昨日の経緯を三輝君に順を追って説明していく。
「……って、訳で一兄ぃが、『獅子頭連とボウフウリンは友達って事で』って、友達になったんだよー」
簡単な相槌を打ちながら最後まで聴いてくれた三輝君。
「そーなんだー。大変だったんだね。……色々突っ込みたいトコは沢山あるけどー、『一兄ぃ』っていうのは梅宮サンの事で、『登馬君』と『京太郎君』と『隼飛君』は柊サンと杉ちゃんとすおちゃんの事で合ってる?」
「へ…?……あっ…そうそう。合ってるよ」
昨日の延長上で、普通に皆を名前呼びしていた事に気付く。「一兄ぃ達は昔からの知り合いで…隼飛君には…三輝君と一緒で…女ってバレちゃってた…みたいで…」はははっ、と誤魔化すように笑いながら説明するも、三輝君の顔は真剣で。立ち止まると何かを考えるように目を細めて見つめてくる。
「……み、つきくん…?」
そんな表情初めてで…どうしたの?と続く前に、少しだけ戸惑いながら名前を呼べばすぐに真剣な顔は笑顔に変わって…「そうだったんだねー」と言って、思い出したように訊いてきた。
「そういえば、俺一昨日訊き忘れちゃったんだけど、如月ちゃんのホントの名前は何てゆーの?」
そう言いながら片手を差し出す三輝君に「?」と思いながらも、自然とお手のように自分の手を重ねる。
「え?…あ、万里…如月 万里だよ」
「そっか。万里ちゃん、やっぱり一昨日ちゃんと俺が送って行けば良かったねー。怖かったよね?ごめんねー」
そう言ってぎゅっと握られた手は温かくて、おそらく本当に気遣ってくれている瞳にドキドキしたのを隠すように首を横に振る。
「だ…大丈夫だよっ!それに、最初は怖かった条君や丁子君とも友達になれたしっ!」
「そうなんだ…良かったねー」
そう笑う三輝君の笑顔が、何故かどことなく一兄ぃと同種の怖さを感じたけど…きっとそれは気のせいだ、と自分に言い聞かす。だって、三輝君、王子だし。
そう言いながら手を引いて歩き出す三輝君に、はっと我に返ると「あっ…三輝君、手っ…」離して欲しいと見上げると、不思議そうに首を傾げる。その後「あー、そっか」と自分の中で納得したようにゆっくり手を離してくれた。
代わりに頭をポンポンと優しく撫でられた。
「万里ちゃん、昨日はいっぱい頑張ったねー」
そう言って相変わらず艶やかな笑顔の三輝君に顔が熱くなるの実感しながら「…また子供扱いしてる…」それだけ呟いた。
何か風鈴に入学してから、皆に撫でられる事が多い気がする。そんなに子供っぽいのかな、私…。そう真面目に考え込みたくなる私に「じゃ、学校行こっか」と促す三輝君へうんと返事をして再び歩き出した。
桜並木を歩けば風にのって花びらが舞う。満開を通り過ぎた桜はもう枝先の一部に新芽が芽吹く。全体が葉桜になるのも近いだろう。
一際強く吹いた風に、一層花びらが舞い散る。
「うわぁ……桜吹雪だぁ、桜の雨みたい。綺麗だね、三輝君」
視界いっぱいの花吹雪を見上げると、同意を求めるように三輝君を見れば「そだねー」と言って此方を見る相手と視線が絡み、それがタイミングピッタリでお互い笑い合った。
「花びら、付いてたよ」
そう言いながら伸びてきた手が、前髪より上に付いた花びらを摘んで「ほら」と見せてくれた。「ありがとう」と言うとニコッと笑って花びらを風にのせるように離す。
「もうすぐ桜も終わっちゃうね…」
「そだね」
桜を見上げながら、少しだけ足を緩めて生命短い桜を愉しみながら歩いた。
校内を教室まで歩く間、どうにも皆んながザワザワと騒がしい。
途中聴こえてくる会話は、昨日の獅子頭連との事ばかりだと分かる。
「……何か昨日の事、すごい噂になってるね…」
「んー、昨日もその話で持ち切りだったよー」
