青い鳥は鷹から逃れ海原へ羽ばたく。


「おじゃま〜。」
「いらっしゃい、快斗くん。」

俺を出迎えてくれたのは最近仲良くなった彼方。
やってきたここも彼方の家だ。
今日で彼方の家に来たのは2回目になる、彼方のお母さんが俺のことを気に入ってくれたみたいで次はいつ来るのかと忙しないようで落ち着かないのですぐにでも来てほしいとラインが来たのは初めて彼方の家に行った帰り道のことだった。
せっかくのお誘いだったし俺としては是非とも食べていきたいところだったので、申し訳無さそうな彼方に笑って承諾した。
その日彼方のお母さんは昼に仕事が入ってしまったらしいけれど夕方には帰ってくると事前に言われたので、今この場には俺と彼方ふたりきり、と言うことになる。何故か緊張するのは、なんでだろう。
(……別に、男同士で2人きりになるなんて珍しいことじゃねえし。)
「快斗くん?」
「うおっと、あ、なーに?」
「何飲みたい?というかなんでそんなに驚くの。」
「んー考え事してて。なにがあんの〜?」
いつも通り、いつも通り。
そう言い聞かせながら冷蔵庫を覗いている彼方のとなりへ。
「お、コカコーラあんじゃん。それがいい!」
「開けたら最後、炭酸すぐに抜けるから今日中に飲み切らないといけなくなるけどいい?」
「なにその脅し!や、大丈夫よ?」
「1リットルあるけど……。」
「行けるべ!」
「飲み残すと僕がお母さんに怒られるんだけど。」
「あっれ?嫌なの?実は彼方はペプシコーラの民?」
「いや別に。僕、コーラの味の違いわかんないし。」
「全然違うぞ?!コカコーラのほうが甘くて……。」
「はいはーい。」
「聞いて!?」
ふざけ合いながらも彼方はさっさとコーラを取り出してコップに並々と注いだ。
先週は2階の彼方の部屋でゲームしたけれど、今日は彼方のお母さんが夕方までいないからと広いリビングでやろうと誘われたのだ。正直ありがたい。彼方の部屋は彼の匂いに包まれていて、ついついベッドに視線を向けてしまってゲームに上手く集中できなかった。いや、集中していてもあの死にゲーをクリア出来る気はしなかったけれど。
俺が来るまでにゲーム機を下に移していてくれたみたいで後は繋げれば好きなゲームをいつでも出来るようになっていた、俺がコーラを一口飲んでいると彼方はそわそわと落ち着かない様子。
その気持ちちょう分かる、早くやりたいよなぁ。俺も早くやりたいもん、だけど彼方はどう切り出して良いのか、というより自分の感情を表に出すのが苦手なのか表情は変えていない。だけど手を組んだり外したりと忙しない。

「よし、やろうか!」
「、うん!」

彼方はどういうことか片目をその長い前髪で隠すようにしていてその顔の半分は見えないけど、でもその髪の隙間から見える白い肌が嬉しいのかほんのりと赤くなっているのと上機嫌に上がる口角が見えて、表情のすべてが分からなくても全身で俺とやるゲームが楽しいって言ってくれているから全然気にならない。
(……だけど、なんで隠してんだろ?)
遊んでいる上では別に気にならないけれど、でも何故隠しているのかの理由は気になった。
ゲームをしていると視界の邪魔になるだろうし……目も悪くなっちゃうのに。
彼方の引きこもっている期間がどのくらいなのか俺は知らないけど、そんなに伸びるものかな?俺だったら少し目にかかるぐらいになったら鬱陶しくて自分で切っちゃいそう。
……何かそっちの隠している方にコンプレックスとかあるのかな……。
大多数に触れるのはおろかこうして個人で俺しかいない空間でも見せないようにしているのかな……。気になる、なぁ。

「油断してるね。」
「え?っうあああああ!?」

ついつい隣にいる彼方のことを考えていると、ふと声をかけられてハッと画面に意識を戻すと必殺技を決められている俺の選択したキャラがいてつい叫んでしまった。

「考え事とは愚かなり〜。」
「くっそー……。」

画面に『YOU LOSE』という無情な文字を見ているとまじで悔しくなる。
いや、考え事していた俺が悪いんだけどさ。こう改めて言われると。
まー燃えますよね!

