ヒプノシスマイク♡プリキュア

◆麻天狼プリキュア
第6話『甦る恐怖!邪答院仄仄』

とある休日。俺と一二三は街へ出掛けていた。
「独歩くんももっとお洒落に興味を持てば、自分に自信が持てて更に格好良くなると思うんだけどな」
「俺なんかは無地の白Tで十分だ」
俺みたいな奴がお洒落に目覚めたとしても、服に着られている感が否めない見た目になって自信なんか更に無くなるだけだろうし、格好良い人はたとえ無地の白Tにデニムだけでも決まるものなのだ。
要は顔がファッションで一番重要なのである。
俺は隣を歩く幼馴染みの顔をじとっと見詰めた。
ちなみに今日の一二三はいつものジャケット姿で、俺は無地の白Tにカーディガン、ダークグレーのパンツとシンプルにまとめている。
すれ違う女性達はもれなく一二三を見て黄色い声を上げ、俺の事は当然ながら視界には入っていないようだ。
「さて、次は何処に行こうか?」
「そういえば、気になってた店が……」
「どっぽ〜!ひふみ〜!!」
次の目的地に向かおうとした時、遠くからカロンが飛んで来た。
「カロン!お前家に居たんじゃ…って周りに見られるだろ!?」
俺はカロンをカーディガンにくるんで抱き寄せる。
「そんなに急いで一体どうしたんだい?」
おくるみカロンの顔を覗き込んで一二三が聞いた。
「ハタラケーが出たカロ!」
その言葉に、俺と一二三は顔を見合わせ頷く。
カロンの案内で辿り着いた場所には、ぐねぐねと不気味な動きで佇むハタラケーの隣に誰かが立っているのが見えた。
その正体が分かると、一二三が息を飲んだ。
俺も驚き、忌々しいその名を呼ぶ。
「邪答院…!」
「あらぁ、一二三じゃない。わざわざ私に会いに来てくれたのかしら?…それに観音坂くんも。ふふ、相変わらずパッとしないわね。気が付かなかったわ」
鼓膜に絡み付くような甘ったるい声で喋るこの女は、邪答院仄仄。
一二三が女性恐怖症になったきっかけの人物だ。
「流石に乱数ちゃんは来ないかぁ。でも一二三が来てくれたから良しとするわ。これも運命、ってやつなのかしらね」
邪答院はこちらに向かって妖しく微笑んで来る。
「一二三っ、大丈夫か!?」
一二三は胸を押さえてその場に膝をついた。呼吸も荒くなっている。
「ふふふ。プリキュアになったって聞いたから強くなったのかと思ったけど、その様子を見るとあんまり変わってないみたいね」
楽しそうな笑顔を浮かべる邪答院に苛立ちが募る。
勢い任せに変身しようとアイテムを手にした瞬間、先生の声が聞こえた。
「独歩くん、一二三くん!」
「…先生」
低く落ち着いた声で名前を呼ばれ、俺はいくらか冷静さを取り戻す。
先生は瞬時に異変を感じ、一二三のそばに駆け寄った。
「大丈夫かい、一二三くん。ここには独歩くんも、私も居ます。落ち着いて、ゆっくり息を吐いて行こうか」
先生は一二三の背中を優しくさすり、安心させるように声を掛け続ける。
「……すみ、ません。先生…」
彼の乱れた呼吸はなんとか落ち着き、顔色もだいぶ良くなった。
そして俺達は変身アイテムを手に、声を揃えて叫ぶ。
『ヒプノシスチェンジ!』
しかし、一二三だけ姿が変わらない。
「そんな…変身出来ない…!?」
何をしても反応しない一二三の変身アイテムを見て、カロンがぽつぽつと話し出す。
「アイテムが精神に作用する事でプリキュアに変身出来るようになるカロ。本人の精神状態に左右されるから、今のひふみのように心が不安定な状態だと、変身が出来なくなるのかも知れないカロ…」
「そんな……」
一二三は悔しそうに下唇をきゅっと噛む。
「せっかくプリキュアと戦えると思ったのに、一二三が居ないならもう良いわ。今日の所は見逃してあげる」
「…仄仄!」
ハタラケーをぽんと叩いてそのまま去ろうとする女に向かって、一二三は声を上げた。
