「彼女」が「彼」になった理由
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こんな女子供な外見の私にどう接して良いのか分からないという風な皆。中々言う事を聞いてくれない態度に多少イラっとしていると、一兄ぃが笑いながら言った。
「おい、お前ら。如月の言う通りこっち来い。こう言い出したら意地でも引かないからな、こいつ」
そう言いながらステージの端に足を下ろして腰掛ける一兄ぃ。
「そうだな…」
そう言って一番最初にステージへ来てくれた登馬君。一兄ぃに言われて素直に従う京太郎君。
「ほら桜君、僕達も行こうか?」
そう言って、桜君を連れてきてくれた蘇枋君。
「何かピンクちゃんが仕切ってるけど…俺らも座るか、丁子」
そう言いながら、頭取君を連れてきた十亀君。
「佐狐、お前もこっち来い」
ステージ右端に居た佐狐君を登馬君が呼んでくれて。
「あぁ、僕ちゃん達も来ないと如月君が怒り出しそうだよ?」
と蘇枋君がステージ左端の二人を呼んでくれた。
座った皆を見下ろして、タイマン勝負順に前に移動する。
まずは、一番最初にやられた有馬君。
京太郎君にやられた傷より、後で十亀君に殴られた傷の方が重症だけど…周りについて鼻血とかはウェットティッシュで拭き取っていき、擦り傷には消毒してガーゼを当てたり、小さい傷には絆創膏、打撲にはシップやサロンパス。手早く処置していく。
「何で俺達まで…」
「だって、獅子頭連はボウフウリンの友達になったって言ったから。友達なら皆手当しないとね」
そう言ったら黙った。
「はい、取敢えず終わり。えっ…と、有馬君?もう、関係のない自分より弱い子を追いまわしたりしないでね。
お疲れ様」
次は京太郎君。
見た所はほっぺたの打撲だけ。小さく湿布を切って当てておいた。
「京太郎君、君が強くて頑丈なのは知ってるけど…殴られるのわかってるならちゃんと防御しようね?はい、お疲れ様」
次は鹿沼君。
こっちも蘇枋君にやられたというよりは、十亀君に殴られた傷の方が多いなぁ…同じように血を拭き取って傷の処置。
「鹿沼君も、弱い物苛めはダメだよ。だけど、有馬君に対しての態度はちゃんと思いやりが出来てて良かったと思う。今度からは、チーム皆にもその思いやりがだせますように。お疲れ様」
次は蘇枋君。
んー……うん、ケガしてないね。ってか、汗すらかいてない…。
「うん。サラサラして涼しそうだね、蘇枋君は…」
何もする事なくそう笑いながらい言うと「汗はかきにくい体質なんだ」と言われた。うん、そういう問題じゃないと思うけど…。
「蘇枋君が強いのはよく分かった。ちょっと本気の蘇枋君を見たくなったかな。あ、手合わせの約束忘れないでね。これから宜しくね。お疲れ様」
次は佐狐君。
確か、お腹も殴られてたよね?どっちかっていうと打撲が多い。
「お腹、殴られてたけど…湿布貼っておく?」
「いや、いい」
それだけ言うとまた黙る佐狐君。うん、話下手かな?
「じゃ、ちゃんとお腹は自分で何とかして。佐狐君は登馬君の後輩なのかな?色々あったみたいだし、僕が口出せる事でもないけど、登馬君はきっと中学の頃から何も変わってないと思うよ、今日喧嘩した事で君の誤解が解けたら嬉しいな。はい、お疲れ様でした」
次は登馬君。
取り敢えず血は拭き取って、打撲には湿布を貼っていく。後は手の甲の殴る時に当たる骨の部分。皮が擦り剝けて、痛々しい。でも、ここに包帯巻くと色々邪魔かな?と思い、傷を生理食塩水で洗った後、化膿止めの軟膏を薄く塗りつけておく。
「登馬君、やっぱり強い。流石四天王って言われる喧嘩だった。凄く尊敬出来る先輩です。これからも無茶せずに、一兄ぃと風鈴を支えて下さい。お疲れさまでした」
「おう、ありがとな」
次は十亀君。
十亀君も、流血沢山だし、取り敢えず血を拭う事から始める。そんな私の手を握られる。でもそれはとても優しくて。
「…ごめんね、脅すような事して…ピンクちゃん」
昨日や朝とは全く違う雰囲気。優し気な態度に少し驚くも、にっこり笑いかけた。
「うん、ホント朝までは本当にあの顔、気持ち悪くて怖かった…でも、今は大丈夫。それに時々見せてた苦しそうな表情も無くなったみたいで良かった」
握られた手を開放してもらうと、手早く擦り傷と打撲、拳の傷へ薬を塗っていく。
「十亀君、これからは獅子頭連の副頭取として、兎耳山君と一緒にチームを盛り上げていって下さい。今の十亀君ならきっと大丈夫。お疲れ様でした。あ、後、僕はピンクちゃんじゃなくて、如月です」
そう笑うと、びっくりしたような顔した後、ふわりと笑ってくれた。
次は桜君。
十亀君同様、酷い打撲と擦傷と流血。それらを処置しながら話掛ける。
「桜君、君がとっても強いっていうのは分かった。真っ直ぐで、素直で、優しい事も。でも、自分から敵を作らない様にね。今日は本当にお疲れ様」
「なっ!」と反論しようとしたけど、耳まで真っ赤になってて可愛い。
「これから宜しくね」
「……あぁ…」真っ赤になってそっぽ向いた顔でそんな返事が返ってきた。
次は兎耳山君。
兎耳山君も血だらけだ。それを拭いながら傷の手当をしていくと、「ありがとう」ってにっこり笑って言ってくれた。「どういたしまして」と言いながら、手を取って赤く擦り剝けた部分に軟膏を塗っていく。
「兎耳山君は…今日の事でひょっとしたら辛い事もあるかもしれない。僕なんかに言われたくはないかもだけど…でも、大丈夫。最初逢った時はすごくない物ねだりしてる子供みたいな顔してたけど…今はそんな笑顔が自然と出てる。きっとチームの皆も分かってくれると思う。君の笑顔は凄く太陽みたいだから…これからはチームの皆の顔をちゃんと見て楽しく笑って下さい、そしたらきっと楽しくて、自由だって感じれると思う。お疲れ様」
