杉尾

「やっべ〜……」
 独りごちる。
 拳3つ分くらいしかない肩掛けバックの中に、鍵は一つも見当たらない。昼間までの暖気は一転。狭いマンションの廊下を吹き抜けていく風が、無情にも冷たかった。
「どっこだぁ〜?」
 出てこ〜い、と話しかける。こんな夜中に不審者でしかないだろうが、それどころではないのだ。バイト終わりのバックには、小さく畳んだ黒いエプロンと、スマホと財布。あといつぞやに客寄せからもらったパチ屋のポケットティッシュしか見当たらない。
 心当たりがあるとすれば、バイトの前、大学の更衣室で出した記憶がある。そのあと、学友の白石と話しながらキャンパスを出た。そこから先、鍵を出した記憶も、見た記憶もない、と、思う。
 バイト先に電話をかけたところで、既に無人だ。一緒に店長と締め作業をしてからここに居る。大学も日付が変わるこの時間は流石に開いていない。
 賃貸のオーナーは近くに住んでいないし、この時間じゃ友人たちの家に突撃するのも憚られる。3階だし窓からっていうのも現実的じゃない。ホテル取るか、と考えるが、財布の中身は数百円しかない。電子決済のアプリを開いて、残高を確認する前にスマホの電源が落ちた。
金欠学生に思いつく方法は一つだ。
 一晩、ここで過ごす。
 寒いけどたかだか6時間位だ。やり過ごせば日も出てどうにかできる。明日は土曜日だし、大学が開く時間まで待てばいい。こんな時間、たぶん隣人たちも通りかからないだろう。
今日の昼間、暖かいからと薄めのコートにしてしまったのが惜しまれる。なまじ徒歩圏内で学生生活もバイトも済む環境に居ると、つい身軽さを優先してしまう。
いつものマフラーもこの扉の向こうだ。襟元から滑り込む冷気が首を撫でた。
「はぁ〜〜」
 金もねぇのに運も悪いのかよ。ちょっと走ってくる、みたいな気力もなかった。
 ドアを背にしてしゃがみ込み項垂れる。ぼんやりとした月明かりの深夜、ため息が漏れていった。


「おい、アンタ。死んでるのか」
 声をかけられて顔を上げると、陰気そうな男がこちらを怪訝そうに見ていた。
「あー……家の鍵、なくして」
 鼻がムズついて、くしゅ、と耐え兼ねてくしゃみをした。
「……警察には」
「いや、心当たりはあるんだ。つーか間違いなくキャンパス。」
「……隣駅の大学か?」
「そう。キャンパスがあくまでここでどうにかしようかと思ってさ」
 一つ会話を終え、沈黙が落ちてすぐ、杉元はまたくしゃみをした。
「明日はキャンパス内立入禁止なんじゃないのか」
「は?!マジ?!なんでアンタ知ってんの?」
「評定会議だったか?夕方メールが来てた。これから雨予報だしな」
 もう降ってるし、と隣人の目線の先を追いかける。暗闇を見ると、確かにぽつりぽつりと雨が降り出していた。廊下の端も濡れて色が変わっている。雨音を聞いたからか。寒気を一気に自覚して鳥肌が立った。くしゃみが止まらないわけだ。
 ボーッと暗闇を見つめる杉元に、男がずい、と見せてきたスマホの画面には、「(学生へ)明日のキャンパス内立入禁止のお知らせ(再送)」というタイトルのメールが表示されていた。15時までは立ち入り禁止になっているようだ。
 はぁ〜〜と大きく溜め息をつく。項垂れながらぼそぼそと呟いた。
「マジかぁ、スマホも充電なくて天気予報も時間もメールも見れてないしさぁ……」
何もかもタイミング悪、と不貞腐れた。
 声をかけてきた男は隣の住人だったらしい。隣のドアの前で鍵を差し、杉元を見下ろして言った。
「……一泊だけなら泊めてやらんこともない」
 にこ……、と口角を上げながら男が言った。如何にも笑い慣れてません、というヤツの愛想笑いが丸わかりだ。
 ガチャ、と鍵が開く。
それでも、
「願ってもないことなのでありがたく泊めて頂きたいです」
 流れるように土下座をして上がり込んだ。尾形がぽそり、「テメーには言いたいことが山ほどある」と呟いた。


