エルリ
******
巨人の熱によって雨が蒸発して視界が悪い。それでも目の前にある下半身の無い死体だけはくっきりと浮き上がって見えた。
血だらけの顔。苦しそうに顰められた太い眉。閉じられた目蓋。
目を背けたくなるような情景に言葉を失った。
―――エルヴィン・スミスが死んだ。
耳の奥で心臓が脈打っている。膝から力が抜けて崩れ落ちた。そのまま前に倒れ、エルヴィンの厚い胸板に頭を乗せる。耳を寄せても心臓の音は雨音に消されていくだけだった。
凍えた心臓は動かない。
******
「は…っ!」
酷い悪夢に魘されて目が覚めた。窓の向こうからザァザァと耳障りな雨音が聞こえる。
エルヴィンは驚いたように目を開いていた
「……悪い、起こしたか」
「大丈夫だ。それよりまだ起床時間まで30分ある、湯でも浴びてきたほうがいい」
べっとりと汗をかいた肌は、ワイシャツにべったりと張り付いて気持ち悪い。
エルヴィンの提案にこくりと頷いて、ベッドから立ち上がった。
「…エルヴィン」
箪笥の中からごわごわとしたタオルを取り出しながら声をかけた
「なんだ?」
返ってきた声は小さくてもよく通る優しい声で、あれは夢だったのだと実感する。
「…いや、なんでもない」
夢のことを話すのは何となく憚られて、結局濁した。エルヴィンはそうか、と答えただけで深く追及はしてこなかった。
******
起床時間前で誰もいないのを理由に、熱い湯をいつもより多く溜めて汗を流す。
ばしゃばしゃと音を立てる湯が、あの雨音を連想させて、やけに現実味を帯びた夢だったと思い出してしまった。
蒸すような巨人の熱も、むせ返る血の匂いも、嫌な雨音も、そこだけ切り取られたようなエルヴィン・スミスの輪郭も。すべて、
思い返すと吐き気を覚えて口を覆った。
「熱すぎた、だけ、だろ…」
いつかは訪れるかも知れない現実であることを思い知らされる。
******
「おかえり」
部屋に戻ると、エルヴィンは着替えを済ませて、ソファで書類を眺めていた。
ただいま、と小声で返してエルヴィンの横に腰を下ろした
「今日は雨で寒いようだから」
そういって紅茶を二つのカップに注し、その一つを寄越した。
両手でカップを包み、じんわりを湯冷めした指に熱が戻っていく。
「…まあまあだな」
一口飲みこんでから感想を伝えるとエルヴィンは、「うまく淹れられたと思ったんだがなぁ」と苦笑を零した。
「お前にしちゃぁ上手いほうだろうな」
ぽかんとした顔をした後、エルヴィンは嬉しそうに笑った
***
「…お前が死んでしまう夢を見たんだ」
カップの中の赤に目線を落としながら告げる。
エルヴィンから反応は何もないようだった。
「現実味がありすぎて夢かどうかわからなくなってた」
赤が波紋を生んでいく
「自分の心臓の音はよく聞こえるのに、雨の音でお前の鼓動は聞こえなかった」
「リヴァイ」
「……なんだ」
そろりと目線を向けると、持っていたカップを取り上げられた
「お前が生きている限り俺が死ぬことは許されていない」
ぐっと引き寄せられて、頬がシャツに押し当てられる。エルヴィンの指が、湿った髪を梳いていく。
腕を背に回してギュッと抱き着いた。どくりと脈打つ鼓動が聞こえて、震えが収まっていく。
「お前に捧げた心臓だ、どう使おうが構わねぇが、お前の心臓が止まれば俺の心臓も止まる」
耳に流れる鼓動に、夢の景色が崩れ落ちた。
凍えた心臓
巨人の熱によって雨が蒸発して視界が悪い。それでも目の前にある下半身の無い死体だけはくっきりと浮き上がって見えた。
血だらけの顔。苦しそうに顰められた太い眉。閉じられた目蓋。
目を背けたくなるような情景に言葉を失った。
―――エルヴィン・スミスが死んだ。
耳の奥で心臓が脈打っている。膝から力が抜けて崩れ落ちた。そのまま前に倒れ、エルヴィンの厚い胸板に頭を乗せる。耳を寄せても心臓の音は雨音に消されていくだけだった。
凍えた心臓は動かない。
******
「は…っ!」
酷い悪夢に魘されて目が覚めた。窓の向こうからザァザァと耳障りな雨音が聞こえる。
エルヴィンは驚いたように目を開いていた
「……悪い、起こしたか」
「大丈夫だ。それよりまだ起床時間まで30分ある、湯でも浴びてきたほうがいい」
べっとりと汗をかいた肌は、ワイシャツにべったりと張り付いて気持ち悪い。
エルヴィンの提案にこくりと頷いて、ベッドから立ち上がった。
「…エルヴィン」
箪笥の中からごわごわとしたタオルを取り出しながら声をかけた
「なんだ?」
返ってきた声は小さくてもよく通る優しい声で、あれは夢だったのだと実感する。
「…いや、なんでもない」
夢のことを話すのは何となく憚られて、結局濁した。エルヴィンはそうか、と答えただけで深く追及はしてこなかった。
******
起床時間前で誰もいないのを理由に、熱い湯をいつもより多く溜めて汗を流す。
ばしゃばしゃと音を立てる湯が、あの雨音を連想させて、やけに現実味を帯びた夢だったと思い出してしまった。
蒸すような巨人の熱も、むせ返る血の匂いも、嫌な雨音も、そこだけ切り取られたようなエルヴィン・スミスの輪郭も。すべて、
思い返すと吐き気を覚えて口を覆った。
「熱すぎた、だけ、だろ…」
いつかは訪れるかも知れない現実であることを思い知らされる。
******
「おかえり」
部屋に戻ると、エルヴィンは着替えを済ませて、ソファで書類を眺めていた。
ただいま、と小声で返してエルヴィンの横に腰を下ろした
「今日は雨で寒いようだから」
そういって紅茶を二つのカップに注し、その一つを寄越した。
両手でカップを包み、じんわりを湯冷めした指に熱が戻っていく。
「…まあまあだな」
一口飲みこんでから感想を伝えるとエルヴィンは、「うまく淹れられたと思ったんだがなぁ」と苦笑を零した。
「お前にしちゃぁ上手いほうだろうな」
ぽかんとした顔をした後、エルヴィンは嬉しそうに笑った
***
「…お前が死んでしまう夢を見たんだ」
カップの中の赤に目線を落としながら告げる。
エルヴィンから反応は何もないようだった。
「現実味がありすぎて夢かどうかわからなくなってた」
赤が波紋を生んでいく
「自分の心臓の音はよく聞こえるのに、雨の音でお前の鼓動は聞こえなかった」
「リヴァイ」
「……なんだ」
そろりと目線を向けると、持っていたカップを取り上げられた
「お前が生きている限り俺が死ぬことは許されていない」
ぐっと引き寄せられて、頬がシャツに押し当てられる。エルヴィンの指が、湿った髪を梳いていく。
腕を背に回してギュッと抱き着いた。どくりと脈打つ鼓動が聞こえて、震えが収まっていく。
「お前に捧げた心臓だ、どう使おうが構わねぇが、お前の心臓が止まれば俺の心臓も止まる」
耳に流れる鼓動に、夢の景色が崩れ落ちた。
凍えた心臓