「…うん、そうなったら良いな。ありがと、如月ちゃん」
最後は一兄ぃ。
うーん、この10人の中では一番酷いケガ…特に首齧られたトコからはまだ血が出ている。
「一兄ぃ、きっと沁みるよ?でもちゃんと消毒しないとだから…」
そう言いながら傷より下へタオルを当てると、喉元の傷へ消毒液をぶっかけた。声にならない息を一瞬詰まらせるように吐き出すけど、そんな事に構わず重点的に消毒をする。大きなカーゼに化膿止め用の軟膏を塗って傷へと押し当てる。「ちょっと、このまま押さえてて」と言ってカバンから包帯を取り出すとくるくると首元へ巻いていく。最後をテープで止めると、次は血だらけの顔…ウェットティッシュじゃ間に合わないと思い、ペットボトルの水でタオルを濡らすとそっと拭いていく。後はは細かい傷へ薬を塗ったり、絆創膏貼ったり…。
最後に手へ軟膏を塗る。昔から一兄ぃの手当するのはことはと私の役目。でも今日みたいな血だらけのケガをされると、自分の事のように痛い…。
「一兄ぃ…一兄ぃが強いのは知ってるし、てっぺんとしてどういう行動が正しいとか…そういうのも分かるし、何より一兄ぃは負けないって信じてる。だけど、ちょっとだけは思い出して。一兄ぃが大事に思ってくれるように、一兄ぃが傷ついて、怪我したら僕やことはも痛いんだって事。だから…出来る限りケガ…しないで欲しい…って思うよ。……でも、今日はお疲れ様」
そう言いながら少しだけぼやけた視界で、一兄ぃに笑いかける。
「あぁ、そうだな…ちゃんと覚えとくよ」
そう笑いながらまた頭を撫でられた。やっぱり子供扱いする…「もう…」と言いながら、やっぱり悪い気はしないから困る。
全員の手当が終わった所で改めて立ち上がると、皆を見渡して深くお辞儀をした。
「皆、手当させてくれてありがとう。生意気な事言って気分を害してたらごめんなさい」
そう言って笑ってみる。皆一瞬ポカンとした表情になるものの、クスッと笑い最初の言葉を発したのは蘇枋君だった。
「んー…それは、ふつうは反対でしょ?面白い事言うね、如月くんは」
「確かに…俺達の方こそ、手当してくれてありがとう…って言わなきゃな」
蘇枋君に合わせるように、十亀君が言う。
「ううん、だって、普段だったらどうせ碌に手当しないままだろ?君達は。ただ、今日の事を思い出してくれるなら…皆にもちゃんと心配してくれる人が居るって事を思い出して欲しいなって思って。喧嘩する以上ケガは避けれないものだけど…それでもやっぱりケガなんて少ない方が良いからね。だから、喧嘩も程々に…ね?……あー…何か、何言ってんだろう…とにかく何か伝わるものがあれば良いと…思っただけ…」
必死過ぎて、途中から何を言って良いか分からず誤魔化すように笑ってみた。
「よし、じゃあ当初の予定通り食い物買いにいくかっ!」
一兄ぃの言葉で、皆が次の行動に移ろうとその場を立ち上がる。
「あ、先に行って貰っていい?此処片付けたら、すぐに追いつくね」
そう言うと私は手当に使ったモノをカバンに仕舞い、出たゴミを手早くビニール袋へ纏める。ゴミ箱はなさそうだし…持って帰らないとな…そう思いながら後始末していく。
「手伝うよ」
その言葉に顔を上げると、蘇枋君が私とは反対側からゴミの始末をしてくれていた。
「え?先に皆と行っててくれて良かったのに…」
「二人でやった方が早く片付くだろう?」
「……ありがとう、蘇枋君」
にっこりと笑って至極当然な事を言われれば、素直に感謝を述べるしかなくて…。二人でやった分随分早く終わった。
「終わったね、じゃあ、行こうか?」
最後のゴミ袋をカバンへ放り込んで、片付け終了。蘇枋君に促されて、映画館を出る。
「そう言えば、随分手当しなれている感じだったね?」
「まぁ、そうだね。今はそうでもないけど…2年前迄は一兄ぃ毎日のようにケガして帰って来てて、いつも手当するのは僕とことはだったから。それで慣れたのかも…」
「そうなんだ…『僕』ね…ねぇ、如月くん、昨日俺が訊いた事覚えてる?」
ん?何だろう。何か含みのある言い方に首を傾げる。
「如月くんと前にも逢った事ある?って訊いたんだけど…」
「あぁ…訊かれたねー」
「本当は逢った事あるよね?まぁ、その時は今とは随分違う格好してたけど…?」
―――ドクンと心臓が跳ねた。……本当にあの時の事なんか覚えて…る?
「……本当に、覚えてる…の?」
つい声に出してしまう。蘇枋君を見ると、今日のタイマンの時の様な、いや何かを探るような瞳で此方を真っ直ぐ見据えていた。でも、私の言葉にいつもの笑顔に戻ると悪戯っ子のように言った。
「あれー、やっぱり俺達逢った事あるんだね。じゃあ、その時は如月くんは女の子の恰好だったのかな?」
……やられた…誘導尋問だ……!咄嗟に口許を隠したけど、言った言葉は取り消せる分けもなく、そう気づいた時には後の祭りで…
「………な、何の事かな…?」
出てきた言葉はそれだけで、蘇枋君の視線から逃れるように顔を逸らした。
「嘘が下手だね、如月さんは」
すでに『くん』から『さん』呼びになっていて、いつの間にか近付いてきていた蘇枋君の声が耳元で響く。
咄嗟に片手で耳を塞いで声の方へ振り向けば、そこには楽し気にでも見据えるような瞳が間近にあって…一気に顔が熱くなるのが分かった。
「おや、リンゴになった」
そう笑顔に戻るとまた最初の距離を保つ蘇枋君。
「……っ……煩いっ…!