「おじゃましま〜す……」
 初対面の隣人を泊めてくれるとはなんと懐の深い人物か、と考えるが、表情と先ほどの一言が人徳のありそうなものでない。善意なのか、悪意もあるのか、とりあえず雨風が防げればいいか、とさえ既に思い始めている。
「大学3年、尾形百之助だ」
「へ?あ!俺は2年の杉元佐一、です」
「一つしか変わらん、タメで良い」
 ぶっきらぼうに言い切るから、へーい、と生半可な返事をして終わらせた。
「生意気」
「タメでいいっつったのアンタだろ」
 そこ座れ、と指で示したのは薄い座布団だった。ハイ、と座る。
 きょろりと見回す。間取りは自分の部屋と同じだ。荷物が少なくて、整理整頓されているというよりか、使い込んだものがそもそもない、という印象がある。人の部屋に泊めてもらうの、初めてなんだよな〜などと呑気に考えていたら、尾形が荷物を片付けながら怒り出した。
「テメー、毎夜毎夜うるせーんだよ」
「え?!急に何の話?!」
「ドタバタやってんのはお前だろ?狭い部屋なんだ、何人も連れ込んで騒いでんじゃねーよ」
「いや連れ込んでないですけど?!?!」
 急に何を言いだしたかと思えば、なんの心当たりもない。
無実を訴えながら取っ組み合いになっていると、隣の部屋からドンドンと音が聞こえてきた。足音のようにも、壁を叩くような音にも感じ取れる。
「え?…、これ……」
「おいてめぇ早く帰れ、人がいんじゃねぇか」
「いねーよ!いないいない!こんな時間にマジで誰?!え?!」
 時刻は深夜2時半を過ぎていた。杉元の困惑ぶりに、尾形の表情が落ち込んでいく。
襟元を握り締めた取っ組み合いの体勢は自然と離れ、向き合うように顔を近づけた。なんとなく、先程よりこそこそと話し合う。
暴れていて気付かなかったけれど、外は大雨になっていたらしい。雨音が大きく跳ねて、響いていた。
「お前、事故物件にでも住んでるのか」
「あーー……わぁ……そういえば……」
 隣の部屋の音が、徐々に大きくなっている。ドンッ、ドンッ、ガラガラッ……、食器をまとめて落として、割れるような音。
お互いの肩を寄せ合う。尾形がいそいそとスマホで住所を入力し、某サイトを覗き込んだ。杉元の住む部屋の番号にはしっかりと、事故物件、と書かれている。3年前、暴行の末の、
「惨殺、事件……」
「や、家賃安かったけど……!」
 二人の間に沈黙が落ちる。ドンドンッといった音はフェードアウトし、今度は言い争う声が聞こえ始めた。
「エッエッエッ俺どうしたら良いですか」
「そんなん知るかッ!どうするよ……」
 どうにも、窓の外は急に雷雨のようだ。カーテンの向こうで暗い空がピカリと光る。甲高い女性の、断末魔。それから、雷の落ちる音が響く。
 畳み掛ける雷鳴にビクリと肩を跳ね上げ、静かに見つめ合っていた。隣の部屋から音が途切れる。
 自然と、二人は身を寄せ合う形に落ち着いていたらしい。ちらりと尾形を見ると、目を見開いて固まっていた。
「え、俺明日どうやって帰ったら良いんですか?」
 バクバクと心臓が脈打っている。わー、本物の心霊現象だー、と達観した感想を呟くものの、二人して同じ音を聞いている以上、本物過ぎて肩が震えている。
先程までの雷雨は何処へやら、しとしとと落ち着いた雨音に戻っていた。
 時計の針は深夜3時を指している。
少しの沈黙の後、スン、と鼻を鳴らした尾形が顔を歪めた。
「お前臭い、シャワー浴びろ身体洗え」
 髭面の男が瞳孔を細くしたような顔で文句を言い、手のひらで杉元を押しのける。さならが、猫のフレーメン反応を見ているようだ。
すくりと立ち上がった尾形が、クローゼットの奥からこの時期には少し気の早いTシャツと短パンを投げ渡し、ベッドの周りを整え始める。物音が聞こえなくなって数分、切り替えたらしい尾形は寝る準備をするようだ。
 事実、調理場でバイトした汗っかきの杉元は汗臭いだろう。泊めてくれる人の文句には逆らえない。まして、自分が選んだ事故物件で、日々こんな物音を聞いていたという人なのだ。
でも、
「シャワー5分で済ますからさあ、尾形ぁ……起きててぇ……」
 クゥーン、とデカい犬のように眉を下げる成人男性に向かって、尾形は鼻で笑った。
「とりあえず臭いからちゃんと洗え」
 はぁい、と返事をする杉元の後ろ姿は、尻尾の垂れ下がった大型犬そのもののように見えただろう。

 5分では済まなかったものの、10分程度で浴室から上がる。尾形は気の利いたことに、洗濯乾燥まで済ませてくれるという。
「ねぇ、これが毎日なの?」
ガシガシと頭を拭きながら、純粋な疑問を投げかける。あんな大きな音が、自分の部屋から発生しているなんて思いもよらなかった。
「こんなの初めてだ。いつも複数の足音と、男の笑い声が聞こえてた」
だから人を連れ込むな、と言ったらしい。言いがかりだと決めつけてしまっていたけど、なるほど、と納得した。
「ここ半年くらいは誰も泊めてないんだけどなあ〜……」
薄い座布団を枕代わりにして横になる。タイプCの充電器ある?と聞けば、ライトニングしかない、と返された。
「適当に寝てていい、シャワー浴びてくる」
「ほあい」
 ゴウンゴウンと回る洗濯乾燥機の音と、シャワーの音を聞いていたら、いつの間にか寝落ちていた。

