もう思い出せないお前へ
家族との会話を適当に切り上げて俺は手紙を読む。
そこには、
『好きです』
と、ただ一言、書かれていた。
手紙の一番上に俺の名前、一番下に彼の名前、そして真ん中に自信なさげに小さく一言だけ、書かれていたので彼が俺に宛てた手紙であり、封筒と手紙が間違えて入っていた、と言う可能性も消えた。
「…なんで?」
どんな手紙なのか、俺は無意識に彼になにか嫌なことをしてしまったのかそんなことを考えていた。
そのほうが良かったのかもしれない、理由ははっきりしている。
けれど、これは分からない。
だって俺は彼のことをあまり知らない。
どうしてこうなって俺が好きな理由もなにも書かれていないただ真摯な愛の言葉、それだけだった。
彼は同性愛者だったのか、とか色々思うことはあるけど、とりあえず疑問だった。
卒業アルバムを引っ張り出して何とか俺は彼のことを思い出そうとするけれど、彼の卒業文集を読んでも修学旅行や遠足とかの写真を見ても俺と彼は一緒に写っている写真すらなくて。
なんとなく虚しさが残った。
彼の母親とか彼の親しい友人ならもしかしたら知っているかも、と思ったけれど、もし彼が俺のことを好きだと知っている人物がいなかったとしたら、亡くなった彼を侮辱することになる。
高校を卒業してもう8年が経っており、彼が亡くなってようやくこうして手紙を見つけたぐらいだったから、彼は誰にも言わず内内に秘めておこうとしていた可能性はかなり高い。
なぁ、なんで、俺のことを好きになったの?
接点なかったじゃないか。
なぁ、なんで?
なんで、こうして告白されても、思い出せず、涙も流せない俺を好きになったんだ?
ずっと頭の中で疑問を繰り返しながら、アルバムで微笑む彼を見る。
もう亡くなってしまった彼に、疑問を伝えることは出来ない。俺の疑問に答えてくれる人はいない。
結局呆然としている間にあっというまに明日には帰る日になってしまった。
友人は彼の手紙の内容を知りたそうだったが、俺はそれを知らないふりをした。
明日は朝早くから出てしまうから、今日彼の墓参りに来た。俺一人で。
まだ墓は真新しい感じがして、つい最近亡くなったんだと言っているように見えた。
墓石を軽く洗い、花は新しそうだったので水だけかえて元々あった花と俺が持ってきた花と一緒にした、すごく豪華な感じになった。
線香をあげて手を合わせ、そして俺は立ち上がり周りがいないことを確認した。
誰もいない、と確認して俺はまるで彼がそこにいるかのように話しかけた。
「……もう疑問を持つことを辞めにするわ。
いや、何故俺が好きだったという謎は残るけどそこはもう迷宮入りすることにする。
手紙ありがと、何にしても好意はやっぱりうれしいと思う」
「なんかいろいろもやもやすることはあるんだけど、まぁお前事故だったしね。
記憶に残してやろうとか思ってなかったんだろうけど、あまり思い出せないけど謙虚な奴って言うのはなんとか思い出せたし。
……そんなやつだったから、多分誰にも俺が好きだとか言わなかったんだろうなぁ」
周りの目を気にして空気の読めるやつだったから、きっと俺に避けられるのとか嫌だったろうし、もしかしたら見ているだけで幸せぐらいに思っていたのかも。
この手紙一言書いて消化したつもりだったが処分を忘れてしまったのか、それとも俺へ捨てきれない思いがあって残してしまったのかはわからない。
けど、こまらせたくないからどちらにしても俺に見せるつもりはなかったんだろうな、と思う。
でもごめんな。
「これから一生覚えておくよ。
……これでも、義理堅いんだよ俺。
どちらにしても手紙を残したお前が悪い、たぶん誰も知らないお前の気持ち。
俺が死ぬまで覚えてるよ。」
今俺には彼女もいる、結婚したいな、と思うぐらい好きで幸せにしたい彼女。
うまく彼女と結婚したら子どもも生まれるし孫も生まれるだろう。
それでも、お前が綺麗に残してくれた手紙のように、俺もお前の綺麗な気持ちを覚えて生きていこう。
お前がどんな気持ちでどんな高校生活を送ったのかなにもわからない。
お前のことを完璧に思い出せもしないし、どんな会話をしたのかも覚えていない。
涙も出ないぐらい、だけど、何故か穴が空いたかのような空虚感があるぐらいには、お前に情は少なからずあったんだ。
思い出せないけど、良い奴だったってことだけは覚えている。
「まぁ早く生まれ変わってくれ。
うまく俺の子どもとして生まれ変われたら……親子として愛せるからよ」
そう言えるぐらいには、俺はお前に対して良い感情を持っているんだぜ。
まぁ奥さんは裏切るつもりはないから、そこは諦めてくれ。
「じゃあな」
そう言って俺は墓場を後にした。
次実家に帰ったらまた墓参りと線香あげるぐらいはしようと思うながら。
……もしも、お前が俺に告白していたら、どうなっていたんだろうなぁ。
死んだときお前は俺に告げなかったことを、後悔しなかったかな。
告白していたら、もしかしたら違う人生で俺はここで働いていなかったかもしれないし、彼は死んでいなかったのかな。
実家から戻ってきてまた仕事がはじまって、日常に溶け込むなかたまに俺は彼の最期の手紙を思い出してはそんなことを考えてみたりする。
もしも、なんてこの世界にはないから俺は今日も今を生きている。