青い鳥は鷹から逃れ海原へ羽ばたく。


「あいつお前のこと面倒くさいって言ってたぜ。」

すれ違いざまにタカにそう言われた。
信じられなくて、本当か確かめたくなって急ぎ足でリビングへ向かったけれど、結局聞けなかった。本当だと言われたら、僕はきっともう立ち直ることは出来ない。そう恐れた。
お母さんが帰ってくるまでゲームして過ごした。……気まずそうに視線を逸らしながら。
いつもはまっすぐに僕のことを見て笑いかけてくれるのに。
僕は逃げるようにゲームに集中して、お母さんが帰ってくるまでなんとか過ごした、あんなに重苦しいのは、快斗くんと過ごすようになってからは初めてのことだった。

「しばらく海原とは距離置いたほうがいいんじゃねえか?面倒とか思われてるんだしさ。」
「……うん、そう、だね。」

次の日学校から帰ってきたタカが僕の部屋に来てそう言われた。
タカの言う通り、これからは快斗くんとは距離を置いたほうがいいのかもしれない、面倒くさいって思われているのであれば……快斗くんから連絡が来ない限りは避けたほうがいい、かも。

「俺がいるし、そう落ち込むなよ。」
「うん……。」

タカは少しだけ乱暴だけど、優しい。
いつも1人ぼっちになってしまう僕にそう声をかけてくれるのはタカだけ。また、少し前に戻るだけ、だ。悲しいけれど今までもそうやってきた。今も僕を励まして少し雑で痛いけれど頭を撫でてくれる、彼が本当は友達思いの優しい人だってわかってる、僕がこれ以上傷つかないようにそう言ってくれているのもわかってる……だけど。
(快斗くんがそんなこと、言っていたなんて、信じたくない。)
タカが嘘を吐くわけがないと分かっていても……快斗くんと一緒にいたのがいつもより長かったからか、そう思ってしまった。
タカには内緒だけど、僕はスマホが鳴るのを待ってる。
ああ、そういえば快斗くんと話せるようになったのはこれを落としたことがきっかけだったなぁ……と諦めの気持ちでそっと画面を撫でた。


「おじゃましまっすー!」
「、いらっしゃい。」
「今日も元気ねえ、快斗くん。」

昨日、タカが帰ったあとに快斗くんから普通に連絡が来て、また遊ぼうと誘われた。
明日の夕方からとかどうよ?と着て僕はどうしようかと考えた。
僕のことを面倒くさいと思われているはずなのに、まったく変わらない文面でまったく変わらない態度で僕に接してくれている。
(……タカが……ううん、もしかしたら快斗くんは最初から僕が面倒くさいと思っていたのかも?)
それを隠している態度状態で最初から僕に話しかけていたのなら僕から見た快斗くんが僕に対してフレンドリーにしてくれているとしても、快斗くんの本心は違っていたなら、僕には見分けがつかない。分からない、何が彼の気に障ってしまうのかどんな行動が面倒くさいと思われてしまうのか僕には何もわかんない。僕の視点からでは何もかもがわからないから彼から連絡が来るまでは何もしないようにしようと思ってた。
だから、昨日タカが帰ったのを見計らったようにゲームをしようという誘いが来たことに驚いてしまった。悩んだけれど、快斗くんの誘いを了承した。快斗くんが誘ってくれたから、と自分を責める声に言い訳しながら。
気にしている僕とは真逆にこの間の重苦しかった空気は無かったかのように快斗くんの態度は普段と変わりないものだった。

