死にたがり、終了のお知らせ

硬派×死にたがり


 7月。
 高校2年生になって3ヶ月。
 1年生のころと同じクラスになれなかった奴もいればそのまま一緒の奴もいて、最初は一緒じゃないことに嘆いたやつもそのクラスで新しいコミュニティを作り上げているころである。
 すれ違っても挨拶もしない奴も出てきたし、同じだったクラスの奴も前と同じようにつるむやつもいれば、違うグループに馴染むやつもいる。
 俺も俺でそれなりに馴染んだと思う。
 それなりに俺の人生は、順調だ。
 特にこれといった特技もないけれど、不幸だなんて嘆くほどのことも特にない。
 別に虐められいるだとか、ハブられているだとか、虐待受けている訳でもない。
 十人に来ても俺の人生は平凡に順風満帆だ、と答えるだろう。
 普通の家で仲のいい友達だっているし、モテない訳でもない。顔も目立つものではなくとも不細工でもないだろう。

 …それなのに、どうしてこう心に穴がぽっかりとあいているように感じるのだろうか。
 どうして、こうして俺は学校の屋上のフェンスの外にいるんだろうか。
 答えは簡単、俺は多分死にたがり、なんだ。

 普段から死にたいわけではない。
 別に他人に心配されたいわけでもない。
 自傷を誰かに見せつけたいわけでもない。

 ただ、一人になったときとか、友だちと話している最中にふと思うのだ。
 俺は死にたがりだけど死にたいわけではないから、そんなことを思いながら生きているわけだが。
 本当に死にたかったら、もう俺はとっくに死んでる。
 ちなみに今日は授業を寝過ごして放課後一人になった教室にいて、また『死にたい』と考えて何も考えず屋上にフェンスを乗り越えていた。

 フェンスを超えて校庭を見渡す、腹のあたりが冷える。うわぁ怖い。
 いつもはふと死にたくなったらカッターを軽く手首に押し当てて蚯蚓腫れをつける程度だし、歩行者信号を赤の状態でわたってみようかとか帰りに駅のホームでスマホを見るフリしてやってくる電車をじっくり見て今から線路に飛び出してみようかとか妄想してみるだけ。
 屋上の、しかもフェンスを超えたのは初めてだ。
 多分自分はいつもの平凡な日常に飽き飽きしていて、ほんの少し非日常感とやってはいけないことの背徳感を楽しんでいるだけなのだ。
 本当に死にたがっている人には不謹慎な言い方だけど、これは趣味に似たようなものだと自分は認識している。
 じっと校庭ばかり見ていると平衡感覚を失って本当に落ちそうになりそうなので、そのまま座ってせっかくだから夕日を見ることにした。
 普段あまり一人になることもないし、普段立ち入り禁止と書かれた屋上にいるのは不良たちだけだからね。
 屋上の床にある煙草の吸殻は見て見ぬふり。それよりもせっかくの非日常を大事にしようじゃないか。

 そんなことを考えながら足をぶらぶらさせていると、後ろから凄い勢いでドアを開けたような衝撃音がして後ろを振り返ってみた。
 振り返れば、息を切らしたサッカーボールを持ったクラスメイトの姿がそこにあった。

「…なに、してんだ?」
「夕日見てた。」

 息を切らしながら問われ、シンプルに俺はそう答えると一息開けた後思いっきり息を吐かれた。どこか安堵しているようにも見えた。
 …あ、もしかして
「自殺、するように見えた?」
「……」
 無言は肯定と取ります。
 彼の姿は制服姿だったので部活に俺の姿を見たとかではなく、多分部活を終えて帰ろうとして俺の姿が見えて引き返してきたのかも?…それだと申し訳ないな。
 一瞬だけ死にたい、とか思ったけど別に本気ではなくて、途中からは本当に夕日を見ていたから嘘はいっていない、はず。
 呼吸を落ち着けた彼は雑に持っていたカバンとサッカーボールを投げるように置いた。
「…とりあえずフェンスの中に入ってくれ、心臓に悪い。」
「あ、うん。」
 