「次こそは、絶対……ッ」
「プロポーズ?ふふ、楽しみにしてるわね」
奴はひらりと手を振って、ハタラケーと共に消えて行く。
一二三は自身を落ち着けるように長く息を吐き、へなへなと地面に座り込む。
「大丈夫か、ひふ…み…」
俺はぼろぼろと涙を流している一二三を見て、少しだけ驚いた。
「ごめん…自分で思ってるより、まだまだ弱い人間だったみたいだよ……まともに会話すら出来なかった…」
「何言ってんだよ!お前は弱くなんか…!」
一二三はむせび泣きながら、珍しく弱音を吐く。こんな時、上手くフォロー出来ない自分がもどかしい。
爪が喰い込む程ぐっと拳を握るだけの俺とは反対に、先生はその大きくて優しい掌をそっと一二三の肩に置いた。
「一二三くん。自分の弱さを受け入れるというのも、ひとつの強さです。それに君には、弱い部分を補い合える仲間が居る。大丈夫、今はゆっくり休む時です。焦る必要は無いよ」
その言葉を聞いて、一二三は変身アイテムを握り締めて再び涙を流した。
それからしばらく経ったある日。
ベッドに転がりながらカロンをブラッシングしていると、気持ち良さそうに寝ていた毛玉が急に目を開けた。
「ハタラケーが現れたカロ!」
「…邪答院か」
変身アイテムを手に部屋を出ると、買い物から帰ったらしい一二三と鉢合わせる。
「お、独歩〜今日の夕飯は…って、どっか行くん?」
「えっ、と…」
俺が右手に持っているアイテムを目にした一二三は、全てを察したように息を飲んだ。
指先が震え出した一二三に、カロンをずいっと手渡す。アニマルセラピー、ってやつだ。
「一二三、覚えてるか?お前が初めてプリキュアになった時の事。真っ先に俺なんかの心配をしてくれてさ。お前と一緒ならプリキュアもやって行けるかなって、バトルもそうだが精神面でも支えになってたんだ」
「独歩…」
「だから、今度は俺が一二三の事を支える番だ。お前はプリキュアに変身しなくても良い。先生も言ってただろ?今はゆっくり休んでくれ。街の平和を守るのは勿論大事だが、俺にとってはお前が明るく笑ってくれる方が一番大事なんだ」
一二三は泣きそうな顔をして、カロンをぎゅっと抱き締める。
「……ごめん」
「はは、謝るなよ。お前いつも俺に言ってくれるだろ。悪くないのに謝るな、って。こういう時は」
「…ありがとう、独歩」
「ああ。行って来る」
俺は玄関を出て走り出した。
「…カロンもサンキューな。ほんと、俺っちの親友は格好良いよ」
「ひふみ…」
「ちげーって!これは、嬉し泣き!またプリキュアになれるかは正直分かんないけど、独歩も、きっとせんせーも、俺っちの事信じて待っててくれてるはずだからさ…」
遠くから響き渡るハタラケーの叫び声を頼りに現場へ到着すると、化物の隣にはやはり邪答院が居た。
奴と睨み合う形で先生も立っている。
「あら、観音坂くん一人?…まぁ良いわ」
口元に笑みを浮かべながら、邪答院はパチンと指を鳴らした。
「さぁ、ハタラケーちゃん。好きに暴れなさい」
「行きましょう、独歩くん」
「はい!!」
『ヒプノシスチェンジ!』
変身を終え、俺と先生はマイクを握り締めラップを放つ。
今回はやけにあっさりとハタラケーを倒す事が出来た。
「ふふふ、倒されちゃったわね。ここからは言浚隊長・邪答院仄仄が、直々に狼を絶滅させてあげる」
邪答院はこちらにウインクを寄越し、ヒプノシスマイクを起動させる。
俺は舌打ちをし、奴を睨んだ。
「─幸薄い社畜のライムもお医者さんの凝り固まったフロウも全然相手じゃない!ワンと啼いて尻尾巻いて逃げるか、No.1に輝くジュエル早く連れて来てくれる?くだらない絆に塞がらない傷跡、私がキスマークつけて癒してあげる!─」
「っ!」
「ぐあっ…!」
今までバトルした相手の中でもダントツで強い!
