短編小説
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力を、強さを求める。
求め続けた先に一体何があるというのだろうか。
己の技を極限まで高めた者は、いかにして最期を飾るか思案するようになると聞いたことがある。自分に最もふさわしい死に方、死に場所を探すようになると聞くが、本当だろうか。
幸か不幸か、炎縄印がストッパーの役目を果たしていることもあり、ここ数年は完全変化をしていない。
正直なところ、完全変化で理性を保っていられる自信は未だにない。
自分の能力を自在に使うことすらままならない俺にとっては、技を極めるなんて遠い先の、次元の違う話だ。
それでも近頃ふとした瞬間、「どんな風に死ぬか」――そればかりを考えている自分がいるのもまた事実なのだ。
俺は、なんのために生きている?
考えたところで答えなんて出ないし、出せたところで意味なんてない。
そもそも「生きている」なんてのが既に誤った認識。傲慢な考えだ。
俺は生かされているに過ぎない。
戦えるから必要としてもらえる。
戦うこと、壊すこと、それだけが俺の――
「限! どうしたの難しい顔しちゃって!」
言いながら、なつめが顔を覗き込んできた。
慌てて後ろに大きく仰け反る。
「そんなにびっくりしなくても……私が近づいたの気づかなかった? もしかして気配消すの上手くなったかなぁ」
そんなわけあるか、と得意げに笑うなつめに毒づく。
いきなり顔が目の前に出現して驚くなという方が無茶だ。
「ここ限のお気に入りスポットみたいだからあんまし邪魔しないようにしてるんだけどさ、たまには下にもいてくれないとみんな寂しがるよ」
不覚にもなつめの使った「お気に入りスポット」という幼稚な表現に口元が緩みそうになる。
ここは視界を遮るような高い建物が一切なく、西の方角で日が沈むところを一望することができた。
たまたま夕暮れ時に屋根にとび乗って見つけた特等席。秘密にするほど大げさな場所ではないが、ここの存在を知っているのは俺の他に頭領となつめくらいのものだろう。
「……あいつらは俺なんかいなくても困らない」
特別に誰かを意識したつもりはなかったが、自然と俺のことを好ましく思っていない連中の顔が浮かんだ。
胸の棘がチクリと痛む。
「雷蔵はいつも限のこと探してるよ。限が雷蔵と遊ぶついでに年少組のお守り手伝ったら亜十羅さん喜ぶだろうなぁ。そうそう、この前操たちのおままごとに入れてもらったんだけど想像以上に楽しかったの。小さい子のお遊びだと思ってたら色々凝った設定とかあって本格的でさ。まぁ、私は意地悪な継母役だったんだけどね」
そう言ってまた、楽しそうに肩を揺らす。
「ままごとは……遠慮しておく」
雷蔵の相手はまだしも、ままごとは流石に御免だ。
風が通り抜け、遠くの方で木々が鳴いた。
俺は夕日そっちのけで、意識をなつめの一挙一動に向けていた。
なつめは顔にかかった髪の毛をそっと耳にかける。
「限……もし悩んでることがあるなら、あまり一人で抱え込まないでほしい」
なつめの声色が少しだけ変わり、真剣に話をしている時のトーンになった。
俺はいたたまれず体を固くする。
「私なんかが解決できるとは思ってないけどさ。一人で悩むより二人で悩んだ方がいいって、よく言うでしょ? だから――や、でも……言いたくなければ全然いいの、無理しなくて」
デジャヴだ。
いや実際、なつめが俺を気にかけてくれるのは今が初めてじゃない。
何で、俺なんかを。
淡い期待を抱きそうになると必ず、もう一人の俺がそっと囁く。
≪自惚れるな。別に俺のことを特別だと思ってるわけじゃない≫
そう。その通り。
ここにいるのがたとえ閃でも、秀でも、翡葉さんでも、なつめは同じことをしただろう。
今みたいに寄り添い、優しい言葉をかけただろう。
なつめは昔からそういう奴だ。単に、はぐれ者をほっとけない性質なんだ。
なつめも俺のように「なんのために生きる」だとか「どんな死に方をする」だとか、そんな途方もないことに思いを馳せたりするんだろうか。
裏会の実行部隊である夜行に身を置く以上、否が応でも死は身近な存在だ。
頭領が個人の力量に合わせた任務を割り当てているとはいえ、不測の事態は予期せず起こる。
実際、これまで何人も戦闘で散った人を送り出してきた。
もしかしたら、なつめも不安に呑まれそうになる時があるかもしれない。
だがたとえそうだとしても、俺はそれを確認する術を持ち合わせていない。
なつめにそんなことを聞こうものなら、今以上に気を揉ませてしまうことは火を見るより明らかだからだ。
間違っても聞けるものか。
「ほら、もうすぐ沈むよ」
言われて、飽和状態の頭のスイッチを切った。夕日に視線を戻す。
「私だって、限がいなかったら、寂しいよ」
呟くように、独り言のように、なつめがこぼす。
横顔で表情がよく読み取れないが、夕日に落とされた目は真剣だ。
「限がいたら嬉しいし、いなかったら寂しい。……ううん、そんなもんじゃない。限が嬉しければ私も嬉しいし、悲しければ私も悲しい。変に思うかもしれないけど、たまに感情がリンクしてるんじゃないかってくらい、自分ごとに感じるの。だから限に一人で悩んでほしくないっていうのは、私のためでもあるんだよ」
――なんて、勝手かな?