「上の空だなぁ。」
「え、あ、あー……。」
快斗くんに声をかけられたと認識して漸く今僕は画面で自キャラが死んでいることに気がついた、どれぐらい自分が意識がないと言うことに嫌でもわかってしまった。
「ごめん……。」
「いいよ〜、違うゲームしよっか?」
「う、ん。」
「?大丈夫か?何か顔色悪いけど。」
都合が悪くなるとハッキリ言い切らないのは自分の悪いところだと少し前にタカにも言われたことがある、気になることがあるのにそれを聞かないのは逃げだぞと怒られたっけ……。でも、そう言われても僕は聞けないよ、だってわざわざ自分を傷つくのがわかっていながら傷つきにいける人なんて、現実ではきっと極僅かだよ。無理、僕はゲームの主人公のように果敢に立ち向かっていけるほどの勇気も度胸もない。
「……なんでも、無いよ。」
だから僕は首を振る。
どうせ嫌われてここに来なくなってしまうのなら、それは目の前の現在じゃなくてもっと遠い未来であってほしい、そう逃げ腰でいつかの自分にすべてを任そうとする現在の僕は卑怯者だ。自己嫌悪に陥りながら、それでも笑顔で「何のゲームしようか」とわざとらしい大きな声でそう言おうとした。
「……あのさ。俺、彼方に前から聞きたかったことがあったんだけどさ。」
突然快斗くんにそう切り出されて息が詰まる。
笑顔は消えていないけれど真剣で少し緊張しているようすの快斗くんに、僕は思わず正座してうつむく。長い前髪がバサッと目にかかっても気にならないほどに不安で心臓がいやにやかましい。
(え、なんだろ、怖い、前からっていつから?最初から?何を聞きたいの?)
ドッドっと心臓の音が鳴って止まない。
快斗くんが何を聞こうとしているのか分からない。
『なんでそんなに面倒くさいの?』
『なんで俺がお前のことを面倒くさいと思ってんのわかんねえの?』
呆れてため息混じりにそう聞かれてしまうんじゃないかということを快斗くんの声で脳内で想像してお腹も痛くなってきた。目が回りそう。
少しでも自分を傷つきそうなことを言われそうになるとこうして僕のなかでの『最悪の想定』をする癖がここ3年ぐらいで生まれるようになった。
少しでも、傷を和らげたくて。
自分が一番傷つくであろう言葉や態度を取られるということを想定して脳内でシミュレーションして、そこまで言われなかったらまだ耐えられるしそこまで言われても身構えている分多少のクッションが出来る。
だから
「彼方の、その隠してる片目ってどんな秘密があるの?」
そう聞かれるなんて想像打にしていなくて。
「……え?」
思わず顔を上げてあんなに目の前の彼が怖かったくせにあっさりと目を合わせてしまった。

「嫌さ、彼方が言いたくないなら良いんだけど。どうしてもこう長い前髪で片目を隠すのが気になったし、そもそもゲームしているとき邪魔じゃないかな?って思ってさ。顔を見せたくないならそれはそれで良いんだけど、それだったらさ何か遊んだり出来ないかなって。」
「……遊ぶって?」
「え、眼帯つけたり包帯巻いたりして。」
「厨二病ごっこするつもりかー……。」

いや、カッコよくね?と輝いた目で見ないで。
封じられた片目とかそういうのはもう流石に高校2年生ともなると恥ずかしい、ゲームの主人公がいいなって思ってる地点でまだまだ厨二病から抜け出せていないとしてもそれでも眼帯とか包帯はハードル高い、流石に僕もリアルに中学生のときでさえやってない。

「……ハァ……、」
「あ、別に無理に暴こうっていう気はないからな?でもさ、出来るならやっぱり視界が広いほうがいいじゃん?この間遊んだときは彼方が対戦で本気になったら見れるかなって期待したけれど。」
「別に禁じられた目とかそういうわけじゃないからね!?」
「世界が遅く見えるわけじゃないのか。」
「そりゃね!?」

ため息をつくとフォローのつもりだったのかガンガン僕に厨二病設定を加えてくる快斗くんに突っ込む、なんで楽しそうなんだろう……そして、なんで僕もちょっと楽しいんだろ……。