吹き飛ばされて地面に伏したが、幸いまだ意識はある。
「うふふふ…手加減してあげたんだから、このくらいで倒れてちゃ駄目よ?まだまだ楽しみましょう」
なんとか立ち上がり先生と共に応戦するも、奴には全く攻撃が効いていない。Fling Posseとのバトルを思い出す。
「私が本気を出したらすぐ壊れちゃいそうね…。チームメイトが欠けてると相手にならないのかしら。まぁ、一二三が居た所で戦力になるとは思えないけど」
「お前に…お前なんかに、一二三を貶す資格は無い!」
そう叫ぶ俺に、邪答院はまるで道端の小石でも見るような視線を寄越す。
「あの頃から地獄のような日を過ごして、それでもあいつは壁を乗り越えようと頑張ってるんだ!そんな一二三の苦しみ…お前みたいな奴に分かってたまるか…ッ!」
「…綺麗な友情ねぇ。綺麗で尊いほど、壊し甲斐があるってものよ」
うっとりとした表情で溜息をつきながら、奴はそう呟く。
悪趣味な発言に思わず邪答院を睨むも、またあの無邪気で楽しそうな笑顔を返された。
「さぁ、もう言い残す事は無いかしら?遊びの時間は終わりよ、狼ちゃん達」
そう言いマイクを握り締める邪答院の瞳が、ほんの少しだけ見開かれる。
不思議に思い奴の視線を辿って振り向くと、そこにはいつものスーツに身を包んだ相棒がカロンを肩に乗せて立っていた。
「仄仄!先日の約束、果たさせてもらうよ」
「うふふ…。一二三、また会えて嬉しいわ」
一二三はポケットから変身アイテムを取り出すと、目を瞑って深呼吸をする。
再び瞼を開いた彼の瞳は、宝石のように輝いていた。
俺と先生、そしてカロンが固唾を飲んで見守る中、一二三は自身に香水を振って叫ぶ。
「ヒプノシスチェンジ!」
すると辺りはキラキラと輝き、薔薇の花弁が舞い始めた。
「123から456、7o'clock 君にロックオン!キュアシャンパーニュ!」
綺麗に巻かれたツインテールを靡かせて俺達の前に躍り出たのは、見事再変身を果たした一二三だった。
「変身は出来るようになったのね…でも私を倒せるかしら?」
「僕は君を倒そうだなんて思っていないよ。…理解したいんだ、仄仄。君の事を」
邪答院は口元だけに笑みを作り、マイクを握った。
「─123456…6つ数えたらゆっくり記憶くすぐり、Look me!ほら一二三、私を見てよ?憎い?Guiltyなんて今更じゃない?─」
「…ッ!」
攻撃を受けてよろけた一二三を、先生と共に後ろから支えてやる。
「一二三くん、大丈夫ですか?」
「お前…無理はするなよ」
「先生、独歩くん、ありがとうございます」
一二三は顔をこちらに向け、真面目な表情を見せた。
「いつかは向き合わないといけないんだ。こんなにも強くて優しい仲間に支えられていると実感した今の自分なら、乗り越えられる気がするんです」
そして彼は二本の足でしっかり立つと、マイクを握り邪答院を見据える。
「─君の事理解したいと想うほど、痛みに藻掻き苦しいのは何故?悲哀満つ日々は終わりとシンジュクに、シャンパングラスの泡と消えゆく─」
案の定奴には効いていない様子だったが、微かに息を飲む音が聞こえた。
「…ふふ、まだまだ楽しめそうね」
邪答院は一二三しか目に入っていないようで、彼を指差し微笑む。
「─何故と問うその横顔も素敵だね。私の気持ち、分からないよね?喘ぐよう揺らぐ瞳に仄暗く、かがり生命いのち嘲笑う棘─」
「くっ…!」
攻撃を受けた一二三を再び支え、俺達もマイクを握り締めた。
「─ぐっつぐつとはらわたが煮えくり返る!今日こそは全力でお前をぶっ潰す!アンチの死体は霊安室に安置!お前に改心は期待しない!─」
「─人の尊厳を踏みにじり嘲る、病魔のような貴女には即座にこのリリックを脳内にお見舞いしフィニッシュ。曇天の心も晴れ渡るように祈り込めバース放つ─」
「─つらい暗い過去にcryなんてしてられない。決して逃げずにこの経験を糧に、もう大丈夫だと言えるように。前を向いて声を上げろ!仲間と足揃え心に火を灯せ!君を一人にはさせない。この気持ち届いて欲しい─」
