青い鳥は鷹から逃れ海原へ羽ばたく。


「あの……今度さ、家来ない?」
今日で海原くんと出会って1週間とちょっと。今日はゲーセンで遊ぼうと誘われて久しぶりに外に出るのと同時に海原くんとも久しぶりに会った。
だけどオンラインで一緒にゲームしているときメッセージでやり取りしているおかげか、不安に見舞われたのは最初だけでやるゲーム自体は結構共通点があってすぐに気まずさを感じずに打ち解けられている、と思う。
ゲーセンに行った後こうして一緒にファストフードで話が盛り上がっているし、きっと彼も僕に不快感は無いだろうとそう踏まえた上で家に来ないかと誘ってみたのだ。
心臓バックバクで手や声が震えそうになるのを何とか抑えるながら。
僕一人ではそんな案を出す、という発想すら無かったけど。
友だちが出来たんだとお母さんに言って3日ぐらい経って今度お家で遊ぼうって誘ってみない?と目を輝かせて聞かれたことがきっかけだった。
家に来る友だちどころか友人という存在自体なんてタカぐらいしかいなかった。しかも僕自身から家に誘うのは初めてのことで。
まだ知り合って一週間とちょっとしか経っていないのに家に呼ぶなんて海原くんを不快にさせないだろうか、そもそも僕が海原くんを友だちと認識していて良いのだろうかという不安がまた押し寄せてくる。

「えっまじ?いいの?!」

だけど海原くんが嬉しそうにテンション高くそう言ってくれることで僕の不安は杞憂に過ぎなかったことに心から安堵する。
「じゃあもうあれだ、羽鳥の家で丸1日ゲーム大会しようぜ!さっき言ったゲーム持ってくから一緒にやろうぜ!あ、それならコントローラーも持ってこなきゃな、うわ〜超たのしみ!」
「……ん、海原くんの好きそうなゲーム僕も知ってるから、それもやろう。」
「まじかー!冷えピタも持ってこねえと!」
冗談ではなく本気で丸一日をゲームで潰せそう、タカとはそういうこと出来ないから、すごく楽しみだ。じゃあその日までに課題を全部終わらせて思う存分遊べるように僕もがんばらなくちゃ。まだ具体的な日付も決まっていないのにも関わらずそんなことを考えてしまうぐらい浮ついている自分に気づかなかった。
「あ、そうだ!」
「っび、っくりした……。」
突然大きな声を出すものだからメロンソーダが変なところに入りそうになった。
「ごめんごめん!あのさぁ羽鳥のこと彼方って呼んでいい?」
「え、」
さらっと謝りながら僕の考える『友だち像』をあっさりと超えてくる海原くんに驚いてしまう。
……いきなりハードルが高いことを要求されてしまった。
タカでさえ名前を呼ぶようになったのに年単位かかったのにそれを一週間でやすやすと越えようとしてくる海原くんに驚いてしまう。
「せっかくさ友だちになったんだし、いつまでも名字なのも他人行儀だし。もちろん俺のことも快斗って呼び捨てでいいぜ!むしろ呼んでほしい!」
「……、」
『友だち』彼からそんな単語が出てきてじんわりと胸が暖かくなる。
そっか、僕の独りよがりじゃなくちゃんと彼もそう思ってくれているんだ、うれしいな。
キラキラした瞳で何の影もなくそう僕の目を真っ直ぐに見てくる海原くんが眩しい。
海原くんにとって僕が初めてのゲーム友だち、だからなのかな?それとも皆にも同じなのかな?
それは分かんないけれど……、呼んでほしいと素直に言ってくれてこう期待されるのは、悪い気分じゃない。
「あ、いや!まあ無理にとは……。」
「……快斗、」
「おおっ!」
「……くん、で勘弁して。」
やっぱり呼び捨てで呼ぶのはハードル高すぎて無理。
期待させて申し訳ないけれど、下の名前なだけでも心臓に悪いのでせめてくん付けでさせてほしい。……意にそぐわないことをしちゃって怒られない、かな……。
「おっけおっけー!無理はよくないからね、その素直さ良いと思うぜ!あ、俺は彼方って呼び捨て呼んじゃっていい?」
「、うんっ」
怒られなかった。むしろ素直で良いと笑って言ってくれた。なんだか、タカと全然違うタイプの人間だ。今まで見たことのないキラキラした人、そんな人が僕を友だちなんて言ってくれるなんて、なんだか夢みたいだ。じわじわと名前を呼ばれる嬉しさがこみ上げてきてにやけそうになる。
「よし!じゃあ改めてよろしくな、彼方。」
「よろしくね、うな……快斗くん。」
「あっ今名字で言いそうになったなぁ〜」
「……少しずつなれていくので今は許して。」
「う〜ん〜……許す!」
「ふはっ」
思わず吹き出せば海原く……快斗くんもけたけた笑っている。
(ああ、なんか良いな。)
ゲーセンに行って遊んでこうしてくだらないことを話して笑い合う。
『普通の高校生』になれたようでくすぐったいけれど心地よくて、何より嬉しかった。
時刻は18時。
今日はタカは部活でそのあと塾のはずだからまた20時に来る、それまではどこにいても平気だと思ってた。
「……だれだ、あいつ。」
まさか僕らには見えないほど後ろの席で笑い合う僕たちを鋭い目つきで睨みつけ、ドスの利いた声でそう呟いていたタカがいたなんて、予想もしてなかった。



