ヒプノシスマイク♡プリキュア

◆麻天狼プリキュア
第4話『中王区からの刺客!?ライバルはシブヤ代表』

いつもなんの前触れも無く出現するハタラケーは、例によって今回も突然街に現れ暴れている。
カロンが気配を察知し、俺達三人は現在ハタラケーと睨み合っていた。
『ヒプノシスチェンジ!』
十字架のネックレスを手に提げた先生の周囲には純白の羽根が舞い、香水を振り撒いた一二三は薔薇の花弁に包まれる。
そういえば俺には特にエフェクトが無いのだが、身の丈に合った変身で良いのかも知れない。
そんな事を思いつつ、俺もカードをセットした。
「この力で安寧へいざなう─キュアヘルフェン」
「123から456、7o'clock 君にロックオン!キュアシャンパーニュ!」
「残業から参上!キュアスレイヴ!」
『シンジュクに侵入する神出鬼没の敵を一蹴!麻天狼プリキュア!』
三人揃った名乗りをばしっと決め、俺達はマイクを握る。
渾身のリリックをお見舞いしようと息を吸った瞬間、ハタラケーの後ろからひょっこりと小さな影が現れた。
「ちょっとちょっと〜!プリキュアが三人も居るなんて、ボク聞いてないんだけど〜!?」
特徴的な髪色に少女のような高い声を発するのは、Fling Posseの飴村乱数だった。
彼は普段の印象とは違う真っ黒なゴスロリ風衣装に身を包み、棒付キャンディを手にしている。
「しかも寂雷までプリキュアになってたなんて〜ほんと最悪〜」
無邪気に言い放つが目は笑っていない。
先生はそんな飴村乱数をじっと見詰めていた。
「今までのも飴村くんが出現させていたんですか?」
「やだなぁ、ボクの名前はeasyRだよ。まっ、特別に教えてあげても良いかな。ボクって優しいよねぇ!うんうん!」
ハタラケーの身体をポンポンと触りながら飴村乱数、もといeasyRは何やら説明を始めた。
「このハタラケーくんは、オネーサン達の命令でこのボクが力を与えて出撃させてるんだっ☆」
そしてeasyRは棒付キャンディをひと舐めする。
先生は顎に手を添えて考え込んでいたが、やがて彼に向かって質問をした。
「中王区の方達は何を企んでいるのでしょうか?」
「それはコッカキミツってやつだよぅ。寂雷なんかに教えてやんないもんね〜だ」
easyRは下瞼を指で引き下げ、挑発するように舌を出す。
そんな二人を、俺と一二三はハラハラしながら見守っていた。
両者睨み合い、緊迫する空気を打ち破ったのは、更なる登場人物の声だった。
「easyR、何を遊んでおるのじゃ。お主がもたもたしておるから、麻呂達にも参上の命が下ったではないか」
おかしな話し方をする栗色の髪の青年は、Fling Posseの夢野幻太郎だ。隣にはふざけたギャンブラーの有栖川帝統も居る。
「よお!easyR〜!つーかこれって報酬とか出るもんなのか?さっき有り金全部スッちまったばっかでよ〜〜」
二人共いつもの調子だが、やはり服装は普段と雰囲気の違うモノトーンに統一されていた。
「やあやあ!PhantomにDead or Alive!報酬は〜飴ちゃんくらいならあるんじゃないかなぁ!」
あははっ、と声を上げて笑うeasyR。
そしてこちらをちらりと見ると、咥えていたキャンディをガリッと噛み砕いた。
「プリキュアを倒したら…ねっ!」
あの可愛らしい見た目からは想像出来ない程、冷酷な表情を覗かせるeasyR。
俺がぞわりと背筋を凍らせている間に、彼はヒプノシスマイクを起動させた。
「君達は、ハタラケーくんがどんどん強くなってるな〜なんて思ってるんじゃないカナ?毎回やられちゃうモンだから、オネーサンも激おこなんだよねぇ。それでハタラケーくんの力もアップデートしてってるんだよ!てなワケで早速いっくよ~!」
ぱちっとウインクをすると、easyRはハタラケーに向かってラップを放つ。
