月鯉



 鯉登少尉の昇級が決まった頃、食事に誘われたことがある。鯉登少尉自身は、執務室に缶詰めだったから抜け出したかっただけだったろう、と思っていたのに、いざ食事をしていれば、白米を食べる自分の顔をじっと見つめていて、それがいやに様になっていた。ちいさく口角を上げて、何か愛おしいものでも見るような顔をしていて、怯えた。
 愛されて育った彼に、自分はなんと卑しい存在に見えるだろうか。

鯉登少尉の隣に居たい、と思う。右腕としてで良い。鶴見中尉とは違う、まっすぐな視線を、その横で追いかけたいと思う。
 それが、泥付いた執着と愛であると気付いたその日の夜。
 なんの前触れもなく咳が止まらなくなって、嘔吐いて喉奥から出てきたのは、見たこともない、それはそれは鮮やかな花だった。
 数日、花を吐くという奇妙な症状は治まらない。特に酷くなるのが、鯉登少尉に微笑まれた時だ。褒められて満たされたような顔をされると、嘔吐かないように強く舌を噛んだ。
 時折咳き込んでしまえば、その分喉奥から花が沸く。ザリザリと噛み潰して、何度も飲み込んだ。噎せ返るような甘い香りに、噛み潰せば香りと見合わない苦味。反吐が出るようだった。
 呪いか、何かなんだろう。 

愛されて育った、かつての子供。きっかけはなんであれ、紛れもない自分が地獄に連れ回した。
 そんなあなたを、躰から心まで、自分のものにしたいと思ったから。
あなたを愛する全ての人に、苦しむように呪われたんだと思う。

 そんな自戒をしていても、結局間近にいる鯉登少尉に体調を崩していると勘ぐられていたらしい。急に、数日の休みが与えられた。
その休暇から戻ると、鯉登少尉は中尉になっていた。
 傍らには、鯉登少―中尉と年の近い下士官が立っている。

 たまらず駆け出した。嘔吐きに耐えられず、路地裏で眩しい花々を吐き出した。
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