「よっしゃ、次は俺の本気!」
「あはは!かかってこーい!」
(今はとりあえず、いっか。)
楽しそうにしている彼方を見ていると、今この瞬間の空気感を壊してまで聞きたいとまでは思えなかった。
……というか、片目が見えにくい状態でも強い彼方はさらに強いんのではなかろうか……?
ハンデあっても俺は勝てない。ならば本気を出させてその封じられた目を開眼させればいいのか!
というノリで今日は過ごすことにした。
彼方は大分……いやかなり俺に打ち解けてきてくれていると思う、少なくともゲーム屋で声をかけたときよりは。
前々からゲーセンでちょこちょこ彼のことを見ていた。
髪が長くて細くて、色白の年が近そうな男の子がいつも一人でゲームしているのが気になっていた。基本的に俯いていてゲームをしているときも暗い目をしている、俺とやるゲームがよく被っていてすごい上手い彼がどうも胸に引っかかっていて声をかけてみたくなって。でもきっかけがなくて話しかけられなかった。
だから、あの日……たまたまほしいゲームが彼方と被って同じゲーム屋にいて、急ぎ足で帰ろうとした彼のカバンのポケットからスマホを滑り落としたのを見て急いで駆け寄った。
(チャンス到来!)
上手くいけば、友達になれなくてもゲーセンで挨拶するぐらいの仲にはなれるかもしれない、とそこから交流を深める可能性もあると自分を奮い立たせて、見知らぬ一回も話したこともない、彼……彼方に内心おっかなびっくりでにじりよるよう、でも相手には気づかれないように声をかけたんだ。

彼方と仲を深めるつもりだったけれど、俺の想像以上に早く打ち解けられた。
確かに最初こそかなり警戒している素振りを見せていたけれど、同じゲームをやっていると分かるとキラキラした瞳になって、一緒に遊ぼうと誘うとすぐに頷いてすぐに何故か視線を彷徨わせ迷っているようだったけれど、ダメ押しと言わんばかりに絶対一緒にゲームしようと言ってみると嬉しそうに頷いてくれた。
家に誘われるまで行くのに1ヶ月はかかるかな、と思いきや彼方のお母さんのおかげで1週間ちょいで遊びに行けるようになって、今日で2回目となった。
引きこもり、てどんな感じなのかテレビで少しぐらいしか見ていないけれど、どうしてもネガティブなイメージがあった。少しだけみんなと違うところがあってそれを否定され続けて後ろ向きに物事考えてしまうような人物像が無意識のうちがあった。
でも俺個人の彼方への感想は『結構前向きに考えられるタイプ』だ。
そもそも彼方の場合は完全に家から出ない訳ではないし、ゲーセンも付添もなく自分の足で行っているし欲しいゲームを買いに行く際もお母さんに買いに行かせず自分自身で歩いているし、食事だってテレビではよく部屋の前に置いてっていうのを見たけれど彼方はちゃんとお母さんと一緒にご飯に食べている。
学校には行けていなくても外には出れている、それに編入も一つの道だよと言ってみるとそれもありなんだ、と感心した表情を浮かべてた。
俺が想像するに彼方は元々ネガティブとか人見知りというわけではなくむしろポジティブで人懐っこい性質なんじゃないかと思う。夜寝る前に色々考えてみてもやっぱり彼方は多少は後ろ向きに考えてしまったり過去のことがトラウマになっているようではあるけれど、元々ネガティブで人見知りな人間がこんなにすぐに俺のことを受け入れたりしない、と思う。
クラスメイトにも教室の隅で誰とも話さない人とも俺は話したことあるけれど、共通点を見つけても「そうなんだ」ですぐに会話を終わらせられてしまう。半年ぐらい経って漸く挨拶を返してくれるぐらいにはなったけれど、笑ったところは見たことがない。
こういうタイプを人見知りとよぶのであれば、彼方はそれに該当しない。
寧ろ目を輝かせて友だちが出来たことを喜んでこうして誰かを普通に家に呼んでこうして隣に並んでゲームをしているのだから。
(それなら、なぜ?)
どうして初めて会ったときあんなにビビってた?
どうして俺に嫌われる想像をして震えて涙を流してしまうほど怖がってる?

