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猫とお洗濯物と平助くんと

畳んだお洗濯物を運べるぎりぎりの所まで、目線のすぐ下まで積み上げて廊下を歩いていたら、縁側で何やら胡座をかきながら背中を丸めて手元を動かしている平助くんを見つけた。
「平助くん、何してるの?」
ふと足を止めて平助くんの背中にそう投げかければ、ぱっとこちらに振り向いた平助くんが笑顔を見せた。
「千鶴! 今さ、こいつの、」
そうして平助くんは笑顔のまま話し始めた。すると次の瞬間、
「……って、ちょっと待った!!」
何かが平助くんの足の上から飛び出した。それは、すぐさま手を伸ばして掴もうとした平助くんに捕まることもなく、するりと私の足下をすり抜けた。
突然のことに、わぁっ! と声を上げて驚いた次の瞬間、積み上げてあったお洗濯物がぐらりと前に倒れかける。だから、そのお洗濯物に合わせて体を動かした私もまた、前へと体制が崩れかけた。
両手にはお洗濯物がいっぱいで。だけどせっかく綺麗になって気持ちよく乾いたお洗濯物だ。手を離すわけにはいかない。ということはこのまま床にぶつかるのだろう。なんて、こんな状況なのにやけに冷静に考えながら目をぎゅっと瞑って衝撃に備える。だけど私を待っていたのはそんな衝撃ではなく、床とはまた違う硬さのものにふわりと包まれたのだった。
そのことを不思議に思いながら恐る恐る目を開く。目の前にあるのは見覚えのある黄色と紫色。──平助くんの着物だ。
「ご、ごめんね! 平助くん」
それでようやくそこが平助くんの胸であったことを理解して慌てて離れる。私が倒れない様にとお洗濯物ごと受け止めてくれただろう。平助くんと目が合うと、心做しか頬を赤く染めた彼が心配そうに眉をひそめた。
「大丈夫だったか? 千鶴」
「う、うん。平助くんのおかげでお洗濯物も私も無事だよ」
「そっか。なら良かった」
ふっと平助くんが笑った。安心したように目を細めて。だけど私は平助くんのその瞳に捕らえられたのが何故だか恥ずかしくなってお洗濯物へと視線を落とした。
今日はよく晴れていてお洗濯物がすっきり乾いた。だからいつもよりも綺麗に畳めたような、そんな気がする。
そうして全然違うことを考えてみると、もういつも通りに平助くんと話せるようになった気がして顔を上げる。すると平助くんは前髪を掻きながら横を向いていた。そんな平助くんを見て思わず口角が上がる。
「ありがとう、平助くん。助けてくれて」
「別に礼を言われるようなことじゃないけどさ。でもどういたしまして?」
ははっと目を細めた平助くんは「これどこまで運ぶんだ?」と首を傾げながら、私が持っていたお洗濯物の半分をひょいっと手に取った。
「平助くん何かしてたところでしょ? 私一人で大丈夫だよ」
「あー、あれなぁ。猫がいたから撫でてたんだけど逃げらちゃったんだよな」
「さっきのって猫だったんだ」
「そう、猫。……ってかさ、よくよく考えると千鶴が倒れそうになったのってオレが撫でてた猫が原因なんだから、オレが千鶴に礼を言われるのはやっぱ変じゃん」
「でもそれって私が声を掛けたからなんだから平助くんは悪くないよ」
「そうか?」
「そうだよ」
お洗濯物を手に廊下を歩きながら、難しい問題でも解いているかのように平助くんは首を傾げて、うーんと唸る。そんな平助くんを見ていると、このやり取りが可笑しくて嬉しくて思わずふふっと声に出た。
「……もしかして千鶴、オレが馬鹿だと思って笑ってる?」
ぴたりと足を止めると、眉間に皺を寄せた平助くんにじっと睨まれる。
「そ、そういうわけじゃないよ!」
「本当に?」
「ほ、本当に!」
真っ直ぐに見つめられたことに何故だか緊張しながら私も真っ直ぐに見つめ返す。すると次の瞬間には平助くんは声を上げて笑い出した。
「あはは。なんてな」
「……へ、平助くんの意地悪! 揶揄ったの?」
「いや、そういうつもりはねーけど?」
そうは言いながらも平助くんは楽しそうで。唇に力を入れながら睨んでみたら「怒らせるつもりはなかったんだけどな。悪い、千鶴」と眉をひそめながらやっぱり笑う。お洗濯物を片手で持って、空いた方の手で私の頭をぽんぽんと撫でながら。

「で、これってどこまで運ぶんだっけ?」
ひとしきり笑った平助くんは私が持っていたお洗濯物をまたひょいっと手に取る。
「あっちの部屋、だよ」
平助くんの嬉しそうな笑顔と悪戯っぽい笑顔と優しい笑顔。
今のこの短い期間だけで平助くんの色々な笑顔を見ることが出来て、平助くんの優しさに救嬉しくなって。そう一言答える間だけでも、心臓がどきどきと音を立てていてうるさかった。
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