目を開くと、遮光カーテンの隙間から日が差し込んでくる。
朝9時。未明の大雨から一転、今日は雲一つない快晴だ。毛布は貸してやる、と投げられたものをありがたく使わせてもらった。当の本人は電気毛布で丸くなって眠っているらしい。よほどの寒がりのようだし、なんとなく猫っぽさを感じさせる仕草だ。
 一眠りの間に乾いた服を着直す。杉元の分だけ毛布用の洗濯ネットに入れられていた。中で片寄っていたらしく、なんとなく乾き切っていないような気がする。
「……人が起きててやったのに、随分気持ちよさそうに寝てたな?」
「途中まではその……起きてたんですけど……」
着替えの最中に起きたらしい尾形が、布団の中からじと、っと見つめている。いやでも、適当に寝てていいって言ってなかったっけ?などと思ったが、真っ暗な瞳に、ごめんなさい、と謝罪した。
 くあ、と欠伸をした尾形が、自身の頬の傷痕を撫でている。猫が手を舐めるみたいだなあ、なんてぼんやりと思った。
「寝たの4時とかだろ。早いな」
「流石に申し訳ないんで……」
 しゅんとした顔の杉元を見た尾形が、ははあ、とほんの少し笑っていた。寝癖らしく、ツーブロックの黒髪がピロンと跳ね上がって布団から飛び出ている。
「キャンパス空いてないのに、どうするんだ」
「とりあえず管理会社に電話して、鍵開けてもらえないかな〜って考えてる。バ先で時間潰そうと思ってるよ。充電もさせてもらえると思うし」
 ふーん、と興味なさそうに返事を返された。「聞いたのそっちじゃん」と呟くと、「俺は年上だから」と意味の分からない返しをする。
年齢を気にしてるのか、たんに返事が面倒なのか。
「夜、俺が家にいればあんなに音しないってこと?」
「さぁな。除霊でもしてもらったらどうだ」
「白石が坊さんの息子なんだけど……」
「坊さんの倅でもなんでも、早くどうにかしろ」
 昨夜の出来事を思い返せば、本当にそうですよね、としか言えなかった。俺が謝るのもどうかとは思う。だって悪いのは怨霊?のほうだし。
それはそれとして、あのパチンカスな白石に除霊なんて、出来るんだろうか。
「そうだ、お礼したいし尾形の連絡先、聞いときたい!」
 思考放棄した杉元がそう切り出すと、尾形はベットサイドに伏せていたスマホをポチポチといじりだす。ん、と毛布の間から差し出された画面にはQRコードが出ていた。
オガタ、と書かれた猫のアイコンを友だち追加する。進学してからもうすぐ3年。新しくSNSの友人が増えるのは久しぶりだ。こんなきっかけとは思わなかったけど、直感でこの人とはしばらく関係が続きそうだと思った。



「色々ありがとう!尾形!」
 またな〜!と手を振りながら、杉元は家を出ていった。布団から出てご丁寧に見送ってやる。なんだかんだ気が立って眠れなかった尾形は、ひとつ大きな欠伸をした。二度寝のために、温い電気毛布に包まれる。
「……暑い」
 日が昇るとそれなりに気温が高くなっているようだ。ベッドサイドのデジタル時計を見れば、午前10時を過ぎようとしている。電気毛布をベリッと剥がして、こちらもご丁寧に畳まれた毛布を広げて掛けた。ああいう男はガサツだとばかり思っていたが、存外、躾がなっているようだ。
「……」
普段使っている、ボディソープのせっけんの香り。その向こうに、自分とは違う匂いが香る。それが杉元のものであると自覚し、それとなく眉を顰める。汗臭く感じていたが、嫌、とかでないのが不思議だ。なんの嫌悪感も感じないのは、何故なのか。
吊り橋効果ってやつか、とぼんやり考えた。昨夜の摩訶不思議な出来事を、杉元が早く終息させることを願うばかりだ。あれが続くようなら、早めに引っ越したほうがいいんだろう、などとも考えながら、心地の良い微睡みに落ちていく。
 立地がいいし家賃も安いから、できるならここに、住んでいたい。