「あ”っ」
「やった、2連勝!」
「くっそっ!」

あーもう、一旦考えるのを辞めようと思ったのにまた新しいことを考えちゃってった。
俺が隙だらけなのを彼方が見逃すはずもなく、あっさりとまたしてもやられてしまった。やばいやばい!今度こそ本気で集中してねえと!
『もう一戦!』と声を出そうとしたと同時に『ピンポーン』と誰が訪ねてきた音が家中に響いた。

「あ、ごめん。ちょっとまってて。」
「ういー。」

来客を無視するわけにはいかない、早足でリビングを出た彼方を見送りコーラに口をつける。
待っている今のうちに考え事の続きを再開した。
……大体の引きこもりは、何かしらの理由があってそうなってしまうんだと聞く。
それは進路だったり家庭の問題だったり学校のことだったり、理由は色々ある。
彼方の場合は『いじめられてはいないけど皆から嫌われるのが辛くなったから』だ。
なんで嫌われるんだろう?
少なくとも俺は彼方といるのは楽しいし、好ましいと思いこそしても嫌いになる理由は今の所どこにも見つからない。
彼方の話を思い出す、仲良く話をした次の日には何故か必ず嫌われる、と。

(?……それなら……あいつは……?)

「ごめんね、快斗くん。」
「んや、全然待ってな……い、」
戻ってきた彼方に声をかけられて返事する。
すぐにふと過ってその疑問が確かな形になる前のことだったので、彼方に返事をしたことですぐに消えてしまった、が。
彼方の隣りにいた人間を見てその疑問は消えずに頭のなかに留まった。

「やぁ海原。俺も一緒に遊んでもいいかな?」
(……こいつ、は。)
……この間少しだけ話した、やつ。
「、烏丸じゃん!全然良いよ!」
そう即答した。
先週、帰り際に来た彼方の小学校来の友人……彼方は『タカ』と呼んでいた、烏丸だ。
彼方と同じように『タカ』とは呼ばせず名字で呼んで良いと、そう言ってた。俺のことも烏丸は名字で呼んでいる。……先週に引き続いて何故か笑顔ではありながらも目は冷たく俺を見ている。
烏丸がやってきたことで俺のなかの疑問は完全な『形』になった。
(烏丸だけは、なんで彼方を嫌わない?)
笑顔で答えながらもそんな気持ちが芽生えた。

烏丸も交えて3人で遊ぶことになった。
それは、構わない。
普通に友だちと2人で遊んでいる途中たまたま会ったり連絡したりして合流することも珍しいことではない、2人より3人、3人より4人て言うし。

「……。」
「カナ、それ楽しい?」
「う、うん。」

けれど、なんだろう。この距離感。
彼方の近くにいる烏丸は顔がかなり近いところにある、俺はその2人から人一人分離れた隣に座っている。
(、なんかいつ頬に口が当たってもおかしくない距離、だな。)
烏丸はゲームをあまりやらないようで俺たちが対戦しているのをずっと見ているだけ。
だが、何故か烏丸は彼方に密着していて、彼方は操作しにくそうだ。
(……なんか、イライラする。)
酷い不快感が俺の胸辺りを襲ってくる。
「あのさ、彼方やりにくそうだから烏丸ちょっと離れねえ?」
「そう?このぐらいが普通の距離だよな、カナ?」
「……、う、うん。」
明らかに異常なほどに近い距離なのに、それを普通だと言い張る烏丸。笑顔なのに妙に圧がある雰囲気。彼方はただ烏丸の言うことに頷くだけでさらにイライラする。

「嘘つけよ、さっきまで負けなしだったのに、もう3連敗してんじゃん。烏丸がやらないからって妨害すんな。」

さっきまでの無駄も隙のない動きが嘘のように凡ミスが多発している。
烏丸が来てからずっとこんな感じなんだけれど、彼方はさっきまで楽しそうにしていたのにおどおどしていて烏丸の様子を伺っている。
無理やり頷かせているのと何も変わらない烏丸に苦言を呈した。
烏丸は笑顔を消して俺を睨みつけているけれど、それをじっと俺は見返す。目を逸らしたら負けたような気がする、それじゃあ俺の気がすまない。