「で、何でそんな恰好で風鈴へ?」
――――――――あぁ、昨日からこの質問2回目だなぁ…と思いつつも、仕方なく答える。
「昔から風鈴に通いたかったの。でも男子校には女として通えないから…」
「そうなんだね」
「あ、あの。まだ他の皆には黙ってて貰えないかな?お願い、します」
……このやり取りも2回目だ…と思いつつ、手を合わせてお願いする。
「うーん…どうしようか?」
ワザとらしく考える振りをする蘇枋君に、「私で出来る事なら何でもするから」と言ったらすぐに提案が返ってきた。
「じゃ、俺の事も名前で呼んでくれる?」
「……へ?名前って、隼飛…くん?」
「そうそう。如月さん、昔からの馴染みの人は全員名前で呼んでるみたいだし…柊さんとか、杉下くんも…どうしてかな?って」
「あ―――…それは、前にね、名前って言うのは親から貰える一番最初の特別ばプレゼントだって言われた事があって。どうせその人の事を呼ぶのなら、そんな大切な名前の方で呼んで親しくなりたいなって思ったの…勿論、本人の了承得た後でね」
そう言うと一瞬目を瞬く隼飛君。すぐに口許に笑みを称える。
「そうなんだ…如月さんは不思議な事を言う子だね…うん、実に興味深いよ」
「…え?何か、私変な事言ってる…?」
言葉の意味が分からなくて、首を傾げて訊き返す。
「いやいや、何でもない。所で如月さんの名前は何ていうのかな?」
「…万里……如月 万里だよ…」
「万里ちゃんだね。可愛い名前だ」
「あ、でも皆の前では『如月くん』だからね?隼飛君。」
人差し指を立てて、念押しする。
「分かったよ、如月くん」
そんな話をしながら外を歩いていたら、遠くから私たちを呼ぶ声。振り向くと何袋かの食べ物を手にした一兄ぃが手を振っていた。
「おーい、如月、蘇枋!向こうで打ち上げするぞー!」
「はーい」返事をしながら隼飛君を振り返る。
「行こう、隼飛君」
「かんぱーい!お疲れ~」
そんな一兄ぃの声で始まった打ち上げは、ビルの屋上の段ボールを広げた上で始まった。参加者は風鈴勢と兎耳山君と十亀君。ペットボトルのお茶を飲みながら、目の前には買いあさって来た飲み屋街のテイクアウトメニューが並ぶ。
各々が料理に手を付ける。私も何個か紙皿に取って頂く。うん、美味しい。
「よくこんな状況で食べられますね」「だね」っていう楡井君と隼飛君のやり取りを聞けば「俺はダイエット中なだけ」と答える声に質問した。
「ダイエット中だから、いつも食べないの?昨日も紅茶だけだったよな?」
「うーん、そうだね…」
何となく誤魔化すような隼飛君を不思議そうに見る。うん、相変わらず謎な人。本心を言わないよね、隼飛君は…そう思いながら手羽先にかぶりつく。
「美味しいのに」
勿体ないなーと思いながら食べていると、突然十亀君が謝りだした。それに続いて兎耳山君も同じように頭を下げる。
全部自分のせいだったと、真摯に謝る二人に一兄ぃは決断を桜君に委ねた。
ちょっとだけ悩んだ桜君は意を決したように十亀君を指差して叫んだ。
「絶対かっけぇ奴になりやがれ!ダッセェ事二度とするな!いいなっ!?」
「…約束する」
そのやり取りで、一兄ぃがこの短かった諍いの終わりを告げた。
その後、兎耳山君の質問に答える一兄ぃ。
今楽しいことと、てっぺんな事とは関係ない。兎耳山君も楽しいことが本当は最初からあって、それが無くなる前に気付けて良かった…て。そう本当に良かったって思って兎耳山君を見る一兄ぃの瞳がすごく優しいのが印象に残った。
一兄ぃは本当に優しくて、大きな人だ…。誰でも包み込んでしまえるくらいの心の大きな人。だから、こんなに人に慕われてる…。そして、慕われた分だけ絶対に負けない…そう周りが信じられる人。
私を救い出してくれたように…その言葉はちゃんと兎耳山君と十亀君にも届いた。
その場に寝転がって、自分の拳を見つめながら負けたという兎耳山君。
「梅ちゃんは何もかも背負ってるんだね…あーあ、俺の拳は軽いわけだ。…勝てっこないや…」
そう言って腕で瞳を覆い隠す兎耳山君。
そんな姿や、今までの言動全て、今までの自分への後悔と同時にこれからちゃんと変わっていこうとしているのが痛い程伝わってきた。それを見ていたら、自然と言葉が出てきた。
「……人間は過去に戻れない。だから過去を変える事は出来ない…それが例えどんな変えたいって望む事でも。…でも、大丈夫。今こうして過去を後悔して強く変わろうとしているなら…。変わろうってそう思った時から人は変わっていけると、僕は思うから…。だから、今の兎耳山君と十亀君なら絶対大丈だよ」
