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惚れた弱み


日付けも変わって時刻は午前0時過ぎ。リョータと彩子はお互いにたまの休みであるからと夜更かしをしていた。

特に観たいわけではないテレビ番組を流しながら、食べ終わって空っぽになったプリンの容器を机の上に置く。すると時折思い出したようにふと話をする。話をするとは言っても、たわいもない話ばかりなのだけれども、なんでもないこの時間が妙に楽しい。二人だけの時間が堪能できるわけだからそう感じるのも必然なのかもしれないけれど。


「アヤちゃんさ、まだ眠くないの?」
「私はまだ大丈夫よ。リョータこそ眠いの?」
「いーや、オレも全然大丈夫」

にっと口角をつりあげたリョータはちらりと時計に視線を向けた。いつの間にかもうすぐ0時半。そろそろお目当ての番組が始まるからだ。

リョータは机の上にあるテレビのリモコンに手を伸ばす。先程までは彩子と共に並んで背中を預けていたソファから少し腰を浮かしながら。前かがみになったリョータは机の上からリモコンを動かさずにチャンネルを替えた。すると何故か彩子までもがソファから腰を浮かして、リョータの手の上に重ねるようにしてリモコンに触れる。
突然の彩子のその行動にリョータは一瞬何が起きたのか分からなくなって、動くことも喋ることも出来なくなった。だけど次の瞬間にはハッとする。何故ならテレビから聞こえてきたのは、リョータが楽しみにしていたバラエティ番組のオープニングではなくて、最近流行りのアイドルが歌うドラマの主題歌だったからだ。

「……アヤちゃん、なんでチャンネル替えるんだよ」

ムッとした様子でリョータは呟いた。リョータ自身はこのドラマを観たくはないし、何よりも画面の向こうのアイドルに向かって彩子が熱視線を向けているのが面白くない。
リョータは真横を向くと彩子をじっと見つめた。自分の方を向いてくれない彩子の横顔もまた綺麗で可愛くて、好きで。その横顔にすら見惚れてしまうのは惚れた弱みというやつなのだろうか。

「ねぇ、アヤちゃんてば」

拗ねるように唇を尖らせたリョータがもう一度彩子の名前を呼ぶと、彩子の口元がふと緩んだ。

「このドラマ、毎週観てるのよ」
「知ってるよ。アイツがかっこいいとかなんとかなんだろ」

面白くないとでも言いたげなリョータは思いっきり不満を含んだ声音でぶっきらぼうにそう言うと、とあるアイドルが画面に映った瞬間に顎を上げて画面を指した。しかし彩子はというと「このアイドルがというよりは原作のこの人自体がかっこいいのよ」と口角を上げてリョータを視界に捕らえるのだから、リョータとしてはたまったものではない。分かっていたことだけれど、彩子が笑うと胸がキュッとなるから。

「……オレ、さっき入れたバラエティの方を観たいんだけど」

ふぅ、と息を吐くとリョータもまたテレビの方を向いて彩子に抗議した。出来るだけいつも通りに澄ました様子で。

「でもリョータ、あれは配信でいつでも観られるからって言ってなかった?」
「確かに言ったけど……」

彩子の視線は相変わらず画面から外れない。興味もない、なんなら彩子がかっこいいと言うから不愉快なこのドラマをいくら観ていたところで、リョータにとって何もいい事はない。
もう少し二人の時間を楽しみたかったけれど仕方ないし寝るか、そう溜息をついたリョータの視界の端にはテレビに赤いランプが点いているのが映った。あれは間違いない、録画ボタンだ。

「あー! アヤちゃんこのドラマ録ってるじゃん!」
「だから毎週観てるって言ったでしょ?」

突如として立ち上がったリョータに、彩子は全く動じない。リョータと出会ってもう何年経ったことか。こういう周りが驚いてしまうような、リョータの問題児と呼ばれる所以である行動にはとっくに慣れっこだった。だから気にならないしもうそれが当たり前で。

「じゃあオレが観たいの観てもよくない?」

すとんと再びソファに腰を落としたリョータは不満そうに呟いた。そんなリョータを横目に彩子は口を開く。

「私はあんまり好きじゃないのよ。あの番組の今日のゲストが」
「そっか」

ガクリと目に見えて肩を落としたリョータに、彩子の胸が痛む。でも、だから自分が観たいドラマをリョータに一緒に観てくれ、と頼むというのはよくよく考えると今更ながら自分勝手で。

「それじゃあもっと他の番組にしましょうか」
「他の番組?」
「ドラマでもバラエティでもないやつ。公平に」
「いいよ!」

リョータの表情に笑顔が戻る。リョータならいいと言ってくれるだろうという甘えはあったけれど、想像した通りに許して笑顔を見せてくれたリョータに彩子はほっと安堵する。リョータの笑顔を見る度になんだか嬉しくなるのは惚れた弱みなのだろうか。

「観たいのがあったら言ってね」
「りょーかい」

彩子はリモコンを手にするとチャンネルをコロコロと替えていき、その度にリョータに尋ねる。

「これは?」「テレビショッピング? 却下」「じゃあこっち?」「ドキュメンタリーは気分じゃないなぁ。アヤちゃんは?」「私も今はいらないわね」

次から次へとチャンネルを替えていく。とは言えもう深夜だ。それほど番組はやっていない。だからこれで最後ね、そう思いながら彩子がチャンネルを替えた。

すると、聞き慣れたドリブルをつく音とバッシュがきしむ音がする。スティールからの速攻に目を奪われる。パスが繋がって、ディフェンスを躱して、綺麗にシュートが吸い込まれた。

「おお、今の上手いじゃん」

リョータが目を輝かせながら呟いた。ミニバスの試合がやっていたのだ。
じっと画面に見入ったリョータを視界で捕らえてから、彩子も画面を見やった。これでいいのかとリョータには聞かずとも、この番組が一番いいに決まっている。

激しいディフェンスに丁寧なオフェンス。ミニバスだからと言って侮れないのはこの試合がどうやら県大会の決勝戦だからなのか、それとも自分たちがバスケを好きだからなのか。時折プレイや選手についての話をしながらも、どの番組よりも釘付けになっていた。


「アヤちゃん、バスケしたくなんねー?」
「まだ夜中よ」
「そりゃオレだって夜中にバスケするほどバカじゃねーよ! 明日の話!! バスケしよーよ、ボール持って公園でも行ってさ」
「そうね。私も身体を動かしたくなったわ」

にっと笑ったリョータにつられて、彩子も目を細める。

二人の時間だろうとなんだろうと結局バスケのことばかりを考えてしまうのは自分たちがバスケに惚れているからなのか、それともバスケが好きな相手に惚れているからなのか。

どちらにしてもきっとこれからも敵わないだろう惚れた弱みを愛おしく思いながら明日二人でバスケをしている姿を思い浮かべたらとてもとても楽しそうで楽しみで、やっぱり早くバスケがしたくなった。
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