コソッと三輝君に耳打ちすると、返ってきた答えになる程…と納得。そう言えば丁子君や条君達が学校来たって言ってたもんなー…と思いながら教室へと入った。
教室内の視線が一瞬集まるも、目当ての人物じゃなかったのですぐにそれぞれのグループの会話に戻っていくクラスメイト達。あー、桜君や隼飛君を待ってるんだな。
来たら凄い騒ぎになりそうだ…そう思いながら三輝君に着いて行くと当然のように後ろのロッカーに腰掛ける彼。じゃ、私は…と、近くの空いていた席へ座ろうとしたら軽く腕を引かれた。「?」振り返るとニコッと笑いロッカーの隣をポンッと叩いて「此処座ったらー?」と言われたので、まぁ、誘ってくれるならと言う通りに三輝君の隣へ腰を降ろした。
「この前言ってたゲーム、二つ位あるからやってみる?」
そう言われて、「うん」とスマホを取り出す。「スマホ貸して」と言われたので差し出せば慣れた手つきでインストールを始める。横から画面を覗きながら、ゲームの説明を軽くしてくれる。「ゲームを進めてくと協力プレイも出来るから、一緒に出来るよー」そう言って、1つのゲームを起動してスマホを返してくれた。
「取り敢えずチュートリアルで進め方とかの説明あるからやってみて。分からなきゃ教えるし」
スマホを受け取ると「分かった、やってみる」とチュートリアルを進める為に画面へ集中する。そんな私を横目に三輝君も自分のスマホへと目を落とした。
ある程度チュートリアルを進めた所で、「別に見られたって死なねーだろ!お前はもう少し慣れろ!」怒鳴り声と共に、勢い良く教室の扉が開いた。
待ちに待った人物達の登場に、教室内は大盛り上がり。
昨日の事を詳しく教えろと、クラスメイトから囲まれる桜君達。
まぁ……気になるよね……
「こいつらに聞け!」と逃げる桜君の言葉に、「にれくんに任せた」と笑顔の隼飛君。
任されてしまった楡井君は意を決したように、「説明させていただきます!」と声を張り上げた。
ソコにずーっと窓枠にぶら下がって筋トレしていた柘浦君が近付く。
一旦スマホから視線を外して、そのやり取りを見ていたけど、何だか話が変な方向に行ってしまったみたいだ。どうやら、隼飛君達には今は謝る事は出来そうにない。その判断に少しだけ、ホッとしなら再びゲームに戻ろうとした時、少しだけ視線を感じて目を向けると、真っ直ぐ此方をみている赤みがかった瞳とばっちり目が合った。
――――…と思う…。合ったのはほんの一瞬で、その後は何もなかったように、こっちを見る事もなかったから。
それが余計に不自然に思えて、あー…やっぱり隼飛君を怒らせちゃったんだな…と実感した。
折角、友達になれそうだと思ったのに…名前まで呼ばせて貰えたのになぁ…。
昨夜は何度もそう予想して…想像もしてたけど…やっぱ、現実にそうなるって分かると余計に落ち込む自分がいて…。あー…何か泣きそう…。
両手でスマホを握り、俯いたままずっと考え込んでしまっていた私に気付いて三輝君が隣からスマホを覗き込んだ。
「如月ちゃん…?どーした?分からない事あった?」
「…あ……大丈夫。ちょっと考え事してた…」
顔を上げると綺麗な三輝君の顔との距離が僅か数センチ。「大丈夫…」そうもう一度笑って言う。
きょ、今日は何だか三輝君との距離が異様に近い気がする…
「んー…大丈夫って顔じゃないでしょーよ。そんな泣きそうな顔しちゃって…」
そう言いながら伸びてきた手は、耳に触れると耳朶を軽く摘みまだ開けて間も無いピアスをそっと撫でた。
「まだ、開けたばっか?ちょっと赤くなってんねー。もし次開ける時は俺に言ってよ。痛くしないからー」
「………っ!」
