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幸せでした、愛してました。


「……もう、行かないと」
「…そっか」
「大樹、愛してる、ずっと前から、今も…きっと、これからも。」
「うん、僕も暦を愛してる。…幸せ、だったよ」
「俺も幸せだった。結末はこんなふうになっちゃったけど、俺は大樹を好きになって、幸せだったよ」
「ずっと忘れない、愛してる、……暦を、愛してた。」
「俺も愛してる。…大樹を、愛してました。…さようなら、大樹」
「さようなら」
そう言って目を閉じてキスをした。軽く合わせるだけの、でも長めのキス。
最後のキスは、涙の味だった。


泣きながらの笑顔は不細工だけど、きっと僕は彼を生涯忘れることはない。窓から凛と駅まで歩いていくのを見送る。
振り返ることもなく歩いていく暦を煙草を吸いながら、見えなくなるまで、見なくなくなってもしばらくその道を見ていた。
煙草の煙が目に入って涙が止まらなかったということにした。
今日からはもう、彼が帰ってくることない、日々が始める。感傷的な僕らを置いて、世界は流れていく。




彼と会うのは、これで終わり、と言うわけには行かなった。
この3年後、暦はシンガーソングライターとしてよくテレビに出るようになったから。
液晶越しに見る彼はあのときよりも随分と大人びていて、綺麗になった。でも、可愛い笑顔は相変わらず、そして僕も相変わらず大多数の大人が流れる社会人として生きていた。
子どものころ思い描いていた未来とは違うけれど、諦めることが最近ようやくできるようになった。
暦は諦めずに夢を追いかけて、その一歩をようやく踏み出したらしい。初のデビューCDは少しでも彼に貢献したくて1枚だけ買った。僕には良さはいまいちわからなかったけど。
僕は相変わらずの部分のほうが多かったけど、やっと、ここを引っ越せるぐらいには、きみのことを乗り越えられたのかもしれない。

それからさらに7年後、あの日から10年、僕は33歳になった。
1か月後結婚も決まった。
同じ会社の4個下の可愛らしい家庭的な女性。僕にはもったいないぐらいの、女性。
もともと僕は女性を愛する、暦のことが特別だったから付き合っていた。
彼女のことは愛している、あのころが鮮やかすぎるだけ、だ。一応暦に連絡をしてみた、メールで…届くかわからない、僕はアドレスを変えなかったけれど、彼は変えた、のかもしれない。
そう思いながらもしてみたら、届いて、アクセスエラーになることなく普通に届いた。返事も『おめでとう』と来た。届いたことも驚いたが、返事が来たことはさらに驚いた。
それ以来もう連絡はとってない。
暦はすっかり有名な歌手になった、あのころから言っていた武道館でライブをする、と言う夢は5年前に叶いテレビでバラエティー番組にもよく出演するようになって、ドラマにも出るようになった。
暦をテレビで見ない日がなくなった。嫌でも彼の情報が入ってくる。正直、複雑な感情だ。もう彼とは関係ないと言うのに。
今日も適当にテレビをつけると彼がいた。あのころに比べて静かで穏やかで、かつ影のあるミステリアスな印象になった。あのころとは真逆だ。彼はもっと自分に素直で一直線だった。彼も、大人になった、んだろうか。
その番組では恋愛のことをやっていたようで、初恋の人はだれ?と司会者が出演者に聞いていた。
幼稚園の先生とか小学校のころの人気者の子とか、安定した答えのなか
「俺は高校のころの同級生ですね」
静かに、でも歌手らしく通る声でそう言ったのは暦だった。思わず心臓がはねた。
「へぇ~意外と遅いんだねぇ」
「そうですかね。」
「その子とはどこまでいったの?」
「付き合うまで行って、同棲してました。ですが、デビューする3年ぐらい前に別れちゃいましたよ。」
「あらら…もう応援できない!て感じ?」
「いえ…なんというんでしょうね。
好きだからこそ応援しているからこそ別れざる得なかったと言いますか。
……今度、結婚するみたいですけれどね」
「それは悲しいねぇ~!」


「ええ、でも……あの頃はあの人を本当に愛してました、そして…幸せでした。」

暦は哀しそうに、でも笑ってそういった。カメラは彼をアップにしていて、儚い笑顔が印象に残る。
そんな悲しい過去があっての今のシンガーソングライターのコヨミさんがいるんですね~と空気を読んだ司会者がそうしめてCMに入っていった。

明るいCMソングとは裏腹に僕の心は暗く何よりも痛くて勝手に胸あたりを抑えていた。
暦も僕が初恋だったんだと今初めて知った。あのときでさえ彼は内緒にしていたようだ。僕は教えたのに。
10年経った今でも、彼のことは鮮明だ。ずっと忘れたことはない、これからも忘れることはない。
きっと僕はこれから妻となる彼女を愛し、そして子どもが生まれたら子どもも愛する。そのまま安定にいけば成長して孫を見る。
一般的な男性の一生だ。僕はつまらない人生を選んだ。彼と袂を分かつ選択をした。
その選択は正解だったのか不正解だったのか未だに分からない。けれど、ずっと、これから一生彼のことを忘れることは無いんだろう。
きっと死ぬときも彼のことを思い出しながら死ぬのだろう。そのぐらい僕のなかで彼の存在は強烈だった。
あのときの僕は馬鹿なことをしたな、ともこれで良かったんだ、とも思う。きっと何度あの頃に戻っても同じ選択を僕らは取るんだろう。


「……僕も、愛していました。幸せでした。」

思わず僕はそう暦に答えるようにそう1人呟いた。
もう、僕と暦の世界は交わることはなくて、会うこともできない。
液晶の中の暦を、僕は液晶の外で見る、視線が合うことはない、暦は知らない、僕がきみを見ていることすらも。
これからもテレビできみを見るたびに僕は自問自答を繰り返しながらも、日常を選ぶんだろう。
いつか、きみがそんな陰りもなくあの頃のように真っ直ぐに笑える日が来ることを、身勝手ながらも願ってるよ。




あの頃キラキラした思い出は、今も僕のなかで一等輝いている。
煙草は辞めてしまったから、溢れ出る涙の理由を煙草の煙のせいだと言い訳にすることは、もう出来なかった。

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