「あ……、ご、めん。ぼく、トイレ。」

睨み合う俺らに彼方は居心地が悪くなったのか本当にトイレに行きたかったのか分からないけれど、小走りで烏丸から離れリビングを出ていきこの場で烏丸と俺2人きりになった。
睨み合うのはやめず、しばらくどちらも様子を伺うように何も話さずただゲームの陽気な音だけが響く。

「……あのさぁ。」
「なに?」

睨み合ったのはそこまで長い時間ではなかった。
ため息を吐きながら烏丸は目を閉じて、声をかけてきた。
俺はじっと目を逸らさずに烏丸の様子を伺う。
おかしいんだ。
何が、とかわかんないけど。
なんであんなに彼方は小学校来の友だちである烏丸に対して顔色を伺っているのか。
俺といるときはあんなに大きな口を開けて笑ってふざけあっていたのに、こいつが来てから彼方はおとなしくなってしまった、さっきまでとは全く違う態度だった。
彼方と烏丸の関係性が、俺にはよく分からない。

「海原はもうカナに近寄らないでくれないか?」

もっといえば、そんなことをいう烏丸が本当に分からない。
「……なんで?」
何故彼方本人に言われるのならともかく、こうして友だちの友だちにそう高圧的に牽制されないといけないのか。
怪訝な顔をする俺に烏丸は「ああ、ごめんね。言い方悪かったよ。」と申し訳無さそうに眉を寄せて俺は俺の敵ではないと伝えてくるような笑顔を作った。
……見るからに作り笑顔じゃん。不信感。

「カナさぁ最近ずっと言ってたよ?快斗くんといるとつまらない、本当は無理してる、てさ。」
「……はぁ?」

ありえないことを言われて、首を傾げてそうつい柄悪く聞き返してしまう。
そのぐらい俺の中では絶対にありえないな、と思うようなことを言われたんだ、そうしてしまうのも仕方ない……よな?
「そんなのあり得んよ。」
「いや本当は近寄ってほしくないけれど一人になりたくないから仕方なく、てさ。快斗くんといるなら周りも僕を見る目を変えてくれる、てさ。
ごめん、カナって昔からそういうところがあってさ……せっかくそう言う海原を悪く言うなよって言ったけど止めなくて。これ以上は海原が嫌な思いするだけだし、もう近寄らないほうがいいよ。」
否定する俺に、さらに言葉を続ける烏丸。
俺のことを気遣うようなことを言っている、……俺がもしも、彼方や烏丸と同じ学校だったら引っかかってたかも、ね。
「……それはさ『彼方が』じゃなくて『烏丸が』思ってることじゃないの?」
「……どういうことかな?」
俺が問うと烏丸から笑顔がすっと消えて無表情になった。
それに対して俺は特に感想はない。ただ胸糞悪い気持ちにはなってるけれど。
何故みんなが嫌うような彼方を唯一烏丸だけは嫌わないのか。
そんな疑問はこの烏丸の言動で答えは出てた。
彼方が嫌われていたのは彼方自身がなにかやらかしてしまって嫌われていたわけじゃない。

「ずっとそうして彼方を嫌われるようにしてたんでしょ?」

海原が。
彼方を嫌われるように仕立て上げていたんだ。
理由は分からないけどさ、こうして彼方がいないところで彼方の小学校来の親友がこうして忠告してくるんだもん。しかもこちらの味方ですと言った表情を浮かべているし。もしかしたら最初は高圧的にあえてして一瞬驚かせた後に温和な雰囲気を出すことによってこっちにも言うこと聞かせてたのかもしれない。

「……そんなわけ無いじゃん?俺の言うこと信用出来ないの?」
「そりゃね、俺は烏丸のことよく知らないし。俺は彼方と仲良くなったのが先で、烏丸とは最近会ったばっかりだもん。」

普段は同じ学校の人間を相手にして、これでいつも彼方を孤立させていたのかもしれないけれど、俺にはそれは効かないよ。
俺に対して敵意剥き出ししていたのに急に味方ですって顔をされても信用出来ないでしょ。
烏丸は学校では上手くやっていってるかもしれないけれど、俺からしたら他校の友だちの友だちで俺は烏丸に対して何の前情報も無い。だから、烏丸が良いやつかどうかは周りの声ではなく俺個人で決めることなので、騙されない。

