イデケイ

「イデア先輩、ケイト先輩をデートに誘ってあげてもらえません? お礼はまあなんか、いい感じにするんで」

「……ちょっと何言ってるかわかんない……」

飛行術の授業中、不摂生な生活を体現しているイデアにとって、この真夏の炎天下は30分が限界だった。
月曜日、午前9時30分。外気温は連日、例年より高いという。
クラクラとした視界を自覚すると、同時に出席していたオルトの生体センサーが感知し、日陰に避難して兄弟共々休憩をしていた。オルトも同じくギアの内部体温が上がっている。冷却装置を転移させ、オルトの生活改善説教をBGMに、スポドリを飲み、冷風で身体を冷やしていると、その数十分で授業が一段落したらしい。チャイムが鳴り終わると同時に二次元ヲタクの監督生が心配そうにやってきて、三人でいつもどおりの会話をし、そこから思い出したように話した内容が、それである。

「監督生さんのセリフを再生します、“イデア先輩、ケイト先輩をデートに誘ってあげてもらえません?お礼はなんか、いい感じにするんで”…だって!兄さん」
「いやいやいやいやいやいや、え? 脈略なさ過ぎてワロタ」
「最近ケイト先輩からの恋バナが止まらないんですよ。こっちは『アッ好きな人?一個下。次元が』ってやつなんですけど、何を勘違いしたのかここ数日ずーーーーーっとイデア先輩のどこがイイとか好きとかって聞かされるこっちの身になってくれませんか」
「急にキレないでくだされ監督生氏、ていうか監督生氏とケイト氏の間でも何が起きてるのか全然理解できなくて草」
「監督生さん、それはケイト・ダイヤモンドさんが兄さんに片思いしてるってこと?」
「イデア先輩がケイト先輩のことをなんとも思ってないのであれば片思いですね」
「兄さんはどう思ってるのさ」
「なんとも……ただのクラスメイトですしおすし……」
 イデアが唐突な会話内容に置いて行かれたまま、予鈴のチャイムは定刻通りに鳴る。
座学はタブレットで出席が認可されていても、飛行術の授業は生身での出席が単位取得に必須で、仕方なくこの真夏の授業に出ているというのに、このヒトは何を言っているのだろうか。というのが正直な感想である。
魔力の使えない監督生は、グリムの監督と筋トレだけで飛行術の出席を免れている。魔力がないのだから飛行術も何も無いというのに。
「授業を再開するぞー! イデア・シュラウドとオルト・シュラウドも体調が戻ったのなら参加しろー!」
「はーい! 先輩行きますよ~」
「なんで監督生氏が答えるし」
 日差しの下に出るだけで体感温度が上昇する。オルトの言う通り、ここ数諸々にうつつを抜かしていたせいで食事を疎かにしていたことは否めない。寮は個室だし、そもそもコンピュータ系統の管理のため常に冷房は効かせているし、部屋から出ることも必要最低限で殆どない。ほうきを手にとり、冷却装置を寮の倉庫に転移させる。
「兄さん、自覚症状があった時点で休憩してね!」
「はぁ……」
 陰鬱さの権化と言っても過言ではないイデアのため息に、監督生が「そのため息周りも不幸になりそうっすね!」と軽やかに悪口を言った。バルガスに「私語は慎め!監督生はグラウンド5周!」と怒られていたので鼻で笑う。
 週の初めの、まして午前中から飛行術だし、聞かされた話はクラスメイトが自分に片思いをしているからデートに誘えとかいう無理難題だし、そのクラスメイトは陰キャとは全く対角線上の陽キャである。
 マイナスに振り切れていたやる気がさらにマイナスだ。死体蹴りにも程がある。
 入道雲が遠くにある。太陽はてっぺんを目指しながら、変わらず照っていた。



 飛行術のあと、授業終わりから食事改善を訴えるオルトに昼食を買いに向かわせる。運動後にタンパク質がどうとか、脂質と炭水化物がどうとか言っているが、そんなことは分かっているのである。イデア自身はフラフラと寮の部屋に戻った。
人と、面と向かって話すなど極力避けたい。御免被る。画面越しに煽って、ほどよく怒らせるくらいが丁度いい距離感ではなかろうか。
 室温25度の落ち着く自室で、タブレットを操作し監督生を探す。昼食時というだけあって、食堂には人がごった返していた。真夏でも校舎の中はほどよく室温が調整されている。熱中症予防に体育館も整備して欲しいものだ。
オルトのGPSを辿れば、概ね1年生ズにエンカウントするだろうという推測は命中する。