なつめはそう言って目を細める。
俺は何も言えないまま、ただ黙ってなつめの言葉を咀嚼した。
それは、どういう意味だ?
考えようとすると、声が邪魔をする。
それでも、期待したい。
期待せずにはいられない。
なつめも俺と同じ感情を共有しているというのなら、この身を焦がすような気持ちをなつめも持ってくれているのだろうか。
こんな俺を、拒まないでくれるだろうか。
「気づいてないかもしれないけど、私、限のこと、ずっと――」
肝心な部分だけ、聞こえない。
聞きたい言葉のはずなのに、欲しい言葉のはずなのに、まるでなつめの言葉を享受することを俺自身が拒んでいるかのように、声がそれを邪魔した。
≪そんな資格、あるはずない≫
それでも俺は、なつめの顔から一瞬も目を離さなかった。
せめて表情からその気持ちを読み取りたい。
なつめの頬が色づいて見えるのは夕日のせいだろうか、それとも――
結局俺は、なつめが「夕食の準備手伝ってくる」と立ち去るまでの間、一言も発せずにいた。
先の言葉、俺の弱い心が耳を塞いでしまったのか、なつめが言いさしただけなのか、今となっては分からない。
だが、俺の心は不思議と晴れていた。おそらくそれは暗然と立ち込めていた問い――どんな風に死ぬか――その答えが見つかったからだ。
いかなる時、いかなる場所であろうと、傍にいるのがなつめだったら。
なつめが隣で微笑んでいてくれたなら、それはきっとこの上なく幸せな最期なんだろう、ということ。
「それで十分だ」
俺は身を潜めようとしている陽を一瞥して、特等席から飛び退いた。
fin.
150901
『最期に微笑むのは』
求め続けた先に一体何があるというのだろうか。
己の技を極限まで高めた者は、いかにして最期を飾るか思案するようになると聞いたことがある。自分に最もふさわしい死に方、死に場所を探すようになると聞くが、本当だろうか。
幸か不幸か、炎縄印がストッパーの役目を果たしていることもあり、ここ数年は完全変化をしていない。
正直なところ、完全変化で理性を保っていられる自信は未だにない。
自分の能力を自在に使うことすらままならない俺にとっては、技を極めるなんて遠い先の、次元の違う話だ。
それでも近頃ふとした瞬間、「どんな風に死ぬか」――そればかりを考えている自分がいるのもまた事実なのだ。
俺は、なんのために生きている?
考えたところで答えなんて出ないし、出せたところで意味なんてない。
そもそも「生きている」なんてのが既に誤った認識。傲慢な考えだ。
俺は生かされているに過ぎない。
戦えるから必要としてもらえる。
戦うこと、壊すこと、それだけが俺の――
「限! どうしたの難しい顔しちゃって!」
言いながら、なつめが顔を覗き込んできた。
慌てて後ろに大きく仰け反る。
「そんなにびっくりしなくても……私が近づいたの気づかなかった? もしかして気配消すの上手くなったかなぁ」
そんなわけあるか、と得意げに笑うなつめに毒づく。
いきなり顔が目の前に出現して驚くなという方が無茶だ。
「ここ限のお気に入りスポットみたいだからあんまし邪魔しないようにしてるんだけどさ、たまには下にもいてくれないとみんな寂しがるよ」
不覚にもなつめの使った「お気に入りスポット」という幼稚な表現に口元が緩みそうになる。
ここは視界を遮るような高い建物が一切なく、西の方角で日が沈むところを一望することができた。
たまたま夕暮れ時に屋根にとび乗って見つけた特等席。秘密にするほど大げさな場所ではないが、ここの存在を知っているのは俺の他に頭領となつめくらいのものだろう。
「……あいつらは俺なんかいなくても困らない」
特別に誰かを意識したつもりはなかったが、自然と俺のことを好ましく思っていない連中の顔が浮かんだ。
胸の棘がチクリと痛む。
「雷蔵はいつも限のこと探してるよ。限が雷蔵と遊ぶついでに年少組のお守り手伝ったら亜十羅さん喜ぶだろうなぁ。そうそう、この前操たちのおままごとに入れてもらったんだけど想像以上に楽しかったの。小さい子のお遊びだと思ってたら色々凝った設定とかあって本格的でさ。まぁ、私は意地悪な継母役だったんだけどね」
そう言ってまた、楽しそうに肩を揺らす。
「ままごとは……遠慮しておく」
雷蔵の相手はまだしも、ままごとは流石に御免だ。