 よっと、掛け声とともにフェンスに乗ってそのまま下を見ずにフェンス内に戻った。
 そして俺は目を疑う。

 何故、彼が、手を広げて俺の着地するであろうところに、待ってる!?
「ちょっ…え!?」
 いきなりのことで『どいて』も言えないし、何より空中で軌道変更するなんてそんな少年漫画みたいなことは出来ず、そのまま俺は彼の腕の中に飛び込むことになった。
 飛び降りた勢いと自分の体重のせいで思いっきり彼にのしかかる形になった。え、ちょっと、足大丈夫?サッカー部なんでしょ?!
「だいじょ…わぶっ」
 すぐに上からどいて安否の確認をしようとしたけど、何も出来なかった。
 だって彼に抱きしめられているんだもの。…抱きしめられて、いる、んだもの?
 ちょっと、まって!なにこの状況?!なんで俺は彼に受け止められて抱きしめられいるんだ?!
 慌てて離れようと抵抗しようとして、でもすぐに彼の様子がおかしいことに気付いて固まってしまう。
 力強く抱きしめながらも、その見ただけで鍛えられたであろうその逞しい身体が震えていることに気が付いてしまったから。
 顔は俺の肩に埋めていてどんな表情をしているかはわからなかったけれど、多分明るい表情とは、言えないんだろうな。
 引き離すのをやめて、抱きしめ返すのもなんかあれだったから、幼い子を慰めるようにゆっくりとしたテンポで背中を軽く叩いた。
 彼は少し落ち着きを取り戻し、でも顔は見られたくないようだったのでそのままの状態で話をされた。

 彼のお姉さんが、彼の目の前でマンションのベランダから飛び降りた、のだと。
 木の葉っぱとしげみがクッションになって命に別状は無かったけれど、彼はそのことがトラウマ、だったらしい。
(…なんだか、罪悪感。)
 俺のやっていることは確かに不謹慎であることは自覚していたけれど、こんな身近にそれを見てしまってトラウマになっている彼を傷つけてしまうことになるとは思いもしなかった。
 自殺する寸前ごっこ、なんて言わなくてよかった。
「や、ほら俺そんな死ぬようなタイプじゃないし。
 別にクラスでもそんな様子、俺なかったっしょ?」
 宥めるように叩いていたのを辞めて、そのままの状態で手をぶらぶらさせながら言った。
 決して人生に絶望した訳でもなんでもないんだから。そう、心から思っていた。
 けれど彼は俺の返答に納得いないようでさらに抱きしめる力が強くなった。

「…姉さんも、そう言ってたんだ」

「え……」
「たまに何をするでもなくベランダを見て、電車でどこか行くときはじっと来る電車を見てて。
でも、何も変わっていない様子で可笑しなところなんてなかったから、癖のようなものなんだろう、て納得してた。
けれど…あの日も飛び降りる前も俺、普通に談笑してた。
悩みも特になさそうだった。…けれど、姉さんは俺の目の前であっさり、飛び降りた。
入院中になんで飛び降りたのかって聞いても、「なんとなく」て、またいつも通り、笑ったんだ。
……どうしても、俺、お前と姉さんが被って仕方がなく、見えていたのは…こう言うことだったんだ。」

 納得した、と笑って言っているように聞こえた。
 …ここまで聞いてもやっぱり俺は飛び降りるなんて、実践は出来ないと思う。
 でも彼の目からするとお姉さんと俺は似ている、ようなので、今後彼のトラウマを刺激しないよう、見えるところでは辞めておこう、と思い直しはした。
 俺のこれはやめれそうにないけれど。
 そんな俺の心を見透かしたかのように彼は俺と少し距離をあけて俺の目を見た。
 それに少しドキッとした。
 真っ直ぐなで曇りのないその瞳はやましい事も隠し事も許さない、といっているように見えたからである。なんとなく自分が汚いもののように思っちゃうぐらい綺麗な目だった。

「…俺、お前のこと好きだ」
「…はい?」

 思いがけない言葉に思わず聞き返してしまう。いや、聞こえてはいたんだ。ちゃんと鼓膜に響いた、でも脳みそが理解に追い付いてない。
 追い付けていない俺にお構いなく彼は続ける。

「最初は姉さんと重ねていただけだったんだが…ずっと見ているうち、こう…誰にでも気さくで優しくて…その、笑顔がくしゃって笑うところとか、かわいい、と思った。」
「う、お。」
 かわいいとか何年ぶりに言われたか、吃驚して変な声出た。
 これが周りのよくつるんでいるやつに言われたんなら普通に殴るけど、こんな大真面目に言われたら、嬉しくはなくともそりゃ照れる。
「あ、いや、別に付き合ってほしいとかは言わねえよ。男同士だし、伝えるつもりも本当は無かったし。
ただそんだけ思っている奴がここにもいるってことだけ、知っててくれ。」
 そう言って目を逸らして咳払いをしてそのまま話を切った。
 普段クラスでもあまり表情を見せない彼も恥ずかしかったようで、頬が赤くなっている。
 男に可愛いなんて言う彼は変だ。
 …けどその表情がかわいい、なんて思う俺も、大概可笑しい。
 しん、とした沈黙変なこの間に耐えられなくなって
「か、帰ろうか。」
「そ、うだな。」
 俺からそう切り出して彼も頷いた。
 このまま一言もしゃべらず、俺が最寄り駅に降りるまで無言だった。



 明日からどう彼と接しようか、とそれだけが頭いっぱいの俺に、カッターを意識することも出来ず、歩行者信号は色だけしか意識しなかったし、電車を見る余裕すらもなかった。

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