最低条件は最高難易度
今日は本来の自分の姿で本来の高校に登校した。
1人イヤホンを付けて自分の世界に引き籠り登校して誰とも話さず靴を履き替えて、イヤホンを外さず教室について自分の席で今日の用意を終えたら読みかけの本を取り出して担任が来るのを待つ。
僕の周りはきっと挨拶とか雑談とかで煩いんだろうな。本当は誰にも会わず部屋で本をずっと読んで自分の世界に入っていたいけど、両親も日向もその辺は厳しいから仕方なく来ている。
好きな音楽を聴いて好きな本を読むのが僕には一番の至福だ。もちろん日向は別として。
この間はどの辺まで読んだかなぁと記憶を探りながらしおりを挟んでいる頁までぺらぺらと本を捲った。
「おいっ!」
「!」
イヤホンを外されて大声で耳元に叫ばれた。酷い。
うるさいな、と思いながら隣を見る。そこにいたのは、えっと…。
同じクラスのー…えっと……あー…。
「誰だっけ?」
「…露原、時雨」
話しかけられた手前なんとか名前を自力で思い出そうと思ったけど無理だった。
名前を聞いてもしっくり来ていないので普通に覚えていなかったなぁ。同じクラスの不良としか印象ないや。
「あーそうそう、露原くんね、うん、覚えた、今覚えた。」
「…忘れていたどころか、覚えてすらいなかったのか」
「うーん。次なら忘れたことになるから、うん。」
「忘れる気か」
「そのときにならないとどうにも?…ところでイヤホン返して」
人の話を聞くときって日向の話と授業のときぐらいしかないからね。クラスメイトの名前は大体覚えてない、あ、ごめん、大体どころか全員知らない。正直先生の名前も危うい。
国語の授業の俳句の人の名前なら覚えてるんだけどね。
片っぽイヤホンを外されて手を伸ばして返して、と言うけど露原はムスッとした表情でウォークマンごととられた。この野郎何する。
「返してほしけりゃちょっとツラかせ」
「…わかった」
うん、もしかしてもリンチかな。凄い睨まれている。
周りも静まり返って僕らを見ている、一人ぐらい先生呼びに行っても良くない?と思いながら露原についていく。
迷いなく上へ上へと昇る、不良がたむろしているランキングなら上位に食い込むであろう定番の屋上かな…。うーん彼一人なら僕でもなんとかなるかもしれないけど、多勢に無勢は分が悪い。
露原が80年代漫画のようにタイマン勝負をしてくれることを願うしかない。
そう考えながら歩いていればあっという間に屋上に着いた。
とりあえず警戒しつつ僕は露原の後に続いて屋上のドアをくぐった。
「ほらよ」
「あ、うん。」
とりあえず約束通りにウォークマンは返してもらった。じゃあこれで、と立ち去ろうとしたけど両肩を力強く掴まれてしまい逃げれなくなってしまった。あちゃー。
まぁ逃がさないよねそうだよね。
露原は睨んでいるのか目付きが悪いせいで睨んでいるように見えるだけなのか知らないけどじっと僕の方を見ている。
どう来るかな、とりあえず腹パンは勘弁してほしい。いや、僕が喧嘩するならとりあえず腹パンするけど。
特に手を出される訳でもなくじーっと見られ、これは先手必勝すべきか否かを考え始めてきたころにやっと口を開いた。僕からすると信じられないことを、いや僕らからすると、か。
「昨日、違う奴だったよな?」
「……なんのことかな?」
僕らの見分けが、いやまさか。と疑いの気持ちで何となくしらばっくれてみる。肩の力が増した、いたたた。
「だから、昨日の空野と今日の、いや普段の…あれだよな?たまに違う奴になってるよな?」
「…せいかい」
昨日、だけではなくたまに、うん、となると彼は結構前から疑っていたのか。
僕らの互いの変装は完璧だったはずだ、友だちはおろか先生も両親すらも気が付いた様子はなかったんだから。
僕が彼の言ったことに頷き、肯定すれば肩を圧迫する力はなくなり、やっと離してくれた。どうやらさっき見られていたのは最終確認していたようだ。
「だよな?たまに違う奴はだれ?」
「僕の双子の弟。」
「へぇ…よく似てるな。
他の奴に空野がたまに違う奴になってるって聞いても、気のせいとか頭大丈夫とか言われるからもやもやしてたんだよ」
「そっか。まぁ僕もまさか見分けつく人がいるなんてこと自体初めてだけどね。両親も気付かないよ」
「そ、うなのか。」
「うん。凄いね。なんで僕が弟と違うってわかったの?」
当てられたのが初めてなのでついついテンションが上がってしまいいつもの数倍口数が多くなるのは許してほしい。
そしてついに長年聞きたかったけど、聞ける人がいなかった疑問をぶつけた。
なんでか顔が紅潮している気がする露原は、しどろもどろになりながら
「…ずっと、見てたから」
「……ぼくを?」
思わず身の危険を感じてしまい引く僕に、露原は慌てていやいや、そういう意味じゃなくてと弁解する。
「お前に、礼を言いたくて。」
「礼?」
予想外の理由に首を傾げる。
こんな不良に礼を、と言うか誰かと話したことってあったけ?とも思う。
「…まぁ覚えてないか。俺の顔もお前からしたらあまり見えてなかっただろうし。
去年、ちょっとした喧嘩から大人数と俺一人でのリンチにあって、何とか逃げて物陰に隠れたんだけどよ、追われてて。
すぐ近くまで迫ってきたときお前が通ったんだよ。」
「あー…あれか」