 バイト先の居酒屋に向かうと、ちょうど入口に店長のキロランケが立って煙草を吹かしていた。
駅から少し離れた商店街。朝と夕方のラッシュが過ぎれば、人通りはだいぶ減る。そんな商店街にあるのが、この居酒屋だった。
「キロランケ、今日シフト入ってないけど店居てもいい?」
「杉元か。どうしたんだ、急に?」
 昨日のバイトが終わってから起きた話をし始めようとすると、キロランケは煙草を消して店内に入っていく。その後ろを追いながら、かくかくしかじか。自分の借りている部屋で起きたであろう話をしたら、心底信じられないような顔をされた。
俺だって信じたくねえよ、と呟く。
「充電器貸して欲しいんだけど、いい?」
 助けてえ、と泣きつけば、キロランケが店のコンセントとコードを貸してくれた。
 キロランケは、杉元の話を話半分に聞き流しながら、仕込みを続けている。キロランケの地元、北海道から取り寄せた鮭やジビエが売りの居酒屋だ。平日はランチ営業もしている。店長のキロランケと、バイトが3人。それくらいで回る程度の、少し狭めの店内だ。だから、開店前の1時間は大体キロランケがひとりで作業している。
「暇ならオープン前の掃除、手伝ってくれ」
「時給発生するぅ?」
「充電できるまで暇だろ?」
「はぁい」
 渡されたモップを手に、狭いホールの床を拭いていく。黙々とモップがけ、テーブル拭き、調味料の補充……、結局、気づけば1時間弱労働していた。厨房から香る、ランチ限定のジビエカレーの匂いが空腹を刺激する。キロランケは少し前から奥にこもってカレーを仕込んでいたようだった。
「時給は別として、カレー食うか?」
「頂きまぁす!」
 朝食は決まってプロテインとヨーグルトを摂っている。今日は家に入れないから、昨夜の賄い以降、何も胃に入っていない。要するに、腹ペコだった。
 ごろごろ入った鹿肉は噛みごたえがあるが、しっかり血抜きされて臭みがなく、一緒に入っているじゃがいもと人参のやさしい甘みが、数種類のスパイスを引き立てる。
「流石キロランケ!これ、ヒンナだぜ!」
 ニコニコと美味しそうに頬張る杉元を見ながら、キロランケがそうだ、と思いついたように話し出す。
「その、大学から送られてきたメールに連絡先とか書かれてるもんじゃないのか?一回ダメ元で、大学に問い合わせてみたらどうだ」
 管理会社に連絡したところで、たぶん解錠にいくらか取られるぞ、と説明された。そーいうもんなのか、と相槌を打つ。
 もぐもぐと咀嚼しつつ、伏せたまま充電していたスマホを起動させる。充電は70%を超えていた。
メールアプリを立ち上げると、『(学生へ)明日のキャンパス内立入禁止のお知らせ』『(学生へ)明日のキャンパス内立入禁止のお知らせ(再送)』と、未読のメールが2通届いていた。ふたつとも、昨日のバイト中に送られてきていて、本文の下には総務課の連絡先が書かれていた。
「書いてある!」
「良かったな。……時間もいいし、オープン前に一服してくる」
 電話してていいぞ、とキロランケは外に出ていった。キロランケ自身がヘビースモーカーだけど、店を出すだけあって料理にはこだわりがあるらしい。喫煙所は外に設けているから、営業中もバイトの店員だけを残して外にいるとか、ザラだった。
スマホに表示された時間は11時47分。12時オープンの店だから、一服するには確かにちょうどいい時間なのだろう。
昼休憩の直前に、駆け込みで大学に電話をかけた。総務部の女性が出て、お昼休憩中なら取りに来ていいですよ、としれっと返された。何かといいタイミングに鍵のことが収束したな、と呆けてしまう。
 あと片付けるべきは、部屋にいるらしい怨霊?だけだ。



 バイト先から徒歩25分。人の往来がないキャンパスの更衣室に、ぽつねんと置かれた鍵を回収したあと、そのまま都合をつけた白石と待ち合わせた。駅からちょっと離れた、白石行きつけのパチ屋の前で待っていたら、見覚えのあるティッシュを渡された。これはなんの力にもならなかったなぁ、とぼんやり眺めていた。
 ギャンブラー白石は、多分、10分くらいはこの建物から出てこないだろう。前に、1時間以上遅刻した奴をボコボコにしていた場面を白石に見られてから、白石の遅刻はたかが知れている。
そいつをボコボコにしたのは、道理に適ってなかったからだ。まあ、ほかにも理由はあったけど、と思い返して頭を振った。思い出したとて、自分の中で相手は殺したようなものだ。
ふう、と一息ついて、尾形へチャットを送る。
「鍵あった!マジで泊めてくれてありがとう。助かりました!」
 午後の日差しにぽかぽかと温まる。背後で自動ドアが開くたび、ガヤガヤとした騒がしさが際立った。
返事は割とすぐに来た。白石からの連絡を待っているのだが、尾形のほうが早かった。問い合わせたらキャンパスに入れたことを伝えると、つまらなさそうな猫のスタンプが返ってきた。返事してくれるんだ。この程度で嬉しい、と思うのは、変だろうか。
 そこから、なんの返事もないから、バイトとかしているんだろう。
 お礼を考えなくちゃなぁ、とネットサーフィンをしていたら、白石がパチ屋から出てきた。駅前のマックに向かいながら、昨夜の出来事をまたも、かくかくしかじか。
「俺そんな除霊なんて出来ねぇよ?」
「……お前に貸してる金額、いくらだかわかってる?」
「それは分かってるけど!親父が坊さんなだけで、俺には何もできないんだって!」
 こうしてパチンコに競馬に、煩悩の塊じゃん?とウィンクをされた。白石をじとっと見つめるが、無理なもんはムリ!と畳み掛けられた。
「親父さん、こっちに呼べたりしねーの」
「実家はまあまあ近くだけど、親父は県外にいるから来れても数日先だぜ?」
「……参ったな…」
「親父にまあ、聞いてみるけどよー。期待すんなよ?」
 とりあえず、なんにしろ家帰ったら?と促された。
「家の中の写真撮って送ってみてよ。実家帰って、適当に祓えそうなん借りてくるから」
「わかった」
 白石のいいところは、こういうところなんだろう。金にはだらしないが、できることをやってくれる。礼を伝えると調子に乗りそうだから、全部解決したら、いくらか利子を減らしてやろう。
改札前で解散して、とぼとぼと帰路につく。夕方の帰宅ラッシュで、駅の付近は人でごった返していた。駅前のバス停前は行列だ。
 徒歩20分、自宅について鍵を開けると、二日前と変わらない部屋のままだった。
「あの音、どっからしてたんだ…?」
 キッチン、リビング、ベッド……すべてが記憶通りで、荒らされた形跡は一つもない。割れた食器もない。よく考えたら、割れるような食器は使っていないのだった。
「ええー……こわぁ……」
 リビングにぽつねんと立ったまま、思わず、素直な感想が漏れた。