「─easyRのバースでテンション上がる☆今日こそシンジュク泣かす!ようこそポッセの噛ませ犬!ハタラケーくん、さぁ働け〜!!─」
彼のラップを受けたハタラケーは、けたたましい咆哮を上げ始めた。
「私達も行きましょう」
マイクを握る先生に、俺は控えめに片手を上げて、抱いていた疑問を口にした。
「あの…すみません、上手く説明出来ないんですけど、Fling Posseってあんな雰囲気でしたっけ?」
「恐らく、中王区によって洗脳されているのでしょう」
ハタラケーを強化しているのが彼等なら、洗脳状態のまま野放しにしておくのは得策ではない気がする。
「先生の能力で彼等を元に戻せるんじゃないですか?僕達がアシストしますよ!」
閃いたとばかりに発言する一二三に俺も頷く。
先生はFling Posseの面々を見据え呟いた。
「…試してみる価値はありそうですね」
「な〜にブツブツ言ってるのか知らないけど〜ハタラケーくんの邪魔はメッ!だかんね!Phantom、Dead or Alive!ボク達も攻撃行っちゃうよ〜!」
easyRがそう言うと、彼の後ろに控えていた夢野幻太郎と有栖川帝統もヒプノシスマイクを起動させた。
「小生達も暇ではありません故、早々に終わらせて頂きますよ」
「っしゃあ!久々にヒリヒリするシチュエーションだぜ!」
ハタラケーだけじゃなく、こいつらの相手もしないといけないのか…!
街を破壊して行くハタラケーは、早く倒してしまわないといけない。
しかし、そちらにばかり向いていると後ろからFling Posseに攻撃されかねない。
怒濤の展開にパンク寸前の頭を回転させていると、一二三が声を上げた。
「ハタラケーの足止めは僕にお任せ下さい。先生は彼等の洗脳解除をお願いします」
「じゃあ僕は、力不足かも知れませんが、先生と一二三のサポートに徹します…!」
「心強いよ、独歩くん!」
「独歩くん、一二三くん、宜しくお願いします」
にこりと微笑む先生と一二三。二人の期待に応える為、俺はマイクを握る手にぎゅっと力を込め気合いを入れる。
一二三は一歩前に出てバチンとウインクを決めると、マイクを構えて息を吸った。
「─僕の名前は伊弉冉、夜にいざない、君に愛を囁く。朝まで踊ろうか、一、二、三。『kiss me』?わがままな子猫ちゃん─」
その瞬間、地面から薔薇の蔦が伸び、ハタラケーの動きを封じ込めた。
「これは“ラップアビリティー”!キュアシャンパーニュの能力は、相手を意のままに操る“魅了”カロ!」
カロンが興奮気味に叫ぶ。
「へぇ〜なかなかやるみたいだねぇ」
その様子を見たeasyRは、面白くなさそうに呟いた。
一二三は縛り付けたハタラケーを満足気に眺めると、俺達の方へ向き直り笑顔で言った。
「この隙にFling Posseの方を片付けましょうか!」
「そんなオモチャみたいに言わないでくれるかな〜?」
静かに怒りを見せるeasyRはマイクを構えた。
「─可愛い赤ずきんちゃんだと油断してたらオオカミなんてすぐ狩っちゃう!もちろん勝っちゃうのは僕たちFling Posse!のっけから全く容赦しない!─」
「─ペンを握りインク付ける手、今はマイク握り韻踏むMC。狼狽するオオカミ達を公開処刑。この先シンジュクは崩壊予定─」
「─ポーカーフェイス決める余裕なんてあるのか?俺等が切り札(ジョーカー)!シブヤにオールベットでノーモアベット!─」
Fling Posseの攻撃が俺達に降り掛かる。
「ぐっ…!」
「君達も結構やるようだね…」
「飴村くん…こちらも容赦はしません」
カロンが不安気な顔で俺達を見ていた。
大丈夫だと言う代わりに、こちらもマイクを構え応戦する。
「─カラフルだった君達を操るは国のトップ中王区。早く目を醒ませ、さぁこちらに注目。ill-DOCの患者(クランケ)、救うこと二つ返事でok─」
