うるさいのがとなりにいる。
「ぎゃああああああああ」
「うるせえっ」
「いだっ」
突然叫びやがったこいつ和真の頭を思いっきり叩いた。
叫ぶのは辞めたが、涙目を辞めないこいつに聞こえるぐらいのため息を吐く。
これで傷つけたらどうしようとかそんな葛藤とか気遣いなんてとうの昔にするのを辞めている。
「つーかよ、そんな叫ぶぐらいなら見てるんじゃねえよっ」
「だってぇだってえええええ」
「あーもううるせえ!叫んでんじゃねえっつってんだろ!」
黙って見ろよ!と念を押してそのままリモコンの再生ボタンを押して止めていた画面が動き出す。
『きゃああああっ』
「ひいいいいいああああっ」
男が化け物に襲われているのをみて女が叫ぶ……以上に隣の奴がうるさくて耳を塞ぐ。
もう近所に文句を言われるまでは止めるのを辞めた。こんな丑三つ時に申し訳ないと思うが言っても聞かないこいつが悪い。
はぁ……とこれ見よがしに溜息を吐いてみても隣の和真は映画に夢中で俺の様子に気が付いていない。
男二人でどうしてホラー映画鑑賞をしているのやら。普通こういうのって女と見たりするもんじゃねえのか?よくわかんねえけどよ。ま、恋人と言う観点ではあってるのか?
なにか悲しいかな俺はこいつの恋人である。
そう、別に可愛くもなけりゃ顔も平均的でまぁどこにでもいるような奴。身長も俺より少し低いぐらいで日本人の標準値。
とんでもないビビりとこいつの恋人以外なら学力も体力も顔も性格も普通の男子学生である。このとんでもないビビりと変な趣味なのが問題なのではあるが。
「令くんっ」
「んあ?」
どこにでもあるようなありきたりなB級ホラーに欠伸が出てきたころに呼びかけられて間抜けた返事になったが、そんな俺に気にするでもなく……恍惚な顔して
「令くんならこいつら粉砕できるよねっ?」
うきうきしながら聞いてくるこいつに
「まあ、いけるだろ」
と生理的に出てきた涙を適当に拭いながら返した。俺の答えがお気に召したようで「だよねー!」と蔓延の笑みだった。すぐに画面を見て絶叫しているのを疲れた顔になってしまう俺は悪くないと思う。
質問に対して適当な態度ではあったが俺の答えは断じて適当に返したわけではない。冷静に今までの自分の経験に基づいての答えだ。
となりで涙目で震え叫び、俺の腕にすがりついている和真の頭蓋骨すらちょっと力を込めて握ればバキバキに出来るだろうな。
やろうと思えばきっとその心臓をくり抜いて握りつぶすこともその喉をかるく付いただけで声帯を奪うことも可能だろう。
過信なんかじゃない。
昔から力が強かった。異常なまでに、林檎をちょっと握っただけで粉々になったぐらいに。
今和真と座っているこのソファだって冷蔵庫だってなんだって片手で持ち上げられる。和真はビビりで、ホラー映画とかおばけや暗いところや深夜の公園を歩くだけでこんな調子の癖に俺のことは怖がったことが無い。
むしろ、さっきみたいに恍惚な顔を浮かべていた。出会ったときだって。
異常な自分の力の強さを自覚してから誰かを傷つけることが怖くて誰かと一緒にいることすら怖かった。
目付きが悪いから大人しくしても変に喧嘩を売られてばかりで、自分が怪我するのもいやだったからちょっとその場にある重たいものを持てば、それ以上ちょっかいだされることがなくなった。
その代わり、大人しいからって理由で近付いてくれた奴らも遠ざかったが。
誰かを傷つけてしまうよりは、ましだ。そう言い聞かせていた。寂しくても悲しくても我慢できた。こんな俺(化け物)には友だちは出来ない。恋人なんて夢のまた夢だと、諦めていたのに。
それなのに、こいつは、和真は。
「令くんっ俺と添い遂げて!」
ぶつかってきた不良に絡まれてその辺にあった自販機を持ち上げてみたところを偶然居合わせた和真にそう告白されたのだ。
……うん。何を言っているんだろうな。俺もよくわからなくなるが、まぁ本当のことだ。
どうも和真の生存意欲がひどく高いらしく、毎日どうすれば生き残れるか考えて過ごしてきたそうだ。
寝入っているところ強盗が入ってきたら、今ここで襲われたら、今背中を押されたら、とかなんかいろいろ考えて、まぁ生粋のビビりだよな。
常に命を保つにはどうするべきか。そんなことばかり考えているから友人はおろか恋人なんて夢のまた夢だとかで頭を悩ましていたらしい。まぁこんだけ面倒でネガティブなやつ一緒にいたくねえよな。
ぐるぐる考えていたところ自販機を持ち上げている俺と会ったと。
もうこの人と添い遂げるしかない、そう生存本能が働いたらしい。自身の子孫存続はもうあきらめたようだ。まぁ俺も一緒だけどな。
「う、え、あああ、ああああああっ」
……相変わらずうるさい。
ホラー映画を見るようになったのは俺と付き合うようになってから。俺がいるのなら安心して楽しめるんだと。
こいつの思考回路はよくわかんねえし、うるせえ。
不細工でもなけりゃ可愛くもない、柔らかくもなくてそもそも女ですらない。
怖がられて泣かれて、伸ばした手を振り払われてきた。
そろ、と。力をあまりいれずに和真の手を握った。ちょっと力を入れただけで林檎を粉砕する俺の手。少し力を入れれば自分の手がボキボキに砕け散るのを和真は知ってる。
「ふへ、令くんのデレだっ」
「うるせえよ」
知っているくせに、俺の手を振り払うことなく握り返される。
嬉しそうに笑ってくれる。
ホラー映画とか深夜のトイレとか怖がるくせに。ちょっとガラの悪い奴が通りすがっても身体を強張らせるくせに。
「ふへへへへへ……っ!?あぎゃあああああっ!!!」
「……ははっ」
珍しく俺から手を握られて嬉しそうに笑っていたが、ふと画面に視線を戻したと同時にまた叫び始めた。
画面いっぱいに特殊メイクを施した女優の顔が映っているだけだ。
別に、生身の人間がやっていることだって知っているくせに。
むしろ隣にいる奴の方が危険ってことこいつ分かっているんだろうか。おかしくなってつい笑ってしまう。
丑三つ時。
こいつの叫び声と俺の笑い声が響いて、さぞ近所は驚いていることだろう。
そろそろ苦情が来てもおかしくはない。そうは思いながらもおかしいのが辞められなくてつい笑う。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ握る力を強くした。
叫んでいるのにそれに応えるように力いっぱい俺の手を握ってくれるのが嬉しくて浮かれる。
ビビりでそれ以外は普通にどこにでもいるような男。誰よりも愛おしい恋人。
B級ホラー映画を叫びながら見ているビビり。
そんなビビりは化け物みたいな怪力を持つ俺のとなりが一番安全だと判断している、うるさい馬鹿だ。
そんなうるさい馬鹿のおかげで俺は日々を穏やかに過ごせている。
俺を望んでくれる恋人がいる、満たされた日々。
できることなら、ずっととなりにいてほしい。
今日もうるさいのがとなりにいる。