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ファミレスにて


赤木先輩たちみんなと一緒に勉強会をしてからというもの、テスト前にはリョータと二人で勉強会をすることが恒例となった。ファミレスで図書館で教室で。リョータが勉強にやる気を見せているのだから付き合わないわけにもいかなくって。だけど最初はただ純粋にリョータに付き合っていただけのこの勉強会も、いつの間にか私にとっての楽しみに変わっていた。


「アヤちゃ~ん、ここ教えて」
「どこ?あぁ、それはね……」

今日も恒例のリョータとの勉強会。部活の後に少しだけファミレスで勉強することになったのだった。テーブルに教科書と問題集を広げて、ドリンクバーから好きな飲み物を持ってきて。そうして身の回りを快適に整えて勉強をしていたら、不意にコソコソと小さな声でリョータに名前を呼ばれた。
向かい合って座った席から身を乗り出して、リョータの問題集を覗き込む。すると開いてあったリョータの教科書を少し遡って該当する公式を指さした。

「これを使うの」

リョータにつられて何故か小声でコソコソと。するとやはり返ってくるリョータの声だって小さい。

「……てことは、…………こんな感じ?」
「そうそう。やっぱりリョータって勉強もやれば出来るじゃない」

お互いの声が小さいものだからその分、顔を近づけながら話す。そうして思ったことを素直に口にすれば、先程まではこちらを見ながら自慢げに笑っていたリョータが頬を赤く染めた。そんなリョータを見ていると、頬杖をついて視線を逸らし横を向いてからシャーペンの先を問題集にトントンと当てている。

黒い線が増えていく問題集を見ながら、リョータのことを見過ぎてしまったのかしら、と私も自分の問題集へと視線を戻したらリョータが口を開いた。

「それはアヤちゃんの教え方が上手いからだよ」

ポツリと呟いたその言葉を聞いて視線を上げるとやはりリョータの頬は赤かった。いや、頬どころか顔全体が。

「何よ。褒めても何も出ないわよ?」
「オレだって別に、そういうつもりで言ったんじゃねーもん」

唇を尖らせて呟いたリョータは私と目が合うと、ふっと吹き出して笑った。

「……というか、なんでオレたちさっきから小声で話してんの。ここファミレスだから静かにする必要ないだろ」
「リョータが小声だからでしょ」
「えーオレはアヤちゃんが」

リョータ、アヤちゃん、リョータ、アヤちゃん。

そうして言い合ってみてもお互いが譲ることはなくって。名前を呼ぶ度に白熱するからなのか、顔は再び近づいていく。

「……アヤちゃん」

……あ、これは。

アヤちゃん、そう私の名前を呼ぶと、じっと熱を帯びたリョータの瞳に捕らえられた。リョータの瞳に自分が映っているのが見えそうなくらいに顔はもう目の前で。額と額とでも鼻と鼻とでも、どこでもくっつけるのは容易な位置だった。ただここがファミレスでなければ、だけど。

「アヤちゃん。目ェつぶらないの?」
「つぶってほしいの?」
「……うん」
「バカね、こんな場所で」
「ごめんね。オレバカで」
「別に悪いとは言ってないわよ」

だって私もそのバカなことに付き合いたいと思ってしまうのだから。赤くなった顔で私を見つめるリョータに、ふふっと心の中で笑うと目をつぶる。そうしたらリョータが近づいてきたのがわかって、唇と唇とが触れた。一瞬でリョータは離れていったけれど、唇にリョータの熱が残る。


「……ねぇ、アヤちゃん。いつまでやるの?」
「いつまでって……。もうこんな時間!?」
「アヤちゃんめちゃくちゃ集中してたもんね」

頭の後ろで手を組んでいるリョータが自分のことのように嬉しそうに笑った。丸つけが終わった問題集と、おしぼりで作られたヒヨコ、それから空になったコップを見るにどうやら暇を持て余していたのだろう。

「リョータまで付き合わせちゃって悪いわね。そろそろ帰りましょうか」
「アヤちゃんがオレに付き合ってくれたんでしょ?オレが赤点取らないようにってさ。だから家まで送らせて」

にっと笑ったリョータが顔を覗き込んでくる。リョータはPGをやっているからなのか人の気持ちを察知することに長けているからずるい。今だってきっと私に気を遣ってそう言ってくれたのかもしれない。

リョータとの勉強会は楽しい。リョータに教えることで自分の理解だって高まるし、リョータとの距離だって縮まる。それは、私がリョータと勉強をするのが楽しいからで、リョータの点数が上がっていくのが自分のことのように嬉しいからで。正直今日のようなことは予想していなかったけれど、結果的にものすごくやる気が出たのだと思う。リョータがいたからこその今日のあのやる気だった。なんて、そんなことを言ったらリョータは一体どんな反応をするのだろうか。


「あ!アヤちゃん見て!月が綺麗だよ」
「……月は前から綺麗よ」

繋がれた手も、先程重なった唇も、同じ熱を帯びている。月明かりに照れされたリョータの横顔を見ながら、そう呟いた。
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