だからどうか自信を持って欲しい。そういう意味で言った言葉で、ね?っと笑いかけた。
そしたら兎耳山君や十亀君だけじゃなく、風鈴の皆からも視線を感じて…はっ、と我に返る。
「あ…ご、ごめんっ!また変な事言っちゃった…かも…聞き流してね…」
バツが悪くなって、頬をポリっと掻きながら俯く。うーん…沈黙が痛い…さっと聞き流しておしゃべりを再開して欲しいんだけど…。
「ううん、変な事なんてない。俺は今嬉しかったよー。ありがと、如月ちゃん!」
いつの間にか起き上がった兎耳山君が目の前に来てて、私の手をぎゅっと握りしめる。その笑顔は本当に明るくて、何か可愛くて。
つられて私も笑顔で「うん」って答えた。
帰り際、ぺちゃんこに潰れたサボテンのあんぱんを渡す一兄ぃ。冷静に突っ込む登馬君に心から同意した。
「じゃぁ、次はお前らもこっち来いよー」とその場を後にする一兄ぃ。皆の一番後ろから付いていく私。照れながらも十亀君へ手を振る桜君…本当、この子可愛いなぁ…そう思いながら心がほわッとする。
「…あ、待って…ピンクちゃん…じゃなくて如月」
小さな声で不意に呼び止められて立ち止まり、振り向く。十亀君が引き止めようと手を差し出した状態で2、3歩寄って来た。
何だろう?まだ何か用事でもあるのかな?と思い、首を傾げるも…「あ、あの…」と中々次の言葉が出てこない十亀君。
言いにくい事なんだろうか?と私からも近寄って十亀君を見上げる。
「どうしたの?何か用あった?」
そう訊くと、ぽつりぽつりと話出す。
「あ…今回の事、本当にごめんね…如月を怖がらせた…から」
本当にすまなそうに言ってくるから、何かどうしたら大丈夫だよって伝えられるか考えて、そっと十亀君の手を取った。胸の前でぎゅっと握る。
「さっきも謝って貰ったし、本当にもう気にしてない。それに、今の十亀君はもう全然怖くないし…ほら、こうやって手を握る事だって出来る…ね?」
そう言うと少しぼーっとしていた十亀君が、目を細めて笑う。
うん、十分伝わったかな?そう思い手を離そうとしたら、逆にその大きな手で包まれる。
「…えっと……十亀君?」
怖くないと言った手前、振り払う事なんて出来ず、対応に困る。どうしたら…?
「…条…俺、十亀 条っていうんだ」
「……うん……?」
意図が分からず、頷く事しか出来ない。
「俺は如月と友達になりたい…だから、名前で呼んで欲しい」
「ん?獅子頭連とボウフウリンはもう友達、だよ?」
「いや、だから個人的にもちゃんと友達になりたいんだ…ダメ?」
さっきまでのおどおどした感じでもなく、昨日までの威圧的でもない…軽く笑みを浮かべる表情も怖いとか気持ち悪いとかもなく、ただ友達になりたいと笑う十亀君。
まぁ、もう友達なんだし、改めてそう言われると照れるな…とか思いながら、笑い返す。
「うん、分かった。じゃぁ、条君だね。これからヨロシク」
そう言うとやっと手を開放してくれた。その横で、兎耳山君が今度は私の手を取る。
「えーー!じゃあ、俺も俺も!俺の事も名前で呼んでよ、如月ちゃんっ、ね?」
そう言って子供みたいに眩しい笑顔を見せられたら、私に断る事なんて出来ない…う、可愛い…。
「うん、じゃぁ丁子君だね。丁子君もヨロシク」
「うんっ!あ、じゃあ、友達なんだから連絡先交換しようよー」
そう言ってスマホを取り出す丁子君に、素直に私もスマホを取り出した。メッセージアプリを開いて、友達登録。
いつの間にか条君もスマホを持っていたので、同じように連絡先交換。
「何か困った事があったら言ってねー。もう友達なんだから」
そう言ってくれる丁子君にお礼を言う。
「うん、ありがとう」
「連絡するから、今度は普通にこっちに遊びにきて」
そう言う条君の言葉に、「分かった」と頷いた。その時、後ろから伸びてきた手に肩を抱かれて引き寄せられ、態勢を崩す。
「え…ちょっ…!」
でも倒れる事はなく、私の肩は一兄ぃにがっちりと引き寄せられていた。
「ダメだろ?如月。兄ちゃんの傍から離れるなって言ったのに。十亀、兎耳山…遊びに誘ってくれた時は、まだ皆で遊びに来るな」
笑顔で言ってるハズなんだけど…何か声が怖い…。何でこんな怒ってるんだろう?訳が分からず、一兄ぃを見上げる。
「ホント、如月くんは、危なっかしいよね」
すぐ隣から隼飛君の声も聴こえ、そっちへ振り返ると口許へ手を当てて笑ってるのに、何か目が怖い…。
え、こっちも?…何で?