「あれっ、イデア先輩じゃん! めっずらし~」
 ハーツラビュルの1年が冷やかしの目線を横している。陽キャの寮はみんなこうで怖い。サバナクローの1年がご丁寧に「うっす」と頭を下げる。寮長があんな20歳なのに、こうも真面目な1年が慕っているのは群れのトップたる底知れない器用さ故か。
「兄さん、今から部屋に昼食を持っていくよ」
「オルトありがと。そして監督生氏、お礼のことで提案があり」
「ゲッ、そのへん適当なこと言ったのバレました?」
 サバサンドを頬張ろうとしていた監督生の動きが止まる。顔には素直に「うげ」と書かれていた。その素直さはNRCで悪手なのではなかろうか、と思うのはイデア自身に兄の気質があるからか。
「ここでオルトの録音を再生しても良いのですが????」
「ワーーーーッそれはご勘弁を~~!!!前者の話は本気と書いてマジと読むタイプのガチな話なので〜〜〜!!」
「なになに何、弱み握られてんの?」 
サバサンドを手放しワタワタと慌てる監督生を同級生たちが面白がって囃し立てている。無力な監督生相手にもこれだからNRC生は油断がならない。
「兄さんにお昼ご飯を届けなきゃいけないから、僕はこれで寮に戻るよ! またね、監督生さん、エース・トラッポラさん、ジャック・ハウルさん!デュース・スペードさんとエペル・フェルミエさんにもよろしく!」
 兄が催促に来たと受け取ったらしいオルトは、集られている監督生に対してそう切り出した。ふたりから返事を受けたオルトは、タブレット越しの兄にも待っててね、と告げて食堂から出て行く。オルトは良好な人間関係が築けている。自律型AIというだけあり、学習能力もコミュニケーション能力も高いのだ。いくら陽キャだろうが陰キャだろうが、オルトには関係がない。 それをプログラミングしたイデアには、大いに関係があるのだが。
「後ほどURLを送ります故、ご確認くだされ。拙者はこれで」
「金欠学生にも手が届く範囲でオナシャース! それか労働で!」
「どちらかというと労働の方っすな~」
「あざっす!」という年上への敬意を微塵も感じない感謝を聞き取りながら、グループから離れていく。
 求めているのは、がけもの新作ライブDVDタワ◯コ限定特装版だ。ひひ、これで発売日に手に入りますな、と思ったはいいが、はたと気付く。これは、対価に、ケイト・ダイヤモンドをデートに誘う、という高難易度ミッションに……手をつけてしまったことになるのでは?、と

 イデアの自室に昼食を届けに来たオルトが見つけたのは、ゲーミングチェアの上で膝を抱えた兄の姿だった。
「兄さん? どうしたの?」
「気付いてしまった……自分の物欲を優先するあまりに……」
「ケイト・ダイヤモンドさんをデートに誘うんだよね! 参考になりそうなサイトを検索しようか?」
「……フレンドリーショップまで二人で行くことは実質デートでは??」
「そうだね!」
 NRC生の誰もが悪知恵の働く速さに自信があるだろう。これであとは偶然を装ってケイトとフレンドリーショップに向かえば良いのだ。監督生氏との契約に齟齬はない。よって、対等な報酬である。




