貴方がいて
「……やっぱり養豚は楽しいな」
豚の世話に精を出していたら千鶴がやって来て、一緒に昼飯を食べた。オレと千鶴と、それから豚しかいない養豚場で。
いつもの慌ただしさも最近の動乱も、何もかもを忘れてしまいそうになるくらいにその時間は平穏でゆったりと流れていた。
「平助くん。豚って触ってみても大丈夫……?」
おずおずと心配そうな表情をした千鶴が、オレの先にいる豚を見据えた。
「いいぜ。あんまり変なことしない限り怒らないからさ」
「へ、変なこと?」
「大きい声出したりちょっかいかけたりな」
豚の前にしゃがみ込むと千鶴に向かって手招きをして隣に呼ぶ。オレの隣に座る千鶴の姿を、膝の上で頬杖をつきながら目を細めて眺める。おずおずと豚に触れた千鶴は、一度触れてからは嬉しそうに豚を撫でている。その光景はやっぱり平穏で、平和だった。
「可愛いね、平助くん」
「そうだな。可愛い」
ふっと笑うと千鶴の頬がみるみるうちに赤く染まっていった。今の言葉を思い出すと、それにつられてオレの顔まで熱くなって、それから声を上げる。
「ぶ、豚がって意味だからな!?」
「う、うん。分かってるよ、可愛いもんね」
お互いにあたふたしながら手をバタバタと動かして。そうするとなんとなく千鶴のことが見られなくなったから横を向く。それでもやっぱり千鶴の様子が気になって、ちらり、と千鶴を横目で見ると手を団扇のように扇いでいた。ふぅ、と息を吐く千鶴の頬はまだ赤かった。千鶴にそんな顔をさせたのが自分なのだと思うと、なかったことにするのが惜しかった。
「……やっぱ今の嘘。千鶴が可愛い」
「……え、」
また更に千鶴の頬が赤く染まる。オレの顔もまた熱くなったけど、それでも千鶴に、にっ、と笑いかけると千鶴も眉を下げて恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう、平助くん」
「……おう」
さぁぁ、と風がオレたち二人の間を吹き抜ける。風はその辺の草木を揺らすだけでは飽き足らず、熱くなったオレの顔や首筋にも平等に向かってくる。幸いとでも言うべきか、今日は風が冷たいから顔や首筋だけではなく、頭もすぐに冷えた。
「千鶴、昼飯の後片付け手伝うよ」
すっ、と立ち上がると、千鶴の方に手を差し出す。重ねられた手を握って、ぐっ、と引っ張ると千鶴も立ち上がった。
「ごめんね、平助くん。ありがとう」
「オレが手伝いたいだけだから千鶴が気にすることはないけどな」
今みたいな平穏で平和なゆったりとした時間がずっと続けばいい。でもオレは、刀でしかこの国を、お前を守る術を持っていないから。
お前の笑顔を力に変えて今日も刀を握る。その先にお前が笑顔で暮らせる平穏で平和な時代が待っていると信じて──。