「え…と、別に今危ない状況でも何でもなかったよね?」
「うん、そっか。如月くんはそういう子なんだね。覚えとくよ」
「………?」
やっぱり訳が分かんないまま、首を傾げる。そんな状況で後ろからゴホッと咳払い。登馬君が何とも言えない顔で私達を眺めて溜息をついた。
「ほら、お前ら行くぞ」
「おう、そうだな…さ、帰るぞ、如月」
そう言いながら肩を抱いたままで歩き出す一兄ぃに逆らう事も出来ず、呆然と見守る二人に手を振ると挨拶だけして一緒に歩き出す。
「じゃ、またね。条君、丁子君」
高架を潜った辺りで、いい加減恥ずかしくなり私から離れない一兄ぃの腕をポンポン叩く。
「ほら、一兄ぃ、いい加減離して」
「お、悪い悪い」
そう言ってやっと自由にされた。
「あ、そういえば、笹城君まだポトスに居るかも」
「笹城が?」
「今日行く前にことはの所寄ったんだけど、その時笹城君が待たせて欲しいって来たんだよ。彼すっごく責任感じてるみたいだから…だから早く帰ってあげないと」
そう言うと、「じゃ、少し急ぐか」そう言って、帰りの足を早めた。
「おい、お前ら。如月の言う通りこっち来い。こう言い出したら意地でも引かないからな、こいつ」
そう言いながらステージの端に足を下ろして腰掛ける一兄ぃ。
「そうだな…」
そう言って一番最初にステージへ来てくれた登馬君。一兄ぃに言われて素直に従う京太郎君。
「ほら桜君、僕達も行こうか?」
そう言って、桜君を連れてきてくれた蘇枋君。
「何かピンクちゃんが仕切ってるけど…俺らも座るか、丁子」
そう言いながら、頭取君を連れてきた十亀君。
「佐狐、お前もこっち来い」
ステージ右端に居た佐狐君を登馬君が呼んでくれて。
「あぁ、僕ちゃん達も来ないと如月君が怒り出しそうだよ?」
と蘇枋君がステージ左端の二人を呼んでくれた。
座った皆を見下ろして、タイマン勝負順に前に移動する。
まずは、一番最初にやられた有馬君。
京太郎君にやられた傷より、後で十亀君に殴られた傷の方が重症だけど…周りについて鼻血とかはウェットティッシュで拭き取っていき、擦り傷には消毒してガーゼを当てたり、小さい傷には絆創膏、打撲にはシップやサロンパス。手早く処置していく。
「何で俺達まで…」
「だって、獅子頭連はボウフウリンの友達になったって言ったから。友達なら皆手当しないとね」
そう言ったら黙った。
「はい、取敢えず終わり。えっ…と、有馬君?もう、関係のない自分より弱い子を追いまわしたりしないでね。
お疲れ様」
次は京太郎君。
見た所はほっぺたの打撲だけ。小さく湿布を切って当てておいた。
「京太郎君、君が強くて頑丈なのは知ってるけど…殴られるのわかってるならちゃんと防御しようね?はい、お疲れ様」
次は鹿沼君。
こっちも蘇枋君にやられたというよりは、十亀君に殴られた傷の方が多いなぁ…同じように血を拭き取って傷の処置。
「鹿沼君も、弱い物苛めはダメだよ。だけど、有馬君に対しての態度はちゃんと思いやりが出来てて良かったと思う。今度からは、チーム皆にもその思いやりがだせますように。お疲れ様」
次は蘇枋君。
んー……うん、ケガしてないね。ってか、汗すらかいてない…。
「うん。サラサラして涼しそうだね、蘇枋君は…」
何もする事なくそう笑いながらい言うと「汗はかきにくい体質なんだ」と言われた。うん、そういう問題じゃないと思うけど…。
「蘇枋君が強いのはよく分かった。ちょっと本気の蘇枋君を見たくなったかな。あ、手合わせの約束忘れないでね。これから宜しくね。お疲れ様」
次は佐狐君。
確か、お腹も殴られてたよね?どっちかっていうと打撲が多い。
「お腹、殴られてたけど…湿布貼っておく?」
「いや、いい」
それだけ言うとまた黙る佐狐君。うん、話下手かな?
「じゃ、ちゃんとお腹は自分で何とかして。佐狐君は登馬君の後輩なのかな?色々あったみたいだし、僕が口出せる事でもないけど、登馬君はきっと中学の頃から何も変わってないと思うよ、今日喧嘩した事で君の誤解が解けたら嬉しいな。はい、お疲れ様でした」
次は登馬君。
取り敢えず血は拭き取って、打撲には湿布を貼っていく。後は手の甲の殴る時に当たる骨の部分。皮が擦り剝けて、痛々しい。でも、ここに包帯巻くと色々邪魔かな?と思い、傷を生理食塩水で洗った後、化膿止めの軟膏を薄く塗りつけておく。
「登馬君、やっぱり強い。流石四天王って言われる喧嘩だった。凄く尊敬出来る先輩です。これからも無茶せずに、一兄ぃと風鈴を支えて下さい。お疲れさまでした」
「おう、ありがとな」
次は十亀君。
十亀君も、流血沢山だし、取り敢えず血を拭う事から始める。そんな私の手を握られる。でもそれはとても優しくて。
「…ごめんね、脅すような事して…ピンクちゃん」
昨日や朝とは全く違う雰囲気。優し気な態度に少し驚くも、にっこり笑いかけた。
「うん、ホント朝までは本当にあの顔、気持ち悪くて怖かった…でも、今は大丈夫。それに時々見せてた苦しそうな表情も無くなったみたいで良かった」
握られた手を開放してもらうと、手早く擦り傷と打撲、拳の傷へ薬を塗っていく。
「十亀君、これからは獅子頭連の副頭取として、兎耳山君と一緒にチームを盛り上げていって下さい。今の十亀君ならきっと大丈夫。お疲れ様でした。あ、後、僕はピンクちゃんじゃなくて、如月です」
そう笑うと、びっくりしたような顔した後、ふわりと笑ってくれた。
次は桜君。
十亀君同様、酷い打撲と擦傷と流血。それらを処置しながら話掛ける。
「桜君、君がとっても強いっていうのは分かった。真っ直ぐで、素直で、優しい事も。でも、自分から敵を作らない様にね。今日は本当にお疲れ様」
「なっ!」と反論しようとしたけど、耳まで真っ赤になってて可愛い。
「これから宜しくね」
「……あぁ…」真っ赤になってそっぽ向いた顔でそんな返事が返ってきた。
次は兎耳山君。
兎耳山君も血だらけだ。それを拭いながら傷の手当をしていくと、「ありがとう」ってにっこり笑って言ってくれた。「どういたしまして」と言いながら、手を取って赤く擦り剝けた部分に軟膏を塗っていく。