『鍵あった!マジで泊めてくれてありがとう。助かりました!』
 午後、二度寝を終えて目覚めに歯を磨いていれば、隣人の杉元からチャットが来ていた。シロクマが土下座して感謝、と言うスタンプがぽこん、と続く。今日のキャンパス内は、立入禁止のはずだったが。
『キャンパス入れたのか』
『そう!総務課に電話したら、割とすんなり入れてくれた!会議室じゃないのは確かだからって』
 犬の耳を生やして、ふんふんと誇らしげに話している様が思い浮かぶ。鍵を置いてきたやらかしているのは。当の本人だが。
 ふーん、と興味なさげな猫のスタンプで返事を済ませた。真っ黒なTシャツとズボンに着替え、髭と髪を整える。起きてから20分、家を出て徒歩5分。バイト先の鍵を開ける。店内はまだ誰もいない。もう30分もすれば、店のマスターが2階の居住スペースから下りてくるんだろう。昼はカフェ、夕方からは会員制のバーになる、そんな店で働いていた。
今晩の仕事終わりは、あんなに騒がしくないことを願うばかりだ。



バイトが終わったあと、更衣室でスマホを持てば、またポップアップが表示される。もう少しで日を跨ぐ。
夕方の適当な返事のスタンプに対して、不服そうなシロクマのスタンプが返信されていた。そのあと、しばらく空けてさらにチャットが続いている。
『あんなに音がしてたのになんにも家の中変わってないんだよ』
『マジでなんの音なんだろ?』
 首を傾げたシロクマのスタンプ。独り言のようにチャットが送られている。そのあとの写真は、どうにも杉元の部屋の中らしい。
 間取りは全く同じで、1K。本や筋トレグッズやらが、なんとなく規則性を持って置かれている、ように見える。オブラートに包まず言えば、尾形的にまあまあ汚い部屋だった。
 写真の端に映り込んだ杉元の指の周りが、不自然にモヤモヤと黒く滲んでいた。なにかがまとわりついているみたいに見える。霊感やシックスセンスなどというものは信じない質だが、それにしてもあの出来事を思い返せば気になるものではあった。
バイト先から出て、相向かいのコンビニに寄る。喫煙所でタバコを蒸せながら、チャットを送り返した。まだ夜は肌寒く、チャットを入力する指が冷えている。
『今部屋にいるのか? お前、自撮りでもなんでも送ってみろ』
『なに?俺の顔好きな感じ?キャ~』
『はやく』
 既読がすぐについて、返事も早い。この調子者のような態度に苛立ちが隠せず、チッと舌打ちが漏れた。事実、目立つ傷はあるが、品の良い顔立ちだし、面も良い。あの図体でこんなに返事もマメなら、女にもモテるだろう。
 ゴソゴソと自撮りを撮っていたようだ。数秒返事が途切れて、ぽこん、と写真が送られてきて、息が漏れた。霊とか、そんなの信じないとか、言ってられない事態が起きている。画面に表示された写真をタップして、ぞわりと背筋が凍った。
『お前、女に首しめられてるぞ』
 鏡越しにニカッと笑った杉元の首に、女の白い手が回されている。背後に佇んで殺そうとしている、殺意に近い寒気を感じる。ひゅっと吹いていった春先の風が首を撫でて、鳥肌が立った。
『え。尾形なに見えてるの?!』
『嫌な予感がする、家から今すぐ出ろ』
『俺もすぐ家に着く』
 ぽこんぽこんと続けてチャットを送る。徒歩5分。まだ先の長い紙煙草を灰皿に押し付けて走り出した。走れば、2分だ。
『え、大丈夫なのかな?とりあえず出たほうがいい?』
『ハイ』
 返事のラグが目立つ。動揺しているのだろう。
ゾワゾワと嫌な汗が背中を伝う。霊感も悪霊も信じないが、それはそれとして、こうも気味の悪い出来事が立て続けに起こると、人間、なんとなくどうするべきか思いつくらしい。
着いたら、とりあえず杉元に塩でも振ってみよう。