三人の攻撃に、流石に奴も体勢を崩す。
しかし、楽しそうな表情は変わらない。
「そろそろお姉さんも本気出しちゃおうかなぁ」
邪答院は舌舐めずりをしてマイクを握り締める。
「仄仄さん」
そんな奴に待ったを掛けたのは、まだあどけなさの残る顔をした銀髪の少女だった。
「あら、合歓ちゃん」
合歓と呼ばれた少女は、凛とした瞳を邪答院に向けて言った。
「勝手な行動は慎んでください。この前の報告書の提出もまだでしたよね?」
「合歓ちゃん、それを伝えにわざわざ来たの?真面目過ぎると疲れない?」
奴は溜息をついて、マイクを構えていた右手をおろす。
「…なんだか白けちゃったわね」
そして一二三に視線を向けた。
「また遊びましょうね。一、二、三…!」
不気味な笑い声を残して姿を消した邪答院。
奴が居た場所を感情の読めない顔で見詰めていた少女に、先生が声を掛けた。
「君は確か左馬刻くんの…」
「では、私はこれで失礼します」
鋭利な瞳をこちらに向けて、少女も姿を消した。
「先生のお知り合いですか?」
変身を解除して俺が問うと、先生は難しい顔をして頷いた。
「…ええ。何故彼女が中王区に居るのかは分かりませんが…」
「正直、あの子が来てくれて助かりましたね…」
先生が居るとはいえ、こちらの攻撃が効かず一方的に体力が削られて行くバトルは、精神的にも保たない。
一二三がカロンを抱えながら言った。
「僕の過去の事でこれからも迷惑を掛けるかも知れませんが、僕自身も精進して行くので、お二人共宜しくお願いします」
「俺とお前の仲なんだ。迷惑なんて今更だろ」
「大切なチームメイトを支える事が出来るなら何よりですよ」
俺と先生がそう言うと、一二三はようやく安心したような笑顔を見せた。

携帯の画面を確認すると、時刻は午前八時過ぎ。
久々に予定の無い休日だが、二度寝する気が失せてしまった。
「お〜!昼まで寝てると思ったけど早起きだな独歩!…って、眉間に皺寄ってっけど、もしかして出勤命令が下ったとか!?」
リビングへ向かうと、朝食の準備をしていた一二三が俺の顔を見て笑いながら言った。
「はは…その方が全然マシだったかも知れないな…」
「えぇ〜独歩がそんな事言うなんて、熱でもあんじゃね?」
一二三は尚もへらへらと笑って「そうだ」と続ける。
「俺っちも一日オフだし、どっか出掛けようぜ。折角早起きしたんだし、ちょっと遠くまで足伸ばしちゃったりしてさ」
そこで俺は、今朝の夢を思い出す。
「いや、今日は外に出ない方が良い…気がする」
流石に夢の内容を話す訳にも行かず、歯切れ悪くそう言うしかなかった。
「そう言ってまた休日を寝て過ごす魂胆だな〜」
案の定、一二三は納得していない風に返して来る。
「今日は……午後から雨が降るんだよ。折角の休日に、わざわざ濡れに出掛ける事も無いだろ」
「雨予報なんて出てたっけ?…うわ、シンジュク土砂降り予報」
スマホを取り出した一二三が驚いた声を上げた。口から出任せだったが、どうやら本当に雨が降るらしい。
「家でゆっくり、ってのも悪くないぞ。この前、ゲーム買ったとか言ってなかったか?」
「そだそだ。後輩が面白いって言ってたゲーム、買ったは良いけどまだプレイ出来てなかったんだよな〜」
一二三は部屋から持ってきたそれを笑顔で掲げる。
「んじゃあ、全クリ目指して行きますか!」

「人気なだけあって、このゲーム面白いな〜!」
「そうだな。……やっぱりお前は笑ってる方が良いよ」
「ん?独歩、今何か言ったか〜?」
「いや、なんでもない」
「そ〜?んじゃあ、この調子でじゃんじゃか行っちゃお〜!」


─ END ─


【あとがき】
一二三が突然短歌を詠んでますが、この時期読んでた「ホスト万葉集」が面白かったので、ホストである彼のラップを短歌にしてみました。仄仄さんも返歌しています。
次回はいよいよ最終回です!
2024/08/06
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