ヒプノシスマイク♡プリキュア

◆麻天狼プリキュア
第1話『戦え社畜!誕生、キュアスレイヴ』

「……よしっ」
パソコンをシャットダウンさせて軽く伸びをする。思わず出た欠伸を噛み殺していると、缶コーヒー片手にフロアへ戻って来た同僚に声を掛けられた。
「お、定時上がりか?珍しいな」
「ああ、仕事も片付いたから今日はもう帰るよ」
「そっか、お疲れ。課長に見付かる前に真っ直ぐ帰れよ~」
「はは……。じゃあお先」
確かに。あのハゲ課長に見付かったが最後、仕事をこれでもかと押し付けられて一人残業を強いられる事になるのは目に見えている。
定時で上がる事なんて滅多に無い俺は、面倒事に巻き込まれまいとキョロキョロ辺りを見渡しながら早歩きで会社を後にした。
まだ明るい空を見上げて一息つくと、俺はポケットから取り出した端末にメッセージを打ち込んだ。相手は同居人の伊弉冉一二三。とりあえず今から帰る旨を伝えておこう。
メッセージを送るとすぐに既読が付いて、返事が小分けにされて来た。
『りょーかい!』
『ここでお疲れの独歩ちんに朗報!!』
『今日の夕飯は~~』
『ひふみん特製☆ふわとろオムライスで~す!!!』
『出来立てを提供出来るよう尽力します(≧▽≦)』
ピコンピコンと忙しなく受信されるメッセージを少し鬱陶しく思うも、献立を知って笑みがこぼれた。早く帰ろう。
しかし駅に向かって歩き出した所で、何か違和感を覚えた。帰宅途中であろう会社員や学生達が悲鳴を上げながら皆一目散に走っている。
「なんだ…あれ……」
人波が流れて来る方を見ると、そこには周りのビル群に引けを取らない程大きい化物のような黒い塊が、足音を轟かせながらゆっくりとこちらに向かって歩いていた。
これは夢か?俺が定時で上がったりなんかしたからか?いつもいつも、良い事が起きると直後にそれを上回る悪い事が起きる。まるで俺みたいな奴が幸せになってはいけないとでも言うように。
「うわああああっ!!」
そんな愚痴を脳内で繰り広げているうちに、化物の巨大な足がすぐそこに迫っていた。
我に返って一歩後退り、逃げようと振り向いた瞬間、何かが顔面にぶつかった。
「ぎゃっ!?」
「見付けたカロ!」
また新たに俺の目の前に現れた未知の生物。手のひらサイズのぬいぐるみのような、喋る狼が俺に向かって指を指していた。
「なっ、なんだよ、見付けた?」
「そうカロ!やっと見付けたカロ!悪に立ち向かうプリキュアの素質を持った人間カロ!」
「プリキュア…って、俺が?俺がプリキュアに!?」
何を言っているんだ、このぬいぐるみは!?
そして戸惑う俺の目の前に、突然謎のキラキラが現れた。それに触れると、俺の手の上にはカードと可愛らしいデザインの小さな箱が乗っていた。
「ボクはカロン!詳しく説明してる暇は無いカロ!今は早く変身してあの敵、ハタラケーと戦うカロ!そのカードをボックスに入れるカロ!」
どうやら拒否権は無さそうだ。それに、カロンとか言うこのぬいぐるみの言う通り早く片付けないと、街はおろか多くの犠牲者も出るだろう。
「畜生!どうして俺ばっかり!」
こうなったらもうヤケクソだ。俺は時計がついた小さな箱に細長い隙間を見付け、そこにカードを差し込んだ。
ピロンッと軽快な音がした瞬間、俺の全身がまばゆい光に包まれる。驚いている間に着ていたスーツは姿を変え、俺は乙女チックな衣装を身に纏っていた。
フリルの付いた白シャツに緑のリボンタイ、黒いジャケットを羽織って首には赤いチョーカーも着いている。下は黒の膝丈スカート…って、スカート!?あ、中にショートパンツを履いていた、良かった…。いや良くないだろ!?靴は履き慣れないロングブーツだ。何やら髪型も変わった様だが自分では見えない。
変身が終わると、自分の意思に反して口が勝手に喋り出した。
「残業から参上!キュアスレイヴ!」
なんて酷い名乗り!なんて酷い名前!それに今日は残業なんてしてないぞ!
戦う前から疲れていると、それまでゆっくり歩くだけだった化物が、急に攻撃を繰り出して来た。
「ボールペン…?」
ミサイルに見えた物は、普段使っているボールペンの様な形をしている。無数の巨大ボールペン型ミサイルが四方八方に飛ばされていた。
「おい!こんなのどうやって倒したら良いんだよ!」
俺が叫ぶと、カロンはDJのスクラッチの様なジェスチャーをして、
「タイムは無しだぜ?ライム&フロウで悪者今すぐ葬ろう!カロ!」
こちらにマイクを投げ渡して来た。俺がそれを受け取ると、手の中で輝きながら形を変える。
「それが君のヒプノシスマイクカロ!そのマイクを通してラップをすると、ハタラケーに攻撃出来るカロ!」
見ると、俺はリボンやら何やらでやたらと装飾されたガラケーを握っていた。
敵のハタラケーとやらは尚もミサイルを飛ばし続けている。
「─目覚ましで起床、まだ寝てたいよどうしよう?なんて社畜の俺には出社するしか選択肢なんてないだろう?─」
俺が日頃の鬱憤を晴らすかの如くラップをお見舞いすると、マイクを通すと本当に攻撃を受けるらしくハタラケーの動きが止まった。
「最高カロ!やっぱり僕の目に狂いは無かったカロ!」
喜ぶカロンだがそれも束の間、すぐに敵は攻撃を再開させる。俺もすかさずマイクを握り締めた。
「─電車に軟禁、会社に監禁?俺の自由は何処だ?卑屈にもなるだろどうだ?ディスるこの職場─」
どんどん頭に溢れるリリックを敵に向かって放つ。
ハタラケーのミサイル攻撃が次第に収まっていくのと同時に、その巨体がしぼんでいくのも分かった。
「もう一息カロ!」
「─いつもと変わらん日常、今日も波乱の営業、生き甲斐なんて分からん労働は致死量、我慢我慢の日々生き地獄─」
「やったカロ!」
ハタラケーは呻き声を上げてどしんと倒れる。
「はぁ…お疲れ様でした…」
やがてハタラケーはキラキラと輝く星屑となって姿を消した。
敵が消滅すると同時に、俺の乙女チックな格好も元のスーツ姿に戻ったらしい。
「初めてにしては申し分無い戦いぶりだったカロ!」
「そりゃあどうも…」
普通に残業するよりも疲れたかも知れない。へとへとになりながらも俺は家路につく。何故かカロンもついて来た。
「この調子で、君にはこの街の平和を守って欲しいカロ!」
「はぁ!?これで終わりじゃないのかよ!?」
「ハタラケーはブラックな会社がこの世に蔓延る限り無くならないカロ!そんな理不尽な社会に殺意MAXな君こそプリキュアに相応しいカロ!これからも頑張るカロ!」
俺はこの先一体どうなってしまうのやら。
考えても答えが出ない問題から一旦目を逸らしつつ、空腹を訴える腹を撫でて自宅玄関の扉を開いた。