「尾形〜!」
 マンションの階段を駆け上がると、杉元がブンブンと手を振って出迎えた。杉元の様子は昨日と変わらないように見える。
「塩持ってくるから待ってろ」
 少し、拍子抜けしてしまった。鍵を差し、扉を開く。入ってすぐキッチンだから、適当に調味料棚から塩のビンを探し出す。自炊なんてほぼしないから、だいぶ奥にしまいこんでいた。探しているあいだ、杉元は玄関の前で落ち着かない様子を見せている。
「ねぇ見えたのってなんなの?女の人?どんな感じぃ?」
 脅かすようなことを伝えたせいか、昨日よりもだいぶ多弁だ。図体のでかい男がしょげしょげと外で落ち込んでみたり、興奮気味に写真のことを聞いてみたり、「なんでなんだろう」などと、玄関の前で話し続けていた。入ってくればいいものを、わざわざ外にいる杉元に塩を振りかける。その間もやはり、口が止まらない。
「落ち着け」
「なんでこんなことするのおぉ?ふふ、ははっ」
 違和感の強い話し方。形容するなら、女らしい笑い方だ。
あはは、と続いた顔が、子を捨てた実母をチラつかせる。
男に溺れた女の末路、とでも云うべきか。

「……お前、誰だ?」

 ゴクリ、と生唾を呑む。
瞬間、流行りの曲がスマホから鳴り始めた。杉元のスマホに着信がかかってきている。パーカーのポケットに突っ込まれたままに数秒。玄関前でへたり込んでふふ、と笑う杉元に、電話に出る様子は見られない。
 チッ、と舌打ちをひとつして、杉元のスマホを取り出す。
「白石……昨日言ってた坊さんの倅ってやつか」
 杉元は体に塩を振られてから、身体がうまく動かないようだ。徐ろにフラフラと立ちあがって、何処かにいなくなりそうだった。襟元を掴んで手綱を握る。さながら、デカいクマを片手に持っているような感覚だ。体格は尾形自身と大きく変わりないはずなのに、重量級、と称するべきか。
 スワイプして電話に出る。
「あっ杉元!大丈夫かよ!あの写真杉元の部屋だよな?!」
「白石とやらか?杉元の隣人だ、早くこいつの家に来い!明らかに何かに憑かれてる」
 手短にここ数分の出来事を伝えると、電話越しに溜息が聞こえた。
「色々聞いてたけどマジかよ」
「とりあえず俺の家に入れて縛りつけておく、お前どうにかしろ」
「うわっ尾形チャンってそういう……まぁどうにかする準備をしてたワケだけどさぁ〜!とりあえず、家入れる前に2回塩かけて!」
「塩なら1回かけた」
「清め塩だとベストらしいんだけど、塩ならなんでも!」
 清め塩なんて家に常備してるわけないだろ、とは思った。一度かけたあと、土間に転がした塩のビンを見る。
「……味の素だ」
「…うま味調味料!塩化ナトリウムだけども」
「早く来い。これ以外に塩はない。」
 たぶん。まあ、塩化ナトリウムは塩だしいいか、と思うことにする。スマホをスピーカーにして靴箱の上に置き、改めてダバダバと塩?を振りかけた。
 杉元がはははは!と高笑いをし、ぐったりと項垂れてしまう。息はしているようだ。結構、塩の判定って範囲が広いもんだな、と思っていると、スマホ越しに杉元の声を聞いた白石が言葉をつまらせていた。
「急いで行くから!!あと20分くらい!!塩かけてれば家に入れて大丈夫!」
 スマホの電話が切れる。ここからどうこうする余裕はほとんどなく、とりあえず項垂れた杉元の身体を玄関に引きずって扉を閉めた。玄関前から尾形の家に入ろうとしなかったのは、霊的なものに憑かれていたからと見るべきなのだろうか。考えても仕方がないことではあるが、安易に部屋に入れなくて正解だったようだ。
 この、クマのような男に暴れられても、止めるすべを持ち合わせていない。ここから白石が来るまでのあいだに、厳重に縛り付けておく必要があるだろう。適当にしまってあったビニール紐で手足をぐるぐるに縛り付けて転がした。脱力した人間は、手足を縛るにも労力が要る。