不意に触られれば、ビクッと反応してしまいきっと耳まで真っ赤だ、と思える程顔が熱い。
その反応にまんぞくしたのか、耳朶から頬を撫でるように手を離す三輝君。
「でもそんな無防備な反応しちゃダメだよー」
ニコッと笑うと再びスマホ画面へと視線を戻す。
だったら、不用意に触らないで欲しいっ…熱くなった顔を手で押さえるとちょっと気持ちを落ち着ける為に教室を出ようとロッカーから降りる。それに気付いてこっちを見ている三輝君に「ちょっと出てくるね」と手を振った。
廊下は相変わらず人もまばらに出ては話たりとザワザワしている。
どっか静かなトコ……そう歩きながら彷徨うも中々見つからず、階段まで来ると上へ登っていく。1年生は最上階だから此処を登れば屋上に着くのだろう。
その手前の踊り場にある窓に気付いて立ち止まると、窓を開け、窓枠へ両肘で頬杖を着く。流れてく少しだけ暖かくて、爽やかさを感じる風に瞳を閉じた。
気持ちいい…陽射しもいい感じだし、お昼寝したくなる気持ちよさだ。
そんな中微睡むも、さっきの隼飛君の態度を思い出せばまたも気分は急降下で「はぁ……」昨夜から何度目かの溜息を吐いた。
「どーしよ…」自然と零れる言葉も、本当は何をしなきゃいけないのかは分かりきっていて、でも本人にも近付けてない現状に更に落ち込む。まだ友達関係をた続けるにはまずは昨日の態度を謝罪する事…だよね。
「何をどうするんだい?」
「わっ……!!」
突然掛けられた声に、驚いた。
振り向けば意中の彼が立っていて、まだ心の準備も出来てなかった私は、あれ?今足音した?とか逃避する事を考えてしまったけど、ダメだと思い直し、勢い良く頭を下げた。
「…っ、ごめんなさいっ!…昨夜はせっかく送ってくれたのに、最後あんな態度取っちゃって…」
何も言わない隼飛君がどんな顔しているのか分からなくて、そっと顔を上げてみる。その顔は口許は笑ってるけど、目はじっと見据えられてて…ゾクリと背中が震える。
「やだなぁ、昨夜の事なんか気にしてないよ。まぁ、確かに送って行ったのに、途中で置いてかれたけどねー」
と、言うけど…ちょっと…いや、かなり言葉と顔が合ってない…と思う。
「いや、気にしてなくても明らかに機嫌悪そうなんだけど……?」
ついそう突っ込む位には、怖かった。
「うーん、そうだね。昨夜の事は気にしてないけど、今は少し機嫌は悪いっていう自覚はあるかな」
そう言って一歩前へ出てくる隼飛君に、私は一歩後退る。
「……えーと、その機嫌悪いのには、僕は何か関係してる…?」
何故こんなにじり寄られるのか分からず、取り敢えず訊いてみる。
「そっかぁ。分からない程無自覚なんだね」
そう言ってまた近付いてきた隼飛君に、また一歩下がろうとするけど、壁にぶつかりそれ以上下がれず。
顔の横に手をつかれ、所謂壁ドン状態で見下ろされると近付く綺麗な顔。三輝君とはまた雰囲気の違う美形だぁ、と頭の片隅で考えながらも逃げ場なく彼の顔を見上げるしかなかった。
「桐生くんと随分親しいみたいだけど?」
突然思いもよらない名前が出てきて、首を傾げる。
「へ?み、三輝君?」
間抜けな声に、それでもピクリと隼飛君の眉毛が少し動いたような。
「…桐生くんも昔馴染みなのかい?」
「ううん、噂は色々聞いてたけど、会ったのは風鈴に来てからだよ?」
「そうなんだね。それにしてはとっても仲良くなったんだね」
「……あー、うん……実は入学式の日に早々に女だってバレちゃってて………」
何となく圧を感じる笑顔に、視線を逸らしながら答える。
「それでもうあんなに仲良いって妬けちゃうなぁ…あ、万里ちゃん、昨夜の事悪いと思ってるんだよね?」
妬ける?何が…と疑問は浮かぶけど、昨夜の事と出されると素直に頷いた。
