このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

幸せでした、愛してました。


きみとの出会いは今でも鮮明に覚えているよ。
あのころからきみは変わっていない、素直で優しくて真っ直ぐで、あのときから前を向いて夢をすでに追いかけていたね。
きみはあのころと変わりはない。
きっと僕が変わってしまったんだよ。きみは何も悪くない。
いつの間に、歪んでしまったんだろう。
あのころはただ好きなだけで良かった。夢のない僕にはきみが羨ましく思いながらも、憧れていた。暗い感情を持ちながらも好きだ、と思う気持ちの方が大きかった。
いつの間にかわってしまったんだろうか、僕の愛は。

高校を卒業して、きみは歌手になると言う夢を追いかけるためにバイトをしながら路上ライブをしていた、僕は特に何もなくて頭がよかったからその頭に見合うだけの大学に入って、ここなら出来そうかな、と思う会社に就いた。
思えばすでに、高校を卒業したあとにはもう歪んでいたのかもしれない。
社会に流され妥協を知った。理想と現実は違うものだと思った、学生のときと社会人は全然違うなんて思った。
社会に流されて自分を守るための術と愛想笑いを知った。みんながそう言うから、こうしろって言うから。上司の顔色を窺って、同僚ともほどほどの距離感、部下にも指導することもある。
暦は、それでも夢を追いかけた。理想と現実の違いを知ってもなお、その現実に食らいついた。挫けそうになっても、うまく作曲が出来ないと嘆いたこともあったけれど暦は自分自身と向き合って、それすらもチャンスにしていった。

何もない僕と、夢を追いかけた輝いていたきみとでは、きっと、最初から噛み合ってなかったのかな。
真逆だからこそ補える、愛してさえいれば大丈夫だって、そうきらきらと恋をして愛し合っていたのはもう遠い昔のようだ。
いつ、最後に抱き合ったけ。
いつ、最後にキスしたかな。
もう思い出せないぐらい前だ、今は喧嘩ばかりできみは前よりも帰ってくることが少なくなって、僕も飲み会だとか言い訳して家に帰るのを遅くなった。
出発は同じだったのにどうしてこうなってしまったのかな。…ううん、本当は知っている、僕のせいなんだ。

芽が出ないと悩みながらも自分の思い描いた夢を実現させるために、自分のために生きている暦が羨ましかった。
自分にはなにもなかったから、自分がしたいことはなくて、自分のために生きられない自分が酷くみじめだった。
暦が嬉しそうに笑う顔を、最後にいつ見たのかなぁ、それすらも思い出せない。
きらきらしていたあのころと、大人になってしまった今はもう、違う。
哀し気にすることが多くなって、もう目も合わせない日々が続いている。……きっと、この生活がもうすぐ終わる。そんな気がした。

飲みに行って、帰れば暦は俺のことを待っていたようで、ちゃぶ台の前で正座していた。
茶化せる雰囲気でもなくて、暦はどこか、覚悟を決めたようなそんな表情をしていた。そうか、もう…終わるんだ。心のなかで呟けば驚くほどすんなりと納得した。
もう、終わる。
…それなら、最後ぐらい、ちゃんと話そう、そう思った。暦と向かい合う形で僕も座る。
泣き出しそうな、でもいつも通りキラキラした笑顔で暦はこういった。

「俺ね、ここを出ていくよ。あと……もう、別れよっか」
「……うん」

もう、お互い限界だ。
息苦しくて疲れのとれない家とパートナー、抱き合うこともキスすることも…最近では話すこともなくて顔も合わすのも少ない。
それならもう、家を出て別れた方がいい。
今僕が暦といても、きっと何もできない、傷付けてしまうだけだ。

「あのね、俺ずっと…ううん、今も大樹のことが好きだよ。
でも、もういっしょにいれない。」
「……ああ、僕も好き。でも、もう暦といれないよ。」
「うん。……最後だから、明日になったら出ていくからさ、今日だけはくっついていようよ。
明日おやすみ、だったよね?」
「……いいよ、そのぐらい。…いつから、そんなことも出来なくなっちゃったんだろうね」
「それは大樹が俺にあたるようになったからかな。」
「…」
「怒った?」
「ううん、本当のことだから、最後ぐらい今までの愚痴、聞くよ」

痛いところを突かれてつい押し黙ってしまったけど、本当のことだから何も言えない。
僕は暦のとなりに座り直して、暦は俺の肩に頭を置いた。重い、と思いながらも最後だからいいかな、と思う。
えーなにから言おうかな~と茶化すように笑いながら暦は言う。こうしてくっついていると楽しかったころに戻ったみたいだ。
でも、明日からはもう、違う世界で生きていくことになる。惜しくないと言うと嘘になる、本当ならもっとそばにいたい。夢を近くで見ていたい。
……僕がもう少し大人だったら、寛容だったら、もっと自分のために後悔無い選択をしていたら、キラキラした暦の隣でそっとその夢を応援できていたのかな。
明日暦がいなくなる、今日で最後だから、と言うから今こうして穏やかにいれるだけだ。これがいつもどおりだらだらと続く日常であれば今日も顔を合わせられたのかもわからない。
未来も何も考えずに暦を引き留められるほど子どもではなくなってしまった。暦は引き留めてほしいのかどうかわからない。……どちらにしても引き留めることはもう今の僕には出来ない、もう、大人になってしまったから。

それから暦と色んな話をした。
これからの未来の話じゃなくて、キラキラしていた過去の話。
出会ったときの互いの印象は最悪だった、初めてキスしたのは夕暮れの教室、初めてセックスしたのはきみの家。
初めてのデートでは互いに緊張してなにを話したのかも覚えてない、初めて手を繋いだ時に手汗が凄かった、そんなくだらない過去の話。
喧嘩したときは大変だったね。あの映画見に行こうと思ってたけど、もう上映終わっちゃったね。そういえば洗剤切れそう。取り留めもない話がとても楽しい。
久しぶりに、部屋には笑いの絶えない。
哀しいけれど、楽しい。あと数時間すればお別れとわかっていたけれど、それでも僕らは笑い合う。
DVDになったら借りて一緒にみよう、明日にでも洗剤を一緒に買いに行こう、叶えることのできない約束をあえてしてみた。もう今日だけなのだから、そのぐらいの軽口はいいだろう。
泣きそうな顔でそうだね、と暦は笑う。きっと僕も同じような顔をしている。明日から互いに違う道を歩んでいく。それでも、いいだろう?最後、だから。

不思議と眠気も来ることもなく、気付けば空は明るくなってきた。
あと、もうすぐで。
もう少しだけ、と思いながら話をした。
だけどいつの間にか話のネタはもう尽きてしまって、沈黙ばかり。
「…最後だから、あともう少し、ぼーっとしよう。」
「うん。…最後だから、抱きしめてもいい?」
そう聞くと暦は笑って僕の膝の上にまたがって抱きしめられた、僕も抱き返した。お互い無言で、今ある力を込めて、今でも好きだと暦に届くように。
僕は少し泣いた、きっと暦も泣いていたと思う、顔は見えなかったけれど、絶対泣いてた。
そのぐらい顔を見なくてもわかるぐらい愛していたのに、愛しているからこそ離れなきゃいけないんだ。
そういえば、こういうらしいね。両想いになって別れるのはこの言葉は適応されるのか分からないけれど、僕にはきっとぴったりだ。

初恋は、実らない。

泣きながらその言葉が頭の中で反響した。

1/2ページ
スキ