「……別にね、何でも無いよ。ほら。」

無理して見ようとする訳でも絶対に見たいとまでは快斗くんは言わなかったけれど、でも前々から聞きたいと言っていたぐらいだからもしかしたらゲーセンで僕を見かけたときから不思議だったのかもしれない。
だから、とかではないけれど。
僕が聞きたいことは聞きたくないままだけど、タカに関わらないほうがいいと言われてもそれでもなお諦めずにこうしてタカが今日委員会と塾の日だから絶対に夜8時以降にならないと僕の家には来ないってわかっている日にこうして快斗くんを家に招いている。
(僕は、快斗くんのことを信じたいって思ってたんだ。)
タカに言われたことが突拍子もないことで慌てて過去のことがあって怖くて、快斗くんじゃなければきっとすぐにでも逃げていたと思う。
でも、快斗くんは今までの人たちと何もかもが違っていたから。
少し怖いけど、快斗くんの前で髪を横にずらして隠していた目を見せた。
快斗くんは僕の片目を見て固まっている。
じわりと手から汗が滲み出る、怖いわけじゃない。すごい久しぶりに誰かの目に晒した違和感のせいだ、この汗も震えも。
こうして見せたのは多分小学生以来のことだ。
最近では親にもタカにも見せていない、自室でゲームをしているときに適当にずらすぐらいしか外気に触れない。
だって、さ。
僕の髪は真っ黒で、隠していない瞳も黒で、顔立ちも特別整っているわけではないし、ここまでは普通の人とまったく変わらないけど……。

「青い、んだな。」
「……ん。」

片目だけは、違う。
僕の片方の目の色だけは日本人ではありえない、真っ青な色。所謂オッドアイというものだ。
こうして片目を隠してしまえば日本に馴染んでしまうような容姿の僕だけど、実はアメリカ人のお父さんと日本人のお母さんのハーフだ。小学生3年生までアメリカにいたけれどお母さんの仕事の都合でここに引っ越してきた。
アメリカにいたときは特別人の目を気にしたことは無くてむしろ褒められることが多かったけれど、ここに引っ越してきて学校に通学するようになる前にタカに『日本だと目立っちゃうしいじめに合いやすくなるからかくしたほうがいいよ』と言われた。その忠告通りに今まで隠してきた。……今考えるとこうして片目を隠して頑なにそれを晒そうとせず、隠しておいて友達を作りたいなんて傲慢だったかもしれない。片目を隠している人なんてゲームや漫画ではよくいても実際いたらとても怪しい、もんね。

「っ?」

ネガティブな僕の視界に大きなものが間近に映って驚いた。
そしてそれの正体に気が付いて、僕の身体は石のように固まってしまう。
思わず髪を抑えていた手が外れてしまったけれど、視界は変わらず広いままだ。
そうでしょうよ、だって何かこめかみ辺りに快斗くんの手が添えてあって僕の代わりに前髪を避けている。
視界に映る大きなものが快斗くんの顔面で、反射的に後ろに引こうとするけれど快斗くんの手でそれは出来ない。
「え、どうしたの、そんなに変?」
日本じゃ、そんなにずっと見てしまうほどおかしいもの、なのかな……。というか快斗くんは好奇心から聞いただけかもしれないのにわざわざ秘密を共有するようなことをしなくても良かったんじゃないか、と後悔し始めてきたところで
「……すっごいきれー。」
「えっ」
ため息交じりにそう言われて驚く。
てっきり変だって言われたりするかも、いやでも快斗くんは優しいから気遣ってそう言ってくれるだけかも、とその言葉をそのまま受け取らないように(期待して裏切られたときダメージを少なくしたくて)そう予防線を張ろうとするけれど、
「っ……。」
目の前の快斗くんの顔が、表情が、僕が張ろうとした予防線をあっさりと壊してくる。
キラキラした瞳で一直線に僕の瞳を貫いて、頬を少し染めてうっとりとした表情で見てくる、隠すものも何もなくなってコンプレックスとも感じていた青い目を直視されるのは酷く居心地が悪い、のに、嬉しそうに見つめてくる快斗くんの顔をもっと見たいとも思うし、僕の頬を包むその温かい手は離してほしくない、と思ってしまう。
「本当、綺麗だね、映画とかでも見ていても青い目ってすごい綺麗だなぁと思ってたけど、間近で見るとさらに増し増しだわぁ……。」
「う、あ、ありがと……う。」
じわじわと自分の顔に熱が帯びていく。
褒めてくる言葉にも照れるけれど、その、快斗くんの顔がすごい近いんだ。
目を背けようと視線を斜め上にずらしてみてもどうしても視界に入ってくる快斗くんの顔。客観的に見てかなり恥ずかしいんじゃないか、この体勢っ。