「まぁ、御託はともかくさ……俺はただ単に彼方を信じたいから信じる。それだけだよ。」

たとえ小学校以来の彼方の親友がそう言ってきても、俺は彼方を信じたい。
到底俺の目からあんなに楽しそうにしている彼方が嘘や打算から来ているようには見えないんだもん。
警戒している彼方、嬉しそうなのにそれを出せなかった彼方、ゲームをしていて大きな口を開けて笑ってふざけている彼方、俺に嫌われる想像をして泣いた彼方、照れて芋虫状態になった彼方、この数週間の彼方のすぐに思い出せる。

一緒にいて楽しくて、幸せで、もっといっしょにいたくて……もっともっと、笑ってほしい。もっと、幸せになってほしい。
(……今気づいたけど、俺、彼方のこと好きじゃん。)
この感情は友だちの域をとうに超えている。
さっき近い烏丸に苛立ちを覚えたのは、ただ嫉妬していたんだ。
腑に落ちた自分の感情をこういうときではないけれど、浮つく、俺はもっと……彼方に触れたいんだ。
頬が熱くなりながらも、烏丸を見つめる。
「……もしも、烏丸の言っていることが本当だったらごめん。だけど、どうするのかは俺が決めるから、烏丸は何も気にしなくていいよ。」

烏丸に対して苛立ちを覚えたのは、純粋な友情以上の感情も含まれていたので八つ当たりしていたところもあったかも、と漸く冷静になれたので謝る。
全部俺の決めつけになってしまう可能性に行き着いてのことだったのだけれど。

「……チッ、こいつまじうぜぇ……。」
「え」

これ以上ないっていうぐらいに睨みつけられ、そう低い声でそう言っていった烏丸の表情に驚きつつも(……やっぱり、烏丸が仕向けてたのか)と察した。
「カナは絶対に渡さねえから。」
「あ、おいっ」
俺に対しては彼方はこう思ってたとかそう説明されたけれど、烏丸が他の人にもこうして彼方の評価を裏で落としていたんだという確証はなく推測の域は出ないと思い直したのに、烏丸の態度を見てやっぱり烏丸のせいだとわかった。
だけど、それを察した俺に烏丸は吐き捨てるようにそう言って出ていってしまった。


(……烏丸、何をするつもりなんだろうか……。)
良いこと、ではないのだけは分かるけれど。

「タカ、帰ったね。さっき、すれ違ったよ。」
「ん、ああ……そう、だな。」

烏丸がリビングを出て入れ替わるようにして彼方がトイレから戻ってきた。
俺はどんな顔で彼方を見て良いのかわからなくなった。
小学校以来の親友のはずの烏丸が、結局彼方を孤立させた本人だった。
俺からしたら腹立たしいことこの上ないで、今から追いかけて掴みかかりたい気持ちだけど、彼方から見たら烏丸はずっと訳もなく嫌われる中で唯一態度を変えない親友、なんだ。
(……今は、なにも言わないほうが良い、か?)
いつかは言わないと、とも思うけれど……だけど、今言ったところで彼方は俺のことを信じてくれるか?
たとえその場では信じてくれても烏丸にはぐらかされてしまう可能性は高い。
……それに、俺の想う彼方への感情は『友情』だけではない『恋情』も入っている、純粋に友だちと思っていたのなら何も後ろめたさもなく烏丸のことを伝えられたかもしれない……あーもう、わかんねえ!俺もさっき彼方への感情を自覚したばっかなんだ、その上烏丸が真犯人だったとかもう頭のぐちゃぐちゃだ。

「……とりあえずさ、ゲームの続きやろうぜ。」
「あ、う、うん!」

時計を見れば16時ぐらい。
あと1,2時間すればたぶん彼方のお母さんも帰ってくる。流石にまたご飯を食べずに帰るのは申し訳ない。

「さぁ、今度はまじ勝負な!」
「っうん、」

いつも通りの空気に戻そうとして空元気を見せた。
彼方がどこか上の空で戸惑っているのはさっき俺と烏丸が睨み合っているのを見たせいだと疑わなかった。



「あいつお前のこと面倒くさいって言ってたぜ。」
「……え?」

まさか、トイレから出てきた彼方に玄関へ向かう烏丸がすれ違いざまにそう声をかけていたなんて、思いもしなかった。
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