 おかしい。
 監督生とのやり取りから早2週間。勝手な想像で買い物が好きそうなどと思っていたのが軽率だったか。ケイトの動向を探っているが、一向にフレンドリーショップに向かう様子が見られない。リミットの発売日は今週土曜日だというのに。契約を遂行することが出来ない可能性が浮上していた。
ご丁寧な監督生から発売日に開店待ちをします、の返信が来ているのを確認している。
 ミュートしたディスプレイ越しにため息を吐いた。
 魔法史の授業は退屈だ。癒しは気怠げに教壇の上でうたた寝をするルチウスしか居ない。件のオレンジ色をした後頭部もたびたび舟を漕いでいる。眠気を意識したからか、大きな口を開けくあ、と欠伸をした。
ふと思いつき、仕方ない、と別のウィンドウを立ち上げる。
SNSにヒントがないか探ってみるか、とマジカメのROM用アカウントにログインした。フォローしているのはインディーズゲームの作者か漫画家の商業用アカウントしかない。あとたまに猫と犬。でかくてモフモフしているか、ちいさくてモフモフしているか。しゅぽ、と更新すると、ミュートしたショート動画でマーモットが叫んでいた。
クラスメイトのSNSなど探したくなかったのに。
 ゲーミングチェアで膝を抱えながら思い当たるIDを打ち込んでみる。二つ目でそれらしきアカウントにたどり着き、陽キャ特有のネットリテラシーの低さと現実世界との分け隔てなさに再度ため息を吐いた。
 カワイイ食器、何でもない日のケーキ、バズった駄菓子……
 ここ数日の出来事が鮮明に記録されている。陰キャからすれば眩しい限りのSNS運用だ。
「……この駄菓子、発売日2日前だ。」
 いつ買ったんだ? と思い倦ねていると、トレインに名前を呼ばれていた。
「イデア・シュラウド。授業を聞いていないのなら退室してもらって構わないぞ」
「……サーセン」
自室での授業なら居眠りもバレないと思っていたのに、ここの教師陣はお見通しのようで、姑息な手段は許されていなかった。

