随想録 Ⅰ
打ち上げ花火
彼女はいつも、何の前触れもなくやってくる。
「夏、といえば花火よね?」
有無を言わさない文言に、僕は頷くしかなかった。
まだ陽の高いうちに会場に到着した。
三年前には台風の影響で初めて中止となったらしいが、今年は心配なさそうだ。
海辺にはたくさんの人がその瞬間を、今か、今かと待っていた。
涼しげな色合いの浴衣にくるまり、海の家でかき氷を頬張る彼女。
僕はと言えば、今日は外に出る予定も、花火を見る予定もなかった。
だからパーカーと短パンにビーチサンダルのセット。
「そんな格好で私とデートするなんて」
膨れながら言われて、思わずコーラを吹き出しそうになった。
目で反論したが、全く受け入れてもらえなかった。
その後も小言をちくちく言われ、いちいち刺さるけど全部正論だった。
聞いたところで全部は解決出来ないけど、彼女の気持ちが晴れるのならいいかな、と思う。
貝殻拾いをしたり、夕焼けの浜辺を歩いたり。
適当に時間を潰したらすっかり辺りは暗く、人だかりはより一層増していた。
自分自身の手を握る、じわりとかいた汗を服で拭った。
はぐれないように手を繋ぐ、なんて洒落たことは出来ないから大人しくついて回る。
「ねぇ、知ってた?」
普段は下ろされているのに浴衣に合わせて結い上げられ揺れる髪を見ていた。
だからだ、振り返った彼女とばっちり目があった。
「花火って、水の中でもちゃんと弾けるんだって」
きらきらと語る彼女の瞳には色鮮やかな大輪が咲く。
いつの間にか、花火大会は始まっていたらしい。
音に気付かなかったのは、自分の鼓動の大音響が邪魔をしたから。
こんなに近くにいるのだから、手を伸ばせばすぐに届く。
でも勇気はこれっぽっちも出てこなくて。
蒸し暑さともどかしさを感じた、ある一夏の思い出。
17/08/11