「こんなに綺麗なのに、なんで隠しちゃってたの?」
「あ、タカに……目立つから隠したほうがいい、て。」

日本に来て以降何も言われなかったことのなかったこの目の色を褒めてもらったのやら、顔が近いやらで照れとか羞恥心とかで余裕が無く、何も考えずに快斗くんの質問に正直に答えた。余裕なんて無かった、もう少し余裕があればタカに後々なにか言われてしまうことを考えてしまってこんなに普通に答えられなかったと思う。
「……ふうん。」
僕の答えに表情を曇らせた快斗くんにも気づかなかった。ただ、もう僕もいっぱいいっぱいで。
「あのっ、」
「ん?」
「ち、ちか、近いっ!」
いつまでも離れない快斗くんに羞恥が限界にまで達して、ついに訴えることにした。いや、もう本当、無理。これ以上は爆発しちゃう、嫌ではないけど恥ずかしいっ!
「うん?……あ……っ!」
僕が何を言っているのかわからなかったようで、緩やかに首を傾げた快斗くんだったが、瞳の色に集中しすぎて距離感を見誤っていることに気づいてくれたようで、笑顔のまま固まって。
「っごめん!」
「あ、う、うん……。」
謝罪と同時に勢いよく離れていく顔と手。
近くて恥ずかしくて、それを抗議したのは僕自身だけど、ぬくもりが離れて空気に触れひやりする頬が寂しく感じてしまって、またそれが恥ずかしい気持ちになってしまう。

「……俺は、本当にその目、きれーだって思ってるよ。だから隠しちゃうの勿体ないなぁって、思っちゃうな。」
少しだけ気まずさのせいで僅かに間があって快斗くんがそう僕に穏やかに言い聞かすようにそう言ってくれる。
「……、ほんと?」
さっきから何度も綺麗だって言ってくれているのにも関わらず、ついまた聞き返してしまった。いい加減しつこい、と自分でも思いながらもそれでも疑ってしまう。だって、こんなに普通に受け入れて褒めてくれるなんて、思ってなかったから。
くどいほど聞き返す僕に、快斗くんは嫌な顔をせず、むしろ笑って大きく頷く。
「ほんと!実は俺青一番好きな色なんだぜ、童話だって小さい頃『幸せの青い鳥』が一番好きだし。あ、そういや彼方って名字羽鳥だし青要素も入ってるし、青い鳥っぽいな!」
「、や、そんな……大げさだよ。」
青色が好きなのとか童話がなにが好きなのかは良いとして僕のことを青い鳥と称するのには荷が重すぎる。確かに僕の名字は羽鳥で目が青いけれども……、そもそも青い鳥って願い事を叶えてくれたりする、幸せを運んでくれるような鳥なのだ。
根暗でネガティブで引きこもりの僕と一緒にしては青い鳥が可哀想だ。

「いやいや、だって俺彼方と会ってからちょーハッピーよ?俺にとっては彼方は青い鳥だわ。」

真っ暗な思考をぶっ飛ばすようなことを息を吐くようにそう言うものだから。

「……あ”ーっやめて!もう僕を称えないでっ、恥ずかしい!!」

いつまでも赤くなってしまうほどの熱が冷めないんだ!