 う、と意識を戻そうとしていたので、とりあえず数発、殴っておいた。
(人を殺して埋めるには、骨がいるんだろうな)
 はぁ、と息を切らす。他人に見られれば殺人現場とも見えよう。杉元の鼻からたらりと血が流れていった。人を殺すなら、銃とかそういう、遠距離の武器のほうがやっぱりいいんだろう。殴った拳は、それなりに痛む。
 息を整えて壁伝いに座り込んだ。15分くらい、経っただろうか。ドンドン、と玄関を叩く音に顔を上げた。扉を開けると、でかいバックを持った坊主の男が立っている。人懐こそうな顔をしている男だった。
「尾形ちゃんだよね、杉元大丈夫?!」
「あー、……塩撒いたら、気を失った」
「え、この生傷と鼻血は?」
「……暴れたら、困るから……」
「……息してるし大丈夫っしょ!」
 この白石という男は、相当愛想がいいようだ。パチパチっと数回、瞬きしたと思えば、ウインクして「賢明☆」と話す。ちょっとイラっと来るところはあるが、それを上回る愛想の良さを感じた。ただ、杉元が除霊云々の話で白石の名前を挙げつつ、頼りなさそうにしていたのはこのためだったか、とも思う。
「尾形ちゃんには何が憑いてるか検討着く?俺は地縛霊っぽくも見えたんだけど」
「あいつの写真に女が映ってた。俺には首締められてるように見える」
 送られてきた杉元の自撮り写真を見せる。白石のこめかみを冷や汗が伝っていった。
「この写真、血だらけの女じゃ〜ん……」
「……俺には女のシルエットくらいしかわからん。杉元はそもそも、見えてなかった」
「霊感ってやつに順応してんのかね?でも血だらけかぁ、生霊じゃなさそうね」
 昨夜の出来事も簡単に伝えるが、既に杉元から聞いていたらしい。事故物件のアレね、と納得された。
「尾形ちゃんの部屋で除霊みたいなことしても平気?」
「ここまで来たら仕方ないだろ…」
「じゃあ、杉元の上で身体、抑えといて!」
 白石が、それらしい御札やら榊やらをバックから出して、それらしく除霊?をする。
 途中、覚醒した杉元がウーウーと唸り始めて、羽交い締めにして止めた。手足を縛っていていても暴れるのだから参った。玄関先で見た女らしい視線から、熊を狩るような鬼気迫る視線に切り替わる。この男は、その顔の方が板についているように見えた。数分、唸って暴れて、殴って止めた。必死になれば、人を殴るも躊躇がなくなる。
「憑いてた女のコは成仏させたぜ〜」
「コイツは気を失っているが」
「そのうち戻る!杉元って丈夫だし!」
 丈夫とは言うが、結構殴った。というか、だいぶ殴った。顔が腫れているし、まあまあ出血しているが、白石には確信があるらしい。心配する素振りを見せないまま、使ったものを片付けたり、持ってきたバックの中をごそごそと漁っている。
 俺が人殺しになる方が、よっぽど困るのだが。
物理的に尻に敷かれている杉元は、目をバツにして気を失っている。頬の古傷に触れると、少しばかり眉を顰めて反応した。
「これから、杉元の部屋でもやってくる」
 よいしょ、とバックを背負い、白石が言った。女の霊とは別に、地縛霊らしきものが部屋にいる、ということらしい。
「……分かった」
 念の為、杉元の手足はそのままに、身体の上に胡座をかいて座って様子を見ておくこととする。あの様子で暴れられては、堪らない。



 母親が家を出た日を思い出した。男に見放されて、子供がその男との、唯一の縁だと縋り付いた。滑稽だ。それでもあのひとに、子どもとして愛されたかったと思うのは、傲慢なのだろうか。
駄目な親だった。それでも、俺にとっては親だった。考えても仕方のないことだと、分かりきっている。