「兎耳山君は…今日の事でひょっとしたら辛い事もあるかもしれない。僕なんかに言われたくはないかもだけど…でも、大丈夫。最初逢った時はすごくない物ねだりしてる子供みたいな顔してたけど…今はそんな笑顔が自然と出てる。きっとチームの皆も分かってくれると思う。君の笑顔は凄く太陽みたいだから…これからはチームの皆の顔をちゃんと見て楽しく笑って下さい、そしたらきっと楽しくて、自由だって感じれると思う。お疲れ様」
「…うん、そうなったら良いな。ありがと、如月ちゃん」
最後は一兄ぃ。
うーん、この10人の中では一番酷いケガ…特に首齧られたトコからはまだ血が出ている。
「一兄ぃ、きっと沁みるよ?でもちゃんと消毒しないとだから…」
そう言いながら傷より下へタオルを当てると、喉元の傷へ消毒液をぶっかけた。声にならない息を一瞬詰まらせるように吐き出すけど、そんな事に構わず重点的に消毒をする。大きなカーゼに化膿止め用の軟膏を塗って傷へと押し当てる。「ちょっと、このまま押さえてて」と言ってカバンから包帯を取り出すとくるくると首元へ巻いていく。最後をテープで止めると、次は血だらけの顔…ウェットティッシュじゃ間に合わないと思い、ペットボトルの水でタオルを濡らすとそっと拭いていく。後はは細かい傷へ薬を塗ったり、絆創膏貼ったり…。
最後に手へ軟膏を塗る。昔から一兄ぃの手当するのはことはと私の役目。でも今日みたいな血だらけのケガをされると、自分の事のように痛い…。
「一兄ぃ…一兄ぃが強いのは知ってるし、てっぺんとしてどういう行動が正しいとか…そういうのも分かるし、何より一兄ぃは負けないって信じてる。だけど、ちょっとだけは思い出して。一兄ぃが大事に思ってくれるように、一兄ぃが傷ついて、怪我したら僕やことはも痛いんだって事。だから…出来る限りケガ…しないで欲しい…って思うよ。……でも、今日はお疲れ様」
そう言いながら少しだけぼやけた視界で、一兄ぃに笑いかける。
「あぁ、そうだな…ちゃんと覚えとくよ」
そう笑いながらまた頭を撫でられた。やっぱり子供扱いする…「もう…」と言いながら、やっぱり悪い気はしないから困る。
全員の手当が終わった所で改めて立ち上がると、皆を見渡して深くお辞儀をした。
「皆、手当させてくれてありがとう。生意気な事言って気分を害してたらごめんなさい」
そう言って笑ってみる。皆一瞬ポカンとした表情になるものの、クスッと笑い最初の言葉を発したのは蘇枋君だった。
「んー…それは、ふつうは反対でしょ?面白い事言うね、如月くんは」
「確かに…俺達の方こそ、手当してくれてありがとう…って言わなきゃな」
蘇枋君に合わせるように、十亀君が言う。
「ううん、だって、普段だったらどうせ碌に手当しないままだろ?君達は。ただ、今日の事を思い出してくれるなら…皆にもちゃんと心配してくれる人が居るって事を思い出して欲しいなって思って。喧嘩する以上ケガは避けれないものだけど…それでもやっぱりケガなんて少ない方が良いからね。だから、喧嘩も程々に…ね?……あー…何か、何言ってんだろう…とにかく何か伝わるものがあれば良いと…思っただけ…」
必死過ぎて、途中から何を言って良いか分からず誤魔化すように笑ってみた。
「よし、じゃあ当初の予定通り食い物買いにいくかっ!」
一兄ぃの言葉で、皆が次の行動に移ろうとその場を立ち上がる。
「あ、先に行って貰っていい?此処片付けたら、すぐに追いつくね」
そう言うと私は手当に使ったモノをカバンに仕舞い、出たゴミを手早くビニール袋へ纏める。ゴミ箱はなさそうだし…持って帰らないとな…そう思いながら後始末していく。
「手伝うよ」
その言葉に顔を上げると、蘇枋君が私とは反対側からゴミの始末をしてくれていた。
「え?先に皆と行っててくれて良かったのに…」
「二人でやった方が早く片付くだろう?」
「……ありがとう、蘇枋君」
にっこりと笑って至極当然な事を言われれば、素直に感謝を述べるしかなくて…。二人でやった分随分早く終わった。
「終わったね、じゃあ、行こうか?」
最後のゴミ袋をカバンへ放り込んで、片付け終了。蘇枋君に促されて、映画館を出る。
「そう言えば、随分手当しなれている感じだったね?」
「まぁ、そうだね。今はそうでもないけど…2年前迄は一兄ぃ毎日のようにケガして帰って来てて、いつも手当するのは僕とことはだったから。それで慣れたのかも…」
「そうなんだ…『僕』ね…ねぇ、如月くん、昨日俺が訊いた事覚えてる?」
ん?何だろう。何か含みのある言い方に首を傾げる。
「如月くんと前にも逢った事ある?って訊いたんだけど…」
「あぁ…訊かれたねー」
「本当は逢った事あるよね?まぁ、その時は今とは随分違う格好してたけど…?」
―――ドクンと心臓が跳ねた。……本当にあの時の事なんか覚えて…る?
「……本当に、覚えてる…の?」
つい声に出してしまう。蘇枋君を見ると、今日のタイマンの時の様な、いや何かを探るような瞳で此方を真っ直ぐ見据えていた。でも、私の言葉にいつもの笑顔に戻ると悪戯っ子のように言った。
「あれー、やっぱり俺達逢った事あるんだね。じゃあ、その時は如月くんは女の子の恰好だったのかな?」
……やられた…誘導尋問だ……!咄嗟に口許を隠したけど、言った言葉は取り消せる分けもなく、そう気づいた時には後の祭りで…
「………な、何の事かな…?」
出てきた言葉はそれだけで、蘇枋君の視線から逃れるように顔を逸らした。
「嘘が下手だね、如月さんは」
すでに『くん』から『さん』呼びになっていて、いつの間にか近付いてきていた蘇枋君の声が耳元で響く。
咄嗟に片手で耳を塞いで声の方へ振り向けば、そこには楽し気にでも見据えるような瞳が間近にあって…一気に顔が熱くなるのが分かった。
「おや、リンゴになった」
そう笑顔に戻るとまた最初の距離を保つ蘇枋君。
「……っ……煩いっ…!