「えー?仕方ないなぁ、じゃあ今日は勘弁してあげようー」
「次会ったときもそれやるの?!」
「彼方の良いところ見つけ次第次回だけとは言わずにいつまでも褒め称える所存。」

驚き戦慄く僕に妙にかしこまってそう言う快斗くん。
その言葉を理解してぐっと声が出なくなる。
やめてよ、とかそんなことを言おうとしたけれども、褒め称えるのは恥ずかしいけれど嫌では無いし、それよりも何よりも快斗くんは何気なく言ったけれど『いつまでも』というフレーズに
(あ、快斗くんは僕との関係を近い未来で終わらせる気は無いんだ)
と、安心と感動を覚えた。
黙り込んでしまった僕の反応が予想外だったのか、あれ?と首を傾げる快斗くんは自分の言ったことの重大さに気が付いてない。
……言葉の綾でそういっただけで、快斗くんからしたら本気で言っている訳じゃないかもしれないし、口約束にも満たないお遊びの延長のようなものが絶対にこれから先実現するものではない、だとしても。
(それでも、快斗くんが今日明日で離れる気持ちで僕と遊んでいるわけじゃない。)
僕のことを面倒だって思っている人が、こんな風に言ってくれる、とは到底思えないんだ。きっと、快斗くんは器用だから本当にそう思っていたのなら相手のことを不快にさせず上手いことフェードアウト出来る人だ。たぶん、僕が快斗くんを過大評価していることもあるかもしれないけれど、大丈夫。
直接僕のことをどう思っているのか聞いていなくてもそんなこと思ってもいないよって快斗くんが全身で言ってくれている、だって、僕のことを青い鳥っていうぐらいだから。

(でも、……それなら、何故。)

快斗くんのことを信じるとするなら、快斗くんが僕のことを面倒くさいと知らせてくれたタカは僕に嘘を吐いた、ということになる。
……そもそも、快斗くんがほぼ初対面で連絡先も交換していないだろうタカに僕のことをそういうふうに、言う……かな?
確かに快斗くんは人懐っこくて、初対面の僕に気さくに話しかけてくれたけれど、ネガティブだったりゲームのキャラや芸能人とかクラスメイトのことを悪く言ったりするのを少なくとも僕は聞いたことない。そんな彼が陰口を叩くのかな……?疑問が浮かんでは消えてはまた浮かぶを繰り返す。

「おーい?」
「ほあっ!」
「めっちゃビビるじゃん〜どっか宇宙に行っちゃってなかなか戻ってこないから心配しちゃったぜ。」
「遥か彼方へ、て?」
「彼方だけに?うわ、やかましいわ〜。」

くだらないことを返せば、やかましいとか言いながらも笑ってくれる。
快斗くんには気を遣わなくていいから楽、だなって感じるようになってからなんで僕はタカに対して気を使っているのだろうという新たな疑問を出てきてしまった。……無意識にタカが望む答えを出していた、のかも?快斗くんと話しているとなんだか違和感がある。なんだろね?でも快斗くんに感じる違和感は居心地がいいから、なおさら不思議。

「夕ご飯出来たわよ〜2人とも降りていらっしゃい。」
「あ、もうこんな時間かぁ。」
「本当だ、下行こっか。」

笑い合っているとご飯が出来たというお母さんが僕らを呼ぶ声が響いた。
快斗くんが家に来たのは17時前、いつの間にか19時過ぎていた。本当に快斗くんといると時間バグっているんじゃないかな?と思うほどに早い。

いろんな違和感に気付きながらも、それの正体はまだ分からない。
お喋りしながらご飯を食べて少し休んだ後タカが来る前に快斗くんは帰っていった。
「このあと烏丸が来るんだろ?
俺は烏丸にあまりよく思われてねえっぽいし、彼方もそのほうが安心だろ?」
と、玄関までしか見送ることが出来なくて申し訳ない僕にそう笑って言って帰っていった。なんだか、もやもやする。快斗くんが僕に気遣ってくれているのも遊んでくれるのも嬉しいんだけど……こう、してもらっている感覚がある。
そういえばいつも、僕の家に来て貰っている、というか僕から快斗くんに遊びに誘ったことがないことに気づく。否、そもそも僕から連絡をしたことがない、いつも彼からだ。鬱陶しがられないかなとか忙しいかなとか考えていると快斗くんから連絡が来るというパターンに最近よく出食わす。

