青い鳥は鷹から逃れ海原へ羽ばたく。



「……あ、」

いきなり後ろから声をかけられ、嘘だとかばんを確認した。
ショルダーバッグの外側の小さいポケットに入れていたはずのスマホが確かに無くなっている。
そして差し出されたスマホは確かに僕のものだった。
「……あり、がとうございます。」
「どういたしまして〜。」
久しぶりに両親やタカ以外で店員を除いて誰かに話しかけられたのはかなり久しぶりのことで、どう声を出したらいいのかわからなくて変に間が空いて発音のイントネーションがおかしくなってしまったけれど目の前の人は特に気にした様子もなかった。
これで目の前の人の僕への用件は終わった、そのまま去っていくと思いきや。
「あれ?よく見たらきみ、この辺のゲーセンにいる子だよね?」
「えっ……。」
話を続けられた驚きでつい顔を上げてしまう。
最近では罪悪感から両親のこともタカのことも顔を直視することも出来なくなってしまって。
正面だって生身の人間の顔を見たのは1ヶ月ぶりぐらいだと思う。
下を向いていても、その格好は視界に入ってきっと目の前の彼は僕と年が変わらないというのは分かっていた。それでも目の前の彼を見て固まってしまう。だってまだ自分は誰かの顔を見ようと思って見たわけじゃなくて、つい顔を上げてしまっただけなのだから。
「っ」
「あ、あんまり俺と年変わんないっぽい?何年生?」
「っこう、こう2年。」
「同い年じゃん!どこ高校?俺はさ。」
言葉を詰まらせてしまってきっと聞き取りにくいだろうにそのへんに何のツッコミもなくどんどん自分の情報を聞き出すと同時に話しかけてくる彼自身の情報も教えてくれた。
どこの高校なのか聞かれて言葉に詰まらせてしまうと事情があることを察してくれたのかそれとも気が付かなったのかは分からないけれど、特に何を言われるでもなく流してぐいぐい距離を詰めてくる。
彼の情報をまとめると、この近くの高校に通っている俺と同い年、名前は海原快斗で僕のことは前々からゲーセンで見かけていた様子。僕は全く気が付かなかったのは基本的に外に出るときはうつむいているせいだからだと思う、なんだか『普通の高校生』から外れた自分は落ちこぼれのように思えて、底辺な人間で真っ当に生きている人たちの目に触れられたくて。
正直ゲーム屋に来るだけで激しい動悸に襲われているけれど、それでも僕がゲーセンやゲーム屋とかばかりだとしても外に出ようと思えるのは周りは特に何のこともなく僕と言う存在をただそのへんを歩いている、ただそこにいるだけの『人間』として扱ってくれる。
学校では冷たい目で見られ遠巻きで悪口を言われたりされても、外ではそんなの関係ないと教えてくれるから、だから一応は外に出れている。……人の目を見ることは出来なかったけど。今さっきゲームを買うために店員にいくつか質問されてそれに答えることにさえ緊張してしまう。
「あ、それもしかして今日発売のモンハンだったり?」
「、うん。」
「そっか!俺も買ったんだ!いやさ、今回も本当楽しみ過ぎてさぁ!」
「っわかる、僕ずっと待ち遠しくて……今日うまく寝れなかった。」
彼……海原くんはすごくキラキラした眼で心底楽しみだと表情をしていたから、僕もつられて普段よりも大きな声になってしまった。それに一瞬で後悔して自己嫌悪に陥る前にすぐに
「だよなだよなぁっ!アイルーのキャラメイクとかもちょう楽しみっ、随分進化したっぽいよなぁ。」
興奮したように握りこぶしを作って力説される、その手持っている袋が揺れガサガサと音を立てている。
それにも気づかないほど海原くんも僕も、興奮状態になっていた。
「今度さ通信して一緒にあそぼうぜ!」
「うん!」
だからかな、海原くんの言うことに深く考えて頷いてしまったのは。
普段の僕であれば戸惑っていただろうし、きっとそのうち嫌われてしまうことに怯えて肯定も否定も出来なかったかも。
とんでもなく久しぶりにこうしてゲームの話が出来るのが嬉しくてテンションが上がって何も考えていなかった。
「やった!俺の周りやってるやついねえからめっちゃ嬉しいわ!」
普通にライン交換した。
「僕も、嬉しい。」
タカは友達で遊びに来てくれたりはするけれどゲームはしないし、学校行っているときもなかなかゲーム友達を作るのは難航して、せっかく出来たと思ったらすぐに嫌われてしまって……ああ、そっか……せっかくこうして友達出来ても嫌われてしまうのか。
(……やだ、な。)
前もそうだった、たまたま話したクラスメイトがゲームをやるっていうのを知って、その子は僕がやっているゲームとはちょっとジャンルは違ったけれど、でも今度お互いのおすすめのゲームを貸し合おうって約束するぐらいになったのに……。
その次の日に話しかければじとりと冷めた眼で僕を一瞥するだけでそのまま僕の前を通り過ぎていった。声すら僕に発してくれなくなった。
(また、ああなるぐらいなら。)
『無理しなくても良いんじゃないか』
自分の後ろ向きな気持ちとタカの慰めの声が脳内に響いて、傷ついてしまうぐらいならやっぱり海原くんと交流持つのは辞めようって諦めの気持ちが膨らんだ。

「絶対やろうな!無視しないでくれなっ、ゲーム友達とか小学生以来まじで初めてだから本当無視だけはしないでくれなっ!!」

風船のように諦めの気持ちが一気に膨らんだけれど、海原くんが必死にそう頼み込んでくるのを聞いてパアンと鋭利なもので刺されたかのように諦めはすぐに萎んでしまった。
なんだか、不思議で。
海原くんは見た目は結構、なんていうか、クラスの中心にいるような雰囲気だから。
僕みたいに明らかなオタクって感じがしないんだ。
明るく染められていてワックスで整えられているであろう髪型だとか着崩したYシャツとか、カーディガンを全開にしているところとか腕まくりしているところとか、学校指定ではないスクールバックをまるでリュックのように背負っているから全然ゲームが好きって感じがしない。そんな彼にお願いされている。
「……うん、僕もはじめて、だから。そんなこと、しないよ。」
こう言うと性格悪いとも思うけど、それでも僕を求めてくれる存在がいることが、嬉しくて。
嫌われる恐怖や不安を忘れて頷いてそんなことを言っていた。
僕の場合の初めては正真正銘、今回が初になるけれど。

「良かった!約束なっ!」
「うん。」

後々この日は、僕の世界を変えてくれたきっかけの日となる。


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