「で、何でそんな恰好で風鈴へ?」
――――――――あぁ、昨日からこの質問2回目だなぁ…と思いつつも、仕方なく答える。
「昔から風鈴に通いたかったの。でも男子校には女として通えないから…」
「そうなんだね」
「あ、あの。まだ他の皆には黙ってて貰えないかな?お願い、します」
……このやり取りも2回目だ…と思いつつ、手を合わせてお願いする。
「うーん…どうしようか?」
ワザとらしく考える振りをする蘇枋君に、「私で出来る事なら何でもするから」と言ったらすぐに提案が返ってきた。
「じゃ、俺の事も名前で呼んでくれる?」
「……へ?名前って、隼飛…くん?」
「そうそう。如月さん、昔からの馴染みの人は全員名前で呼んでるみたいだし…柊さんとか、杉下くんも…どうしてかな?って」
「あ―――…それは、前にね、名前って言うのは親から貰える一番最初の特別ばプレゼントだって言われた事があって。どうせその人の事を呼ぶのなら、そんな大切な名前の方で呼んで親しくなりたいなって思ったの…勿論、本人の了承得た後でね」
そう言うと一瞬目を瞬く隼飛君。すぐに口許に笑みを称える。
「そうなんだ…如月さんは不思議な事を言う子だね…うん、実に興味深いよ」
「…え?何か、私変な事言ってる…?」
言葉の意味が分からなくて、首を傾げて訊き返す。
「いやいや、何でもない。所で如月さんの名前は何ていうのかな?」
「…万里……如月 万里だよ…」
「万里ちゃんだね。可愛い名前だ」
「あ、でも皆の前では『如月くん』だからね?隼飛君。」
人差し指を立てて、念押しする。
「分かったよ、如月くん」
そんな話をしながら外を歩いていたら、遠くから私たちを呼ぶ声。振り向くと何袋かの食べ物を手にした一兄ぃが手を振っていた。
「おーい、如月、蘇枋!向こうで打ち上げするぞー!」
「はーい」返事をしながら隼飛君を振り返る。
「行こう、隼飛君」
「かんぱーい!お疲れ~」
そんな一兄ぃの声で始まった打ち上げは、ビルの屋上の段ボールを広げた上で始まった。参加者は風鈴勢と兎耳山君と十亀君。ペットボトルのお茶を飲みながら、目の前には買いあさって来た飲み屋街のテイクアウトメニューが並ぶ。
各々が料理に手を付ける。私も何個か紙皿に取って頂く。うん、美味しい。
「よくこんな状況で食べられますね」「だね」っていう楡井君と隼飛君のやり取りを聞けば「俺はダイエット中なだけ」と答える声に質問した。
「ダイエット中だから、いつも食べないの?昨日も紅茶だけだったよな?」
「うーん、そうだね…」
何となく誤魔化すような隼飛君を不思議そうに見る。うん、相変わらず謎な人。本心を言わないよね、隼飛君は…そう思いながら手羽先にかぶりつく。
「美味しいのに」
勿体ないなーと思いながら食べていると、突然十亀君が謝りだした。それに続いて兎耳山君も同じように頭を下げる。
全部自分のせいだったと、真摯に謝る二人に一兄ぃは決断を桜君に委ねた。
ちょっとだけ悩んだ桜君は意を決したように十亀君を指差して叫んだ。
「絶対かっけぇ奴になりやがれ!ダッセェ事二度とするな!いいなっ!?」
「…約束する」
そのやり取りで、一兄ぃがこの短かった諍いの終わりを告げた。
その後、兎耳山君の質問に答える一兄ぃ。
今楽しいことと、てっぺんな事とは関係ない。兎耳山君も楽しいことが本当は最初からあって、それが無くなる前に気付けて良かった…て。そう本当に良かったって思って兎耳山君を見る一兄ぃの瞳がすごく優しいのが印象に残った。
一兄ぃは本当に優しくて、大きな人だ…。誰でも包み込んでしまえるくらいの心の大きな人。だから、こんなに人に慕われてる…。そして、慕われた分だけ絶対に負けない…そう周りが信じられる人。
私を救い出してくれたように…その言葉はちゃんと兎耳山君と十亀君にも届いた。
その場に寝転がって、自分の拳を見つめながら負けたという兎耳山君。
「梅ちゃんは何もかも背負ってるんだね…あーあ、俺の拳は軽いわけだ。…勝てっこないや…」
そう言って腕で瞳を覆い隠す兎耳山君。
そんな姿や、今までの言動全て、今までの自分への後悔と同時にこれからちゃんと変わっていこうとしているのが痛い程伝わってきた。それを見ていたら、自然と言葉が出てきた。
「……人間は過去に戻れない。だから過去を変える事は出来ない…それが例えどんな変えたいって望む事でも。…でも、大丈夫。今こうして過去を後悔して強く変わろうとしているなら…。変わろうってそう思った時から人は変わっていけると、僕は思うから…。だから、今の兎耳山君と十亀君なら絶対大丈だよ」
だからどうか自信を持って欲しい。そういう意味で言った言葉で、ね?っと笑いかけた。
そしたら兎耳山君や十亀君だけじゃなく、風鈴の皆からも視線を感じて…はっ、と我に返る。
「あ…ご、ごめんっ!また変な事言っちゃった…かも…聞き流してね…」
バツが悪くなって、頬をポリっと掻きながら俯く。うーん…沈黙が痛い…さっと聞き流しておしゃべりを再開して欲しいんだけど…。