(それなら今度僕から先手取って誘ってみるのも、いいのかもしれない。)

今週中に自分から連絡することを目標にしようと意気込んだところでタカがやってきた。
いつも通り課題を渡されて僕も終わった課題をタカに手渡した。
これまたいつも通りにタカと話していたけれど……なんだか、息苦しい。
「やっぱりカナは俺がいねえと何も出来ねえよな。」
「、そうだね、タカには感謝してる。」
見えない何かに首を締め付けられているようなそんな感覚。息の根をいつでも止められるところに誰かがいるような……妙な感覚。
お母さんと話していても快斗くんと話していてもそう感じないのになんでだろう?
快斗くんと話しているときに限ってはまるで海にいるのではないかと錯覚するぐらい自由に楽しくて自由で開放感さえあるのに。
いつも通りに笑って話しながらも心の中がまるで靄がかかっているようだった。
いつもと違う感覚に戸惑っている僕に気付いたのかどうかわからないけれど。

「何か変わったことないよな?」

急にそう聞かれた。
心臓がドク、となった。嫌に煩く聞こえる自分の心臓の音、勝手に震えそうになる手をぐっと握りしめていつも通りを演じようと何度も心の中で言い聞かせた。

「……ないよ。いつも、通りだよ。」
「そうだよな、カナに新しいことをする勇気があるなんて思えねえもん。」

僕の答えに満足したのか、時間も時間だからか「そろそろ俺帰るわ」と帰りの支度を始めるタカ。誤魔化せたことにホッと安堵した。快斗くんと距離を置いたほうがいいとアドバイスしてくれたのに、今さっき快斗くんと遊んでいたことをタカにバレてしまったら……?
(どうなるんだろ?)
僕が、僕の意志で快斗くんと遊びたいと思ったからそうしただけの話で終わる、なのに。
「どうした?」
「あ、ううん。なんでもない、またね。」
靴を履いたタカが黙ったままの僕が怪訝そうに見てくるのに首と手と順番に振った。
……何故かは、分からないけど、話すかどうするか考える前に話さないほうがいいと勝手に脳が判断したように口が勝手に動いていた。
笑顔を貼り付けて(どうかバレてくれるな)と願いながら手を振っていた。

「おう、また明日な。」

だから、いつも通りにそう返して玄関を閉めていったタカの後ろ姿が見えなくなって、安心して力が抜けそうな足を引きずってなんとか自分の部屋に入り、後手で閉めてようやくへなへなとその場に座り込めた。
「良かった……。」
今日は誤魔化しきれたことに安心してため息混じりにそう言った。
(……編入のこともいつタカに言えるかな。)
僕の隠し事は快斗くんと会っていたことだけではなく編入のこともだった。
編入したいという希望はお母さんには伝えたものの未だ学校見学にも行けていないのでいつになるのかも分からない不確定なことだったから、ちゃんと決まるまでは黙っていようと、そう決めてた。……決まってもいつ言えるかちょっと分からないけど。
先のことはともかく今目の前のことは何とか誤魔化しきれた。
(……いつ、快斗くんに連絡しようか、いやそもそもどう切り出せばいい?え、くだらないことで連絡してもいいのかな?僕から、迷惑じゃないよね?快斗くんからはよく連絡くれるし、ああでも忙しいんじゃないかな、でもそうして悩んでいると快斗くんから来ちゃうし、どうしよ、いつ連絡しよ……。)
目先の悩み事を一旦忘れ快斗くんのことでまた悩む。だけどそれは悩みながらもどこか浮ついて不安混じりだけど、楽しい悩みのように感じた。快斗くんやタカに感じた違和感の正体を考えることもなく。
脳内にお花が咲いたかのように浮かれていた僕。とんでもない馬鹿だった。

まさか、僕のお母さんがスーパーで会ったタカのお母さんに編入させることを考えているということを話していたなんて僕は知らなかった。


「カナの嘘つき。」

外に出たタカがそう眉間に皺を寄せてそうつぶやいたことも、僕は知らなかった。

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