 事実。ケイト・ダイヤモンドは、どこかのタイミングでショップに寄っている。





 それは土日か、はたまた放課後か、夜中か。
 そこまで追いかける気力はない。あのポケッとした監督生なのだから、「振られました」と言えば騙されるだろう。うん。そうひとりごち、課題を終わらせた流れでショップに出かける。
午前3時20分。早起きしてジョギングするなどという脳筋のフザけた習慣のある者でも出歩かない時間に、鏡の間を通り抜ける。外に出れば夏独特のまとわりつく空気が満ち満ちていた。昼休みにはNRC生で煩いこの通りも、闇夜が支配していれば居心地が良い。
この時間でもサムは起きているので、むしろいつ眠っていて仕入れなどしているのか不思議である。学園七不思議のひとつと言っても過言ではないのかもしれない。
「あれっ!イデアくんだ」
「ヒッ、あ、アァ……驚かさないでくだされ、ケイト氏……」
「こんな時間にショップ行くの?」
「それはこっちのセリフですが…」
 鏡の間を抜け、ショップに向かう一本道。いつもと違う様相で鉢合ったのは、噂のケイト・ダイヤモンドだった。スートを落としており、すっぴんなようだ。髪型も普段と違うから、全く面識のない相手から話しかけられたものかと思ってしまった。
はて。この時間だったか。ラッキーである。これで実績解除だ。
「……あー、意外ですな、あの厳格なハーツラビュルでも、この時間に出かけられるとは」
「リドルくんに見つかったらオフヘだよ? だから見つからないようにこの時間なんだー。あっ、リドルくんに会っても絶対言わないでね?」
「必要があれば口を滑らせるかもしれませんなw」
 夜中のテンションというものか。普段なら怯えてろくに話せる関係性でもないのに、自然と軽口を叩いていた。独りでネットサーフォンをしながら歩くより、ずっと早く、あっという間にフレンドリーショップへたどり着く。
「インストックナーウ、子鬼ちゃん?」
サムの声は日中と変わらない。やはりこの御仁に時間の概念や睡眠などというものは不必要なのだろうか。
そんなことを考えながら、カゴにカロリーメイトとインゼリー、あとは適当に菓子類を放り込む。
「へー、イデアくんって見た目通りのもの買うんだね~。デスノートのLみたい」
 楽しそうにケイトは笑う。ケイトは一向に買い物をする様子はなく、イデアの手元やカゴを見ていた。
漫画も読むんですか、と聞けば、えー、めっちゃオタクだよ?と返された。ギャルか。
「ダイヤモンドくん、ご指定のものはこちらだよ」
「サムさんありがとー。やった、楽しみだったんだよね」
 品物を見ていて気付かなかったが、客を迎えたあとのサムは裏に居たらしい。ケイトと直接やり取りをしているのを横目で見ると、箱で買っている。しかも、その箱の側面には『激辛!粉の取り扱いに注意』などの文字。
 夜中に買うものがそれ?という感想がよぎる。何を買っていても自由だが。それにしたってこの時間か?
「あっ、この時間に買う必要ある?って思ったでしょ」
「ヒッスミマセン」
「なんとなーく、ケーくんとしてのメンツがあるからこの時間に買ってるってだけ」
「……好きにすればいいのに」
 会計をしながら、カウンターの向こうに居るサムを見た。表情は何も変わらない。
視線を落とし手元を見る。
他人をパシりにしてまで欲しいものを求めているイデアにとって、到底理解できない感性だ。好きなものを好きなように買えばいいのに、と同じことを思った。同時に、マジカメの投稿を思い出す。SNS上にキラキラしたものを載せているのは、自分が周囲からどんな風に求められているかを自覚しているからか、と直感する。
SNSとリアルは別なのに。他人に自分の理想を押し付けることなど、無意味なのに。
「またのお越しを待っているよ」
Bye、と手を振るサムに、こくりと頷いてショップを出た。空はうっすらと曇っていて、月の輪郭もおぼろげだ。ケイトと話しながら来たからか、空模様には気付いていなかったらしい。
両手で箱を抱えたケイトが、出入り口から少し離れたところでイデアを待っていた。
「……先に行ってくれていてよかったんですが」
「えー、さみしいこと言わないでよ!夜は寂しくて誰かと話したくなる時があるでしょ?」
 ギャルか。付き合いたてのカップルか。
薄ぼんやりとした暗闇でも分かるような辟易とした顔をしていたらしい。ケイトがBoo、と異を唱えた。教室で見かけていたいつも通りの様子に見える。
これは、彼の素なのだろうか。
来た道を歩き出す。自他ともに認めるコミュ障だというのに、話すつもりも無かったはずが、何となしにふと口が開いた。
「好きなの。……辛いもの」
「うん?! ああ! うん。えっと、そう。辛いのすきだよ」
 野うさぎが跳ねるように驚いた横のケイトを横目に、先日の唐突なやりとりを思い出す。
そうだった。ケイトは「カタオモイ」をしているのだった。……自分に!
「何に驚いているんですかなwww」
 瞬間的に居心地の悪さを誤魔化そうとして悪戯にそう聞くと、ケイトは下を向く。暗闇に、明るい髪色が光っている。
「……あのさぁ、今度、麓の町で花火大会があるんだよね。気になってるんだけど、一緒に行かない?」
 またしても唐突な会話の流れに歩みが止まる。
拙者のミッション、「デート」はクリアしていたはずだ。実績解除が出たはずだ!
「……」
「イデアくん?」
 2歩先を行ったケイトが振り返った。
実績解除したら次のミッションが開放されたということか。困る、そんなものは求めていないのだ。
足早に歩き出す。イデアの2歩は、ケイトより1.5倍は広いらしい。ちらりと見れば箱を抱えててこてことケイトが着いてきていた。見た目が大きい割に、中身がカップ麺なだけあって質量は軽いらしい。
「あの」
思った以上に掠れた声が出た。
「えっと。拙者じゃなくても良いのでは。」
「例えば?」
「エー…あのー…あー…トレイ氏とかは?」
「トレイくんとかは絶対嫌!」
「絶対とかw」
 そこから、無言が続く。鳥も寝静まる深夜の沈黙を、木々のざわめきが紛らわせた。こんな時間でも涼しくはならない。じめっとした暑さに首元には汗が垂れた。
帰りの方が、足取りが重く感じられるのは気のせいか。やっと、鏡の間に着いたらしい。
 じゃあ、と別れを告げようとすると、ケイトが口を開いた。
「イデアくんと行きたいんだけど、ダメかな」
 恐る恐ると言った体で話していた。少し俯いて、斜め下から覗き上げた瞳が、イデアの何かを、射抜いていった気がした。












童貞に初恋ははやくて重いかも。


1/1ページ
    スキ