「ううん、変な事なんてない。俺は今嬉しかったよー。ありがと、如月ちゃん!」
いつの間にか起き上がった兎耳山君が目の前に来てて、私の手をぎゅっと握りしめる。その笑顔は本当に明るくて、何か可愛くて。
つられて私も笑顔で「うん」って答えた。
帰り際、ぺちゃんこに潰れたサボテンのあんぱんを渡す一兄ぃ。冷静に突っ込む登馬君に心から同意した。
「じゃぁ、次はお前らもこっち来いよー」とその場を後にする一兄ぃ。皆の一番後ろから付いていく私。照れながらも十亀君へ手を振る桜君…本当、この子可愛いなぁ…そう思いながら心がほわッとする。
「…あ、待って…ピンクちゃん…じゃなくて如月」
小さな声で不意に呼び止められて立ち止まり、振り向く。十亀君が引き止めようと手を差し出した状態で2、3歩寄って来た。
何だろう?まだ何か用事でもあるのかな?と思い、首を傾げるも…「あ、あの…」と中々次の言葉が出てこない十亀君。
言いにくい事なんだろうか?と私からも近寄って十亀君を見上げる。
「どうしたの?何か用あった?」
そう訊くと、ぽつりぽつりと話出す。
「あ…今回の事、本当にごめんね…如月を怖がらせた…から」
本当にすまなそうに言ってくるから、何かどうしたら大丈夫だよって伝えられるか考えて、そっと十亀君の手を取った。胸の前でぎゅっと握る。
「さっきも謝って貰ったし、本当にもう気にしてない。それに、今の十亀君はもう全然怖くないし…ほら、こうやって手を握る事だって出来る…ね?」
そう言うと少しぼーっとしていた十亀君が、目を細めて笑う。
うん、十分伝わったかな?そう思い手を離そうとしたら、逆にその大きな手で包まれる。
「…えっと……十亀君?」
怖くないと言った手前、振り払う事なんて出来ず、対応に困る。どうしたら…?
「…条…俺、十亀 条っていうんだ」
「……うん……?」
意図が分からず、頷く事しか出来ない。
「俺は如月と友達になりたい…だから、名前で呼んで欲しい」
「ん?獅子頭連とボウフウリンはもう友達、だよ?」
「いや、だから個人的にもちゃんと友達になりたいんだ…ダメ?」
さっきまでのおどおどした感じでもなく、昨日までの威圧的でもない…軽く笑みを浮かべる表情も怖いとか気持ち悪いとかもなく、ただ友達になりたいと笑う十亀君。
まぁ、もう友達なんだし、改めてそう言われると照れるな…とか思いながら、笑い返す。
「うん、分かった。じゃぁ、条君だね。これからヨロシク」
そう言うとやっと手を開放してくれた。その横で、兎耳山君が今度は私の手を取る。
「えーー!じゃあ、俺も俺も!俺の事も名前で呼んでよ、如月ちゃんっ、ね?」
そう言って子供みたいに眩しい笑顔を見せられたら、私に断る事なんて出来ない…う、可愛い…。
「うん、じゃぁ丁子君だね。丁子君もヨロシク」
「うんっ!あ、じゃあ、友達なんだから連絡先交換しようよー」
そう言ってスマホを取り出す丁子君に、素直に私もスマホを取り出した。メッセージアプリを開いて、友達登録。
いつの間にか条君もスマホを持っていたので、同じように連絡先交換。
「何か困った事があったら言ってねー。もう友達なんだから」
そう言ってくれる丁子君にお礼を言う。
「うん、ありがとう」
「連絡するから、今度は普通にこっちに遊びにきて」
そう言う条君の言葉に、「分かった」と頷いた。その時、後ろから伸びてきた手に肩を抱かれて引き寄せられ、態勢を崩す。
「え…ちょっ…!」
でも倒れる事はなく、私の肩は一兄ぃにがっちりと引き寄せられていた。
「ダメだろ?如月。兄ちゃんの傍から離れるなって言ったのに。十亀、兎耳山…遊びに誘ってくれた時は、まだ皆で遊びに来るな」
笑顔で言ってるハズなんだけど…何か声が怖い…。何でこんな怒ってるんだろう?訳が分からず、一兄ぃを見上げる。
「ホント、如月くんは、危なっかしいよね」
すぐ隣から隼飛君の声も聴こえ、そっちへ振り返ると口許へ手を当てて笑ってるのに、何か目が怖い…。
え、こっちも?…何で?
「え…と、別に今危ない状況でも何でもなかったよね?」
「うん、そっか。如月くんはそういう子なんだね。覚えとくよ」
「………?」
やっぱり訳が分かんないまま、首を傾げる。そんな状況で後ろからゴホッと咳払い。登馬君が何とも言えない顔で私達を眺めて溜息をついた。
「ほら、お前ら行くぞ」
「おう、そうだな…さ、帰るぞ、如月」
そう言いながら肩を抱いたままで歩き出す一兄ぃに逆らう事も出来ず、呆然と見守る二人に手を振ると挨拶だけして一緒に歩き出す。
「じゃ、またね。条君、丁子君」
高架を潜った辺りで、いい加減恥ずかしくなり私から離れない一兄ぃの腕をポンポン叩く。
「ほら、一兄ぃ、いい加減離して」
「お、悪い悪い」
そう言ってやっと自由にされた。
「あ、そういえば、笹城君まだポトスに居るかも」
「笹城が?」
「今日行く前にことはの所寄ったんだけど、その時笹城君が待たせて欲しいって来たんだよ。彼すっごく責任感じてるみたいだから…だから早く帰ってあげないと」
そう言うと、「じゃ、少し急ぐか」そう言って、帰りの足を早めた。