「……たさん、尾形さぁん……」

 尻の下から、名前を呼ばれてぱちりと目を開く。夢現を見ていたようだ。
「ご迷惑おかけしました、尾形さん……」
「ご迷惑だった」
 あんな怨霊の陰を見て、どうでもいい過去を思い出してしまった。気分が良くない。
 杉元はイカつい顔なのに、シュンとした表情をしているから、気分も相まって舌打ちが漏れた。落ち込んだ顔で、「必ずお礼します……」と反省の言葉を口にする。
しっかり、白石の除霊は成功しているらしい。手足のひもをほどくと、赤く擦れて皮膚が裂け、出血していた。
「覚えてるのか、さっきのこと」
「なんとなくだけど、暴れた記憶がありまして…」
 ははぁ、と髪を撫でた。杉元の上から退いて、部屋の椅子に腰掛ける。杉元は手首を撫でながら周りを見渡している。狭い玄関は、杉元と取っ組み合ったせいで靴や傘が散乱したまま。キッチンの前には床にも壁にも血が飛び散って汚れている。冷静に見ても、やはり殺人現場のようだ。
「尾形はどこも怪我してない?!」
 起き上がった杉元が落ち込んだ様子から焦った様子に百面相して、ガシッと肩を掴まれ、デカい手で肩や腕、脇腹をまさぐられる。くすぐったい、怪我もない、と払いのけた。
「……俺が殴ったから……慰謝料は請求するなよ」
「尾形が止めてくれたの?俺暴れると止めらんないってよく言われるからさ、ありがとな」
 ふっと気が抜けたように眉を下げ、杉元が良かったぁ、とヘタりこんだ。はは、どんなもんだい……
「そこ、お前が片付けろよ」
「もちろんでございます……」
 キッチン、玄関に向けて指を差し告げる。見下すように、キッチンに置いてあったペーパータオルも使っていい、と許可を出した。
 暴れていたあの様子を思い返す。しょげしょげと片付ける背中を見ても、やはり、
「……クマみたいだった」
「それ、言われたことある!明日子さんにいつまでも引っ付いてるの、執着しててクマっぽい、とかなんとか……あと怪我してもすぐ治るから不死身だ、とか」
 不本意なんだよなぁ、と濡らしたペーパータオルで床を拭きながら杉元が喋っている。テーブルにあったアルコールシートも投げ渡した。
血ぃすごぉい、と感嘆しているが、ぜんぶお前の血だ。
「アスコさん」
「えっと、幼馴染というか、まぁそんな感じ」
「ははぁ、彼女か」
 髪を撫で付けながら軽口を叩く。帰宅してから既に1時間以上経っていて、普段と違う疲労感がどっと押し寄せた。静かに過ごせればいいと思っていたが、この部屋がいちばん騒がしくなってしまった。ここが角部屋で本当に良かった。
「ちげーよ、15歳になったばっかだぞ」
「ロリコンか?執着すんなよ、クマ」
「そんなんじゃないですぅ!しっかりしてる子だからこそ、変なやつが周りにいるんだよ。だから、」
「その一人がお前か」
 異常男性だったか。クマっぽくても躾がされているとばかり思っていたが、と侮蔑の目を向けた。適当に片付けが済んだ杉元はブツブツと反論している。
「だから、ちげーの!」
 売り言葉に買い言葉、昨夜と同じように取っ組み合いになり始めた頃、白石が部屋に入ってきた。
「なぁにやってんの?あんなことあったのに、元気だね。杉元と尾形チャン……」
 ゲッソリした顔の白石を見て、杉元が驚いた顔をする。なんでいんの?と聞かれ、「俺が助けてやったのよ?」と返されていた。
 つい1時間の話を、カクカクシカジカ。杉元は、フローリングの上で正座して聞いていた。
「まぁ、お前の部屋にいた地縛霊っぽいやつにも引導渡してきたし、たぶんもう大丈夫だよ」
「良かったなぁ、杉元よ」
「大変ご迷惑をおかけしました」
 杉元は床と同化するように土下座をし、白石は疲れ果てたのか溶けるように横になった。自室で成人が二人倒れている様子が面白くて、鼻で笑ってしまった。
白石は息をつきながら起き上がり、部屋に置いていたバックを片付けている。改めて見れば、仏教的な物から、神道的な物まで揃っていて、よく考えれば不思議な組み合わせだ。よく分からないが、まあ必要だったんだろう。
「お礼になにかします……」
 杉元が土下座したまま、もう既に何度か聞いたセリフを呟いた。ふむ、と腕を組んで考えていたが、白石はもう決まっているようだ。
「明日子ちゃんに借りたお金、減らせないか聞いてもらえない?今月厳しくてさぁ」
 なるほど。
「……こういうやつがいるからさ……」
「なるほどなぁ、年端もいかない少女から金を借りているのか、白石」
「尾形ちゃん違うんだよ、急に必要になったんだって」
「パチンコだろ」
「ははあ、ギャンブルで……」
 アスコさんとやらには、守護クマが必要なのだろう。白石の発言で全て納得がいった。先程までとは形勢が一転し、白石に対して白い目が向けられている。
「悪霊祓ったの、俺だよぉ…?」
「それはそれだ。でもまぁ、今日金下ろしてきたし、幾らか謝礼はやるよ」
 杉元の提案に、クゥ〜ンと鳴いていた白石は、途端に顔を輝かせた。白石には金、とでも思っていたのだろうか。昨夜素寒貧だったはずの杉元は、いくらか札を渡していた。
「そうだ、杉元は今日気をつけて寝ろよ!悪霊に憑かれた後って割と精神力削がれてて、知らない間に自傷行為したりするらしいから」
 親父からの受け売り情報だから、ガチかどうか分かんないんだけど、と畳み掛ける。
「…………尾形ぁ、泊めさせてぇ……?」
 昨夜と同じようなやり取りだ。
白石は、渡された金で今日のノルマ業務に出るという。じゃーね!と生き生きとした顔で部屋を出ていった。深夜業務、もといパチンコに出かけていった。
 ひとりになってから初めて、こんなに騒がしい夜を過ごしたかもしれない。


1/1ページ
    スキ