「─公開処刑なんて大層な事。そんな大口叩いてだいじょぶそ?昨日今日の友じゃない。気の置けない友と最高のSHOW!勝つのはシンジュク麻天狼!─」
「─低俗なギャンブラーは手に職つけて、中王区の言いなりじゃなく地に足つけて、堅実に現実を生きた方が良いんじゃないか?ルーティンワークも悪くないぞ。終身雇用で心は封印、死んだ目をして今日も明日も通勤……─」
今までたくさんのハタラケーと対峙して来た。この俺も経験を重ね、麻天狼プリキュアのお荷物にだけはならないよう頑張って来たはずだった。
しかし俺達のラップを受けたFling Posseの三人はほぼ無傷である。
先生のラップアビリティーも効いていない。
「どうしてダメージ受けてないんだ、って顔してるねぇ。プリキュアと戦うにあたって、ボク達も強化されて来てるんだよ」
「そちらは随分とボロボロですねぇ。勝負はまだ始まったばかりでは?」
「負けるって分かってる勝負でも引き下がれねぇ気持ちは分かるけどよぉ。降りんなら今のうちだぜ」
余裕そうな笑みを見せながらマイクを構え、そんな事を言って来る三人。
次はFling Posseのターンだ。
俺達は既に大ダメージを喰らっているので、足に力を入れダウンしないよう身構えた。
「─キミ達には甘い甘い飴よりも鞭?無理は言わないから無知は黙ってな─」
「─シンジュク此処で無理心中?抗うその勇気だけは称えましょう。貴方達の勇姿は小生が小説にでもしましょうか。もちろん嘘ですけど─」
「─シンジュク勝つ確率なんざゼロパー。負けて顰蹙買うの間違いだろ?けどまぁ、そろそろ限界だろうよ。場違い野郎は此処で敗退!─」
最初の攻撃など比ではない強力なリリックが俺達を襲う。
なんとか踏ん張れた俺が横を見ると、一緒に立っていたはずの先生と一二三が居ない。
「ヘルフェン!シャンパーニュ!」
カロンの叫びに後ろを見ると、二人は遠くに吹き飛ばされ倒れていた。
「先生!一二三…!!」
呼び掛けるも返事が無い。起き上がる気配も見られず、完全にダウンしているようだ。
「お二人のラップアビリティーは厄介ですからねぇ。先に片付けさせて頂きました」
「リーマンひとりでまだ喰らい付くか?」
「キミだけでボク達を倒せるのかなぁ?ラップアビリティーも発動出来ないヒヨッ子ちゃんなんだよねぇ?何も出来ないお荷物くんは早く白旗上げちゃいなよ」
いくら経験を積もうと、やはり才能がある先生と一二三には到底及ばなかったようだ。
easyRの言う通り、未だにラップアビリティーも発動出来ない俺ひとりでは、ノーダメージのFling Posse三人を倒せる見込みが無い。
「寂雷も可哀想〜〜!チームメイトがこんなに頼り無い奴なんて〜!金髪くんも〜せっかくハタラケーくんを足止めしてたのに無駄に終わっちゃうなんてね〜」
俺がプリキュアになったばっかりに、二人を巻き込んで、挙句の果てには俺だけのうのうと二本足で立っている。
「すみませんすみませんすみません…俺に力が無いばかりに…二人に迷惑だけじゃなくこんなダメージを受けさせてしまうなんて…俺は俺は俺は俺は俺は………」
マイクをぎゅっと握り込む。あまりにも不甲斐無くて、いい歳して涙が出て来そうだ。
ネガティブな思考が一気に脳内を巡る。プレッシャーに押し潰され苦しくなる呼吸を落ち着けるように深く息を吐き出す。
「─俺は観音坂、観音様みたいに優しくなんてしてやらない!こっちはいつもガチ必死に生きてんだ!強化しても今日も倒す!生き残ったオオカミが喉笛かき切り、イキるガキの息の根止める!ごっこ遊びなんかじゃない、フルボッコだ!独歩さんナメんなもう!─」
その後の記憶は無いが、気が付くとFling Posseの三人はボロボロになって倒れ伏し、ハタラケーもキラキラと輝きながら消えていた。
「まさか…っ、ここに来てラップアビリティーを発動するなんて…!!」