「じゃぁ、これから俺がする事、許してね」
「へ…?………っ!!」
目を細めて楽し気に笑みを称えた隼飛君の言葉の意味が分からず、見つめる。その顔がどんどん近付いて来るのが分かって身構えると、耳許へかかる息遣い。その後、耳朶をピアスの上からかぶりと唇で挟まれてねっとした熱い舌で舐め上げられる。
初めての感覚に大きく跳ねる身体、熱くなる顔。咄嗟に避けようとしても、ほぼ隼飛君の腕の中で囚われた状態では何も出来ず、「ちょっと…っ」と抵抗の為両手で隼飛君の胸を押し返すもびくりともしない。
「…大人しくしてて…」
いつもの声より低音な吐息交じりの声が耳孔掠めると、背中がゾクリと粟立つように震えた。
「……ちょっ……!!…あ…ン」
抗議をしようと思っても、舌先を這わせながら耳から首筋へと降りてきた唇はチュッとリップ音を響かせる。
「……はぁ…」
突然の刺激にどうしたら良いか分からず、隼飛君に縋るように見つめる。
「万里ちゃん、そんな顔されると困るなぁ…本当はコッチヘしたいけど、今は此処で」
私の視線に気づくと少しだけ困ったように眉尻を下げながら、顎を摘ままれた親指が唇をなぞる。そして再び近付いた唇は頬へ柔らかな感触を残して離れていった。
キスされた頬を咄嗟に片手で庇いながら、おそらく耳まで真っ赤な私の顔で訳が分からないまま見上げた隼飛君は、私から離れるとにっこりと笑った。
「これで、昨夜の事はおあいこだね。あぁ、その顔の熱が引いてから教室戻ってくると良いよ、如月くん」
それだけ言うと踵を返してゆっくりと階段を降りていく隼飛君の後ろ姿を見ながら、その場へずるずると座り込んだ。
膝を抱えて顔を埋める。
――――――― な、何今の?何?え?何なの?!
そんな疑問ばかりしか浮かばず、それでも何をされたかは頭で理解していた、煩い位心臓の音が響く。
「……心臓、うるさい…」
大きく息を吐きだしながら、一言呟いた。
「あら?万里じゃない。どうしたの?こんな所で座り込んで…」
聴きなれた声に顔を上げれば、此方を心配そうに覗き込む見知った顔に少しだけ泣きそうな情けない声で名前を呼んだ。
「つ…椿ちゃ…ん」
まだ、完全に火照りが収まっていない顔と、その声に少し驚いた顔をする椿ちゃん。それでも何か察したのか、クスリと笑うと手を差し出して優しく言う。
「…取り敢えず立ちなさい。汚れるわ」
「うん…ありがと」
差し出された手を素直に握れば、強い力で支えられて立ち上がる。「そんな顔じゃどこにも行かせられないわねー」と言いながらそのまま手を引かれて階段を上った。上った先の扉を開ければそこは屋上で、レンガを積み上げて作られた畑がいくつも連なっていた。
話しには聞いてたけど、想像以上に広い畑とそこに植えられた苗に驚く。
「うわぁ…」
「あー、万里は此処来るの初めてよね?」
「うん、一兄ぃから毎回話は聞いてたけど…一兄ぃ、めっちゃ屋上を私物化してるねー」
「そうね…でも、この野菜が採れると皆でバーベキュー大会とかして、楽しいのよ?」
そう言いながら手を引かれたまま奥に置かれたテーブルまで連れていかれる。座ってと促されるまま席に着いた。
「今日は一兄ぃは…?」
「朝から教室で皆に囲まれてるわ」
あー、そっか…そうだよね、と納得する。
「で、アンタはどうしたの?」
そう言いなが隣へ腰掛ける椿ちゃん。
「あー…何か入学してから色々ありすぎて…なかなか慣れなくて…」
頭の整理が追いつてない事を話す事も出来ず、本当の事を話すのも憚られて誤魔化すように笑った。そんな私に優しい目を向けてそっと頭を撫でる椿ちゃん。
