随想録 Ⅰ
好きとキス
放課後の教室。
机を向かい合わせてくっつけて、赤点の追試に向けて勉強に取り組む学生が二人。
一人は熱心に教え、一人は頭を抱え。
「……分かった?これで教えられることは全部教えたつもりだけど」
「あー、えー、何とかなるんじゃね?」
「この前も一緒なこと言ってたけどさ、次また赤点だったらもう知らないから」
「マジそれ勘弁!!お前じゃなきゃ追試乗り越えらんないって!」
両手をぱんっ!と合わせて、相手は頭を深々と垂れた。
この光景を見るのも何度目になるか。
ちらちら見てくる視線にため息をつけば、向こうもばつが悪そうに少し顔を上げる。
「なーなー、オレちゃんと頑張るから!だからこの通り!」
「……本気でやってよ?」
「おう!任しとけって!!」
調子よく応えた相手にまたため息。
「でもさ、実はお前とのこの時間が案外好きだったりしてさ」
「ボクはどうでもいいかな」
「何だかんだ言って付き合ってくれるくせにー!」
「それは泣きついてくるから仕方なく。本当はこんな時間なかったらいいのに」
そう言葉にすると目の前の表情は一気に曇る。
それはもう分かりやすく落胆した。
上げた顔がまた下がっていく。
「ごめんな、こんなバカなオレに付き合わせて……迷惑、だよな……」
「やっと気づいた?本当にこんなところで勉強ばっかりとか全然つまらないんだよ。もっといろんなところに行きたいんだよ。お前と一緒にさ」
「そうだよな、行きたいとこあるよな、オレと……オレと、一緒に?」
言い回しに引っかかりを感じたようで、また顔を上げる。こういうことには鋭いようなのに、反して間抜けな表情にはかなりのギャップがあるように感じる。
「なー、今のって、どういう……」
「好きな奴と遊びに行きたいっていうことだよ。気づけよ察しろよ」
はっきりと言えばその意味を理解するまでに数秒。理解して動揺するまでにまた数秒。その十数秒を経て、ぼん!と音を立てるように急に赤くなった。
「うっわ、ちょっと、それストレートすぎ……!」
「直球じゃないと伝わらないくせに」
「なーなー、オレのこと好きってこと?好きってこと?ほんとに好きなの?」
「……好き」
「マジかー!!!もっかい!もっかい言って!」
「そんなに何度も言わないから」
嬉しそうに、破顔する相手にこちらも気恥ずかしくなって顔に熱が集まる。
「赤くなっちゃってー!可愛いなー!!」
「お前だって赤いから」
「不可抗力ってやつ!だってさ、お前から好きって言われたんだぞ!嬉しくないわけないじゃんか!」
そう語って、向かい合わせた机から身を乗り出して顔を近づけてきた。
「オレもさ、ずっと好きだったんだ。だから、両想いだな」
「そう、なるんじゃない?」
「すんげー嬉しい。なーなー、チューしていい?」
「なにその言い方、全然ムードないな」
笑ってこちらも身を乗り出せばより一層近くなって。距離がなくなって感じたのは柔らかさと温かさ。
「やっぱ、初めては甘酸っぱいんだな?」などと言われたから「ばーか」と頭の悪い解答になってしまった。