「独歩~?お~い独歩ちん起きろ~!朝ですよ~っと!」
勢いよくカーテンを開ける音が響き、その直後に俺の顔面は眩しい朝陽の攻撃を受ける。
「まぶしっ…あれ…オムライスは…?」
「オムライスかぁ。生憎だけど、朝食は焼き鮭と玉子焼きと……ってそうだ独歩、目覚まし何回も鳴ってたのに起きないなんて珍しいな~」
「えっ!?あ、そうだ会社だ!今何時だ!?」
時計を見ると、いつも家を出ている時間をとっくに過ぎていた。
「やっばい遅刻する!!」
バタバタと身仕度を整え玄関へ向かう。
「ちょい待ち独歩!食べないのかよー?」
「悪い!行って来ます!」
「えぇ!?行ってらー!今日はせんせーが来るんだから、早く帰って来いよー!オムライス作って待ってるかんなー!!」
微かに耳に届いた言葉にテンションが上がるも、俺は遅刻しないよう全力で足を動かすのだった。

「そういや今朝のオムライスがどうのって、独歩どんな夢見てたんよ?」
「いや、先生も居る前でわざわざ話すような内容じゃ…」
「興味深い。良ければ是非聞かせてもらえないかな」
「えぇ…笑わないでくださいよ?俺が、プリキュアになる夢です」
「やっばぁ!独歩がプリキュア?あっはははは!面白過ぎるっしょそれ~!」
「プリキュア…?」
「女の子が変身して戦う、子供向けのアニメですよ」
「せんせーなんとなくプリキュアみあるッスよ!もしかして、ふたりはプリキュアッスか!?」
「笑い過ぎだぞ一二三。お前もプリキュアにするぞ」
「ちゃんどぽ~それどういう脅しだよ~?俺っちもキュアジゴロとして一緒にシンジュクの平和を守っちゃう感じ?」
「お前はなんでノリノリなんだよ…」


─ END ─


【あとがき】
ディビジョン順に並べていますが、プリキュアパロを最初に書いたのは麻天狼です。「推しがプリキュアになるのを見たい」と生み出したパロディ作品。何故かラップも考え出してます。完全にノリと勢いです。
2024/06/23
5/10ページ