「おじゃましまーす!」
僕の家にそう明るい大きな声が響き渡ったのは名前を呼び合うことになった日から3日が経った日曜日。
せっかくなら休日丸々使って遊びたい!という快斗くんの希望で、タカが部活でいない日の日曜日に遊ぶことになった。
「いらっしゃい、あなたが海原くん?彼方と友だちになってくれてありがとうね。」
「お母さん……。」
入ってきてすぐお母さんが嬉しそうにそう言うものだから僕が恥ずかしくなってくる、咎めるようにお母さんを呼ぶといけないいけないと言わんばかりに口元おさえて頬染め笑う。
「ごめんなさい、私ったら。さ、どうぞ上がって上がって。」
「はーい!」
お母さんに促されるまま靴を脱いで礼儀正しく揃え、快斗くんが家の中に踏み入れる。
「あとで飲み物とお菓子持っていくからね。」
「……ありがとう。」
「ありがとうございます!」
笑顔で元気な声で受け答えする快斗くん、その素直で真っ直ぐなところが良いなぁと僕には無いものをこっそり羨んだ。


「……うお〜〜!また死んだぁっこの人でなし!」
「まあ人じゃないからね。」
「それな!」

画面に映る無情な『ゲームオーバー』の文字に悔しがる快斗くん。
僕はそれを見ながらお母さんが持ってきてくれたポテトチップスをつまんでお茶を飲んだ。
部屋の時計を見ればもう4時過ぎたところだ、快斗が来たのは2時ちょっと前なので既に2時間休憩なしでゲームしているということになる。いつのまに……。
「むずいけど面白いな!」
「そうなんだよね、理不尽ゲーなのにそれを上手く乗り越えられたときの爽快感があってさ……。」
ベッドに寄りかかって快斗くんもお茶を飲んだ。
最初の1時間は快斗くんのおすすめゲームを僕がやって、交代で今僕のゲームを快斗くんがやっている。
快斗くんが進めてくれたのはモンハンとは違う狩りゲーでこれはストーリーがメインって感じだった、僕はモンハン以外の狩りゲーは邪道だと思い手を出してこなかったけれど和風なのと好ましいキャラが出て一緒に狩ることが出来るのが相まってそんなに悪いものじゃなかったなと評価を見直したところだ。快斗くんのほうも僕の好きな所謂『死にゲー』はやってこなかったみたいで最初はおっかなびっくりだったけれど、徐々に楽しさに気付いていったようで今では笑って敵に殺されている。
気に入ってくれて良かった、そう安堵しながら熱を込めてゲームについて語り合う。
(楽しい)
タカといるのは悪いものではないけれど、こうして趣味のゲームについて呆れもせず遮ることもなく語り合える友だちがずっと欲しくてたまらなかった。今こうして真剣に楽しそうに快斗くん自身の見解も話してくれる、もっと、もっと話したい。そんな気持ちが止まらなくなる。

「彼方、私ちょっと買い物行ってくるね?ゲームが楽しいのもわかるけどちゃんと休憩しなさいね。」

そんな僕の気持ちに待ったをかけたのが、部屋をノックして少しだけ扉を開けて伺うようにそう言った母の声だった。
「あ、うん、いってらっしゃい。」
「はーい!お気をつけて!」
僕はうなずいて、快斗くんは手を振って見送る。
パタン、と扉が閉まる。

「えっと……じゃあちょっと休憩しよっか。」
「そうだなぁ〜……うわ、もうこんな時間か!時間忘れてたわ〜」

快斗くんは今時間に気付いたようで驚いている。
楽しくて時間を忘れていたのは僕だけではないことにホッとする、僕の独りよがりではないとそう快斗くんの表情が素直に伝えてくれる。
……きっと、快斗くんは学校でも人気者なんだろうな。
いいな、ゲームをする友達は小学校以来僕が初めてとは言っていたけれど、それ以外を一緒に笑い合えるような友達がいっぱいいるんだろう。
(……羨ましい。)
醜い気持ちがドロリと溢れる。
こうして遊んでくれるだけでも僕は嬉しいのに、快斗くんの前に胸張って立てるような人間でありたいのに卑屈な気持ちがそんな純粋に友人でいたい心を汚していく。
快斗くんだけじゃない、タカだって。
僕にはいないのに2人にはたくさんいる。
なんでだろう、なんで僕嫌われちゃうんだろう。

そして、いつか……快斗くんにも嫌われてしまうんだろうか。
『お前なんか大嫌いだ。』
昨日まで笑ってくれたのが嘘のように明日には氷のような冷めた目で堅い表情で、軽蔑されてしまう、のかな。

「彼方?!」
「ぅ……ふ、ぐぅ……!」

楽しそうに笑っていっぱい話してくれる快斗くんが、僕を軽蔑しきった顔で無視されることを想像しただけで涙が止まらなくなってしまった。
「大丈夫?ほらほら、ティッシュ!」
「うぶぶ……ぅう”……」
さっきまで普通に話していて笑っていたのに突然泣いているなんて情緒不安定過ぎる、そう恥じながらも涙は溢れてくる。
結局落ち着くまで30分ぐらいかかってしまった。
その間、ずっと心配そうに声をかけて労るように背中を優しく撫で時折軽く叩いてくれる温もりを僕にくれた快斗くんは酷く出来た人間だった。
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