風が通り抜け、遠くの方で木々が鳴いた。
俺は夕日そっちのけで、意識をなつめの一挙一動に向けていた。
なつめは顔にかかった髪の毛をそっと耳にかける。
「限……もし悩んでることがあるなら、あまり一人で抱え込まないでほしい」
なつめの声色が少しだけ変わり、真剣に話をしている時のトーンになった。
俺はいたたまれず体を固くする。
「私なんかが解決できるとは思ってないけどさ。一人で悩むより二人で悩んだ方がいいって、よく言うでしょ? だから――や、でも……言いたくなければ全然いいの、無理しなくて」
デジャヴだ。
いや実際、なつめが俺を気にかけてくれるのは今が初めてじゃない。
何で、俺なんかを。
淡い期待を抱きそうになると必ず、もう一人の俺がそっと囁く。
≪自惚れるな。別に俺のことを特別だと思ってるわけじゃない≫
そう。その通り。
ここにいるのがたとえ閃でも、秀でも、翡葉さんでも、なつめは同じことをしただろう。
今みたいに寄り添い、優しい言葉をかけただろう。
なつめは昔からそういう奴だ。単に、はぐれ者をほっとけない性質なんだ。
なつめも俺のように「なんのために生きる」だとか「どんな死に方をする」だとか、そんな途方もないことに思いを馳せたりするんだろうか。
裏会の実行部隊である夜行に身を置く以上、否が応でも死は身近な存在だ。
頭領が個人の力量に合わせた任務を割り当てているとはいえ、不測の事態は予期せず起こる。
実際、これまで何人も戦闘で散った人を送り出してきた。
もしかしたら、なつめも不安に呑まれそうになる時があるかもしれない。
だがたとえそうだとしても、俺はそれを確認する術を持ち合わせていない。
なつめにそんなことを聞こうものなら、今以上に気を揉ませてしまうことは火を見るより明らかだからだ。
間違っても聞けるものか。
「ほら、もうすぐ沈むよ」
言われて、飽和状態の頭のスイッチを切った。夕日に視線を戻す。
「私だって、限がいなかったら、寂しいよ」
呟くように、独り言のように、なつめがこぼす。
横顔で表情がよく読み取れないが、夕日に落とされた目は真剣だ。
「限がいたら嬉しいし、いなかったら寂しい。……ううん、そんなもんじゃない。限が嬉しければ私も嬉しいし、悲しければ私も悲しい。変に思うかもしれないけど、たまに感情がリンクしてるんじゃないかってくらい、自分ごとに感じるの。だから限に一人で悩んでほしくないっていうのは、私のためでもあるんだよ」
――なんて、勝手かな?
なつめはそう言って目を細める。
俺は何も言えないまま、ただ黙ってなつめの言葉を咀嚼した。
それは、どういう意味だ?
考えようとすると、声が邪魔をする。
それでも、期待したい。
期待せずにはいられない。
なつめも俺と同じ感情を共有しているというのなら、この身を焦がすような気持ちをなつめも持ってくれているのだろうか。
こんな俺を、拒まないでくれるだろうか。
「気づいてないかもしれないけど、私、限のこと、ずっと――」
肝心な部分だけ、聞こえない。
聞きたい言葉のはずなのに、欲しい言葉のはずなのに、まるでなつめの言葉を享受することを俺自身が拒んでいるかのように、声がそれを邪魔した。
≪そんな資格、あるはずない≫
それでも俺は、なつめの顔から一瞬も目を離さなかった。
せめて表情からその気持ちを読み取りたい。
なつめの頬が色づいて見えるのは夕日のせいだろうか、それとも――
結局俺は、なつめが「夕食の準備手伝ってくる」と立ち去るまでの間、一言も発せずにいた。
先の言葉、俺の弱い心が耳を塞いでしまったのか、なつめが言いさしただけなのか、今となっては分からない。
だが、俺の心は不思議と晴れていた。おそらくそれは暗然と立ち込めていた問い――どんな風に死ぬか――その答えが見つかったからだ。
いかなる時、いかなる場所であろうと、傍にいるのがなつめだったら。
なつめが隣で微笑んでいてくれたなら、それはきっとこの上なく幸せな最期なんだろう、ということ。
「それで十分だ」
俺は身を潜めようとしている陽を一瞥して、特等席から飛び退いた。
fin.
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『最期に微笑むのは』