「やれやれ…小生らが彼を焚き付けたような展開になってしまいましたねぇ…」
「あのダークホースはノーマークだったぜ…」
いつの間にか意識を取り戻したらしい先生と一二三も、俺を見て驚いた顔をしている。
「はーぁ、またオネーサン達に怒られちゃうな〜。とりあえず、今日の所はここらでドロン!」
なんとか立ち上がったFling Posseの面々は、瞬間移動のように姿を消した。
「ちゃんどぽ超やべ〜!!」
「独歩くんに助けられましたね。ありがとうございます」
「そんな、俺は……」
はは、と情けなく笑う事しか出来ない俺に、カロンは励ますように言って来た。
「自分を卑下するのは、どっぽの悪い癖カロ!誰に何を言われたって、麻天狼プリキュアにどっぽは必要カロ!君を選んだこのボクが保証するカロ!」
「カロン…」
そんなに熱く言われると、なんだかぐっと胸に来る。
「そうだぜ独歩!今回はま〜じで助かったんだからな!独歩が覚醒しなかったら、今頃俺っち達もシンジュクの街もどうなってたか分かんないからな〜」
俺の肩に腕を絡ませながら言う一二三。
「しかし、独歩くんのラップアビリティーは随分と心身共に消耗が激しいようですね」
荒い息遣いが止まらない俺を心配そうに見詰めながら、先生が言った。
「次あいつらが現れたら、独歩ちんばっかに無理させないよう、俺っちももっと気合い入れてやってやんぜ〜!プリキュアになった時、カロンにも宜しく頼まれたしな!」
「私も年長者としてもっと冷静に二人を導くべきでしたね」
「二人は何も悪くないですよ…!悪いのは…」
言い掛けた所で一二三がばしばしと俺の背中を叩いて来た。
「言ってるそばから自分を卑下しようとすんなよ独歩〜!ま、性格はすぐ変えられるもんじゃないけどさ〜!それに明るい独歩なんて、それはそれでちょっち気持ち悪いしな〜!」
「無理に変わろうとしなくても良いんですよ。独歩くんには独歩くんの良さがある。これからも君らしく、麻天狼プリキュアの一員として居てください」
「先生…!」
「そーそー!俺っちもそれを伝えたかったのさ!」
優しく微笑む先生に、あははと声を上げて笑う一二三。
「一二三お前な……。まぁ、とにかく…ありがとうな」
Fling Posseが次いつ現れるか分からないが、結束を高めた俺達に不可能は無いと信じ、夜に煌めき出したシンジュクの街を後にした。

目が覚めると、まだ外は真っ暗だ。
時計を見ると深夜一時。眠りに就いてから数時間しか経っていない。
変な夢を見た所為か喉が乾いていた俺は、水分補給をしようと布団から抜け出した。
居間へ行くと、風呂上がりと思しき一二三と遭遇する。
「独歩ちん夜更かしか〜?お、明日休みだっけ?」
「休みじゃない、けど変な夢見て落ち着かなくてな」
コップに水を入れながらそう返答すると、一二三が目を輝かせて言った。
「もしかして、観音坂先生の新作!?例のプリキュアの続きですかね〜!?」
「めざといな…。今回は何故かシブヤのFling Posseも出て来て大変だったんだぞ…」
コップの水を一気に飲み干して答えると、一二三は感嘆の声を漏らす。
「はへ〜、なんかどんどん壮大になってくな〜。今まで見た夢をまとめて本にでもすれば、シブヤの小説家より売れるんじゃね!?」

「─はっくしゅ!」
「ゲンタロー風邪?」
「ふふ、誰かが小生の小説を賞賛でもしているんですかねぇ。そんな事より、貴方達はいつまで此処に居るつもりなんですか」
「もちろん、ゲンタローが原稿を書き終えるまでだよ!締切は朝なんだよね?ボク達が応援するよん!頑張れ〜!」
「頑張れ幻太郎〜!」
「ひとりで集中させて欲しいですが…聞いてくれなさそうですね」


─ END ─


【あとがき】
シブヤディビジョンが登場しました。ここからはゆるく原作沿いで書いています。
シブヤVSシンジュク、良いですよね。
2024/06/23
8/10ページ