あー、こういう所、本当に好き。言わなくても察してくれて、安心させてくれる「お姉ちゃん」みたいで…。
「そう、まぁ、何か本当に困った事になったら、すぐに言ってくるのよ?」
「うん…ありがとう、椿ちゃん」
「そう言えば…梅にはすぐにバレちゃったみたいね…他の子達にはまだ男装バレてないの?」
「あ――…それは、入学初日に同じクラスの桐生 三輝君にバレて、昨日は蘇枋 隼飛君にも……」
バレちゃった…と俯く。
「そうなの。遅かれ早かれバレるとは思ってたけど…初日から…仕方ないわ、万里は本当に女の子なんだから」
「えー…椿ちゃんもことはと一緒でバレると思ってたんだ…悔しい…」
「まぁ、万里は嘘が下手だからねぇ。でも、女の子って分かっても他に言いふらすような子達じゃないんでしょう?」
「…まぁ、そうだけど…」そう言うと、自然と大きな溜息が漏れた。
「……ひょっとてさっき万里が蹲っていた原因はその二人のどちらかかしらね?」
確信を突かれた言葉に反射的に顔を上げて椿ちゃんを見る。
「あら、図星ねー」
「…あ…っ」
こういう事にはすごく感が鋭い椿ちゃん。頬杖をつきながら楽し気に目を細めて此方を見ていた。そんな見守るような眼差しに、入学してからずーっともやもやして自分の中で処理しきれない感情を誰かに聞いて貰いたかった私はぽつりぽつりと話し出す。
「何か…女だってばれてから…皆、距離が近いというか…昨日、ことはにも言われたの。『アンタは人との距離感が分からない、距離を詰める相手と、取る相手をちゃんと考えろ』って…。私、意味分かんなくて…」
「んー、確かに」
そう納得されると、意味が未だに分かってないのは自分だけだと言われているようで落ち込む。
「どうしたら良いと思う?私が距離感掴めない子だから皆も、距離近くなるのかな?」
かなり真剣に訊いた私に、少し驚いたように目を見開く椿ちゃん。でもすぐに、手を口へ当てるとクスクスと笑い出す。
「ちょっ…酷い、私真面目に相談してるのに…」
むーっと軽く睨みつけるも、「あー、ごめんごめん」とそれでも笑いを止められず肩を震わせる椿ちゃん。それでもひとしきり笑いが治まると真っ直ぐ私を見て、ゆっくりと話し始める。
「人との距離が近いのは私は悪い事じゃないと思うわ。万里はそのままで良いのよ。それで向こうが距離を近くしてきて、嫌だったらちゃんと拒否して距離を取ればいい。もし嫌じゃなくて、それ以上に仲良くなりたいと思うなら、ちゃんと向き合って、考えて相手に伝えれば良いわ。ね?」
「……このままで良い?」
「えぇ、万里はそのままで大丈夫。そんなあなただから、私は万里が好きだわ」
『好き』と言って貰えればやっぱり嬉しくて、そのままで良いと言われ安心した。ちょっとだけもやもやも晴れた気がして、そんな言葉をくれた椿ちゃんへ心から感謝を言葉にする。
「ありがとう、椿ちゃん。やっぱり椿ちゃんは優しいお姉ちゃんだね」
「ふふふっ、そういう万里は可愛い妹だわ。そう言えば、昨日は万里も大変だったんでしょう?怖くなかった?」
「うん。大丈夫…ちゃんと新しい友達も出来たんだよー。条君と丁子君。最初は怖かったけど、最後は友達になれたんだ」
そう言うと椿ちゃんはちょっとだけ複雑な顔をしたけど、直ぐに肩を竦めて仕方ないと言った感じで言葉を零す。
「………そう、まぁ…梅もその子達も苦労するわね……」
「え?何が?」
言葉の意味が分からず、訊き返すも答えてくれる気はなさそうで…代わりに「そう、じゃ昨日の事詳しくおしえてくれる?」と訊き返されたから「うん」と希望あった事を順を追って話していく。
椿ちゃんは聞き上手で、話し上手。
それから一時間程、近況を交えながら楽しくお喋りをしたのだった。